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4.プロローグ:現代編(以下「◆」)



『ーーー天つ星 道も宿りも ありながら 空に浮きても 思ほゆるかな』


「これは、菅原道真公の名歌で、道も宿もあるのに不安であるというその心情を……」


 凛とした教師の声が、教室に響いている。

 まるで、午後の気怠げな空気を吹き払うかのように。


 正直な話、連日の部活で疲れている俺は寝てしまいたいのだが、我慢した。

 俺の隣の席では、一人の女が頭を抱えて、何やらブツブツと呟いている。


「……はぁ~~~。まるでわたしのことだ、わたしと変態さんのことだ、わたしのわたしのわたしわたし……」


 ……怖い。コイツは朝からずっとこの調子だ。

 女教師が次の和歌を詠み上げる。よく響き、聞く人の心を落ち着かせるそんな声だ。

 ……隣のコイツは落ち着いてないが。


『君が住む 宿の梢を ゆくゆくと 隠るるまでも かへり見しはや。この意味は……』


「まるでわたし、まるでわたし、まるでわたしまるでまるでまるで……」


 ……や、ヤバイ。今日は話し掛けないでいよう。触らぬ神に祟り無しだな。


「ね、ねぇ、悠真ゆうま。なつねっちの様子、朝からおかしくない?」


 そいつとは反対の席の女が、小声で話し掛けてきた。


「……ああ、おかしいな。アイツはいつもおかしいが、今日は特に酷い。何とかしろよ、結衣」


 こいつは街風結衣つむじゆい。漫画みたいな名前だが、稀少姓というツチノコみたいな存在らしい。

 名前の通りつむじ風のように快活な性格ではあるが、見た目は黒髪長髪、耳には桜の花弁を模したノンホールピアスという美人委員長タイプだ。性格とのバランスを考えて貰いたい。


「む、ムリムリっ! 朝からずっとあの調子っ! ありゃ~何かに憑かれてるね、うん」

「やめろ、縁起でもない」


 俺達が言うと洒落にならないからな。縁起が悪いのだ。


「悠真なら何とかできるっしょ? キスでも何でもしてさっ」

「ふ、ふざけるなっ」


 あ、有り得ないな。俺とアイツはそんな関係ではない。

 幼馴染みではあるが、互いの両親の仲が良いだけ。それだけだ。

 俺はそういう冗談が嫌いなんだ。そういう冗談は後輩である『真優』の兄だけで十分だ。

 あの人は、真優の想い人が俺であると勘違いして以来、度々ちょっかいを出してくるので困る。まあ、ここ数ヶ月ほど音沙汰なしだが。


「……お前こそアイツの親友だろ。何とかしてやったらどうなんだ?」

「と、言われてもね~……。あれはもしかして、もしかするかもしれないからね~?」


 何だ、アレって。気になる言い方をする奴だ。

 いや気にならないな。どうでもいい。俺は眠いんだ。部活の事も考えないといけない。


「ん~、恋のお悩みかもしれないし~」


 何だとッ!? それはどういう事だッ!!

 何か知っているのか、結衣ッ!!


