◇8.銀の鴉
銀の鴉と見まごう光が、虹色の尾を引いて大雪原を突き抜けていく。
――高速雪上戦闘艇《粉雪》が放つ、エーテルの光だ。
だが、尾を引いているのは、光だけではなかった。
「にゃああああああああああっ!!!? どこ、触って、るんですーー!!!?」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛首があああああああっ!!!!!!!」
そう、見苦しい叫び声も、一緒に引いていたのだ。
「どこ触ってるってなにいーーっ!!? こっちは急に猛スピード出されて首がむち打ちなんだがあーーーーっ!!!?」
「ど、どこって、……ぱぃ、ですーーっ!!!!」
キャーキャー喚く銀髪少女の髪の中に、俺の顔が埋もれている。少女の頭はちょっと汗臭いが、むしろそれがいい。
つうか「ぱぃ」ってなん……ああ、おっぱいのことか!
この細長いスノーモービルみたいなやつが急に発進するから、掴めるとこそこしかなかったんだわ。
しっかし胸でけーな! 隠れ巨乳フッフーウ!
「きょ、きょにゅ!? こんな時に、なに、いってるん、ですーーっ!!!!!?」
「ちょっ!? 待っ、違うんだっ、えっ? 心の声漏れてたのっ!? なんで!? つか、ちゃんと運転してーーっ!!」
俺が見苦しい言い訳をしている間に、リクが馬車から何らかの黒い物体を投げ捨てていた。
「き、た! 《魔導式、擬装熱源体“フレア”》!」
直後、黒い物体が赤く、眩い光を発しながら炸裂し、雪蛇竜の追撃がその光へと逸れる。
フレア内の金属粉末等に火のエーテルが反応し、赤外線や薄いエーテル波を放出、雪蛇竜が持つピット器官(赤外線感知器官)を狂わせたのだ。
「いまっ!」
銀髪の少女は、高速艇を雪蛇竜の背後へ回り込むようにして滑り込ませると、ハンドルに内部魔素を流し込んだ。
「一番銛、射出っ!!」
ドンッ! という爆発音と共に、舳先から銛――日本で捕鯨砲と呼ばれるものに近い――が発射され、雪蛇竜の背に命中する。
命中と同時に、銛に仕込まれた火のエーテル塊と麻痺薬が炸裂し、雪蛇竜の背中を穿つ!
「おおおっ!! やったぞ!!」
振り落とされまいと銀髪少女にへばりつく俺は、白煙の向こうから轟く雪蛇竜の悲鳴を聞いて、歓声を上げた。
ふっ。あっけなかったな。この俺が出るほどの相手じゃあなかったというわけか。
まあ、うっかりお漏らしして高速艇の座席から湯気が立ち上っている気がするが、これは武者震いならぬ武者漏らしというやつだ。決してビビッたからではな――
≪おねーちゃんッ! 下ッ!≫
「ッ!?」
銀髪の少女が右にハンドルを切ったと同時に、さっきまで居た場所から巨大な氷の棘が噴き上がった!
「なっ、なんじゃあああーッ!?」
「リリ、ちゃん! ありがとう!」
≪うん! それと『むせん』のじゅんび、かんりょーしたよ! ……いくよ!≫
ノイズ混じりで聞こえるのは、リリの声か!?
むせん!? この小型艇には、無線が搭載されてんのか!?
≪クラス、かいほー! 通信演算士《《おぺれーた》》っ!!≫
エコーがかかったように、リリの声が反響する。
それと同時に、リリの瞳が金色に変わり、小さく輝き始めた。
≪スキル《《広域演算れべる2》》ーっ!!≫
リリの声が反響し、その体が一瞬だけ発光した。
内部魔素が大雪原に漂う外部魔素の波に干渉、攻撃予測範囲を拡大するスキルが発動したのだ。
更なる情報の塊がリリに押し寄せ、脳に負荷をかける。
≪あぅっ! あたまがっ≫
≪大丈夫か、リリっ≫
「リリ、ちゃん、大丈夫!?」
リクと銀髪の少女がリリを心配するが、俺は何がなんだかついていけない。
乳にしがみつくので精一杯だ。
≪だ、だいじょーぶ! まだまだくるよっ! しょーめん下っ!≫
「くぅっ!!」
怒り狂った雪蛇竜が次々に噴出させている巨大な氷の棘を、凄まじいハンドル捌きで躱していく銀髪の少女。
頑張れ銀髪っ子! 俺はでっかい乳にしがみつくことしかできないが、一生懸命応援しているぞっ!
