その一
シャルロ領のほぼ中央部に位置しているシャルロの森。
妖精とごく一部の人間しか立ち入らないこの森は特に冬になり、雪が降るとしんと静まり返る。
その原因として上げられるのが一部を除き、妖精たちが冬になるとあまり積極的に活動しないということだ。
しかし、この日ばかりは違う。妖精歴1495年ノノンの月30日。
妖精たちが行う祭りの中で一番大きな祭りである年越し祭りの日だからだ。
妖精たちは毎年雪像を作り、その出来で競っているのだが、今年は一味違った。
例年、シャルロの森はあまり雪が降らないのだが、今年はいつもの三倍は積もっているのだ。もちろん、森の外に住む人間たちはそのことによって苦労しているのだが、普段から空を飛んで移動する妖精たちからすれば、雪が背中につもって重いだの、それを払うために魔法が使うのが大変だのといった文句が出るぐらいでむしろ、雪で作れる作品が増えると喜んでいるぐらいだ。
それは妖精たちの長である大妖精カノンにとっても同じだ。
カノンは自身の側近であるシノンを引き連れて、森の中を散策しながら魔法で雪を集めていた。
「さて、今年はすごいもの作っちゃうよ! そう。作ろう!」
「……すごいものですか? といいますと、どのような作品を作るおつもりで?」
「えーとね……考えてない。そう思いつかない」
「えっ?」
あっけからんと考えはないと言い切るカノンを前にして、シノンの口から思わず声が漏れてしまった。祭りの当日になってまだ考えていないのかというあきれを感じると同時に心のどこかで何か胸騒ぎがし始める。
「あぁそうだ。いいこと思いついた。そう。考えちゃった」
そのシノンの予感を現実にするかのようにカノンが手をたたく。
「どうかしたんですか?」
しかし、嫌な予感がしていたとしても、カノンを無視するわけにもいかないのでシノンはカノンに“いいこと”の内容を確認する。
「外部の意見に頼ればいいんだよ。そう頼っちゃえば。例えば、森に棲んでる魔法使いとか。そう。人間に」
「魔法使いって……まぁ確かにいろいろ知っていそうですけれど……そもそも、あれは人間とカウントしてもいいものなんですか?」
「本人が人間って言っているなら人間でしょ。ほら、早く行こう。というか、行ってきて」
「いや、そこはカノン様が……」
「私は準備があるから。よろしくね。うん。お願い」
どうして、自分で行かないのか。
そんなシノンの意見には耳を貸す気がないらしく、カノンはそのままどこかへと飛び去ってしまう。
シノンとしてはこの森に勝手に住み着いている魔法使いにはできるだけ関わりたくないのだが、カノンに頼まれたことを勝手に放棄するわけにもいかないし、仮にカノンを追いかけて捕まえたところでどうせ意見など聞き入れてくれないだろう。
シノンは大きくため息をついてから、セントラル・エリアと呼ばれる妖精の森の中心部から離れたところにある魔法使いの家を目指して飛び立つ。
シノン自身もあまり、魔法使いの家を訪れたことがないので、その近辺に住んでいる妖精に場所を訪ねようかとも考えたが、わざわざ広い森の中でそういった妖精を探し出し、話を聞くというのも面倒なのでとりあえず自分の記憶だけを頼りに魔法使いの家を目指す。
空を飛んでいると、少し雪が舞っていて寒いのだが、そこは魔法を使って体を温めることで対処をしている。
「まったく、カノン様のわがままには困ったものです」
そう呟きながらも、シノンの口元はわずかに笑みを浮かべていた。
いつもわがままに付き合わされて迷惑だと言いつつも、心のどこかで彼女のそばにいられるということにうれしさを覚えているのかもしれない。というか、そういったことがなければ、とっくの昔に森を離れているだろう。
そんなことを考えているうちにも森の中にある泉のすぐそばにあるツリーハウスが見えてきた。
シノンは上空から様子を伺いつつ、そこを目指して少しずつ高度を下げていく。
