第36話 最後の戦い
2016/11/20 全文校正実施
装飾の無い壁や剥き出しの配線などが無造作に並ぶ表面の豪華な内装と違い、無数の配管が最小限の表面処理しかされていないその場所はボイラ等の発熱のせいなのだろうか、辺りの異様な熱で眩暈が起きそうになる。
従業員通路を通り制御室へ向かう上村は、外から僅かに聞こえた轟音と共に一色加えられたように現れた周りの景色に気付き立ち止まり見つめた先には、敵がわざわざ自分を探し易いようにこの先で待っていると手招きしているように感じた瞬間その可能性を後押しするかのように光の先には制御室とは違う別の通路を指す。
上村はその光に導かれるかのように光の糸を伝いながら進んで行った先に現れたのは設備室と書いてある扉で、光はその先の扉から発せられていた。
敵の奇襲攻撃に備え扉のドアノブに手を掛けゆっくり回し扉を開けた先には、無数の機器と共に1台の机が配置されていた広々とした部屋だが、設備機械がある為実際の居住スペースは見た目ほど広さを感じない。
机の上には大きな瓶に入る肉片は人肌とは違うその色から上村はそれが恐らく最高神の肉片と理解し、その細胞を分析して研究をした成果は、ここまで来る間に見たゲリラ軍の異常ぶりがそれに当たると感じる。
上村の入室を知り、その先の机で背を向けていた人物が上村の立つ入り口の方をゆっくりと振り向いたその姿は、白衣が似合う華奢な体をした上村が良く知る人物、菅野だった。
「・・・よく、ここだとわかった、ね」
「・・・長い付き合いだからね。博士が電気に強いのは知っている。お前なら、船を占拠する為に制御室ではなく、電気室から船内をコントロールする。そして、電源供給が最も安定しているここを研究拠点を構えると思っていたから」
「だから、僕はここにいる、と?」
「ああ・・・」
省エネ化に伴い電力消費量などを見える化する為に、今の時代の設備は各設備の消費電力測定器などからネットワークで繋がっていると考えた上村は、菅野程の知識を持つ人間なら制御室の占拠は兵に任せ全て、自身は設備機器が揃う設備室から繋がっているネットワークから船内を制御する方法を取るのであれば、通路を這う通信ケーブルと先程の光に導かれたお陰で菅野の居場所へ辿り付く事が出来た。
短い会話を交わした後に続く何かを言い出したいのだが言葉が出てこない様子は、互いの間合いを伺う決闘に似た雰囲気を醸し出す。
しばらくして菅野は、この沈黙を嫌ったか白衣の中に入っていた銃を抜き上村に向ける。
「僕を捕まえに来たの、か」
「いや・・・お前を、止める為にここまで来た」
「僕を止めに?お前達が戦ったエヌルタとエアが最後の最高神だ。その事はお前も知っているだろ?僕は、これ以上召還は出来ないし、ここにエアの魔法陣は残っているがあそこまで消されてしまっては再度構築するのには時間が掛かる。確かに、全ての最高神を揃える事で13体目の最高神が出来上がる予定だったが、それは貴様達のお陰で計画は泡となって消えた。あの最高神を召喚するには各最高神の【コア】が必要だったから、ね」
菅野は肩を竦め、呆れた様子を見せ視線を落とす。
「僕の技術にも限界があるさ。人体の組織再生の研究だって、今の化学ではどうする事も出来ない部分があった。その部分を補える物質が過去の世界にあるのに気づいたのは大学の古い書物を読んだ時で、その後に源流の石を発見し独自に研究を進めてタイムトリップが出来る事を発見した。それを政府にはワープ装置と説明し売り込み、政府は僕を快く受け入れたそして僕は、表向きは政府の研究と言って過去の世界で召喚術を学び最強と謡われた最高神を呼出したのさ」
「・・・だが、それは研究成果ではなく日本を制圧しているテロになっている。それがお前の理想なのか!?・・・それとも、取り返しが付かないから無理に進んでいる道なのか」
