153話
結局警報の原因も分からず、そのまま高度が上がりそのまま夜空をゆっくりと巡航する。
どうやら地郷高速には向かわずに、このまま夜空のドライブをするつもりだろう。
「どうですか!この夜景は絶景だと思います!」
「……ああ」
「んふ〜!そんなにボクにピッタリとくっついてくれるくらい喜んでもらえてとてもよかったです!」
「……せやな」
「もっとスリスリしてもいいですよ?」
スラの後ろから手を回して体を密着させながら抱きついているのを、どうやら好意と思っているみたいだが決して違う。
単に今の状況が怖すぎて抱きついてしまっているだけだ。
お化け屋敷で思わず相方に抱きついてしまうアレと同じなのだ。
前みたいに宇宙やら異次元やらに打ち上げられてしまったら、現実とかけ離されすぎて生きることに諦めをつけることができた。
しかし今回は夜空を巡回飛行してるせいで、なんと言うかやけに生々しい。
「今更だか、こうやって飛んでると他の人間にバレないか?」
「大丈夫です!Ninja要素が入っているのでステルス性能があります!目視にも地球の技術のレーダーにも補足されません!」
「Kawasakiすげぇな!」
「はい!」
「……」
話が噛み合わん。
ミシミシ
……飛び始めた時から鳴っていたミシミシ音がますますひどくなっているような気がする。
これ、一気にバキっと壊れて墜落するパターンじゃないよな?
「それよりさ、飛び始めた時からミシミシって軋むような音が鳴ってるのは大丈夫なのか?空中分解なんてしないよな?」
「ふふ〜ん、ではここで高級車レクサスの機能をお披露目しましょう!ミシミシって音が気にならなくなります!」
スラがポチっとボタンを押す。
すると、ジャジャジャジャーン!とクラシック音楽が流れ始めた。
誰もが知っているベートーヴェンの運命だ。
いや、確かに軋む音は演奏音で掻き消されたが根本的な問題は何も解決していないんだけど?
「どうですか、ちょっと高級車ぽいですよね?これでリラックスです」
「……」
これはもう何を言っても駄目そうだ。
このオンボロ車が壊れないと言う絶対的な自信を持ってる奴に何を言っても意味がない。
スラを説得することを諦めて、最期になるかもしれないこの瞬間を楽しもう。
くそっ、スラのくせに女の子の良いにおいをさせやがって。
そういやさっき風呂に入ってたな。
すーはー!すーはー!
うむ、スライム相手だからこれはセクハラじゃない。ノーカウントだ。
よし、今度陽菜に運転してもらって何食わぬ顔で陽菜の後ろに座って抱きつこう、そうしよう。
十分に満足したから、今度は夜景でも楽しもうと外を見る。
すると何かが勢い良くなびいていた。
パタパタパタ!!
左翼の翼が風に煽られてすごくグラグラしていた。
今にも取れかかっている。
……
…………
ジャジャジャジャーン!!
……やばい。俺が終わる運命感じちゃう。
「ミニスラちゃん!ミニスラちゃん!」
「" (*´~`*)もぐもぐもぐ "」
ミニスラちゃんは弁当のサンドイッチを美味しそうに食べていた。
サンドイッチはミニスラちゃんでも食べやすいよう、一口サイズの大きさになっていてーー……今はそんな事を言ってる場合ではない!
生き残る事を諦めたとは言え、自力で回避できる死亡フラグくらいは回避しておきたい!
「ちょっと左翼が取れかけてるから補強してきて欲しいんだけど!食事中に悪いんだけど補強してきてくれるかな?」
「" (*´~`*) "」
ふよふよ
1匹のミニスラちゃんが食べかけのサンドイッチを浮かせて俺に手渡す。
きっと『補強終わるまで持っておいて』という意味だろう。
するとミニスラちゃんは手回しハンドルをグルグル回して窓ガラスを開ける。
……高級車をモデルにしてるのに相変わらず手回しで窓ガラス開けるんだな。
「いや、待て待て。事故防止の為に基本的に作業は複数名でやるもんだ。だから今回は2匹体制で作業してくれ。そこのミニスラちゃんもGO」
「" (゜∀゜)ちゃんとばんこうでいわないと、分からない! "」
「……ミニスラちゃん……2号?」
ぴょん!ぴょん!ぴょん!
「" キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!! "」
めちゃくちゃ跳ねてる。
適当に言ってみたがどうやら当たってたようだ。
スラもテンション高めになって、
「ついにミニスラちゃんの区別がつくようになりましたか!おめでとうございます!」
「あ……ああ。その……あれだよ、あれ。そのくらい簡単に分かるし?なんか一番クレイジーなのがミニスラちゃん2号だろ?」
完全に適当に言う。
ミニスラちゃんなんてみんなスラの分身なんだから違いなんて分かるわけねーじゃん。
「それはミニスラちゃん1号ですが……まぁ、細かい事は良いでしょう!」
「えっ!?そうなの!?もしかしてミニスラちゃんにもそれぞれ個性とかあるの!?」
「うにゅ?なお君はどうやって2号だって分かったのですか?」
「……こう……その……。これがミニスラちゃん2号だって心にジャジャジャジャーンって響いたんだよ。」
「なるほど!分かりました!」
言ってる俺自身が何もわかってないのにスラは一体、何を分かったのだろう。
てか、ミニスラちゃんに個性の違いとかあったんだな。
まだまだ観察不足だ。
「" (゜∀゜)なおしてくる!!!!"」
「お願いしますー。……あっ!!待ってください!!」
ビュン!
スラが珍しくアクシデントが発生するよりも先に気づき、直しに行こうとしたミニスラちゃん2匹を止めようとするが少し遅かった。
今、速度計は表示されているマックスの何キロ120キロを指している。
少なくともそれ以上のスピードで飛んでる中、ミニスラちゃん2匹はテンション上げ上げの状態で勢い良く車外に飛び出た。
ミニスラちゃん的には左翼に飛び移るつもりだったのだろうが、風圧で車から投げ出されて一瞬で消え去った。
……作業者を複数にしたって、どっちも馬鹿だったら事故が防げないと言うことがよく分かった。
「ミニスラちゃんがこの高さから落ちようがどうせへっちゃらだって言うことは分かってるんだが、いつもやってる物を浮かすサイコキネシス的な力で自分自身を浮かせたら別に落ちることもなくね?」
「スライムの中でいつも自分を浮かせて移動する先輩がいるのですが、それが楽すぎて跳ねることすら億劫になってしまってるのです。楽すぎるのも良くないのでボクは非常時以外は自分を浮かせる事はしないようにしています!」
「今がその非常時だと思うんだが?」
「うにゅ、今頃ミニスラちゃんたちはスカイダイビングを楽しんでると思いますので自分を浮かせる発想がないと思いますね」
パラシュートのないスカイダイビングをスカイダイビングと呼んで良いのだろうか。
うねうねうね
黒メットがうねうね動くと、俺の頭から離れてそのまま車外に飛び降りていった。
きっと助けに行ったのだろう。
「お願いしますー」
スラがふりふりと手を振って見送った。




