5話 VS鈴木おばちゃん
今日も何事もなく学校が終わりアホ面で帰宅する。
時刻は午後4時。俺以外に帰宅している生徒は誰もいない。
中学では全員何かしらの部活動に入部しなければいけないが俺はあの手この手を使って入部を免れている。
部活動なんてそんなめんどくさいことはしたくはない。
俺はいつだってめんどくさいことは避けてコスパが良い選択を選び続けて生きているのだ。
そうそう、めんどくさいと言えばスラを飼い始めた(家に勝手に住み着いた)夏休み、俺は夏休み自由研究として確かカブトムシの飼育日記をやるつもりだった。
だがスラの飼い方を模索するために夏休みのほとんどを費やしたせいで、夏休み最終日まで自由研究をやることを忘れてしまっていた。
1日でまともな自由研究作品ができるとは思えなかったから、苦肉の策としてそれまでのスラの生活を記録していたノートをそれっぽくして提出した。
当然この世界にスライムなんて生物は存在しないので、そういう生物がいると仮定した妄想の飼育日記ということにした。
ふざけた自由研究だとして再提出をくらうかもしれないと思っていたが、非常に凝った設定(提出したノートの文字数が5万文字を超えていたらしい)と妙に生々しいリアリティ(事実を記録しただけ)が先生たちに高評価だったらしく、優秀賞を取ってしまった。
それで変に目立ってしまい同級生からはちょっとおかしい不思議な奴という印象を与えてしまったのだが、小学校でそのような印象になってしまうと次はイジメの標的になってしまうことは大体予想できた。
だからイジメのターゲットにならないようにする為に、クラスメイトや色々なグループと幅広い交流を持ったり学級委員も引き受けたりして結局、小学校卒業までそういっためんどくさいことを続けてしまった。
だからそういっためんどくさい事を避けるために中学では一切目立たず陰キャラとして地味に生活を送ろうと努力しているのだ。
はぁ……思い出しただけでも疲れた。今日のスラの飯はドックフードにしよう。
◇◇◇◇◇
「ただいまー」
うねうねうね
帰宅すると、玄関でスラがいつものように出迎えの舞をしていた。
この謎の舞を初めて見たときは煽ってきてるのかと思い、その日のスラの飯を昆虫ゼリーにしたのだが単に俺が帰ってきた喜びをこれで表現してるだけらしい。
この変な舞がスラなりの愛情表現なのだ。
「……ただいま」
うねうね(出迎えの舞発動中)
これを見続けると俺のMPが減ってしまいそうだ。さっさと部屋に戻ろう。
すたすたすた
「ん?どうした?」
部屋に戻ろうとするといつもなら元気良くぴょんぴょん付いてくるのに今日はスラは玄関に留まっていた。
そしてスラは事前に用意していたと思われるプラカードを掲げた。
「さ・ん・ぽ ♡」
「あー……今日の当番俺だったか」
そう、こいつはスライムのくせに散歩をねだってくるのだ。
散歩なんてひじょーにめんどくさくてやりたくないが、ずっと家の中に閉じ込めておくのも可哀想と母さんが言ったせいで母さんと分担して散歩に連れてやっているのだ。
母さん、わざわざ俺たちが散歩に連れて行く必要はないんやで。こいつ夜な夜なこっそり外に出て散歩してるのワイ知ってるんや。
「さ・ん・ぽ ♡」
スラは俺の足元に貼りついて散歩を要求してくる。別に無視しても良いんだがそれを母さんにチクられてもめんどさくさいことになる。
「へいへい」
だからこうやって諦めて散歩に連れてやっているのだ。
◇◇◇◇◇
スラを散歩に連れてやる時は、犬みたいに首輪やリードをつける必要はない。
そもそもスラに首ないし。
その代わり散歩の時はご近所の人にスラの存在がバレないようにスラを俺が抱えて散歩をしてやっているのだ。
なのでスラ自身が散歩して運動するというわけではないが、スラはこうやって散歩される散歩が好きらしい。
しかも長くスラを持っても疲れないよう配慮しているのか、ある程度自分の体重を変えることができるらしくこうやって持ち運ぶ時はとても軽くなってくれる。
この前その持ち運び状態のスラの重さを測ってみたら100グラムくらいだった。
もう完全に物理法則無視してるよな?質量はどこに行ってるんだよ?