「・・・結果的にはそう言う事になるか、ね。本来の目的は、最高神の細胞を利用して研究成果を出そうとしたのだらか、ね。だけど、自分のして来た事に後悔はしていないよ。中東へ渡らなければこの道の選択はなかった。なぜだか分かるか?それは、この薄汚れた日本に居たからだよ。僕は戦争を経験し、この世界の繁栄は戦争と言う名の正義で成り立っている事を知った。なぜ、ゲリラ軍は国と戦う?・・・そして、なぜ国は平和を戦争で解決する」
管野は笑った表情で語るが、その笑顔には凶器さえも感じる。
「我々は戦争をしたいのではない。自由が欲しいだけなんだよ!それを力で押し続けて来た歴史が、今も続く戦争を生んだんだ。戦争のない平和は、今も何処かで行なわれている戦争の上で成り立っている平和で、正義の戦争がまた争いを生むんだ。だが、ジャンヌダルクに追われ日本へ戻った時、この日本の平和を見て嫌気が差した。政治家は数で押し自身の思惑通りに事を進め、その内部は黒い霧だらけで、真面目に国を変えようとする人間なんていやしない!・・・ならば、僕がその不正義の平和に対して正義の戦争を仕掛けてやろうと思ったのさ。あの腐ったヤツらは、自由が欲しいわけではない。自身の名誉と体裁を保つ為だけに生きているそんな不正義な平和なら、僕は正義の戦争を選ぶ!」
正義の戦争と不正義の平和。
菅野は戦場を経験した事で、ただ自由が欲しいだけの人間を敵と見なし攻撃する正義の戦争がまかり通る世の中を知り狂気し、また同時に国に仕えた事でこれまでの自国の繁栄は、不正義の戦争で得られた平和と言う事も知った。
この客船へ潜入する前に鈴森から連絡があり、ゲリラ側から初めて政府への要求が届いたその内容は、菅野の思想を反映するかのような到底飲めない内容だった。
全政党の解散。
全憲法の停止。
全自治体の機能停止。
・・・そして、ゲリラ軍主体の国の創立。
その内容を聞いた上村は無理な要求を出し交渉には応じない無差別テロ的な集団だと思っていたが、目の前の菅野の話を聞いて事で、それは無謀な要求ではなく本気で国を作り直そうとする思想を持った要求だったと分かったが、同時にその思想は戦争を繰り広げる他国同様に、戦争を正当化する力で抑える思想だと同時に理解出来た。
困惑な表情を見せる上村を見で彼が全てを知っていると悟った菅野は、笑っていた表情を狂気に満ちた表情へ変へる。
「・・・僕は、この国を一から作り直す!」
「・・・それが、お前の信念なのか。戦争に正義はない。・・・あるのは、全てを力で押し付けようとする独裁的な思想だ。その先の未来は、既に過去の歴史が証明している!」
「だからなんだ!僕が、この先の未来に栄光と言う名の戦争で証明させるまでだ!ならば、貴様はどちらを選ぶんだ?」
「私は、戦争のない平和を選ぶ!」
「戯けた事を!この小国で、そんな綺麗事を語って生きて行けるか!我々は、戦後から戦争をしていない訳ではない。代わりの人間が戦地へ赴いていただけだ!貴様らはそれでいいのか!?・・・こうしている今も、戦地で負傷しているのは同盟国の兵士だ。それがやがて不満となり、参加しない自国へ牙を剥くはずだ!同盟国なんて所詮は表向き。裏切られ、滅ぼされた話も既に歴史が証明しているのだよ!」
「宮田隊長達は、常に戦場に赴き戦っている」
「あんな少人数で戦争が出来るか?ジャンヌダルクでの参戦程度で、片付く戦争なんて存在しない。なら他国に攻められた時、この国はどうやって戦う?攻めてくる相手は、他国の思想なんて考えてはいない。そうなれば、必然的に同盟国に援助を求めなければならない。・・・それは結局、戦争と言う名の正義で平和を守る事になるのだよ!」
「だが、そうなる前に何か出来る事があるはずだ!攻めて来るには理由がある、まずそこから解決すべきだ。・・・もっと、戦争の無い世界の実現を、この国から発信するべきだ。無謀な戦争を仕掛け、最も最悪な敗戦を経験したこの国から!」
「そんな生温い思想なんて聞いて呆れる!」