「さて、どうやって話をしましょうかね……」
そんなことをつぶやきながらツリーハウスのそばに降り立ってみれば、窓の向こうからにらみを利かす魔法使いとさっそく目が合う。大方、何かしらの結界か何かでこちらの動きを察知していたのだろう。
「……妖精が何の用事かしら?」
「あぁまぁ用事っていうほどの用事じゃないんですけれどもね……ちょっと、話を聞いてもらっても?」
「……まぁいいわ。ちょうどいい暇つぶし程度にはなるでしょうし」
そういうと、魔法使いは窓を開けてシノンを中に招き入れる。
正直なところ、家に入るだけでそれなりに時間がかかるだろうと踏んでいてたシノンからすれば、予想以上にことがうまくいったと言ったところだろうか。
魔法使いはシノンが入ったのを確認すると、手を小さく動かして窓を閉じ、続いて魔法で紅茶と大量の砂糖を召喚する。
「それで? 改めて聞きましょうか。何の用事でこんなところに来たの?」
紅茶にこれでもかというほど砂糖を流し込みながら魔法使いが尋ねる。
「いや、それがですね……」
「どうせ、あの大妖精に無理難題を押し付けられてきたのでしょう? 面倒な前置きはいいからさっさと本題を話して頂戴。あと、紅茶の砂糖は多めがよかったかしら?」
「いえ、少な目でお願いします……まぁそれで本題というのがですね。妖精の年越し祭りでカノン様が作る雪像の形状について何か提案があればしていただきたいなと思った次第でして」
「雪像? なんで私に意見を聞きに来るの?」
マーガレットは少々眉をひそめながら、シノンの紅茶に砂糖を投入する。
「いえ、ですからね。カノン様がそうしてほしいと」
その疑問にたいして、シノンは最早紅茶なのか砂糖水なのかよくわからない液体を口にしながら返答する。それと同時にこの魔法使いには相手に合わせるという考え方はないのだろうかとも同時に思った。
一応、砂糖は少なめにしてほしいとは言ったのだが、せめて分けて出してくれればこっちで勝手に量を調整したのだが、魔法使いは自分の中での少な目で砂糖を入れてしまったのだ。
しかし、このことに文句を言って話が進まないのはもったいないのでとりあえず話題を前進させる。
「……雪像ね……私はあんまりそういうの見たことがないから、どういうのができるかとかそういうのはさっぱり……」
「いえいえ、魔法で作るのでどんなものでも実現可能だと思っていただいて結構ですよ。今年は雪の量も多すぎるぐらいにはありますし、何よりも作るのはカノン様です。カノン様がイメージできないものを言われると困りますけれど……」
「……なんでもといってみたり、制限を付けてみたり忙しいのね……まぁいいわ。私もちょうど暇だったから考えてみようかしら」
紅茶を飲みながら窓の外の雪を眺める魔法使いの表情はどこか楽しげだ。
正直な話、あまり表情を動かさず、何の意味もなくこの森に滞在し続ける彼女に大して、一種の剣の巻のようなものを抱いていたのだが、少なからず払しょくさせたような気もする。
そんなことを考えながら待っていると、魔法使いは何か思いついたのか雪を見るのをやめて紅茶を机に置いた。
「……そうね。やっぱり、こういう時は好きなものでも作っていればいいんじゃないかしら」
「いや、それでは……」
「どうせ、あの妖精のことだからあなたが帰ったころにはケロッとした顔で雪像を完成させているんじゃないの? まぁそういうわけだから、さっさと帰りなさい。私は暇じゃないの」
「えっと……さっきは暇って……」
「たった今用事を思い出したわ。というわけだからさっさと帰りなさい」
マーガレットはこれ以上話がないと言わんばかりに手を振っている。
シノンとしてもこれ以上食い下がったところで彼女からまともな意見が出るとは思えなかったのでおとなしく帰ることにした。と同時にもしもカノンがなにも作っていなかった場合の言い訳を考えながらセントラル・エリアの方向へと戻っていった。