「で、今日はどこに行きたいんだ?」
スラは"体内"から電子メモ帳を取り出して文字を打つ。
スラの特技の一つで、体内から物を取り込んだり取り出したりすることができる。
簡単に言うとドラえもんの4次元ポケットみたいなことを平然とやってのける。
ついでに言うと今まで収納した中で一番大きな物は父さんの車だった。
ただし、何でも収納できるわけではなく機械製品しかこの特技は使えないらしい。
だから紙や鉛筆などは収納できないから外で会話したい時はこうやって電子メモ帳を使うのだ。
「"だがしやきぼう!"」
「またか」
まぁ、こっから徒歩5分でしかも駄菓子屋のおば――お姉様もスラが生き物だって事を知っているから気を張る必要もない。
何で知ってるかって?スラが店で売ってる駄菓子に興奮してぴょんぴょん跳ねてしまったのを見られてしまったせいだ。
黙ってやる事を条件に俺の3か月分のお小遣いを駄菓子屋で買わされた恨みを今でも忘れてねぇぜスラさんよぉ?この分の借りはどっかできっちり返してもらおう。
「この前みたいに買いすぎるなよ?300円までな?」
「"らじゃ!"」
「あらぁ!夏野さんとこの子じゃなぁい!」
背後から俺を呼ぶ声が聞こえる。声だけじゃ誰かわからなかったがスラにちゃんと用心してもらおう。小声でスラに注意する。
「スラ、絶対動くなよ」
「"こくこく(頷く動作)"」
「動くなっちゅーに」
振り返り誰かを確認してみる。
「げっ……」
まずい!よりによって鈴木おばちゃんかよぉ!
鈴木おばちゃんの二つ名は "情報の拡散師" ←勝手につけた。
なんせ俺が小学生の時におねしょをしてしまったことをご近所中に広めたおばちゃんだからな。その噂が広まるスピードはまるで光ファイバー通信のようだった。
そんなおばちゃんにスラの存在がバレたらあっという間にご近所中で噂されるだろう。
それは色々まずい!夏野家最大のピンチだ!細心の注意を払う必要がある!
「お久しぶりです。え~っと……」
どうだ!相手の名前をわざと忘れた風にして距離を置く作戦。完・璧・だ!
「もう、若いのに人の名前をド忘れしちゃダメよ、佐藤おばちゃんよ」
まじかよ、鈴木さんじゃねーのかよ!?佐藤さんなんて俺知らないぞ!?
どうする、どうする!?……このまま流されてみるか……!?
「ああ、すいません佐藤さん。昔はよくお世話になりました」
「誰よ佐藤さんって。私ぁ鈴木よ」
「あっ……はは。どうもすいません」
……ちっ。このばばあ、スラぶつけんぞ?
「今日はスラちゃんとお出かけ?」
「スラちゃん……と?」
情報の拡散師やべぇ……なんで腕に抱きかかえているゴムボールの名前を知ってるんだ?
だがここで慌てふためく必要もない。落ち着け、落ち着けドントウォーリィー。
何故ならば母さんもスラを散歩に連れ出している。
そのときに今の俺と同じような状況になって「このゴムボールはスラちゃんです」みたいな説明をしたんだろう。
だからスラがこのままじっとしていたら切り抜けれるはずだ……!
「今日はスラちゃん大人しいのねぇ~」
「へっ?……大人しい?」
どういう意味?ゴムボールに大人しいもくそもあるのか?俺が知らないだけで大人しくないゴムボールとかあるのか?
ならば良いだろう!大人しくないゴムボールを演じて見せようじゃないか!!
「はっはっはっ!いやいや、スラちゃんは元気良く跳ねますよ!?ほらぁ!」
ドン!ドン!ドン!ドン!
俺はスラをバスケットボールのように地面にぶつけてドリブルをする。このくらいの衝撃なら全く傷つかないほどスラが丈夫なのは知っている。
ドン!ドン!ドン!ドン!
「見てください!いつもより余計にドリブルしております!オバマが到来!ヒェア!ヒェア!」
べちゃっ!!
「……っ!?」
……スラが地面に叩きつけられた衝撃で弾け散った。
「……」
俺と鈴木おばちゃんはお互い驚愕の表情で顔を見合わせる。
おいいい!?いつもならこのくらいへっちゃらだろう!?何で何で!?
「は……ははっ。最近のゴムボールは安全設計なんですよ!……ヒェア……ヒェア」
地面に飛び散ったスラをいそいそとかき集めて腕の中に抱きかかえる。
もう何振りかまっている暇はない!逃げよう!
「じゃ……じゃあそれは俺はこの辺で――」
「もう、そんなゴムボールみたいに扱ったらいけないじゃなぁい。スラちゃんだって大切な家族の一員なんでしょ?」
そう言いながら鈴木おばちゃんはスラを撫でる。
……これは……既にスラの事を知られている。
「あの、何時から知ってます……?」
「何をだい?」
「スラがーそのー……生き物だってこと」
情報の伝道師は微笑みながら答えた。
「そんなこと、スラちゃんを飼いはじめた時からご近所のみんな知ってるわよ」
ヒェアアアアアアアアアアアアア!!??