139話
「あ……ありが、ありがとうございま……んごごごごご!!!」
店員の負の感情を濃縮された挨拶で見送られ、ゲームセンターを出る。ざまぁ。
その後の予定は特に立てていないから適当にぶらぶらした後、陽菜の喜びそうな渋谷とか原宿に行こうと思う。
陽菜のようなギャルなんて、オタクが集まる秋葉原を精々、養豚場の社会見学くらいにしか思ってないだろう。
初めは珍しいものが見れて面白かったかもしれないが、今頃は『豚の臭いがマジヤバイ、マジ無理なんですけどー』とか思ってるに違いない。
「ねぇ、スラ。最近SSDが安くなってきたから、私のパソコンもSSDにしようかなーって思うんだけど、なかなか買い時が分かんないんだよねー。そろそろ買っちゃってもいいかな?」
「陽菜ちゃんはSSDよりも、まずはメモリを4ギガにするべきだと思います!2ギガじゃカクカクです!」
「んー分かってはいるんだけどねー。ほら、私のパソコンのマザボってDDR3じゃん?DDR4が出てるのにDDR3のメモリを買うのも、なーんかもったいないかなーって」
「では、なお君の使ってないお古のパソコンから抜き取りましょう!DDR3で32ギガ積んでます!なお君いいですか?」
「ああ、SSDも64ギガだが、使ってないのがある。もってけ」
「お古って……去年私が受験勉強でナオの家にいってた時に使ってたパソコンでしょ?あれでもスペック高いのに、また新しいのに買い替えたの?」
「ああ。パソコンオタクってのはな、必要ないと分かっていても高スペックを求めてベンチマークぶん回す生き物なんだよ。そして、古い機械はポイだ」
「うにゅ!?……だ、大丈夫です。スラちゃんは一番最新の機械女神ですから……」
なんだが楽しそうにパソコンのパーツについて話し合っている。
どうやら陽菜でもSSDやDDR3くらい余裕で知ってるものらしい。
そうだよな、情報化社会を生き抜く為にはそのくらい知識は必須だよな。
そして何故かスラはぷるぷる震えながらブツブツ言っていた。
「さて、秋葉原も十分観光できたし、そろそろ渋谷とか原宿とかにでも行くか?陽菜も秋葉原は満足したろ?」
「えっ……まだまだ行きたい所ある……」
「えっ、そうなの?だったら全然良いけど……飽きたら遠慮なく言うんだぞ?てか、もしかして陽菜って実はそこそこオタク?とったUFOキャッチャーの景品もアニメ関係の物だし、なんか秋葉原を歩き慣れてる気がするし」
「……何を今頃言ってるの?散々ナオの布教対象にされたんだからオタクにもなるわよ」
「えっ、マジで!マジでオタクなの!?アニメの円盤やらゲームやら漫画を貸し付けても大した返事くれないじゃん!」
「『第2話の冒頭のヒロインのパンチラについてどう思う?』とか聞かれても返事できる訳ないでしょ!?……ナオが貸してくれたものは全部最後までやってるわよ。」
そうか、今まで布教活動と言うよりは、話す話題が見つからずにオタク話をしていただけなんだが。
どうやら知らない間に俺好みの女に調教していたらしい。
これからはオタク関係の話題は陽菜に振ってみよう……いや、これ以上振れないくらい既に話しているような気がするが。
「あ、あのミクのフィギュア可愛い!」
陽菜はホビーショップに飾られている初音ミクを見つけると、嬉しそうにしながら近づいて、近くで見つめている。
そしてしばらく見つめていた陽菜が初音ミクのフィギュアに向かってすごく可愛い声で、
「ふふーん、ひっなひなにしてやんよ!」
「……」
「……はっ!?」
俺がいたことを気付いたように陽菜は俺の方を向く。
恥ずかしさで顔が真っ赤にさせて、わなわなしている。
「ち、違うの!久しぶりの秋葉原だったから思わずテンション上がっちゃて……!」
「なにも違わねーじゃん」
「……~~っ!!」
今の女神のようなボイスをもう一度聞きたい!
