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紅い音色に想いを乗せて

紅い音色に想いを乗せて 2

作者: 庵原奈津

 伝統的な日本家屋の門前に掲げられている看板には大江戸守護部隊とあった。太く力強い書体で書かれた毛筆は、彼らの自らを律する武士の精神を表している。


 彼らの仕事は、怪異を退治すること。そして、街の治安を守る事の2点だけ。春陽と樹希が所属している部隊は、強い未練を残して死んだ人が引き起こす『怪異』と呼ばれる現象を鎮圧する部隊だった。この部隊は、街の保安とは別の意味で命を落とす危険が非常に高かった。


――毒を以て毒を制す。


 言葉通りの意味だ。未練が強すぎて、怪異――化け物となった人たちを狩る。狩りをするとき、隊員はそれぞれ縁の強い物を媒体にして怪異と接触し、相手の全てを喰らい、消化し、この世から消滅させる。ある者は、恩人の日本刀で。ある者は形見の簪で。

 怪異を喰らうのは、猛毒をその身に取り込むのと一緒だった。取り込んだ者の中に蓄積され、中には生きながらにして怪異となり、かつての仲間に喰われることもあった。



「で。もう一度、最後の部分だけ聞かせてもらおうか」

 局長の目が、獲物を狙う鷹のように鋭く光った。利き手でもてあそんでいるジッポの蓋が、何度か開け閉めを繰り返す。そのたびに澄んだ音が室内に響いた。これは、二人の上司が何かを思案している時だけ起こる癖だ。それも、機嫌が悪い時に。

 開閉音が鳴るたびに、二人は心臓が握りつぶされるような感覚がしていた。何故か――それは、やっとの思いで帰ってきた二人から、春陽が怪異に憑りつかれるまでの経緯を聞かされたからだろう。


「黙ってないで何とか言え」


 樹希が隣でびくっと大きく体を震わせて、口を開いた。


「お、れが……鼓を渡したら春陽が憑りつかれました」


 何かを思案するように、局長が天井を仰ぎ見た。彼はそのまま大きく息を吸い込むと、私たちに向かってがははと笑った。ミイラ取りがミイラになって帰って来たのでてっきり怒られると思ったので驚いた。


「まあ、なんだ。その鼓からは微弱な気配しかしない。たまたま春陽と何らかの理由で完全に波長が合ったんだろう。普段なら、微弱な怪異は俺たちには分からないからな。特に春陽ほどの能力を持つと、なおさらな」

「春陽は隊随一の能力者ですから……」

「まあな」


 樹希の言う事に局長が短く同意し、タバコに火をつけた。紫煙をくゆらせながら、無造作に左手で頭を搔きながら言葉を継ぐ。


「聞きたいことは3つある。まず1つ目、春陽はどうして許可を得てないのに抜刀した?」


 鋭い目でぎろりと睨まれた。再び局長の手の中に戻ったジッポがカツンと甲高い音を立てた。機嫌が悪い理由は、今や明白だった。

 じっと答えを待つ彼の目に射すくめられ、嫌な汗がぽつぽつと吹き出してきていた。喉の奥底からやっとの思いで、声を押し出す。か細く頼りない声だった。


「……怪異が目の前にいたからです」

「今回は調査が目的だったはずだ。退治が目的じゃない。ということは、いつも通り暴走しただけだな。何も考えずに。うん、バカだな」

「……」

「2つ目。どうしてその怪異と春陽だけ波長があった?」

「わ、分かりません」


 ――全ての事象には理由がある。私の師でもある彼の持論だ。


 今のような解答が嫌いなのは知っていたが、嘘をつくわけにもいかず、正直に答えた末の反応だった。低く抑えた調子で、彼が言う。さながら脅しをかけるように。


「分からない? 考えろ。頭を使え。鼓を見つける前に何があったか思い出せ。見た夢から、通った路上のごみの位置まですべて」

「無理言わないでください……」

「無理じゃない。自分の持てる全てを使って状況を把握しろ。でないと、怪異に殺される前に普通に死ぬぞ」


 普通に死ぬのだけはごめんだ。あの日、私たちを襲撃した怪異を喰い殺した後ならどうなっても構わないが、今、死ぬのだけは避けたい。


 頭の中を一から整理する。その日あった出来事で怪異につながりそうなものを。朝、久しぶりに怪異による襲撃事件の夢を見た。それは覚えているが、その前に何か別の夢を見ていた気がする。自分ではない誰かになっていたはずだ。目が覚めた瞬間、夢は立ち消え記憶の奥底に埋もれてしまったようで、思い出すのに時間がかかりそうだった。


