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1.プロローグ:異世界編(以下「◇」)

前書き

フィクションです。



 霧が、闇夜の山々を覆うように、雄大に流れていく。


 霧が、星を散りばめたように、世界が染まるかのように青く輝き、海へと流れ、広がる。

 それらを眼下に、


 俺は


 私は


 “君”の


 “あなた”の



 手を取った―――







 ――とある異世界。



 銀のからすと見まごう光が、虹色の尾を引いて大雪原を突き抜けていく。


 ――高速雪上戦闘艇《粉雪》が放つ、エーテルの光と、それを操縦する銀髪の少女の輝きだ。


 だが、尾を引いているのは、光だけではなかった。


「にゃああああああああああっ!!!? どこ、触って、るんですーー!!!?」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛首があああああああっ!!!!!!!」


 そう、見苦しい叫び声も、一緒に引いていたのだ。


「どこ触ってるってなにいーーっ!!? こっちは急に猛スピード出されて首がむち打ちなんだがあーーーーっ!!!?」

「ど、どこって、……ぱぃ、ですーーっ!!!!」


 キャーキャー喚く銀髪少女の髪の中に、俺の顔が埋もれている。ちょっと汗臭いが、むしろそれがいい。

 つうか「ぱぃ」ってなん……ああ、おっぱいのことか!

 この細長いスノーモービルみたいなやつが急に発進するから、掴めるとこそこしかなかったんだわ。

 しっかし胸でけーな! 隠れ巨乳フッフーウ!


「きょ、きょにゅ!? こんな時に、なに、いってるん、ですーーっ!!!!!?」

「ちょっ!? 待っ、違うんだっ、えっ? 心の声漏れてたのっ!? なんでー!? つか、ちゃんと運転してーーっ!!」


 俺が見苦しい言い訳をしている間に、遠くに見える馬車(仮)から、トラ耳を生やした子供が謎の黒い物体を投げ捨てていた。


「きた! 《魔導式、擬装熱源体“フレア”》!」


 少女が呟いた直後、黒い物体が赤く、眩い光を発しながら炸裂し、雪蛇竜スノー・サーペント・ドラゴンの追撃がその光へと逸れる。

 フレア内の金属粉末等に火のエーテルが反応し、赤外線や薄いエーテル波を放出、雪蛇竜が持つピット器官(赤外線感知器官)を狂わせたのだ。


「いまっ!」


 少女がその流れるような銀髪を輝かせながら、高速艇を雪蛇竜の背後へ回り込むようにして滑り込ませると、ハンドルに内部魔素オドを流し込んだ。


「一番銛、射出フォックスワン・シュートっ!!」


 ドンッ! という爆発音と共に、舳先へさきから銛――日本で捕鯨砲と呼ばれるものに近い――が発射され、雪蛇竜の背に命中する。

 命中と同時に、銛に仕込まれた火のエーテル塊と麻痺薬が炸裂し、雪蛇竜の背中を穿つ!


「おおおっ!! やったぞ!!」


 小型艇から振り落とされまいと銀髪少女にへばりつく俺は、白煙の向こうから轟く雪蛇竜の悲鳴を聞きながら、

 「あれ? 俺、なんでこんなことしてんの?」と、一瞬だけ、と言っても文字にするとちょっと長い、回想という名の現実逃避をしていた――。







 ーー回想。東京某所。




 パンパン、スパパン、スパパン、パンッ!



 ヘッドセットのスピーカーから、軽快なリズムが流れてくる。



 パンパン、スパパン、スパパン、パンッ!



 軽快なリズムが響く度に、画面に映る尻が揺れた。


≪ヒャッハー! また来たわー! 獲物追加するわよ、ゆーま!≫


 せからしい(うるさい)女の、嬉々とした声が聞こえる。俺の仲間であるりんの声だ。

 まあ、声は加工しているだけでどうせネカマ、しかも中身は俺と同じおっさんだろうがな。

 おっと獲物だ。


「凛。こちらも獲物を捕捉した。狩りが終わったら、宴を再開しよう」


≪とーぜん! そいつらの尻を洗って待ってなさいよっ!≫


 さあてと。俺達が巣食うこの森に紛れ込んだ、哀れな哀れな獲物の顔を拝もうか。

 ……居た。伝説風の剣と鎧を装備したイケメン男子に、豪華な黒い衣装を着た美少女魔法使い。ガチムチイケメン中年戦士と、それにチョロチョロと動き回る、落ち着きのない神官風のチビロリか。

 見るからに勇者なパーティで、笑いが漏れる。チビロリだけ場違いだが。

 『さて』と呟いてから、音声加工『野蛮人』をクリックする。

 肩パッドに付いた凶悪なトゲと、頭で輝くモヒカンをいつもの2倍の長さに変更し、準備は万全。


 さあ、パーティの始まりだ!


「ヒィーーーハハーーーッ!! そこのお前ら、持ち物ぜんぶ置いてきなーー――ッ!!!!」


 突然の俺の襲撃に、大慌ての勇者風パーティ!

 と、思ったが、大慌てなのはチビロリだけで、残りのメンツは微塵も動じずに反撃してきた。

 どんなプレイヤーでも少しは動揺するはずなんだが、こいつら何者なんだ?

