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154話

 「晴れ渡る大空ー漂う雲よー♪」


 ベートーヴェンの歓喜の歌を楽しそうに歌いながらドライブするスラとは対象的に俺はひどく落ち込んでいた。


 左翼があった所にはもう何もない。

 今は右翼だけで飛んでいるからだ。


 残っていたミニスラちゃん2匹に左翼の補強をお願いした。

 今回は犠牲になったミニスラちゃんから生まれた教訓をふまえて、風に投げ出されないように車を空中でホバリングさせる。


 そして何故か車内に用意されていたミニスラちゃん用の命綱をミニスラちゃんに取り付ける。

 ……てか、さっきの作業で命綱を付けておけば良かったと思うんだが……犠牲が出てやっと学習したのだろう。


 命綱はしっかりと付けられてるし、とりあえずこれで大丈夫だろう。

 そう、思っていたが俺はまだまだミニスラちゃんを舐めていたと思い知った。


 今度のミニスラちゃん2匹は左翼の近くまで慎重に、もぞもぞと這いながら向かって進んだ。

 そしていきなり何を思ったのか、あんなに慎重に移動してたのに最後に跳ねて翼に飛び乗りやがったのだ。


 飛び乗った衝撃で翼がとれて、下に落ちていく。

 幸いミニスラちゃんは俺が命綱を持っていたから空中でぷらぷらしていた。

 命綱があって良かったとほっとしていたのに、何故かあいつらは体をうねうねさせて命綱から抜け出して翼と一緒に落ちていった。


 何で自分から命綱を外したのかとスラに聞いた所『落下物は事故の原因だから落ちる前に取りに行きました!安全第一!』らしい。


 ……そう思ってるんだったら翼が落ちないように作業してくれよ。

 補強する翼をミニスラちゃんのサイコキネシスの力で支えながら作業してくれよ。

 いくらでも対策はあっただろう?


 しばらく帰ってこないであろうと確信した俺はミニスラちゃんたちから預かってた食べかけのサンドイッチ4つを口に入れた。


 「……仮に右翼も取れたらどうなるんだ?」


 「この車も落ちますね。ですが、それは心配しすぎなのだ!誰も高速を走っている時にブレーキが壊れたらどうしようとか心配しながら運転してる人なんていませんよね?それと同じです!」


 「そのブレーキが壊れる予兆が分かったら誰だって心配するだろう?」


 「右翼に問題が発生する予兆はありません!」



 ◇◇◇◇◇



 うー!うー!


 ドライブを始めて1時間。

 夜景をボケーとしながらスラに持たれついているとパトカーのサイレンのような音が聞こえてきた。


 「何だ?大分近くで鳴ってるような気がするが……」


 「どうしましょう、なお君!問題発生です!」


 「……1時間前から既に問題が発生しまくりなんだが?」


 「そんな些細な問題ではありません!今回は大問題です!」


 こいつ……こんなに神経をすり減らしてるのに些細な問題で片づけやがった。


 「警察スライムです!まさか地球までパトロールしてるとは思いませんでした……!ど、どうしましょう!?」


 「……警察スライム?何をそんなに焦ってるのか知らんが、しょせん警察ごっこしてるスライムがサイレン鳴らしながらやってきてるんだろ?そんなにやばいんだったら逃げるなり、迎撃するなりしてしまえよ。それよりも日本が知らない間にスライムに制空権取られてた方がよっぽど問題だっつーの」


 「車の性能的に逃げきるのは絶対無理です。……となると、なお君の言う通り迎撃して追い返すしか……」


 「いやいやいや、冗談!冗談だからな!?何でそこまでするんだよ?なんかやましい事でもあるのか?」


 「な、ないですよ……?」


 「目を逸して言っても説得力ないんだが?」


 トン!トン!