「くっ、火力が、たりない! あのっ! 少し耳を、塞いでいてくださいっ!」
「わ、わかった!」
少女が何かに集中し始めた。凄まじいまでの集中力だ。
俺は片方の手で片耳を塞ぐと、もう片方の手で乳を握りしめた。
それから、銀髪少女の背中に残った片耳を押し付けるようにして塞いだのだが、少女は一切動じない。
「《《……解放! ……!!》》」
少女が何かを叫ぶと、その瞳が銀色に輝き始めた。
少女から発せられた力強い波動のようなものが、俺の体を通り過ぎていく。
「すみま、せん! 操縦、代わって、ください!」
「はぇっ?」
「私からあなたへ《“ユー・ハブ・コントロール”》っ!!」
小型艇の輝きが一瞬だけ増した後、銀髪の少女が俺にハンドルを握らせた。まさか。
「おいいいいいいいいいっ!!!!? 俺、運転下手くそなんだがああああああっ!!!!?」
暴れる高速艇のハンドルを必死に押さえ付けて、何とかして横転しないように維持する。
銀のペンダントを握りしめる少女に、背後から覆い被さるようにしてハンドルを握っているので、絵面的にかなり危険ではあるがそれ以上に俺の命が危ない。
「我が呼び声に応えたるは、暗く鈍き銀の輝き! この辰砂を触媒とし、敵を穿て! エクストラスキル、《《銀色の矢》》ーーッ!!」
少女の指先に銀色の光が収束し、一条の矢となって雪蛇竜の腹部を貫いた!
しかし、雪蛇竜は倒れず、腹に大穴を開けつつも、馬車の方に向けてその口を膨らませる!
「おい! なんかヤバそうだぞ! さっきの弾や、光やフレアは出さないのか!?」
「も、もうない、です! お金、ありません、から! それより、操縦交代、です! あなたから私へ《アイ・ハブ・コントロール》!」
おっとチェンジか。良かった良かった、運転は苦手なんだよ。
それにしてもお金かー。奴隷とか言ってたしなー。世知辛い話だけど、ないなら仕方ないねー。
俺が気を抜いた次の瞬間、雪蛇竜の口から、大量の氷の塊が馬車に向かって射出された!
「みんなっ、逃げて!!」
馬車に直撃するかと思われた、その時―――!
≪クラス解放! 操縦士《《ドライバー》》ッ!! クイックスキル《《慣性ドリフト・レベル2》》ッ!!≫
焦げ茶色に瞳を輝かせたブリキ御者が、雪上でドリフトを敢行した!
車体を滑らせながら、迫り来る氷塊を回避していく!!
≪ウオオオッ!! ウォーワゴン(戦場馬車)ハ、伊達ジャナイッ!!≫
慣性で滑りすぎる車体を、スキルが生み出すエーテル波で強制的に軌道を修正し、凄まじい雪飛沫を上げながらドリフトを続ける御者!
「なっ、何がどうなッとるんじゃーーッ!!!?」
ブリキ御者はただのポンコツではなかったというのかっ!
このままでは、俺はただ乳を揉んでいるだけの役立たずの変態という烙印を押されてしまうではないか!
≪おねーちゃんっ! あぶないっ!≫
――すぐ側まで、大木のような尾が迫っていた。
雪蛇竜が、氷の棘で舞い上がった雪を隠れ蓑にして、尾で薙ぎ払いにきたのだ。
これでは、平面移動しかできない小型艇では避けようがない!