 まあ、俺には無意味だがな。俺は奴らの反撃を受け流すと、いつものように、事前にスキルを20個ほど重ね掛けした棍棒を横にスイングした。


「棍棒整形手術ッ!!」


 俺のスキル『棍棒整形手術フェイス・ファッカー』が、敵の男共の顔面に直撃する。

 このスキルは、美男美女のキャラに20倍もの特効ダメージを与える優れものである。

 たった一撃で無様に吹き飛んで行く男共を見て、愕然とする女達。そんな顔をしている場合か? その隙を見逃す俺ではないぞ。


「棍棒整形手術ッ!!」


 そいつらにも容赦なく整形手術を叩き込んだ。ただし、尻にだが。

 どうせネカマだろうが、それでも女キャラの顔面に叩き込むほどの強メンタルは持ち合わせていない。

 チビロリが泣きながら何かを叫んでいるが、どうでもいいことだ。怒るならこの仕様にした運営に怒るんだな。


「よし、捕縛完了。宴にするか」







 パンパン、スパパン、スパパン、パンッ!



 暗闇に包まれた森の一角で、軽快なリズムが響いている。



 パンパン、スパパン、スパパン、パンッ!



 円を描くようにして並べられた沢山の尻が、軽快なリズムに合わせて揺れている。勿論、獲物は全員四つん這いの丸裸だ。

 その中心には、煌々と燃ゆる焚き火。

 火に焼かれ、パチパチと弾ける薪の音と、ホゥホゥと鳴くふくろうの声が、獲物の罵声と尻音に調和して実に心地いい。


≪今日は大漁ねっ、ゆーま! ジュースがうまいわーっ!≫

「そうだな~、凛。こっちも酒がすすむわ~」


 凛がゲーム内……ではなく、リアルの方でジュースをグビグビと飲んでいる音が聞こえる。

 夏の暑さにはジュースよねとか言ってさっきから飲みまくっているが、そんなに飲むと腹壊すぞ?


≪それにわたし達が憎まれ役をすることで、人々の団結力が上がり、それを返り討ちにすることで、わたし達のストレスが晴れるっ! まさにウィンウィンな関係よねっ!≫

「そ、そうだなー、凛。酒がすすむわー」


 ゆーまと呼ばれた男、つまり俺が作ったゲームキャラ(ジョブは半裸忍者だ)が、凛と呼ばれた美少女キャラに雑な相槌を打つ。

 その凛が、金や赤のメッシュが入ったパンクな髪を弄りながら、上機嫌でサイケな歌を歌い始めた。絶望的に音痴だ。

 俺たちが現在プレイ中で、世界的に人気のあるMMORPG(多人数参加型のオンライン・ロールプレイングゲーム)こと『ゲス野郎オンライン』内で、『凛リサイタル』と呼ばれる恐怖の音楽祭が始まったのだ。

 俺はそっと音量を下げて、凛が歌い終わるのを待つ。


 ちなみに自キャラであるゆーまとは、俺の妹が恋する相手の名前でもある。

 腹が立つので自キャラをチンピラにして、その名を付けた次第だ。無論、反省はしてない。


≪ぐぎぎぎ……。そこの山賊の二人っ! はやくこの縄をはずしなさーいっ!!≫


 チビロリがまた大声で喚き始めた。声がデカすぎて耳が痛いのだが。


≪だーれが外すか。宴は基本なのよ? これだけ叩いてもまだ抵抗するなんて、ほんっと活きのいい獲物ねー。もっといじってやろ。うりうりロリロリ≫

≪いやーっ! やめてーっ! もうおしりはゆるしてーっ!≫

≪うう、女神様……。すみません、俺が、俺が不甲斐ないばかりにっ……イタッ≫


 凛による怒濤の尻いじりを、勇者風のイケメンが絶望の眼差しで見詰めている。

 こいつらなりきりプレイ上手いなー。まあどうでもいいけどなー。

 と、思いながら、俺は勇者風の男の尻をスパーンッと叩いた。


 ……MMORPG経験者には常識だろうが、一応説明しておくと、MMORPGの醍醐味はPvP(プレイヤー対プレイヤー)の他に、あと2つある。

 そう、《ケツ太鼓“スパンキング・ドラム”》である。

 MMORPG経験者なら当然ご存知だろうが、PvPに敗れた相手はパンツを脱がされる。そして、尻を叩かれるのだ。

 これで音楽を奏でて飲み食いする行為を《宴》という。常識すぎたか。


≪そーよっ! 探すならここがいいとか言ったゆうきが悪いのよ! なにが勇者よ! 丸裸じゃない! 女神よ!? わたし女神さまなのよ!?≫

≪すみま……せん≫


 な、なんか仲間割れを始めてないか?