えーと、えーと、やむを得ない!脅すか!
「陽菜ちゃーん、今の可愛いのもう一回やってくれよ?ほら、ここで俺を満足させとかないと、教室で喋るかもよ?」
「い……言わないって!絶対に言わない!脅しには屈しない!」
「ほーう、でもなー俺、今は1組の人間なんだー。俺が喋ったら赤神ちゃんにも聞かれちゃうな〜」
「な、なんでそこに赤神が出るの!?それは嫌!絶対にからかわれる!」
ほう、もしやと思って赤神ちゃんを出してみたが、赤神ちゃんに聞かれるのはそんなに嫌か。良い事を知ってしまったぞ。
「…………分かった。赤神に聞かれるくらいなら……」
「ちょっとだけ待ってくれ。俺も心の準備が」
俺は悟られないよう、まるでちんぽじを直すかのようにポッケに手を入れて、スマホの録音アプリを――……
「言う前にスマホを私に預けなさい。どうせ録音とかするつもりでしょ?」
「流石陽菜、俺の事が良く分かってるぅ!はい、預けます」
くそっ、見破られていたか。
まぁ、こう言うときの為の保険は事前に手を打っている。
「……潔いわね。持ってるスマホは1台だけ?サブスマホを忍ばしてるとか?」
「友達が数えるほどしかいなくて、毎朝スラが俺を起こすから目覚まし時計としてすら使ってないのに、2台も持ってる訳ないだろ?」
そう、確かに俺はスマホを1台しか持っていないが、しかしまだスマホを持ってる奴がいるから――……
「ほれ、スラも渡しなさい。ナオのファンネルなんだから、どうせ録音しようとしてるんでしょ?」
「そうでした!こういうパターンはボクが録音するのでした!ちょっと待っててくださいね?」
「待っててたまるか」
何もかも見通されていた。
スラが慌てて録音アプリを起動しようとしていたが陽菜に取り上げられ、打つ手がなくなった。
てか、俺のスマホが取られた時点で作戦は失敗だったらしい。
まぁいい、盗聴とか屑のすることだ。俺は屑じゃないから盗聴とかしないし?
「……こほん、では……ひっなひなにしてやんよ!」
「……」
この透き通るクリアな声は一体何だ!!耳から脳に伝わり、それが足のつま先まで伝わった!!まるで俺の全神経が喜んでるようだ!!恐らく、普通の人間にこの感覚は耐えられない!!っは!?股間にある神経が!血管が!喜びのあまり自己主張をし始めようとしている!俺も喜んでるんだぜと自己主張をし始めようとしている!!やめろ……やめてくれ!!
「あの、ナオ?な、何か言ってよ!」
「あっ……ああ、悪いな。今芸術を感じていて、言葉が出なかったんだ。えーとだな、感想を言うとだな――……」
「か、感想なんて言わなくて良いって!てか、本当に内緒にしといてよ!言ったら泣くからね!?」
「へいへい、言わないさ。あの可愛さは俺だけのものにしておきたい」
「なっ!?……っ~~~!」
陽菜はさっき以上に顔を真っ赤にさせて涙目になっていた。
「なお君、なお君!」
スラが俺の服を優しく引っ張る。
「どうした?」
「スッラスラにしてやんよ!」
スラはあざといポーズをとりながら対抗する。陽菜とは違ってすごく堂々としている。
「うーん、スッラスラってのが、切れ味良くて危ない感じがする。ひっなひなには勝てないが、ギリギリ合格点って所だな。ほれ努力賞だ」
ポッケからキャラメルを取り出してスラの口に放り込む。
美味しそうに頬張るスラのほっぺをぷにぷにしながら茶化すように陽菜に言う。
「陽菜も頑張ったからキャラメルやろうか?」
「……うん、いる……」
いるんかい!?