 音がした方を見ると、スラよりも青い色をしたスライムが体を使って窓ガラスをノックしていた。

 まぁ、見た感じノックと言うより家の中に入りたがってる猫みたいな動きをしてる。


 その様子を少し和みながら見ているとスラがひそひそとした小さな声で、


 「がんばってなお君が気を引いて油断させてください。そのすきをついてボクが体当りで迎撃します」


 「スライムはみんな仲良し設定はどうしたんだよ?似た色してるから個人的に気に食わないとかか?」


 「そんな事はありません、仲良しです。ですがボクにも引けない事はあります」


 ……よく分からんが、青色スライムが早く窓を開けて欲しそうにしてるからハンドルを回して窓ガラスを開ける。


 「で、この青色スライムはどうやって空を飛んでるきたんだ?」


 体を乗り出して見てみると、青色スライムは100年後のドローンみたいな未来感あふれる乗り物に乗っている。

 そしてドローンの横にはパトカーの赤色灯とーー……


 ……ミサイルやら機関銃やらガトリング砲など、大量の武装が搭載されていた。


 ……何すか?フルアーマーユニコーンすか?


 「スラ……あの武装って飾りだよな?マジモンじゃないんだよな?」


 「本物です。スライムの戦闘モードみたいなものです。あのミサイル1発で地球が粉々になる威力を持っています。ですが安心してください。機械女神の兵器の差が戦力の決定的な差ではない事を……ふぎゅ!?」


 絶対にスラに何もさせないようにする為に羽交い締めにする。

 何でこいつは人類が結束してもまるで勝てない戦力を持ってる相手に襲おうとしようとしてるんだよ。


 「てか何でそんな馬鹿みたいな戦力を地球に持ち込んで来てるんだよ?他所でやってくれよ」


 「地球で人間が生きていたと言う事は、もしかしたら昔、ボクたちと戦争した悪い神様も生き残ってる可能性もあります。なので戦闘モードで大真面目にパトロールしてるのです」


 スライム相手なのに本物の武器を装備されてたら流石にひびってしまう。


 「こ、コンニチハ!」


 緊張で思わず片言の日本語になってしまった。


 ビロッ♪


 するとスカイプのメッセージ着信音みたいな音が青色スライムの乗っているドローンから鳴りる。

 同時に故郷で見たようなホログラムのチャットの吹き出しみたいなものが表示された。

 吹き出しには、


 「" 君は何者だ? "」


 「シャチョーさん!ワタシはねーー……」


 青色スライムと変なトラブルにならないよう、平然を装って話そうとするとスラが、


 「ボクの飼い主のなお君です!」


 「" …… "」


 「それと申請書はちゃんと送付して承認はもらってます!な、なお君……ちょっとスリスリを中断してください。これでは奇襲できません!」


 「" 奇襲? "」


 「何でもないですよースラちゃん平和主義だからー」


 「……」


 羽交い締めになっているスラが俺に放してほしいと暗に言ってきているが、放つつもりはない。

 こいつら馬鹿だからうっかり武器使って人類滅亡させちゃいましたっていう可能性が十分ある。


 そして青色スライムはまるで俺をじっくり見るように体を少し伸ばして近づいてきた。

 俺の存在がスライムの間でどこまで伝わっているかは知らないが、きっと俺の事が珍しいからまじまじと見てるんだろう。


 「"……アルコールの検知なし"」


 ただの飲酒チェックかよ!


 「" 片方、翼が無いのは? "」


 スラは目をそらしながら震え声で答える。


 「……あれれー?もしかして、とれちゃってました?おかしいですねー。ついさっきまであったのですが……」


 「" 整備不良で点数1 "」


 「うにゅ!?」


 「" 免許証の提示を "」


 「免許証ですか!?お、おかしいなー。今日お家に置き忘れちゃったかもしれませんねー?」


 「" 免許証不携帯で点数1。合わせて2点になると……"」


 「あ、ありました!免許証ありますよ!?そこの小物入れにあります!」


 青色スライムがもぞもぞと小物入れから折りたたまれた紙切れを取り出す。

 そしてペラっとめくって、こくこくと小さく頷きながら中身を読んでいる。

 俺も気になって覗き込む。

 紙切れには手書きで『うんてんめんきょ(かりめん)』と書かれていた。


 「……仮免?えっ?仮免?ちょっとスラさん?」


 「" 仮免は運転免許持ってる同乗者が必要 。免停50年 "」


 「……さっきまで乗ってたのですが、翼とミニスラちゃんを拾いに降りました!本当ですよ!ついさっきまで乗ってたのです!しかも同乗者は黒様です!ボクたちのトップなのだ!」


