◇6.異世界の表と裏
前書き
修正中です。
「嘘、だろ……?」
ーー地球。
人間なら、誰もが知っているであろう、母なる水の惑星。
本来、その星は住むものであって、“見上げるもの”ではない。
だが、その水の星は、視界を埋め尽くさんばかりの大きさで、確かにそこにあった。
「……なんで、なんで“地球”が、あんな所にあるんだ!?」
「ッ!!」
俺の言葉に反応した銀髪の少女が、揺れるように見開いた瞳を俺に向けてきた。
だが、今の俺には、その瞳に答えてやれるほどの余裕はない。
「しーっ! しずかにだよー!?」
「モゴゴッ」
メメではない方の虎っ子風少女こと糞ガキ子が、慌てて俺の口を塞ぐ。
くそっ、なんなんだ!? 一体、何がどうなってんだ!?
「“アオノヨイ”のときはね、しずかにしないとね、こわいこわいモンスタァーがでるんだよ?」
「モゴゴーッ」
「だーめっ。ごぶりんにがぶりんされちゃうよー?」
こ、この子、意外と力が強いのな。俺の口をアイアンクローで完全に塞いできやがる。
メメだけが強いと思っていたが、手加減していただけなのか? 少女プロレスラーか?
お陰で少し落ち着いたがな。というか息ができん。
「モゴッ」
「なーに?」
「モゴゴッ」
「わかんないー」
いやわかるでしょ! 手だよ手!
そのアイアンクローをどけてくれないと、喋る前に死ぬわ!
ぐうぅ、息が、息ができん……。
「おーいリリ、手をはなしてやらないと死んじまうぞー」
「そっかー」
「モガッフ!」
バハァァーッ、ハァァーッ、し、死ぬかと思った。
取り敢えず深呼吸だ深呼吸。そして、話を整理しよう。ふぅ。
つまり、単刀直入に言うとだ。
俺は、宇宙人に攫われている!!(ドンッ)
……。
「はぁぁ~、ありえないわ~」
まだ夢の可能性は捨て切れない。だが、こんなにも五感がハッキリしている夢なんて、聞いたことも見たこともない。
何かのクジに当たったとは思っていたが、これはとんでもない“ハズレくじ”かもしれない。
「こんなサプライズ、聞いてないぜ……」
眼前に広がっている地球。その近さは、宇宙飛行士が撮った写真のように、地球の街明かりやオーロラが見えるほどだ。
この距離なら地球から俺の居る星が見える筈だが、なぜ見えないのか。答えは簡単だ。
「宇宙人の技術力ハンパねぇな……」
「リクー、あのひとさっきからずっとぶつぶついってるよー?」
「なんかそいつヤバそーだから、もうほっとこーぜリリ」
背中越しに失礼な言葉が聞こえる。糞ガキ子はリリで糞ガキ少年はリクか。
何か色々知ってるみたいだし、つまりこいつらが俺を攫った宇宙人か!?
「お、お、おまえら……」
「なにー?」
「なんだよ」
こ、こいつらのことは、俺よりザコのちんちくりんだと思っていたが、もしやとんでもなく恐ろしい存在なのでは?
ね、眠っていた時に感じた腹の鈍痛は、こいつらに俺の内臓をキャトられていたからでは……? ここは下手に、下手に出ねば。
「お、俺を連れ去って、何をする気……です? キャ、キャトルミューティレーションです? 内臓とらないでくださぃぃ……」
「ねー、リクー、なにかひどいこといわれてる気がするー?」
「寒さでおかしくなったのかもなー」
待てよ。日本語が通じるし、こいつらも宇宙人に攫われたのかもしれない。なら、誰が俺を攫った宇宙人なんだ?
やはり銀髪の子が疑わしい。銀色の髪だし、何か色々知ってるし、不思議な感じがするし、きっとこの子が宇宙人に違いないな!
「う、宇宙人さんです? 内臓たべるです?」
「……」
銀髪少女に疑いと怯えの眼差しを向けると、さっきから俺に釘付けだった銀髪少女の目が、半開きになって軽蔑するようなものへと変わった。
アレレ? なぜだろう、視線が痛いぞー?
