その二
シャルロ領のほぼ中央に位置するシャルロの森。
雪に覆われた森の中をシノンは少々うなだれながら飛んでいた。
当初、カノンには出来事の顛末をそのまま伝えようかと考えていたのだが、あんな答えをぶつけられたにも、かかわらず食い下がることすらせずに帰ってきた挙げ句、なんの提案もできないと来れば、彼女の機嫌を害してしまうのではないかという不安に襲われ始めていた。
もちろん、件の魔法使いが指摘した通り、カノンがすでに何かしらを作り上げている可能性もあるが、あまりそういった希望的観測に望みをかけるというのも問題があるように感じる。
「と、なると……せめて私から何か提案をしなければなりませんね」
そういった類いの不安に対して、そんな答えに行き着くのはある意味では当然だったのかもしれない。
最低限、何かしらの答えをもっていけば仮に怒られたとしても多少は緩和されるかもしれない。
そう考えたシノンはセントラル・エリアを目指すのをやめて方向を転換、ヒントを求めて森の中へと入っていった。といっても、大体の方向は決まっている。
ここにきて魔法使いの言葉を完全に無視するとあそこに行った意味がなくなってしまうため、とりあえずカノンの好きそうなものを探す。といっても、時間はあまりない。いくらカノンが気に入るような提案をしたとしても、制作が間に合わなければ意味がないからだ。
それにしても、どうしてこんなぎりぎりになってから作品作りのヒントを探してこいなどと言い出したのだろうか? 普段ならすでに雪像ができていてもおかしくないぐらいの時期だ。
やはり、例年よりも多い雪がカノンの中で何か引っかかったのだろうか?
「あぁシノン様じゃないですか。どうしてここにいるんですか?」
ごちゃごちゃとカノンの考えについて思想を巡らせていたシノンの背後から声がかかる。
シノンがゆっくりと速度を落としてから振り向いて見ると、パタパタと羽を動かして空を飛んでいるマノンの姿が視界に入ってくる。
シノンは彼女に今の事情を話すかどうか迷ったが、どうせ魔法使いに相談しろとか言っている時点で秘密にするつもりなどないだろうと踏んでマノンに事情を説明する。
事情を一通り聞いたマノンは小さくため息をついて腕を組んだ。
「……なるほど、それで制作物のヒントになるようなものを探しているというわけですか?」
「そうなのよ……マノン。あなたは何か意見はないの?」
「いや、いきなり意見をとか言われましても」
マノンは首を横に振り、手を前に出して、突然そんなことを言われても困ると意思表示をする。
それを見たシノンはむっと眉を潜ませた。
「そんなことを言っていないで少しぐらい考えたらどうですか?」
「少しはって言われても……いきなり言われて答えが出るはずないじゃないですか。例えば……そうですね……やっぱり、カノン様が好きなものを提案してみたらどうですか? シノン様なら少なからずカノン様の好きなものを把握していると思いますので……とあぁすいません。私はこの後予定があるのでここで。それじゃ失礼します」
マノンはそれだけ言うと、一気に加速して空高くへと消えていく。
直前の不自然な理由付けから、どうしても思いつかずに逃げ出したということなのだろう。こうなれば、彼女を追いかけようかとも考えたが、相手がなにも思いついていない以上、それをしても無駄なのでシノンは追跡を諦めて探索を再開する。
カノンの好きなものと言われても、なにも思い付かない。シノンはたしかにカノンの近くにいるが、実のところカノンという人物について知っていることはほぼないといっても過言ではない。気まま自分勝手に見えるが、その行動はすべて計算されていて、決して自らの内面をさらけ出すことはない。何百年とカノンのそばにいて、シノンがやっとつかんだ答えがこれだ。おそらく、マノンのように普段彼女と接する機会が多くない妖精からすれば、ただの気分屋にしか見えないのだろうが……
シノンは大きくため息をついて森を見回してみるが、どれもこれもカノンが気に入りそうなものはない。というよりも、よくよく考えれ見れば何を提案すればカノンが気に入るかもよくわからない。となると、やはり魔法使いの言葉を素直に伝えるべきだろうか?
「……はぁせめて、なんでもいいから提案してくれればよかったのですが……帰りましょうか」
結果、何をやってもうまくいくような気がしなかったため、魔法使いの言葉を信じ、シノンは針路をセントラル・エリアの方へとむける。
「さて、どういう言い方をしたらいいものか……」
シノンがぽつりとつぶやいた言葉は誰かに聞かれることなく、空の彼方へと消えていった。
なお、シノンが帰ったときにはカノンの作品がすでに完成していたというのはまた別の話である。