 「" 権力には屈しない"」


 「ではボクの分のサンドイッチをあげましよう!なお君、後で好きなだけスリスリさせてあげますのでちょっと放してもらっていいですか?」


 「青色スライムに攻撃するなよ?そんな事したらこれ以上、飼いきれないと判断して1年おきにやってる次のメインペット契約の更新を拒否するからな」


 「……無期限契約じゃないのですか?ボク、メインペットですよ……?」


 「今の時代は店長ですら契約社員だからな。メインペットだからって無期限契約の正規雇用だと思ってたら甘い。スラも非正規の契約ペットだ。もしかして正ペットだと思ってた?正ペットになりたかったらちゃんと正ペット登用試験に合格しないとダメなんだけど?これ、夏野家の就業規則だから」


 「で……でも」


 「ほらほら、今はそんな事よりこっちの問題を片付けてくれ」


 「ほにゅ……」


 ふっ……スラの扱い方など簡単なものよ。

 これで間違っても青色スライムに攻撃なんてしないだろう。

 羽交い締めから開放されたスラはサンドイッチを掴んで青色スライムに食べさせようとする。


 まぁ、何はともあれこれで一件落着だろう。

 スライムが餌に釣られなかったのは未だかつて1度しか見たことがない。

 陽菜をアヘらせ隊のスライムたちが陽菜のまき餌のアメに釣られなかった時だけだ。


 「" 賄賂には屈しない "」


 だが意外にも青色スライムはサンドイッチに全く食いつこうとはしなかった。

 このスライム。他のスライムとは(良い意味で)ちょっと違うのかもしれない。


 「相変わらずの交渉上手ですね!では特別に陽菜ちゃんの寝顔写真もお付けしましょう!」


 「" 肖像権の侵害 "」


 ビリビリビリ


 陽菜の写真を渡された青色スライムがそれを破り捨てる。

 その行動は正しい行動だ。

 多分、陽菜の許可を得ていないであろう写真を勝手にばら撒くスラが悪で、それを防いだ青色スライムは間違いなく正義だ。

 頭では分かっている……。

 頭では分かっているんだが……俺はその行動を許せなかった。


 「おい、青色スライム。今、陽菜の写真を破り捨てたな?俺の女神をビリビリに破ったな?」


 青色スライムは一瞬ビクッと震えた。


 「" それは……その……陽菜のプライバシーを守るために……"」


 「そんな事は分かってる。だがお前は今、俺の信仰し、崇めている女神の写真を破り捨てた。俺の魂を破り捨てたと言っても過言ではない。お前は武力をちらつかせて俺を弾圧したんだ」


 「" そ……そんなつもりでは!!ごめんなさい!!45代目魔王様に逆らうつもりは決してありません!! "」


 「……へっ?45代目魔王?何それ?」


 「" あっ!!今 、地郷高速で赤スライムの赤ちゃんが暴走行為をしていると通報受けました!!緊張事態なのでこれで失礼します!!"」


 「ちょ、待ーー……」


 うー!うー!


 青色スライムはサイレンを鳴らしながらものすごい速さで消え去った。


 「スラーー……」


 「なお君は魔王様だったのですか!?人間ではなかったのですか!?ですが安心してください!ボクはなお君がどんな存在でもそばにいます!」


 「……いや、普通の人間だけど?そんなとってつけた後付け設定ねぇから」


 どうやらスラも全く知らなさそうだった。

 となると、青色スライムが何か勘違いしていたのだろうか?


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