第4話 国家公務員へ
2016/1/9 文構成を修正実施
初恋の女性の声を聞いたその晩。
上村は逃げるようにホテルへ戻り倒れ込むようにベッドに横たわり落ち着こうとしたが、破裂しそうな勢いの心臓の鼓動が未だに治まらない。
自分は何を期待したのだろうが。
本当に彼女であれば今度こそ気持ちを伝えてみようとか考えているのか。
上村の彼女に対するイメージは10年以上前のままで、間違いなくあの当時の面影は残っていない筈で、昔の憧れの人が同窓会で再開した時に見るも無残な姿だったなんて良くある話だ。
数十年経った自分も、間違いなくあの当時よりも老けているのは間違いない。
それに、会って何を話す?それより本当に彼女か?
この広い世界、しかも首都での遭遇する確率なんてかなりのものだ。
私は変わったのだ。
夢も希望もすべて終わっているつまらない大人に。
あとはこのまま引かれたレールの上を歩き死ぬのだ。
上村は悪夢のような現実を想像している間にいつしか寝むりに付いていて、気が付いた時は既に朝になっており、いつもと変わらない朝に唯一違っていた所は、上村の頬に一滴の涙が流れた跡が残っていた事だった。
悪い夢を見た、上村はそう自分に言い聞かせ部屋を出た。
それから1週間も経たないうちに、謎の生物に町が襲われる事件が起きた。
事態を把握した政府は即座に自衛隊と特殊部隊を出動し対応し、空から空軍が地上部隊として陸軍が建屋内の捜索等を特殊部隊と割り当てたが、翌日には出動した軍隊はほぼ壊滅状態に陥り、生き残った者からの証言によれば、生物の数はおよそ10体前後で20キロ圏内に踏み入れると足が竦んで動けなくなり次第に全身が硬直してしまったとの事で、そのうち数体の生物は空軍による上空からのプラスティック弾の散布で撃退することが出来たが、残りの生物が攻撃をしようとした瞬間、戦闘機ごと墜落してしまったそうで、これも恐らく操縦者が生物の謎の能力により動きを止められ操縦不能になったものだと考えられる。
上村は以前戦った経験で硬直状態を解除出来た方法を説明したが、他の者が実際にやろうとしてもダメだったとの事で、これは個人の持つ特殊能力との見解になり、以前の戦闘の際に生き残った男性はまだ意識が回復して間もない為、特殊能力の確認は行っていない。
自衛隊が撃退出来た生物はゼリー状の生物でよく言うスライムで、撃退出来なかった残りは以前に戦ったケモノと思われる生物で、プラスチック弾が入った炸裂弾は有効であったが、敵の体に貫通かもしくは付着する威力がないと効果がないらしく、スライムの皮膚であれば威力が無くても着弾可能だったので撃退できたが、ケモノのような実態自体が解明されていないような生物には着弾出来ず効果がなかった。
狙撃のプロを持ってしてもプラスティック弾での狙撃には限界があり、ガスガンや電動ガンでも20キロ圏無外からの狙撃は実質不可能で、そこまで届いたとしても生物の皮膚内に着弾するには威力が足りなず、ケモノクラスと戦うのであれば接近戦が不可欠になりそうだ。
政府は会議を開き、今回の事件を正式に公表し対策室を設けることにした。
名称は「謎の生物対策省」で、なんか中二病的な名前ではあるが国家ぐるみで撃退する準備は出来た。
政府内からアメリカに頼った方がいいとの声もあったが、その生物がどういった原因で発生しているか分からない事と、その生物の発生原因がウィルス性の感染などであれば世界を巻き込む可能性があるとの事で非公式で断りが来た。
今回の新省設立に伴い上村はその省庁に正式に入省依頼を受け、この問題が解決するまでの限定的な組織ではあるが、入省するからには現在の勤め先は辞めて欲しいと話をされる。
うまくいけば国家公務員なんてすばらしい職業に就ける可能性はあるが、これは死を覚悟して挑まなければならないし、会社を辞めるっていうのは結構な勇気もいるが、上村の心は「こんなワクワクな中二病的出来事に命がけで挑めるなんてなんて幸せな運命!!」と考える自分と「人生踏み外す可能性が高い選択で、死を覚悟してまでやる事か?」と言う二択が脳内で葛藤し、いい年齢の大人なり経験を重ねた事で冷静になれと大人ぶっている自分もいる。
上村は少し時間が欲しいと話し一度地元へ戻る事にする。
家族には帰ってくると話して出て行ったので、辞めるにしても話を付けてからにしたいと思っていたが、正直それは大義名分であって、本当の所は保守的な気持ちが自身の尾を引っ張っている。
ケモノに襲われたあの現場にも足を運んだ。
現在はその地域数キロ範囲が立ち入り禁止区域にされており、現在も警察の調査と自衛隊の警備で物々しい雰囲気のなっていて、近くには献花台が設けられ花や供え物が大量に置いてあり、その飾られた写真を見ると、小さな子も数人巻き込まれていたようで、近くで子供の名前を叫ぶ母親の姿も見られた。
あの時、あの男性が注意を引き付けていなれば。
私が後部座席の銃に気が付かなければ。
ケモノの能力を解除出来るコツをつかめていなければ。
私にその特殊能力がなければ。
恐らく、私もあの献花台の写真の一人になっていたに違いない。
いや、それより私があそこで止めていなければ、さらに状況が悪化しさらなる犠牲者が出ていたかもしれないと考える村上は、献花の列が耐えないその景色を身ながらその恐ろしさに震えていた。
・・・しなければ、・・・しなければ。
私がこれまで辿って生きた後悔の道のりと一緒だ。
・・・しなければ、・・・しなければ、・・・しなければ。
完全に後悔先に立たずだ。
今回はたまたまいい方向にいったのかもしれないが、今までの人生は流れに乗ってやっていたことを後悔していた人生だ。
つまらない大人な考えでいけばそのまま仕事を続けるのがベターだろう。
たとえまた謎の生物達が襲って来たとしても、世界中の力を合わせて撃退してくれるだろ。
だから、無理に自分の命を賭けてまで挑む事ではないだろう。
上村は、だろうだろうと受身に考え、同時に後悔した後考える言い訳である「~しなければ」を呟いている。
どっちが正解か?
いや、答えは考えずとも判っているはずだ。
どうせ後悔するなら、やらないよりやったほうがましだと言う事を。
これからはだろうではなく、可能性を考えるかもしれないで考えよう。
だろう運転から、かもしれない運転だ。
・・・どこかで聞いた言葉だがと思いながら上村は凛とした表情で前を向いた。
それに、こんなワクワクする誘いで人助けができるかもしれないなんて、たとえ失敗しても今後の人生にはおおいに役立つはずだと、上村は己に言い聞かせながら献花台で涙をながす母親に「仇は取ります」と言いその場を去った。
その言葉は多分、母親からは何を言っているか判らないと思うが、たとえそれが気休め程度でも気持ちの負担が楽になればいいと思った。
その後、会社や家族・友人に話をし上村は故郷を離れて首都へ向かい、そして上村は特別国家公務員となり、謎の生物対策省へ入省した。