「……つ、つまり、どういう事だ」

「おや? 気になるのかね、悠真クン」


 こいつ……。

 後で人間ダンクシュートでも決めてやろうか。


「そんな訳あるか。両親の付き合い上、何かあったら困るだけだ」


 言い訳ではない。アイツに悪い虫が付いてグレた場合、両親の関係にヒビが入るかもしれない。

 ストレスの種が増えるのは嫌だからな。断じて言い訳ではないのだ。


「は~。ついになつねっちにも春がきたか~。おめでとう、なつねっち。フフッ♪」


 ……聞いてないな、コイツ。

 少しイラッとくる優しい顔で、アイツを見る結衣。


 俺は深い溜め息と共に、授業に集中する事にした。







「……で、どうするの? 今日もバスケ部はお休み?」


 授業の終わりを告げるチャイムと共に、結衣が絡んできた。相手をする気力もないんだが、仕方がない。

 ちなみにアイツは、ブツブツと言いながらそのまま帰ってしまった。かなりの重症だ。


「お前も弓道部と水泳部は休むんだろ?」

「まあ……ね」


 面倒そうな顔をする結衣。まあ、気持ちは分かる。


「俺達がやるしかないだろ。最近は頻度がおかしいからな。俺達がやらないと、犠牲が増える。だから、やるんだ」

「私は怖いのヤなんだけどな~。それよりさ、なつねっちの恋の相手を聞き出そうよっ!」


 おどけるように言ってくるが、お、俺はその程度では動揺などしない。

 結衣を小突いてやろうとしたら、メールが届いた。時間か。


「……準備しろ、結衣。場所は例のビル建設現場だ」

「ハイハ~イ」


 ……緊張感のない女だ。

 俺達はバスケット部や水泳部、弓道部等に所属しているが、それらはあくまで『表の部活』だ。

 表があれば裏があるように、俺達にも裏の顔がある。


 それはーーー




◆◆◆




「結衣ッ!! 奴が逃げた!! 曲射で狙えッ!」


「わかってますよ、っと!」


 闇に紛れ、物陰に身を隠した怪異『餓鬼がき』を結衣が弓で狙う。

 餓鬼とは、腹が膨らんだ小人のような外見の低級怪異で、人を貪り喰らう悪鬼だ。

 その餓鬼の頭部に、結衣の霊力を乗せた矢が放物線を描いて的中し、『バンッ!』という音と共に風船のように弾けさせた。


「結衣ッ、続けて正射!! 奴の車輪をかすめさせて、こっちに誘導しろッ!!」

「悠真っ、人使い荒いよ~~ッ!!」


 結衣が愚痴っているが、俺はそれどころではない。

 俺は愛刀の『鬼丸国綱おにまるくにつな』に霊力を流すと、建設現場を飛び回る怪異『火車かしゃ』が吐く火炎弾を、下から上へと振り抜いて切り裂いた。


「ハァッ、ハァッ、悠真っ、まだッ!? あの火車、普通より強いよッ!? 矢の威力が直前で削がれてる気がするっ!!」


 月明かりに照らされ、濡れたように光るその長い髪を振り乱し、火車の火炎弾を資材置き場の陰へと滑り込むようにして避ける結衣。

 火車とは火に包まれた空を飛ぶ車輪状の化け物のことで、その大きさは3メートル程。車輪の中心には甲高い笑い声を上げている大きな女の顔がある。

 その口の中には犠牲となった女性の亡骸があり、奴はそれを楽しそうに噛み砕いていた。

 ……建設現場にある鉄骨が所々溶けていて、火車の攻撃の激しさが窺える。


「悠真っ! 早くっ!!」


 さっきから俺や結衣の攻撃が悉く有効打とならない。チッ、『名を持つ怪異ネームド・モンスター』って奴か?

 だが、俺には切り札がある。この程度の敵なら俺達は負けやしない。


「もう少し、あと少しだ……。結衣、斉射ッ!!」


 結衣の術技アーツが発動し、複数の矢が青白い軌跡を描きながら火車へと向かう。

 暗闇を照らすような小さな流星を模した矢が、火車の車輪を掠めて破魔の力を弾けさせた。

 バランスを崩した火車が、耳障りな悲鳴を上げながら地上数メートル程の高さまで落ちて……よし、今ッ!



「《《呪詛・鬼帰雑芥之軛ききざっかいのくびき、解ッ!!!!!》》」



 俺の言霊が場に反響し、力が解放される。

 額の皮膚を突き破りながら二本の角が生え、目が赤黒く輝き始めた。それと同時に、頭の中に無機質な音声が流れてくる。



 ≪……の解放を確認。細胞融解まで、残り……≫



「オオオオオオオッ!!!!!!」







「……疲れたぁ~~っ」


 建設現場で猫のように伸びている結衣。綺麗な顔が汗や土埃で台無しだ。

 まあ、俺の方が疲れたがな。アレは体への負担が尋常じゃない。今回みたいなことは勘弁してもらいたい。


「……ああ、俺もだ」


 同じく、地面に伸びるように倒れ、呟く俺。


≪悠真せぇ~んぱぁ~いっ! おっつかれさまでぇ~すっ♪≫


 一息つこうとしたところで、場に似付かわしくない、甘ったるい声がハンズフリーのスマホから―――部員が改造した特別製《試作型異界突破広域探知万能端末“スマートフォン”》から飛び込んできた。