 次に思い出すのは、あの桜の古木。枯れ木に桜の花を満開にしていた。その時、花びらが私に纏いついてきたのを思い出す。あれが、同調のきっかけだとしたら? でも、あれは怪異の残滓みたいなもののはずだ……。


「何か思いついたみたいだな」

「この鼓と関係があるかは不明ですが……隅田川の桜。あの花びらが私に纏いついてきた。怪異が何らかの抵抗をしていました」


 怪異は必ず人に害をなす。残り香のようなものでも、きっと反撃したかったのだろう。怪異に人間らしさは微塵も残されていなかった。今までも、これからもきっとそうだ。


「本当にそう思うか?」

「何か言いたいことでもあるんですか?」

「いや、別に。時に人の想いってやつは想像を超えることをしでかす」


 そう言うと局長はくっと楽しそうに喉を鳴らすと、最後の質問を繰り出した。


「これは2人に聞く。その鼓はどうするつもりだ?」

「あ……俺は、可能なら昇華したいです」

「何言ってるの。こいつは怪異以外の何者でもない。速攻で消化に一票」

「じゃあ、俺は樹希側につくとしようか。多数決でその怪異の未練を断つ、で決定だな」


 彼の右腕があった場所を思わず睨みつける。彼の動作に合わせて、ゆらゆらと空の袖が揺れていた。恩人の――自らの師が腕を失った時のことを思い出すと腸が煮えくり返る。怪異を殺したい。自分自身を殺したい。無力なのは罪悪でしかない。あの時、自分にもっと力があったら、まだそこに腕があったかもしれないのに。


「怪異はすべてこの世から消滅させるべきです。あなたの腕を奪ったやつらに未来なんて――次の世で生きる資格なんてない」

「過ぎたことをいつまでもズルズルズルズル引きずってるのは、男らしくないぞ。鼻水が全部できらないと気持ち悪いだろ」

「私は女です。鼻水はちゃんと出なくなるまで、かむのが信条なので気持ち悪いことなんてありません。それと、憑りつかれているのは私です。全部私が決めます」

「頑なだなぁ。あんまり鼻水しつこくかむと鼻血出るから気をつけろよ」

「出ることは稀です」

「……ちっこくて可愛かったあの日に、融通を教えとくべきだったかな。子育てって難しいな……樹希」

「いや、俺に振らないで下さいよ。子育てなんてそもそもしたことないですから」


 局長は「そうか」と言って笑うと、穏やかな表情を一変させた。公おおやけの顔になった彼は、眼光鋭く言い放つ。


「さて、こっからは俺からの命令だ。春陽の刀を封印する」

「なん――! それでは実質、鼓を消化できない」

「消化する必要はないだろ。さっき多数決でも決まったし。あと、お前は問答無用で怪異を斬り過ぎだ。その怪異にはまだ『自分』がある」

「……じゃあ、このまま憑り殺されろと?」

「極端だな。そうは言ってない。もう少し怪異の目線に立って考えて欲しいだけだ」

「そんな必要ありません」

「必要だから言ってるんだ。俺はお前にただの人殺しになって欲しくない。怪異にだって、人間の心が残っている奴がいるんだ。お前に消化されちまったら、そいつらには次はない」

