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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
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変わらない思い

作者: 智秋
掲載日:2015/06/12

 東京を走り回る電車にて、女子高生を見ると思うのだ。

 昔のこと。

 わたしの学生時代。


 わたしにもあんな時期があった、と。

 過去を振り返るのは、おばさんに近づいてきている証拠。

 寝て起きたら三十歳を超えていたと、職場の上司が言っていたが、ホントらしい。

 気を引き締めないと、あっという間に三十を迎えるだろう。

 それに三十代となることで色々と変わってくる。

 変わらなかった生活が、大きく変化するのだ。

 学生から社会人へとなった時と同じように。


 さしあたり二十代という女性のなかで、輝かしいライフステージを謳歌して記憶に焼き付けるためにも、同居人が待っているマンションに急ぐことにした。

 電車から降りて、人の往来が少なくなった駅を離れ、お気に入りのパンプスを踏みならし帰宅する。

 マンションの自宅には玄関の電気が付いていて、わたしの帰りを待ってくれるいつもの光があって、いつも通りにドアを開けた。


「ただいま」


 いつもと同じ言葉を使って、帰宅を知らせる。

 すると、


「おかえり」


 と、代わり映えしない返事。

 大好きな、お嫁さんの声だ。

 なんども聞いたスリッパの音が聞こえてくる。

 それから廊下とリビングを隔てる扉が開いて、背丈が幾分か低い人がでてきた。


「おつかれさま、葉月(はずき)


 そう言って、わたしに近づいてくる。

 見間違えることない若葉色の部屋着に、なんども見たウサギのステッカーが刺繍されているエプロンが、どんどん近くなって胸に飛び込んできた。


「ずっと待ってた。葉月のこと、行ってらっしゃいの声をかけてから……ずっと」


 ギュッと、スーツの裾を握られる。おもいのほか強い。


「ごめんね彩萌(あやめ)


 わたしは謝罪した。

 ギュッの強さは、彼女の寂しさに比例する。

 だから安心させるために手を腰にまわす。

 いくら生活のためとは言え、彩萌を孤独にさせたので謝罪。

 声を聞いて、幼さが二十代を超えても取れない彩萌が、


「ゆるさない。でも、いつものしてくれたら考えてあげる」


 いつもの変わることないサイン。

 大好きを行動で示す、いつもの。


「ん、好きだよ。彩萌」


 唇を、彩萌の頬っぺたにつける。毎度のことながらこの、いつものサイン――お帰りのキス――は恥ずかしいけど、好きを知らせるのに便利で、とても高揚できる。


「うん。大好き……だからゆるしてあげる」


 変わらない甘い声。

 それにいつものフレーズを返す。


「ありがと」

 

 それからも変わることなく続く一日の流れ。

 まずは脱衣所にいってスーツを脱ぎ捨てる。

 そして疲れを流すための湯をかぶり、ぞんぶらはっちに汗を流して、気が済んだらタオルで体を拭き、手早くパジャマに着替える。そして食卓へ。


 変わらない。

 昨日と同じ。幸せな毎日だ。

 でも、それを考えると、少し不安になる。

 永遠に同じなわけがない。

 いつかは変わってしまう。

 年を取るにつれて、ふと考える。

 今の生活が変わってしまったら?

 突然、なにかが決定的に変化してしまって、日々を失うとしたら、それは悲しいことだ。


「どうしたの葉月。眉間にシワなんて寄せて」


 彩萌が料理を抱えてきた。

 ぶかぶかなミトンの上に、いい香りを漂わせる皿がある。

 パスタだ。

 彩萌の得意料理の一つであり、ソースを一から作る特別製だ。

 パスタは野菜たっぷりで色鮮やかだ。それと香りからピリッとした刺激と旨味がある。

 今日も変わらない美味しそうなパスタだ。

 変わることない。

 そこでわたしは、首を振って眉間を伸ばす。


「なんでもない。で、今日はなにパスタ?」

「今日はペペロンチーノ。とっても美味しくなる裏技を使ったから、自信あり」

「それは楽しみ」


 そこで、彩萌が咎めるように、


「って、話を逸らさないで。隠しごとはなしって決めたでしょ」


 ごとん、と皿を置く。


「うん、そうだったね……でもお腹が空いたから、ご飯食べながらでいいかな?」


 しぶしぶと彩萌は、わたしの提案に乗ってくれた。

 彩萌はフォークを取り揃えて、飲み物を準備。

 てっとり早くエプロンを脱ぎ、ちょこんと向かい側に座る。

 わたしはフォークでパスタをかき混ぜ、一口ほどに調整。

 食べようとしたら、彩萌が尋ねてきた。


「じゃ聞くけど、なにを考えていたの? もしかしてイヤなことでもあった?」


 なんでもないから言わない。

 そう考えたけど、隠しごとになると罪悪感があった。


「その、なんて言うか。日常て変わっちゃうのかなって」

「日常……例えばなにー?」


 パスタを巻いたフォークを見せる。


「これ、とか」

「パスタが変わる? あ、今回はちょっと違うパン粉を使ったの」

「そうじゃなくって、その……こう、変わることなかったことが、変わっちゃうみたいな」


 向かい側から、心配したような声色が返ってくる。


「疲れてるみたいね、葉月」

「疲れてはいるけど……そうじゃない、そうじゃないから。ほら、わたしもうすぐ三十代になっちゃうでしょ」

「あー心配なんだね。年を取るのが」


 たしかにそうかも。

 不安、なんだ。


「葉月もわかるかも。三十になったら、見るモノすべてが変わっちゃうから」

「やっぱり変わるの?」

「そうだよ! もう、凄いんだから。今まで大丈夫だったことが急に辛くなったり、食べ物の好みとか変わっちゃうよ」

「……」


 なんか、違う。

 決定的にシコリが残る。

 わたしが考えていたのは、その変化だったのか?

