同窓会
私も三十路に入っていた。
都会の会社へ転職し、アパートでの独り暮らしをしている。仕事は大変だけれども、それなりに充実感がある。彼氏はいないけれど、友人は増えた。一人暮らしをそれなりに楽しんでいた。
ある日、母から封書が届いた。封を開くと、同窓会の通知が同封されている。中学校の同窓会の通知だった。
久しぶりに故郷の駅に降り立った。最近実家へ帰るのも、年末年始、ゴールデンウィーク、お盆くらいになっている。私は暖かな春の日差しを浴びながら実家への道を歩いた。この道には、あの一本桜が立っている。もう十年以上通っていない道だ。
同窓会という言葉に、ノスタルジックな気持ちになっていたのだろう。私は一本桜の前に立ち、満開の桜花を見上げていた。
「夏海、夏海じゃないか!」
私は振向く事をためらった。振り向かなくても声の主が判ったから……。身体を固くして桜花を見上げ続けている私に声の主が語りかける。
「夏海に会えるかと思って……」
くやしい! あれから十二年も経っているのに、涙があふれて来る。桜花が霞んで見え、頬を涙が伝う。今、涙を拭いたら泣いている事に気付かれてしまう。三十女の涙は重いだけで、若い子の涙のような美しさは無いだろう。
「夏海、逢いたかった」
健太の息遣いが背中を突き刺す。近付いて来る健太の体温さえ感じとってしまうほど、今の私は鋭敏になっていた。
「ごめんね」
そう言いながら、健太は私の肩に手をかけた。私は身動きすら出来ずに、一本桜を見上げ続けていた。
恥ずかしいじゃない! 私の肩が小刻みに震えている事を知られてしまう。
「夏海、こっちを向いてくれないか?」
向ける筈が無いじゃない! 私……、涙が止まらないの……。
健太は私の肩に手をかけたまま語り始めた。
「夏海、ごめん。俺……、夏海の事を忘れた事なんて無かった」
ずるいよ! 今更そんな事言うなんて。
「ただ……、夏海の気持ちを見失って……、不安だったんだ」
不安だったのは私の方じゃない! 健太からの連絡を毎日待っていたんだよ。私からだって、何度も連絡したんだよ。全然返信をくれなかったじゃない!
「俺、今でも夏海の事が好きだ」
今でも? 今だけじゃないの? また居なくなっちゃうんでしょ?
「お願いだ、こっちを向いてよ」
ずるいよ、ずるいよ、ずるいよ!
「夏海がまだ俺の事を想っていてくれるなら……、お願いだ、こっちを向いて」
そんな風に言われたら……、私……。
私は振り返った。流れ落ちる涙にも構わず、健太の目を見つめた。
健太が私の身体を抱きしめながら言う。
「夏海、夏海のことが好きだ。俺は夏海だけを愛している。今でも……」
まるで妻帯者が不倫相手の女の子に言う台詞みたいじゃない。私だって、いつまでも子供じゃないのよ。もう三十路なんだからね。ここで告白されるのだって三回目よ。全部健太からだけれど……。
「もう、待つのは嫌なの……」
やっと絞り出した言葉に、健太が応える。
「待たせてごめん。もう夏海を離さない。結婚しよう」
なに? ケッコン? けっこん? 結婚!
「俺、夏海を幸せにするから……」
半年後、私と健太は結婚した。両親や友達に見守られながらの素敵な結婚式だった。