「……。ちがい、ます。その答えは、すぐに、わかり……ます」
「ん? 何を言ってるんだ? 痛ッ!?」
突如、頭に痛みが走り、視界がレッドアウトした。思わぬ事態に目を瞑ってしまう。
幸い痛みは一瞬だったので、瞼も直ぐに開けられたのだが、目に飛び込んできた光景が異常だった。
「なっ、なんじゃあああああーーーーーーーッ!!!!?」
――赤黒い世界。
赤黒い太陽。
赤黒く、大きな神社。
その境内に、数多の赤黒い人影が蠢いている。
……本日何度目のなんじゃだろうか? もう驚きすぎて、いい加減に慣れてきたぞ。
というのは嘘です。チビりそうなくらい怖いですハイ。
「……やっぱり」
後ろから聞き覚えのある声がしたので振り向いてみると、そこには例の銀髪少女が居た。
「な、なんで君が!? ここはどこなんだ!?」
「すぐに、わかり、ます。だれかに、手を引っぱられても、ついて、行かないで、ください」
すぐにわかると言われてもすぐにわかる気がまったくしない。
他に何があるんだ? これ以上のトラブルはもう勘弁なんだが。
「ん? 声が、小さな女の子の声が、聞こえるな……」
声が聞こえたのと同時に、境内に居る赤黒い人影達が、一斉にこっちを向いた。
「なん、だ?」
かァごめ かァごめ。
かァごの なかの鳥は。
「これは、童歌の、かごめかごめか?」
いついつ でーやァる。
夜あけの ばァんに。
「なん……だ? 目眩が……」
つるつる つゥぺぇった。
なァべのなァべの そォこぬけ。
そこぬいて たァーもれ。
「き……み……は?」
目の前で、赤黒い顔をした少女が、俺と手を繋いでいる。
その少女が、コナタ、カナタニ、指ヲサス。
そうシテ、笑イなガラ、俺の手ヲ―――
「だめッ!!」
「ぐッ!?」
銀髪の少女が、俺のもう片方の手を思い切り引っ張った。
その痛みで俺の混濁していた意識が晴れる。
「つっ、一体、俺は何をしていたんだ……?」
「説明は、後、です。それより、あれを見て、ください」
少女が指差す方を見ると、お社の中に弱々しく光る、白い影が浮かんでいた。
その光から、優しげな女性の声が聞こえてくる。
『『……聞……ますか。日ノ本の子……。……その世界……神々を………信じては……………。……力を……授け…す』』
「あれは、なんだ? 君は分かるのか?」
「まって。また、……もどり、ます」
銀髪の少女の言葉と共に、一瞬だけ視界がブラックアウトした。
視界が元に戻った時、そこはもうあの赤黒い世界ではなく、何かのケツが俺の顔いっぱいに――って、ケツ!?
「あうう!?」
そこには、俺に押し倒されて頬を恥ずかしそうに染めながら、あうあうと手で顔を覆っているメメの姿があった。
「なっ、なんじゃあああああーーーーッ!!!? げほっごほっ」
むせてしまった。なんじゃを連発しすぎて気管支炎になりそうだ。
さっきから逆サプライズの連続で、俺の1ビット脳内回路はとっくに限界を迎えている。
「あーーっ! やじゅーしてるーーーーっ!!」
「メメになにしてんだこの変態ハダカデバネズミーーっ!!」
『皆サン、オ静カニ』
「わるいんだ! やじゅーわるいんだー!」
誰がハダカデバネズミじゃ!!
ハダカデバネズミは言いすぎじゃないかな……。それにこれは不幸な事故だし、完全に誤解だからな!
「ち、違うんだっ! 事故なんだ! そうだ! 銀髪の君なら分かってくれるよな――」
銀髪少女の方を向くと、震える小さな手を口に当てながら、まるでケダモノを見るような視線を俺に向けていた。
お前もかーい!! ここは糞ガキの惑星か何かか!?
