◇7.高速雪上戦闘艇《粉雪》
「あ、あれ、は……。雪蛇竜、です……!」
震えるような声で、銀髪の少女がその名を紡ぐ。
地鳴りが収まり、雪飛沫が晴れ、そこに現れたもの。
それは、天に浮かぶ地球を突かんとするがごとき、蛇のような“白き竜”であった。
「キシャアアアアアアッ!!!!」
鼓膜が裂けそうなほどの声を出して、地球を睨み付けている巨大な化け物の姿に、俺の身は竦んでしまう。
その縦に裂けた赤く輝く目は、頭頂部まで続くほどに長く、まるで、地球を恨めしく見る為にあるように感じられた。
「御者、さん! 全速力で、離脱、をッ!!」
『ワカリマシタ!』
銀髪少女の指示を受け、白き蛇竜の横を通り過ぎるようにして突き抜けていくイルカ馬車。
何が何だかよくわからんが、とにかくヤバイ状況なのは理解した!
「おいッ! 大丈夫なのかッ!? 何が起きてんだッ!?」
「……ッ! 大丈夫、では、ないです! 逃げ切れない、かもしれません!」
「やーっ!! がぶりんされちゃうよーっ!!」
「まじーぞまじーぞ! 蛇竜とかまじーぞ!!」
リリが泣き、リクが叫ぶ。メメは、メメはどこだっ?
「……ギャラクティカボムでギャラクティカボムで……」
居た。メメは死んだ魚のような目で腕をシュッシュッと突き出して、雪蛇竜に向かってジャブをしていた。どうやら現実逃避をしているようだ。
……絶望的じゃねぇか!!
「キシャアアアアアアーーーーーーッ!!!!!!」
雪蛇竜がこっちを向いた。やはり逃がしてくれるつもりはないらしい。猛烈なスピードで、雪を吹き飛ばすように、這うように馬車へと迫ってくる。
これはいよいよ年貢の納め時かもわからんね。ああ、すまない母さんや妹よ。親不幸妹不幸な俺を許したまえ。
でも妹よ、悠真との結婚はお兄ちゃん死んでも認めないから。
「逃げ切れない、ですッ! もう、戦うしかない、ですッ!」
銀髪の少女が、決意した目で御者さんの方へと向かった。
……えっ? なに? なに言ってんのこの子?
戦う? このメンツで? 糞ガキ3人と君とブリキとイルカと裸で鼻水凍り付いてるおっさん1人だよ?
もう無理だよねー絶対に死ぬよねー。特に俺。凍死するよねー。
「御者、さん! 私が出たら、《雪上戦闘機動“スノー・マニューバ”》に移って、ください!」
『了解シマシタ!』
「だめだよーっ! 一人じゃがぶりんされちゃうよーっ!」
「そうだぜ! オレたちもきょーりょくするからさ!」
「ギャラクティカボムでギャラクティカボムで……」
銀髪の少女は小さく微笑むと、全員の頭を優しく撫でた。ただ一人、俺を除いて。
おかしい。ブリキ御者ですら撫でられたというのに。俺がハブられる理由が思い付かん。
「ありが、とう。でも、これが《奴隷鴉“レイヴン”》の、おつとめ、だから」
「でもさ、何か手伝いたいんだよっ! なあみんなっ!?」
リクの勇気ある問い掛けに、全員が頷いた。ただ一人、俺を除いて。
「ありが、とう! じゃあ、リクくんは、私が出たら、10秒後に、《魔導式擬装熱源体“フレア”》を、まいて!」
「わかった!」
勇ましく頷くリク。
「わたしはー?」
「リリちゃんは、いつもと、いっしょで!」
「うん!」
元気いっぱいに頷いたリリ。
「メメちゃん、は」
「ギャラクティカボムでギャラクティカボムで………」
「め、メメちゃんは、がんば、って!」
……。
なんかごめん。俺の所為だよね。ごめんな、メメ。
最後に、銀髪の少女は俺の方に振り向くと、飾り気がなく獣臭い毛皮を差し出した。
「みんな、急いでこれを、着て、ください」
言われた通りに着替えると、その猛烈な暖かさに少しだけ現実感が戻った気がした。
これで凍死はせずに済みそうだな。獣臭いけどこの差し入れは実にありがたい。
「では、乗って、ください」
言われるがまま御者台に移動すると、俺がキャタピラを見た側とは反対の方向に梯子があった。
その下には、銀色のスノーモービルを細く長くしたような乗り物が接続されてある。
これで俺を逃がしてくれるのかな?
そりゃそうか。自慢じゃないが、俺は何も知らない一般ピープルで、子どもに負けるほど弱いからな。喧嘩の弱さには昔から自信がある。
「これで逃がしてくれるんだな。なんかごめんね? 俺だけ逃がしてもらってさ」
「……? あなたも、戦うんです、よ? 私と同じ、“奴隷鴉”、ですから」
はい? 今、なんて、おっしゃりました?
「えっ? 俺、そんなものになった覚えはないよ?」
「? 突然現れたあなたを、メメちゃんが、奴隷鴉にしたの、ですよ? 覚えていません、か?」
覚えてる訳ないよねー。俺気絶してたよねー。
つうかメメ。どういうことだよオイ。腹立つから見送りに来ていたメメをおもっくそ睨み付けてやるわ。
「!? ……(ぷぃっ)」
なに明後日の方向見てんだオイ!? 口笛でごまかすな!! 音出てないぞメメ!!
「……外部魔素円筒、バトルモード」
小型艇が淡く光り始める。銀髪の少女がブツブツとなんか言っているが、俺はそれどころではない。
「……内部魔素接続体、リンクオン」
小型艇から激しい振動を感じるが、俺の頭の中はメメをどうしてやろうかというゲスい考えで一杯だ。
「……体内魔素状況、オールグリーン」
なにが“ごめんな、メメ”だよ。(心の中で)謝って損したわ。
そうだ、降りよう。別に素直に乗る必要はない。降りて、雪玉でも投げてりゃ戦ってる感出るだろ。よし。
「ごめん、ちょっとトイレに……」
「では、行って、きます! 固定錨着脱!」
「えっ!? ちょっ、待っ」
「高速雪上戦闘艇《粉雪》、フルブーストッ!!!!」
凄まじいまでの急加速。
俺は、頭が置いていかれそうな程のG(重力加速度)を全身に浴びながらも、懸命にアイツを探す。居た!
「メメエエエエェェェェェェェェェェェェェーーーーーーーーーッ!!!!!!!!」
――地獄からの怨嗟のような叫びを聞いてビビッたメメが、泡を吹きながら『コテンっ』と倒れた姿が、遠目に見えた気がした。合掌。
こうして長い回想が終わり、冒頭へ戻るわけだ。