はじまり
「さて、新たな異世界転生モノの始まりです」
なんて、すっげえ萌える声と共に俺は目覚めた。
いやもう、変態って罵ってってお願いしたら、戸惑いながらも、「この、変態」って冷たて色々なところにぶっ刺さるような、そんな声をかけてくれるようなタイプの声だ。
初々しい新社会人みたいといえばいいのか。大人らしい落ち着きとまだ残る子供っぽさが、果肉入りシャーベットみたいに同居する感じ。まさに一口で二度美味しいっていう声音。
「うひょう! 最高!!」
あ、つい心の声がダダ漏れした。
「あ、目が覚めたようですね」
「そうだのう。このまま死んでた方がよかったんじゃないかな、コイツ」
果肉入りシャーベットさんの声の他に、爺さん声がする。俺は起きたての目をまばたかせながら声の方を向くと、ボヤけた視界のピントを合わせた。
見れば真っ白な空間に、高そうな木の机とゲームで見るような羊皮紙と羽根ペンがあった。
そして、その羽ペンを握って白髪でヒゲまみれの爺さんがプルプルと手を震わせていた。アレ、インク飛び散らないかって見ていて不安だ。
その爺さんの隣に、紫のローブをまとった、淡い紫の長髪をなびかせているスレンダーな美女がいた。ほっそりとした手足は、俺でも折れそうなくらい華奢で儚い。
うんまあ、その、果肉入りシャーベットさんの胸の果実は、まだ成長途上という感じだった。神は二物を与えない、だったかなんか、そんな諺があった気がするけど、美しい声とほっそりした身体つきしかもらえなかったという感じ。
ああでも、その方が俺好みだったんでいいんだけどね。
「……でまあ、どうするんだったかのう」
「知りません。私も異世界転生とかあんまり見たことないですし」
「ワシも異世界転生を担当するの初めてなんだよね。いい加減、この面倒な役割を一度は引き受けろと言われてのう」
果肉入りシャーベットさんと爺さんが俺を無視して何か話を進めている。
しかしなんとなく事情が飲み込めてきた。どうやら、俺はよく噂に聞く異世界転生モノの世界に巻き込まれたらしい。
「あのう。異世界転生ってことは、俺って死んだんですか?」
ふたりは微妙な表情の顔を見合わせると、嫌々ながらに歯切れ悪く言い出した。
「ええまあ、転生ってことは死ななきゃ転生できませんから」
「まだ仕事には慣れてないが、トラックにひかれて死ぬのが定番なんじゃろ? 死んだ時のことは忘れた方が精神衛生的に良いと思って、記憶から消しておいたんじゃが、迷惑だったかのう?」
「い、いえ! 忘れたままにしておいてください!!」
やべえ。俺ってマジで死んでるじゃん。記憶がないから実感ないけど、そんな死ぬほど痛かった最期の記憶とか取り戻したくねえ。
「フフフ。ちょっと残念かもしれないですね。自分が死ぬ時の記憶なんて、貴方の世界の人間では貴重なものでしょう?」
「結構です」
この果肉入りシャーベットさん、割と危ない人かもしれない。マジで楽しそうに笑ってやがる。
「とりあえず、ワシはお前をワシの担当する世界、サトーランドの魔王を倒すために転生してもらう。一六歳の勇者としてな」
「██ですね」
果肉入りシャーベットさんの言葉が聞き取れなくて、俺は聞き返そうとした。
「え? ええっ?」
けれども、聞き返そうとしても言葉にならなかった。
「なんですか?」
「██のことかのう?」
爺さんの言葉に全力で頷く。
「ああ、それは人間レベルでは口にすることさえできないものですので、忘れてください」
さらりと果肉入りシャーベットさんに説明された。
記憶を消したとか、人間レベルでは声にもならないとか、こいつらなんだかんだ神様的なもんなんだな。
いまいち現実感がなかったけど、こうして非現実的な出来事を積み重ねられたら、これがリアルなんだと受け入れざるを得なかった。
「さて、どこまで話したかのう?」
「一六歳の勇者として転生するところまでですね。サトーランドの一六歳は、この人の世界における二五歳くらいの大人という感覚の違いがありますが」
「できる限り社会観の近い世界から呼び寄せたかったのだがのう……」
「まあ、贅沢言っても仕方がありません。それにもう死んでもらったわけですし」
そうだそうだ。トラックでひき殺しておいて、今さらコイツいらないんじゃね?って捨てるのは良くないと思う。神様なら人権を大事にして欲しい。まあ、言ったら機嫌損ねそうなんで言わないけど。
「さてと……転生するにあたり、何をすればよかったのかのう」
「基本パッケージですから、特別な能力をひとつ与えられますね」
神様らしい二人が、再び俺の転生についての話を始めた。
「特別な能力……」
「ドラゴンに変身できるとか、世界で一番料理が上手になるとか、色々とありますね」
