160話
「夏野君、さっきの数学の授業で分からない所があったから教えて欲しいんだけど」
「あーはいはい。分からないのはさっきの問題の所だろ?あれは難しいからな」
「夏野、俺にも教えてくれよ」
「ああ、分からないことがあったら遠慮なく聞いてくれ」
俺は席を立ち、黒板にさっきの問題の解説を分かりやすく説明する。
「ーーてな感じだ。分かったか?」
「ああ、とても分かりやすかった!ありがとうな!」
「はい、どういたしまして」
「やっぱ頭が良いと教え方も上手いんだなぁ」
それは違うぞ。
スラの頭でも理解できるように説明してきた技術の積み重ねだ。
きっと猿に教えるより難しい技術だろう。
自分の席に戻って一息つく。
1組に来てから2、3週間くらいだろうか。
俺はいつの間にか、かなりクラスに溶け込んでいた。
もうずっと孤立したままなんだろうなと思ってたのだが、いつの間にか1組のリーダー的なポジションにいたのだ。
特に何かをしたと言うわけではないが、何故こうなったのかはよく分からない。
だが悪い気はしないな。
もっと崇めろ、もっと讃えよ。
「夏野の最近調子に乗ってる方、ちょっといいか?」
スマホで宗教法人の立ち上げ方を調べていると赤神ちゃんが俺に話しかけてきた。
そのまま赤神ちゃんの後に付いていき廊下に出る。
「どうしましたか?悩み事があるなら何でも懺悔なさい。罪深き教祖の私が迷える子羊に裁きを下しましょう」
「相変わらず頭バグってるな。でな、夏野」
「はい」
「もう1組の雰囲気は大分マシになったから明日から5組に戻っていいぞ。今までごお疲れさん」
「……え?」
赤神ちゃんが俺の肩をポンポンと叩く。
思ってもいなかった事を突然言われて動揺する。
「俺、まだ何にもやってないんですけど?」
「夏野が1組をかき乱しまくったせいで、なんかマシになったんだよ。ほら、夏野がいちびってる奴らをビビらせて大人しくさせたろ?あれからなんか雰囲気がマシになった。つまり劇薬が奇跡的に良い方面に動いたんだな」
「は……はぁ」
そんな事をした記憶がないがとりあえず頷いておく。
人畜無害でニコニコしてフレンドリーに接していたのに何故だ?
「でもな、これ以上1組に居続けられると今度は毒になる。だから5組に帰れ。報酬は何か適当に考えておくから」
「いや……でも……」
◇◇◇◇◇
放課後、いつものように俺を迎えに来た陽菜を適当な席に座らせて緊急相談。
赤神ちゃんとのやり取りを説明する。
「……――だから明日からは5組に戻っていいんだとよ。……はぁ」
俺はため息をつくと陽菜が、
「えーと、つまり1組でそこそこのポジションを手に入れたから、5組のスクールカーストの底辺に戻りたくないと言うこと?」
「いや、そこは全く気にしてないが?」
「……少しは気にしなさいよ。じゃあ何でため息ついてるのよ?」
「5組に戻るとせっかくがんばって築き上げた赤神ちゃんに対するフラグが台無しになってしまう。このままだと赤神ちゃんルートに入ることができなくなってしまう」
「……少しでも赤神に対して好感度が上がるような事した?」
「ふふっ、今告白したら50%くらいの確率で付き合えるくらいにはな。ああ、もちろん陽菜の事も好きだぞ?」
「はいはい、私もナオの事が大好きよ。で、明日からどうするの?」
「……ま、まぁ5組には心の友(山坂や遠藤)が俺の帰りを待ってるから明日から戻るつもりだ」
「それが良い選択なんじゃない?」
「でもな、赤神ちゃんと物理的に距離が離れてしまうのはとても心苦しい。だから物理的に距離が離れる代わりとして赤神ちゃんとは心の距離をもっと近づけたいと思っている」
「うわ、こわすぎ」
ちょっと引いている陽菜に対して俺は身を乗り出して陽菜に近づく。
ここからが本題なのだ。
「そこでだ。ここはぜひコミュニケーション能力と可愛さとエロさおっぱいとその他、もろもろのステータスが高い陽菜に赤神ちゃんとの心の距離をぐっと近づける方法を聞きたいんだ。何か良いアドバイスをくれ!」
「えぇー……?そんな事を急に言われても……。こ、根本的に性格を見直すと言うのは……?」
「おいおい、まるで俺の性格に問題があるような言い方じゃないか?失礼だな」
うーん、こりゃ陽菜に聞いても自己啓発セミナーみたいな感じになって俺の求めてるアドバイスをもらえそうにない。
やっぱり自力で考えるしかないか。
となるとさっき考えていた『赤神ちゃんハイエース作戦』をベースに作戦を練っていくか。
「あ、そうだ!昨日、恋愛ドラマでやってたんだけど」
「恋愛ドラマ?」
陽菜が何かを閃いたように言う。
恋愛ドラマなんて所詮はお芝居。
そこから良い案なんて到底出てるくとは思えないが一応聞くだけ聞いといてやろう。
「初めは仲の悪かった二人が誰にも言えない秘密を共有していってどんどん仲が良くなっていくお話で――……」
「なるほど!!つまり赤神ちゃんの弱みを握れば良いってことだよな!ナイスだ陽菜!ありがとな!」
善は急げ。
俺はカバンを持って教室から出ようとする。
「な、何か勘違いしてない!?いや、絶対私が言いたい事を理解してない!!」