上村に向けていた銃の引き金を引いた弾丸は上村のこめかみを掠り後ろの壁にめり込み、切れたこめかみからは血が滴り落ちるが、流れる血に気にも留めずひたすら自信を見つめ続けた上村に菅野は再びトリガーを引く。
その弾丸は威嚇の為にわざと外しているかのように上村の服や直下の地面を通り抜け、壁に跳ね返った音が部屋中で響くその音が複数の弾丸で幾つも重なり、もはやどれだけの弾丸が飛び交ったが分からなくなる程の銃弾の嵐にやがて部屋は硝煙と飛び去った弾丸の残響だけが残り、菅野は弾丸を使い果たしたのか銃の発射を止め暫く立ち竦んだまま上村を見つめる。
「・・・なぜ、銃を抜かない」
「・・・」
菅野は上村たちが先の戦闘で気や剣術があっても増田以上のスピードでもない限り弾丸に対抗できるのは不可能だと理解しているはずと考え、ここへ来る際には鈴森辺りが必ず実銃を持たせていると想定していた。
現に菅野の推測は間違っておらず、それを理解していた鈴森は菅野との戦いの前に上村へ銃を渡していたが、上村は菅野の銃弾の嵐を受けても銃を抜く事はなかった。
友を止めたい・・・。
その一心で上村は銃以外で解決できないかを必死に模索していたが、それに気付いた菅野は高笑いを始めた。
「・・・貴様、まさか本気で言葉で解決しようとしていないか?それは無理な話だよ!さっきも話した通りで、僕は戦争で平和作る!・・・そして、貴様は暴力の無い平和を作る、と」
高笑いを止めた菅野は、重く、そして低い声を発した。
それは、あの研究室で会った時に上村が感じた己の信じる信念を貫く誓いの表れる表情だった。
「信念を貫くには、どちらかが消えなくてはならない・・・」
その非情な表情と覚悟を感じ取った上村はズボンの後ろに持っていた銃を静かに取り出すが、その表情に闘士ではなく寂しく、そして今にも泣き出しそうな表情だった。
「・・・菅野、やはりお前とはこうなるしかないのか」
「フフフ・・・いいぞ、これこそ僕が望んだ思想だ。互いの争いでこそ会話が成り立つのだ!・・・そして、生き残った者だけがその思想を貫けるのだよ!」
上村が銃を己に向ける表情に菅野は薄気味悪い笑いを浮かべたその時、上村の背後の扉が開いた先から大山 由希子が現れる。
「上村!」
「よくここが分かりました、ね。だったら、これからの戦いを見学でもして下さい」
「はい、そうですか・・・って、言う事を聞くと思っていたの?私も参戦するわ」
「だったら、三選出来ないようにするまでです」
「何を!?」
銀の棒を回し風圧を出しながら叫ぶ大山に言葉を発した菅野が近くにあったボタンを押すと、大山と上村の間に重厚な壁が現れ、不意を付かれ飛び出したが遅れた2人は壁一枚を隔てて離れ離れになった。
「上村!」
「はーはっは!これで邪魔者は居なくなりました。ここから先のエマージェンシ用の電源室は、万が一の水没の浸水を防ぐ為に強力な水圧にも耐えられる壁があるのですよ」
大山はその壁にあらゆる攻撃を繰り出すが、既に使い果たす寸前の気では壁に穴を開ける事は出来ないと分かっていても必死に攻撃を繰り返す様子を静観していた上村は、目の前にいるはずの姿の見えない大山に向かい弱弱しい声で話し始める。
「・・・大山、私は大丈夫だ。必ず帰って来る」
「上村・・・」
壁越しに僅かに聞こえた上村の声は谷底のように暗い声だったが、その口調は弱弱しい音量とは違い心は折れていない力強さを感じた大山は思わず言葉を失う。
「貴様に僕を止める事は出来るかな?」
菅野は弾丸の詰まった新しいマガジンに入れ替え再び戦闘態勢に戻ると、壁が閉じた事で少し狭くなったフロアを駆け出す姿を見た上村も、菅野を追いかけるように走り出す。
「・・・博士、昔からお前の信念は凄まじい物を感じていた。それが分かるから感じるんだ!お前を止めないといけない!」
「ほざくな!貴様に僕の何が分かる!貴様と違い、人を周りに集める魅力も無く、その活躍をただ横で眺めていた僕を!」
互いに向き合った2人が、同時のタイミングで銃口を向ける。