「それは私たちだって同じです。消化し続けて、奴らに囚われたら、いつかは私だって消滅する」

「――だから喰ってもいい怪異と喰わなくてもいい怪異を見極めろ。そのために、しばらく刀を封印する」

納得がいかない。私から刀を取り上げるつもりか。これがなければ、私は怪異と闘うことができない。

「そう不機嫌そうな顔をするな。樹希、春陽の刀を持て」

「え? あ、はい」

形だけ刀を差し出す。樹希が刀を受け取ろうとするが、渡したくない。無言で引っ張り合いをしていたが、樹希が冷静に告げた。

「――渡せ、春陽。命令だ」

未練がましくしばらくは鞘を握りしめていたが、無理やり刀をはぎ取られる。私の愛刀はかちゃりと音を立てて樹希の手に収まった。

継いで、局長が樹希に呪言を繰り返すように言い、私はものの数分で丸腰にされてしまった。

刀を返されたとしても、これでは抜くこともできない。闘えない。無力同然にされたことに苛立ちを隠すことができなかった。それを意にも介さず、局長が口を開いた。

「刀の封印を解く方法は4つある。怪異を無理やり腹に収めるか、昇華させるか、樹希に解呪してもらうか、樹希を殺すかだが――怪異を喰うのは、禁止だ。やるならそれ以外の方法にしろ。破ったときは、お仕置きだ」


 怪異を腹に収めることができないのであれば、一番手っ取り早くて有効な手段は1つだけになる。樹希を殺す――彼一人の命でこの状況が収まるなら、安いものだ。幸い私たちは身内に毒を宿している。彼の命を断てば、後はその毒がすべて証拠を消してくれる。さらにそれを私が腹に収めれば、完全犯罪の成立だ。


「やめろ。こっち見るなよ……」

「見てない」

「見てるだろ。殺すって単語の後にガン見されると怖い……」

「見てない」

「じゃあ、局長のほうを見ろよ」

「見てないって言ってるだろ」

「じゃあ、睨むのやめろよ」

「ほらほら、見つめあうならもう少し色気のある理由でしろ。白無垢用意しとくからな」


 おどけた口調で言われたのが腹立たしくて、思わず殺意を込めて、局長を睨みつける。

 彼は心底楽しそうに笑うと、破顔したまま言った。


「怒るな怒るな。その情熱を解決に傾けろ」

「分かってます」

「ならばよし。となると、次は怪異事態の情報が必要だな。どうやって真昼間に呼び出すか……。呼びかけりゃ出てくるかな? ――おい」


 局長が鼓をこんこんと優しくたたく。が、何の反応もなかった。何度かそれを繰り返すが、状況は一向に変わらず、樹希がおずおずと局長に話しかけた。


「留守とか?」

「今のこいつのおうちはここだし、留守ってことはないでしょ」

「可愛く言っても何も出てきてないですよ」

「ぶっちゃけ、前例ないからどうすればいいのか分からないんだよ」


 呑気に話しながら、隣の家に遊びに行くかのような会話が繰り広げられていた。このままでは時間がかかりそうなうえに、このくだらない会話をずっと聞かされる。そう判断した春陽は、手近にあった物――ジッポを手に取り火をつけた。赤々と燃える復讐の炎を鼓に無言で近づけていく。

 火事になる、水を持って来い、などとつまらない反応をする樹希たちを無視して、鼓の紐にさらに火を近づけた時。


あたりに冷やりとした空気が漂った。


 張りつめた空気の中、辺りに光の玉が出現し一か所に集まっていく。光が形作ったものは、一人の男だった。小奇麗な着物に身を包み、精悍な顔立ちをしていた。肉体があったときは、男前だとさぞかし周りの女からもてはやされただろう。だが、それは黙っていればの話だ多様だ。そいつは私の目の前に立つと、泣き崩れた。


「やめてください……私、まだ死にたくありません」

「死んでるだろ。もうこの世に未練なんてないでしょ。さっさとあの世に行って。燃やすよ」

「そんな過激な……せめて身の上話くらい聞いてください」

「じゃあ、さっさと話しなさい」

「名前は、名前は……」

「燃やす」

「あ、あ。思い出しました! 皐月宗助さつきそうすけです」

「ほかには?」

「あ――あとは、覚えてません」

「燃やす」


 騒ぎを聞いて飛んできた隊員たちが口々に止めながら私からジッポを奪い取る。その横では真昼間から、よよよと泣き崩れる幽霊。樹希は水を持って構え、それを見て局長が楽しそうに笑っていた。


 今やイワクツキ物件になってしまった私は、怪異に生命力を吸いつくされないうちに、目の前にいる三人を仕留める方法を考え始めていた。

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