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悪役令嬢?

従者の暴走〜主人の所有欲〜

作者: 逢瀬

エミリーお嬢様とカナン様が互いの婚約者候補となる。

カナン様からそう告げられた時、僕は魔力を暴走させてしまうかと思った。

エマが勘違いをしていて、それをサレニー候があえて訂正していないことは分かっていた。


カナン様は騎士学校から帰ってこなかったし、このまま婚約者にならないままであればいいと思っていた。


それがまさか、この春から同じ学園に通い、互いが互いの婚約者候補になるなんて。

サレニー家のエミリー様とと王弟の血筋とはいえユグドラシル家のカナン様が、結びつけば貴族社会でサレニー家の地位はますます向上するだろう。



学園を卒業したら、誰かと結婚したら、いつかは、、いつまでも従者でいられる保証があるわけではない。

入学をきっかけに、別の従者を選らぶ可能性もゼロではないのだ。


いつまで自分を必要としてくれるのか、不安でたまらなくなる。


そんな考えをぐるぐると巡らせていたら、ふいに部屋をノックする音がした。

独特なリズムで、すぐに誰が訪ねてきたのか分かる。



鍵をかけていないので、こちらが開けるより早く、廊下側から開けられる。

この間の反省は、ちっとも生かされていないみたいだ。


「早く入れてよ、ルシア。 メイド長に見つかったら、怒られちゃう」

「こんな夜にここを訪れるあなたに、非があるのでは?」

「だって、今夜のうちに話をしなきゃって、思って」


この部屋にソファなんてしゃれたものはないから、エマは中へ入るといつも僕のベッドに腰掛ける。

黙って横を掌で叩くので、仕方なく僕は隣に座ることにした。



「紅茶を淹れましょうか?」

「眠れなくなるからいい」

「では、この間のナディア様の店で買った、リラックス効果のあるハーブティーにしましょう」

この部屋にお嬢様にお出しできるような上等なポットやティーカップはないけど、エマは何度となくここで飲んでいるから、僕もそれで淹れることに抵抗はない。


「ありがとう」

エマの表情が、少し和らぐ。

「お待たせしました」

「おいしい」


隣に座り、しばらく沈黙が続く。

耐えきれなくなって口を開いたのはエマだ。

「ルシアは、、どう思った?」

「何をですか?」

「ルシアを追い出してカナン様と二人で話し合いをしたこと、カナン様と互いの婚約者候補になったこと」

エマに僕の気持ちを伝えて何になるというのだろう。


「それは言えという、主人としての命令ですか?」

思わず声が冷たくなる。

エマがパッと僕を見つめる。瞳の色がぐっと強くなった。

「そうじゃなくて!私はっ!ルシアに命令する立場でいたくない!!」

抱え込むように腕を握りしめてるから、爪が食い込んで痛そうだ。



身体を強張らせたエマを抱き寄せる。

エマの顔は見えなくなったが、エマの方からも僕の表情は見えないだろう。

背中をぽんと撫でると、エマの腕の力が抜けたのがわかる。

よかった、腕に爪の跡がついたら大変だから。

「ゴメンね、意地悪を言った」

「私も大きな声を出してごめんなさい」



やっぱりちょっとずれてる。

「従者として言うべき言葉なら、おめでとうございますしかないけれど、僕の本音が聞きたい?」

「、、聞きたい」


そろそろとエマの両腕が、僕の背中側に伸びた。

エマも僕と同じように、僕の背中をポンと撫でる。

薄いシャツ越しに手のひらの熱が伝わってくる。

「聞かせてくれる?」



「頭が沸騰して、魔力を暴走させるかと思った。 手の甲にキスをした時はムカついたし、待っている間は、気が気じゃなかった。 エマがいつまで僕を必要としてくれるか、不安でたまらなくなる。 エマの気持ちがカナン様に向かなきゃいいと思っている。」

未だかつて、こんなに本音を言ったことがあるだろうか。


「そうな風に思ってくれてたの?」

体を離してエマの顔を覗き込んだら、大きな目をまん丸くしていた。

「そりゃそうさ」

どうしてもいじけた風になってしまう。



「この間も言ったけど、魔力の少ない私には従者が大切な存在なのよ?」

「従者は僕じゃなくてもできるよ。 入学を機に、僕より優秀な人を探す?」

「まさか!ルシアじゃなきゃ嫌よ ねぇ、ルシアの気持ち全部には応えられないけど、、私がそばにいてほしいのは、ルシアなの」

僕が一番欲しい言葉ではないけれど、とびきり嬉しくて残酷な言葉をくれるご主人様だ。



「この間も言ったけれど、この身も心もエマのものだよ」

「この間から私もルシア、同じことを言って、、何も変わっていないのね」

「そうかな、少なくとも僕の腕の中にエマがいることは、ずっと増えたと思うけど」

「だって!」

エマが腕を突っぱね始めた。 力で僕に敵うわけないんだけどな。

「おっと」

押されたふりをして仰け反ると、そのまま抱き上げ膝の上で横抱きにした。真っ赤になったエマの顔がよく見える。



動きがフリーズしているうちに、エマの右手を取り、甲に口づけを落とした。

そのまま手首の方に強めに吸い付く。白い肌に赤い花びらが浮かび上がった。


「手の甲はカナン様にキスされてたからね、手首は部屋から追い出された分の仕返し あとは、僕のこの辺にでも、エマから所有の証を付けてもらえたら嬉しいんだけどな」

シャツの間から覗く鎖骨のあたりを指差したのは完全に悪ノリだった、はずだった。


「んっ」

潤んだ瞳が僕を見上げたかと思うと、僕の胸にエマが頭をうずめた。 湿った音が胸元からしてくる。

「跡がつかない、、」

失敗した時の子供みたいな声がする。

思わず、エマの首元から鎖骨までいくつも跡をつけた。林檎の香りが強くなってくらくらする。



息が荒くなる。これで拒絶されても構わなかった。

「これくらい強くして、、分かった?」

「分かった」

エマは僕の言葉に素直に頷き、再び唇を寄せてきた。

さっきよりも強く、ちりっとした痛みが走る。

「ついたぁ」

そう言って笑った顔は幼子のようにも、色香をまとった大人の女性のようにも見え、惹きつけられた。


鎖骨のあたりなので、僕からは見えないが彼女は満足したのだろう。

僕に向かって得意げに言ってきた。



「私の所有欲、みくびらないでよね」


まったく、このご主人様にはかなわない。


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