 ノイズ混じりの声ではあるが、この“異界”でも通話が可能な優れものだ。


「ああ。お疲れ様、真優まゆ


≪えっへへぇ~っ。あっ、ついでに結衣センパイもおつかれさまです。生きてたんですね≫


「ま、まゆっちぃ? 先輩に向かって、その態度と温度差はなにかなぁ~?」


 結衣の額が怒りで痙攣している気がするが、面倒なので俺は介入はしない。

 触らぬ女子に祟りなしだ。


≪ん、お疲れー! こっちでも一帯の討滅を確認したわ! さーみんな、帰ったらカラオケに行きましょー!≫


 部長の声だ。無駄に元気な声に少しイラっとするが、いつものことだ。

 それよりこっちは疲れているので、カラオケに行く気分ではないのだが……。


≪嫌です。だって部長、オンチじゃないですか≫

≪お、音痴っ!?≫


 真優が部長の申し出をバッサリと斬り捨てた。

 む、ムゴイ。オブラートに包まない具が丸出しの発言だ。


「うわぁ、まゆっち、そんなにハッキリと言っちゃあ……」


 流石の結衣もドン引きである。


≪最近の部長ってよくカラオケに誘ってきますけど、一人カラオケにした方がいいと思いますよー≫

≪わた、わたしが、オ、オンチ……? だって、だって、彼氏が歌に付き合ってくれないんだもん……≫

≪ああ、数ヶ月も音信不通だっていう年上カレシですかー? 遊ばれて捨てられたんじゃないですか? そもそもネットゲームで付き合ってるカレシって、本当にカレシって言えるんですか? セックスすらしてませんよね≫


 もういい、もうやめたげて!

 真優、お前は鬼か!? 部長に恨みでもあるのか!?

 流石に見かねて部長に助け船を出そうとしたその時、ガシャン! という何か物凄い音がスマホから聞こえてきた。


≪うわーっ! 部長が倒れたぞーっ! しっかりしてください部長ーっ!≫

≪大変、泡を吹いてるわ! 早く、癒しの奇跡をかけないと!≫

≪フィーヒヒヒ! ……私の計算では、部長のヒットポイントはもうゼロと出ています≫


 他の部員も大騒ぎを始めている。

 なんて慌ただしいんだ。少しは緊張感というものを持ってもらいたい。


「あ、あはは。本当に騒がしいね、この部活。それより悠真ぁ。レベルはけっこ~上がったけどさぁ、こんなこといつまで続くんだろ~ね~?」


 他人事みたいに言ってるが、お前も騒がしい内の一人だからな、結衣。

 それにいつまで続くかなんて今は考えたくもない。考えるだけで鬱になりそうだ。


「は~あ。今日のことで、部長にはた~~っぷりと抗議してやるんだからっ!」


「ああ……。言ってやれ、結衣。いや、やめてやれ。これ以上のダメージは部長の心が壊れてしまうぞ」



 ……俺達の裏の顔、裏の部活。


 それは、人々に仇なす“怪異”を撃滅せしめ、“霊障”を祓い、人々を守護する『視える』者達の集団。



 ーーー『都市伝説怪異調査討滅部』




 ……そのまんまだ。



「ほんと、こんなことは勘弁してもらいたいな……」



 その呟きは、風の音で誰に届くこともなく、ただ虚しく掻き消されていった。




≪オ、オンチ……。フラ、フラレ……≫



 部長の呟きも。

後書き


雑補足

曲射(放物線を描く射撃。山なりの弾道)

斉射(一斉射撃)

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