 もっと大事なことだったような。

 例えば、この暮らし。

 彩萌と同棲してから変わらないサイクル。

 いっしょに朝食して、行ってらっしゃいのキスをして、しんどい仕事をこなして、帰ってきたら彩萌が待っていて、彩萌のパスタを味わって、いっしょに眠る。

 そんな変わらないこと、だったはず。


「違ったの?」


 彩萌が鋭く一言。

 まるで、心を見透かしたようだ。

 わたしは、露骨に驚いてしまう。


「葉月。あたしはあなたと十年間以上いっしょにいるのよ。考えてることぐらいお見通し……てのは冗談だけど、ほんの少しぐらいはわかっちゃうかも」

「うっ、なんとも心強い」


 しみじみと思い、巻いたパスタを食べる。

 舌が触れて、ピリ辛の刺激と旨味を楽しんでいると、彩萌はくだけて答えた。


「でね、葉月はなにを考えてるの? 素直に言って。あなたの悪い所は自分だけで背負ってしまう所だから、あたしにも重荷を背負わせてよ」

「ごめん、でも大丈夫だから」


 心配させないための大丈夫だったが、どうやら逆効果だったみたい。彩萌がフォークを皿に落としてから、落ち込むようにうつむく。


「それよ! そうやって背負うとする。あたしだって力にはなれるのに。あたしを頼ってよ……」


 胸に針が刺さったみたいに、チクリと痛みが走る。


「ご、ごめん! でも、重荷じゃないから」

「本当に?」

「本当だよ。でも悩んではいるかも……この、日常って言った方がいいのか? わたしが歳を取ったら、彩萌との日常が壊れちゃうんじゃないかなって」


 真剣な顔つきでわたしの話を聞いてくれる。


「壊れる……ね」


 ため息の代理ぽく、彩萌がつぶやいた。

 そして、


「ねぇ葉月。周りのこと、見つめてみたことある?」


 あるよ。数時間前にも電車から見える景色とか見ていた。

 だからなに?

 今の話と、日常の変化に関係性が見当たらない。


「葉月が悩んでいるのは当たり前のことよ。とくに身近にあるモノとか、毎日ちょっとずつ変わる……もしかしたら壊れることもあるかも」


 壊れるかもしれない。

 その言葉は嫌いだ。変わらないことは、壊れて欲しくないモノも含まれている。


「でもね」


 彩萌は区切る。ここが大事な所みたく大げさに、


「変わらないこともある。壊れないモノもある。とくにあたし達の関係……同性同士だけど、愛し合ってるのは変わらない。少なくともあたしは変わらない。たとえ葉月がお婆ちゃんになっても愛し続ける」

「彩萌……」

「だから、恐れずに変わろうよ。変わっても、壊れないモノだってあるから」


 その一言で、なんだか救われた気がした。

 変わらないモノ、壊れないモノ。

 そうかもしれない。

 わたしの好きな日常は壊れない。

 そう信じられることが大切なのかも。


「ありがとう彩萌」

「いえいえ、これも嫁の役割だもん。大好きなお嫁さんが困っているなら、無理やりでも助けないとね」


 そう言ってから彼女は、フォークを掴んで食事に戻ろうとする。


「さてと、食べましょ。せっかく作ったのに冷めたら美味しくなくなっちゃう」


 わたしも食事に戻った。

 彩萌が作ってくれたパスタは美味しくも、ちょっと前に食べたモノとは変わっていた。

 味の変化。悪くない。

 ピリッとした触感と風味に、変わらないモノが感じられた。

 彩萌が好き。

 それがあれば、変化は怖くなくなった。

 もし変わっても、変わらないことがあると知った。

 今後おきるだろう日常の変化も、跳ね除けられるよ。

 歳を取って、好みが変わって、暮らしが変わっても。

 彩萌がいれば……。



――……――



 葉月は熟睡した。

 仕事の疲れが押し寄せてきたのか、食事を済ませてちょこっと彩萌と雑談してから、すぐに寝室へと入っていった。

 一度、寝てしまったら葉月は滅多に起きられない。


 彩萌は、この十年間で知っていた。

 だから、多少無理やり潜り込んでも気づかれない。

 葉月の胸に顔をうずめるぐらい、彩萌はすり寄る。

 

「葉月……」


 柔らかい肌。

 石鹸の匂い。

 彩萌は、葉月の温かみが好きで、密かに日課としていたのだ。

 この行為にちょっとばかし背徳感があったが、このドキドキが癖になってやめられない。自身からは隠しごとはNGと言っておきながらの秘密。そう考えるとなんだか体が火照ってくるのだ。


「葉月。あたしね、あなたが好き」


 いつもの言葉。

 変わらない思いを語源とした、大好きの詰め合わせ。

 葉月が起きていたら、必ずありがとうを返してくれるだろう。

 でも、今は返ってこない。

 いつもの「ありがとう」も「好きだよ」も聞こえてこない。

 それでも隠しごとをしている感じが、なんとも言えない中毒性となった。

 それに言わない方がロマンチックだ。


「葉月は変わることが嫌いみたいだけど、あたしは変化を楽しみにしてるよ」


 返事はない。


「変わることで、壊れちゃうモノもあるって言ったけど、その逆もあるの。例えば、好きがもっと好きになって――止まらなくなっちゃうとか」


 葉月からは小さな息と、テンポの遅い心音しかない。

 でも、彼女をもっとも身近に感じられる。


「だからね、変わっても好きでいられるよ。だって」


 愛している――その思いを小さく、葉月の変わらない場所に、ささやいた。


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