ひとつの選択
そこには何もない。存在したかのように見える幻があるだけ。
高度な文明をもつということは、多くのことを知りえるという意味である。そしてこの場合、知識というのはおおよそ絶対定義になる。意識や感情なんてものは、結局はひとつの偏った価値判断の物差しに過ぎず、絶対的な価値になることがありえないという結論を弾き出す。
全てを悟ったような傲慢で怠惰な理解が生み出すのは、いつも冷え切った結果論である。まあ、何もかもは周回している最中のものに理解できるはずがないのだが、それにせよ相も変らぬ理屈しか出てこないというのは、定めなのであろうか。
しかし、社会常識に適応できず、感情論を振りかざすものも稀にいる。だが、理論で固められた彼らの冷めた心にはむなしくも響かず、冷静に、世界での、文明としての一般常識を教えられるのみであった。
そうして、社会で新たに生まれた知識は人々の意識の奥深くまで入り込んでいき、脳の奥にまで前提条件として刷り込まれていく。もう二度と規律を乱すことにないように。今まで繰り返してきたように。
やがて異を唱えるものがいなくなれば、自己保身と理屈とにまみれた常識はエスカレートしていく。私益に塗れた社会が新しく形成されていく。それの形成速度は人間のキャパシティの上限を超していく。そして最後には理解できなくなった社会常識は意味を持たなくなり、もはや隠す必要のなくなった私欲同士への争いになっていく……
「そんなサイクルの繰り返しさ。彼らの文明構築から崩壊を数万回も見せ付けられたのじゃたまったものじゃないよ」
あの電脳世界を構築して管理する“彼”はそう言いながらなにやら操作を始めた。どうやら何か始めるらしい。
「さて、この文明もそろそろ飽きたしっと」
彼はそのリセットボタンを押した。
知識も何もかも、大いなる力を仮定するとしたら救いにもならないのだ。