「さっきから父ちゃんみたいなことばっかしやがってー!」
『皆サン、オ静……』
「ちがうんだちがうんだは、」
「ハイハイ違わない証拠だろ!? もういいよ野獣で。そうです俺は野獣ですよ。食べちゃうぞーガォー!」
キャーだのワーだのイヤーだのやじゅーだの父ちゃんだの大騒ぎしている糞ガキーズは放っといて、俺はブリキ風御者さんが握る手綱の先を見ていた。
さっきから視界にチラっチラと入っていたけどね。うん。やっぱあれ、どう見ても馬じゃないよね。イルカだよね。……ふぅ。
「ってイルカじゃねーか!? なんでイルカが雪の中を泳いでんだよ!?」
「えー? ウマだよー?」
いやイルカじゃん! 糞ガキ子ことリリ、お前の目にはあれが馬に見えてんのか!? 幸せな目をしてんな!
まったく、頭ハッピーそうな糞ガキばっかだとは思っていたが、まさかここまでカオスな星だとはな!
「もうヤダこんな世界。降ります。おうちに帰らせていただきます」
「おいあぶねーぞ!」
「おりたらしんじゃうんだよー!」
「……です!」
「あうぅ」
俺と距離を取りまくっていた糞ガキーズが、イルカ馬車から降りようとした俺を慌てて引き留めた。
何だよ、何が危ないんだよ。もう色々疲れたんだよ。俺は一人になりたいんだよ。と言いつつも、行く当てはないから降りはしないが。
降りるフリだ。どうせ引き留めてくれると思ってました。もし無視されたら悲しくて飛び込んでたかもしれんがな。
「何が危ないっていうんだ?」
「ここの雪は、粉のように、サラサラ、です!」
「だからおりたらおぼれて死ぬぜー!」
「だよー!」
マジかよ……。恐ろしすぎるだろ。なんなんだよこの星は。もっとトロピカルな場所に行きたいわ。
待てよ? 流砂のようになっているなら、比重はどうなんだ。地球の流砂と差はなく、そこまでは沈まないのだろうか。
「なあ、このイルカ馬車の荷台が沈まないのはなんでだ?」
「これ、です」
御者台に座った銀髪の少女が、手をちょいちょいと動かして招いてきた。
車輪の方を指差しているようだが、そこに何があるのか。御者台から顔を乗り出すように見てみると、そこには――。
「なっ、なんじゃぁぁあーーーーーーっ!!!?」
キャタピラじゃねーか!! もう完全に馬車じゃねーよっ!!
そう、そこにあるのは、戦車等でよく見るあのキャタピラ。“無限軌道”と呼ばれるものである。
鋼板をベルトのように環状に接続した履帯で、車輪の周りに取り付けたものだ。
この履帯は金属より木製部品の方が多く使われているようだが。
「これに、魔素を、ながして、浮力の、助けに、します……」
「エーテル!? 魔法の次はエーテル!? 冗談は吉住さんだぜ!!」
「む~……」
口を河豚のようにぷくーっと膨らませる銀髪の少女。そんな河豚みたいにかわいく威嚇しても無駄だぜ。
俺の脳内はもう限界を超えているからな。考えるのを拒否し始めている。
「おい! だからしずかにしろって!」
「そーだそーだー!」
『皆サン、ウルサイノデスガ……』
またまた糞ガキーズが騒ぎ始めたその時―――。
ドオォォォオンッ!!!! という音と共に、300メートルほど前方で巨大な間欠泉のごとく雪が噴き上がった!
雪原が揺れ、一面に雪が舞い落ちていく。
「なっ、なっ、なんじゃああああーーーゲホゴホウェホッ!!」
地鳴りが収まり、雪飛沫が晴れ、そこに現れたもの。
それは、天に浮かぶ地球を突かんとするがごとき、蛇のような、“白き竜”――。
――キシャアアアアアア!!!!
と、鼓膜が裂けそうなほどの声を出して、地球を睨み付けている巨大な化け物。
ゆうに全長50メートルはありそうなその化け物の名を、銀髪の少女は震えるように呟いた。
「あ、あれ、は……。雪蛇竜、です……!」