拙僧せっそうの、拙僧の自慢の筋肉が、このような衆目に晒されることになろうとは……。実に気持ちい……ゴホンッ。屈辱!≫

≪ハァハァ。あたしの、あたしの何もかもが見られてるっ。孕む、これ絶対孕むぅーっ≫


 ……そいつらの仲間のガチムチ戦士と魔法使いがなんか言ってるが、聞かなかったことにしよう。

 リアルは自キャラ寝取られの変態さんなんだろうな。うん。そっとしておこう。


≪ぐぎぎぎぎぃ~っ! そこの山賊たち、絶対に、絶対にゆるさないんだから~っ! 食らいなさい! 異世界転送《《レグルナス・ワールド》》ッ!!≫


 チビロリの声が山彦のように反響するが、何も起こらない。なんだ、ハッタリかよ。

 同じくちょっとビビッた凛が、物凄い勢いでチビロリのケツを連打して泣かし始めた。

 いいぞ凛、もっとやれ。わははは、わはははは、は……。おや? なんか、腹がチクチクと……。


「うっ! 腹が! すまん凛、ちょっとウンコしてくる!」

≪オッケー後はまかせて! ……覗いてあげようか?≫

「いらんわっ!」


 何が悲しくて、おっさんにおっさんのトイレを覗かれねばならんのか!


「ったく」

≪いってら~≫


 ヘッドセットを置き、大急ぎでトイレに駆け込もうとした俺を、誰かが見詰めている。

 あれは……。年の離れた高校生の妹こと『真優まゆ』だ。


 我が愛する妹が、おしとやかな大和撫子中の大和撫子である妹が、家の玄関から優しげな眼差しを向けているのだ。


「……」


 そのまま何も言わずに出て行く妹。

 場には蝉の鳴き声と、うだるような暑さだけが残った。


 ……間違いない。あれは、照れているのだ。

 妹はここ何ヵ月も口をきいてくれてないが、お兄ちゃんはわかってるから。妹は恥ずかしがり屋さんだってこと、ちゃんとわかってるから。

 その昔、妹は俺を心配して、働かせようとアレコレ努力してくれたのだが、俺が『おにいちゃん絶対ヒモ(女性に養って貰うこと)宣言』をして以来、優しい眼差しを向けてくるようになったのだ。

 週休6日たまに7日の日雇いアルバイターで、ピッチピチの30代(独身)の俺を心から労る眼差しに、お兄ちゃんは目頭が熱くなるよ。

 まったく、妹という良き理解者を得た俺は実に果報者だぜ。それはそうと、トイレトイレっと。





 ーーリズミカルな排泄音をトイレに響き渡らせてから、花を摘む乙女のような仕草でケツを拭く俺氏。

 勿論、ウォシュレットと洗剤でケツを完璧に仕上げるのも忘れない。だって、ウンコしたケツを水洗いだけで済ませるのは嫌だからな。


「ふうっ。んじゃ出るとしますか。って、アレ?」


 ある違和感を、ケツに感じる。

 ま、まさかとは思うがな。


「フンッ!」


 やはり。


「フンガッ!」


 あかんっ。……なんと、俺のケツが便座にスッポリとはまっているではないかっ。

 朝イチからなんという悲劇か。ケツが完全に挟まっていて、抜ける気配が皆無とは。

 だが、心配は無用だ。俺には頼りになる味方、そう“妹”が居るのだ。

 助けを求めるためにガラケーをカパッと開き、妹のスマホへと久しぶりの電話をかける。


≪お客様がお掛けになった電話番号は、現在、使われておりません。もう一度、電話番号をお確かめに……≫


 ……。


「さて、と。どうすっかな」


 このまま死んでしまおうか。

 いや駄目だ。そんな簡単に命を捨ててはいけない。

 ちょっとうっかり妹が新しい電話番号をお兄ちゃんに何ヵ月も教えるのを忘れたからといって、死のうとしてはいけない。


「凛を待たせすぎるのもまずいしなあ」


 そんな俺を嘲笑うかのように、更なる悲劇が襲いかかる。


「オ、オイオイ。嘘だろ?」


 なんと、俺のケツが通販の掃除機のような吸引音と共に、便器の中へとパワフルに吸い込まれようとしているのだ!

 俺は悪夢でも見ているのか? だが、こんな状況だというのに、俺の頭は不思議と冴え渡っていた。

 その冴えた俺がこれまでの状況を推理すると、つまり、俺は今、便器にケツを吸われている。妹は電話が通じない。母さんは怖いから論外。

 これらの状況を整理して、答えを導き出す。結論。……つまり、どういうことだってばよっ!?


 それから一時間が経過し、これはもう駄目かもわからんねと諦め始めた頃、更なる更なる謎現象が舞い降りた。

 なんと、目の前に変な半透明の板が現れたのだ! 幻覚か!? そこには日本語でこう書かれている。


「……異世界に行きたいですか? はい・いいえ?」


 もちろん“いいえ”だ。


「ッなにー!? 吸い込む力が強くなったぞ!?」


 おかしい! いいえ、いいえを連打しているのにどんどん吸い込まれていく! なら“はい”だ!!

 吸い込みパワー、更にアーップ!


「どっちにしろ吸い込まれるんかーいっ!!」


 ああ、もうダメだ! 無理! らめっ、らめっ、



「らめええええええええっ!!」



 情けない叫びごと、俺の体が便器の中に吸い込まれ、そして、消えていった……。





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