「できれば、簡単な能力にしてほしいのう。ワシもサトーランドを管理する仕事があるから、よく分からない能力とかを混ぜないでほしいんじゃよ」
突然言われても、正直よく分からない。実は俺、異世界転生モノに興味がなくて、マトモに読んだことがないんだ。
こうして、どんな能力が欲しい、って言われると、マジで戸惑う。異世界転生って、なんかすげえ能力もらって俺tueeeeeeって無双するもんだとばかり思ってたんだけど、すげえ能力ってどんな能力なんだよ。
実は異世界で俺tueeeeeeやってる奴らって、すげえ能力を思いつく天才なんじゃないだろうか。俺にはどんな能力なら、俺tueeeeeeができるか思いつきやしない。
「えっと……全能力値カンストとかって、できます?」
悩みに悩んだ末に、俺が思いついたのは、全能力値を最大値にするというストレートなものだった。
「そんな能力、基本パッケージにあったかのう?」
「『全能力上限越え』なら、ぴったりだと思います。世界観影響度Eという、管理しやすいチート能力ですね」
「ランクE! フォフォフォ!! これは楽ができるのう!」
どうやらこの神様たちにも都合が良い能力だったようだ。win-winの素敵な関係。Eランク呼ばわりされるのだけちょっと癪だけど、変に凝ったわかりにくい能力を与えられるくらいならよほど楽だ。
「では、お前には『全能力上限越え』の能力を与えよう!」
どこからともなくファンファーレが鳴り響いて、俺の身体が軽くなった。どうやら、『全能力上限越え』の能力を貰えたらしい。
「ごぶあっ!?」
と、いきなり爺さんが机にうっ潰した。
「あ、言い忘れていましたけど、『全能力上限越え』の能力は神様の消費エネルギーがAランクなんで、しばらく起き上がれないと思いますよ」
「そ、それは先に指摘しておいて欲しかったのう……」
ぜはぜはとヤバそうな呼吸音と共に爺さんが言う。確かにここまでエネルギー使うなら、先に忠告しておくべきじゃあなかっただろうか。
「いえ、別に知ってると思ったのと、いくらなんでもそんなにエネルギー尽きかけてるとは思わなかっただけです」
果肉入りシャーベットさんが爺さんの半身を起こそうとする。すると爺さんが自分の頭を彼女の胸にさりげなく押し付けようとした。爺さんはエロじじいだったようだ。
しかし胸までの距離が絶壁的に遠かった為か、果肉入りシャーベットさんに気づかれて身体を起こそうと伸ばしていた手を離されてしまった。結果、爺さんの頭がハンマーのように机に叩きつけられた。
「……あのー、サトーさん?」
そのまま押し黙ってしまった爺さんに、果肉入りシャーベットさんが恐る恐る声をかける。
「殺した?」
「や、やってません! ただちょっとエネルギー使い切って、サトーさんが眠ってしまっただけです!」
残ったエネルギーの最後の使い道が、果肉入りシャーベットさんの胸に頭をつけようとしただなんて、この神様に管理されている世界の人間が聞いたらどう思うのだろうか。
「仕方がありません。こうなったら何かの縁です。私が一時的にサトーランドに介入します」
「そういえば、貴女は一体どちらさまなんです?」
先ほどの爺さん、サトーランドのサトーさん──サトー神とでもいうべきなのだろうか。あの人と対等そうだったけど。
「よくぞ聞いてくれました!」
えっへんと胸を張る果肉入りシャーベットさん。その紫のローブのなだらかな曲線は、果肉抜きといった感じがより強調されてしまっているのだけど、本人は気づいていないようだ。
「私は二五の世界を管理する女神シャーベット! 担当世界はどこもトラブル皆無で管理の余地がないので、ちょっとサトーランドのお手伝いをしましょう!」
女神シャーベット。仕事がないから、ちょっと他所の神様の仕事を見に来ていた暇人といったところか。
「お手伝いって言うけど、具体的に何を?」
「あっ。ところで気づいたのですが……」
俺の質問を遮って、女神シャーベットが言った。
「貴方の名前はなんというのですか?」
「俺の名前?」
名乗らずとも知っているのかと思いきや、そうでもないらしい。まあ、流石にサトー爺さんは知ってたと思うけど、すっかりぶっ倒れてるしな。
「俺の名前は相馬竜也」
「ソーマですね。覚えました」
「相馬なんだけど……」
なんか、そうま、という僅か三文字の言葉のはずなのに、発音が全然違う。
というか、いままで日本語で話していたけど、サトーランドとかいう異世界で日本語通じるのか? 転生するらしいけど。
「そもそも、まずは何をすれば──」
「では、ソーマ。サトー神にかわり、私がサトーランドの要である、レミ王国の王都レミリアへ転生させます」
「は?」
次の瞬間、視界が暗転した。
心の準備をする間もなく、俺はレミリアへと飛ばされたのだった。
初めてのなろう小説連載、ここに始まる(緊張