次の瞬間、互いの銃口から1発の弾丸が互いの体に襲い掛かった。
「上村ー!!」
何も見えない壁の向こうで銃声のみが聞こえる状況に、大山は悲痛な表情で上村の名を叫ぶ。
大山は前の戦いで、大島の攻撃を受けても全くダメージを受けなかった菅野の体を覆う特殊カーボンの強度は弾丸程度ではビクともしない事を思い出し、一物の不安を感じた大山は先の見えない壁の前でひざまずき泣き崩れるしかなかった。
銃声が止んだ部屋の中では、2人は銃口を向け互いの集中力を出し尽くし相手の急所目掛けて弾丸を発射した後だった。
そして、その中で倒れているのは・・・
菅野だった。
首から大量の血が噴水のように溢れ出す菅野に、上村はゆっくりと歩み近づく。
「き、貴様・・・。急所を狙ったのに、なぜ?」
首から溢れ出す出血を手で抑え上村へ問いかける菅野は、着弾の跡はあるが明らかに弾丸を弾いた跡を残す上村の胸元から現れた一粒の橙色に輝く一粒の綺麗な石を見て目を閉じる。
「・・・そうか、玄能石か」
「・・・ああ、出発前に荒木さんに貰ったんだ」
「フッ、アイツか・・・」
「話は鈴森さんから聞いている。荒木さんは、元お前の同志だった事を」
「フン。アイツの腹癒せに、やられたって事か。僕の力では、アラキさえも引き寄せる事が出来なかったって訳だ・・・」
晴海に向かう前、上村は荒木から自身が特殊能力として使っていた一粒の源流の石を預かり、その使用方法と菅野の装甲は頭と体の2分割で丁度繋ぎ目になっている場所が無敵に思えた菅野のカーボン装甲で唯一守りきれていない弱点で、範囲は狭いが難しく無い場所だと聞いていた。
だが、素人がいきなり実弾でそれを実践出来たのは、上村の今までの訓練と常に欠かせなかったモデルガンでの射撃訓練が、それが実銃になっても抵抗無く扱える事が出来た。
晴海に向かう前、荒木は話を終えた後に去り際に上村に一言告げていた。
アイツを止めて欲しいと。
その荒木の声は何時もと変わらない、冷静沈着、そして不気味な雰囲気のままだったが、それを言われた上村は大よその事を理解できて、近くに居てその話を聞いていたのであろう鈴森は、荒木を連行する事を唯一上村だけには話していた。
あの時の荒木は同志として菅野の側に戻りたかった訳ではなく、上村達と一緒に菅野を止めたかったのかも知れない。
鈴森に魔法を掛けた理由も、感情に任せた鈴森がこのままでは戦闘に加戦する可能性があったからで、足止めをさせる事で頭を冷やさせ己の能力を最大限生かせる救援を選択させる為だったのかも知れないと上村は感じている。
「・・・荒木さんは、初めから私達の仲間だった。ただ、それだけの事だよ」
「・・・そうかも、な」
その言葉を発した菅野は力尽き静かに首を横に倒した。
その時、設備室の外からの巨大な爆発と共に上村の無線に連絡が入る。
「皆、無事か!?」
「私は、大丈夫よ。だけど、上村が・・・」
その声は船内に捕らわれていた乗客を全て解放し再び船に戻り上村達を捜索していた増田で、悲痛な声で応答する大山の言葉を聞いていた上村は即座に応答する。
「・・・大山、大丈夫。私は無事だよ」
「上村!」
「上村!、菅野はどうなったんや?」
「博士は、死にました。私の弾丸で・・・」
「そうか・・・。上村は悪うない、日本を占拠した戦犯を殺した。ただ、それだけや」
「はい・・・。分かっています」
「今、船底でゲリラ軍が爆弾を仕掛けよった。早よ逃げんと船が沈むで!」
「分かりました」
上村の返事に増田は上村に言葉を掛けたが、人を殺めた事実の大きさに自身の言葉は上村に入っていないのは分かっていた増田は、フロアで人質を救う為に戦い取り逃した数人の残党が、船底部分の倉庫に保管しておいた爆弾を発動させ船を沈ませに掛かっている事を告げ大山が返事をするが、上村に壁を開けるように話をする壁の向こうにいる3人が暫くして返って来た上村の返事に驚愕する。
「何やって!?」
「ええ・・・この壁は一閉めると開かない構造になっています。多分、誤って開けてしまった場合の浸水を防ぐ為だと思います」
「自分、何冷静に解析しとんねん!他に出口はないんかい!?」
増田の問い掛けに暫く黙り込んだ上村は、壁の向こうから落ち着きと覚悟を感じる口調で話す。
「・・・皆は、先に脱出して下さい」
「あほ!お前を置いて行ける訳ないやろ!」
「諦めるな、きっと方法がある筈だ!」
ある程度の浸水でも電力が使えるように設計されたこの場所からは多分出られないと考えた上村は3人を船外へ逃げる事を話すと、上村へ叫ぶ増田の横で田島は刀を構え目の前の壁目掛けて気を放ったが、壁は側面に傷は付いたが壊れることなく削れた壁の欠片を爆風で舞い上げるだけだった。
「クソッ!!どうにかならないのか!」
「田島さん、気を使えるようになったのですね」
「・・・ああ、お前のお陰だよ。お前が、何かを一生懸命やる事を俺に教えてくれたんだ。この年になって、それを感じられたから使えるようになったんだ」
「私は、そんな大層な事はしていないです。オーラヴレードは2人の技ですけど、それは間違いなく田島さんが悩み抜いて手に入れた技です」
悔しがる田島が繰り出された攻撃に驚いていた上村に、田島はこの技は上村と出会ったから出来たと告げるが、それは自身が悩んで手に入れた成果だと上村は話し、その横で救出策に悩む増田に対し話をする。
「・・・増田さん、その気持ちに何度も助けられました。あなたがいなければ機密情報を聞けずに、今回の襲撃に対しても後手に回っていたはずです」
「上村・・・」
上村の誠意に答えてくれたのは増田だ。
あの時、機密情報だった源流の石の存在を知らなければ13体目の最高神を召喚させていたかも知れない。
増田のその心意気が、鈴森も動かしたのだと上村は感じていた。
そして何も話さず黙ったままの大山に対し、上村は反対の壁の向こうで俯きながら話し始めた。
「ごめん・・・結局、私は博士を止める事が出来なかった」
最初に出た上村の言葉は謝罪だった。
管野を連れて帰る。
その約束を果たせなかった事への謝罪を話す上村の言葉を聞いた大山は、口元をゆっくり開く。
「・・・でも、あなたは帰って来るのでしょ?」
「大丈夫、絶対戻るから!」
胸が苦しく会話する呼吸もままならない程の大山は、壁一枚隔てた上村に会えない苦しさで溢れそうな気持ちの中で精一杯の力を込めて上村に問いかけた。
その切ない掠れた大山の声を聞いた上村は、壁の向こうで俯いていた顔を上げ、向こう側にいる大山に向けて放ったその言葉は、力強く皆に力をくれる上村の声で、その声に笹塚や田島や大島も皆その声を聞いて彼の可能性と信念に触れた。
皆が大人になって忘れてしまった事。
大人になる事で諦めた事。
上村の信念は人々の心の闇を晴れやかにする。
その言葉を聞いた増田は、いつもの調子に戻った。
「おっし!先に帰るさかい、待ってるで!」
「はい、必ず帰ります!」
増田の言葉に上村は答え、3人は爆発で揺れる船内の外を目指し走り出した。
一瞬、その壁を振り向いた大山の目には大粒の涙が溜まり振り向いた瞬簡、その涙は上村を見届けるかのように宙を舞いながらゆっくりと流れて行った。
船室内は異様な湿気を帯びていた。
それは、もうすぐ船が沈むのはないかと思うほど、海水が浸入している為の湿気と思われるくらい、ムシムシとしていて、先程の爆発で船底に穴が開いた事でこの部屋も徐々に浸水され始めていた。
この部屋には脱出に期待できる物はないと考えながら、辺りにある物を確認しようと壁から後ろを振り返った時、上村の目に映ったのは首筋を片手で押さえ反対の手に持つ銃を上村に向ける菅野だった。
「ここからは逃げられないよ・・・貴様もここで死ぬんだ!・・・僕はね、過去の世界で回復術も学んでいたんだよ」
「菅野・・・」
抑えている首からは血が止まっているのか乾いた跡しかない姿の管野は、過去の世界で学んだ回復術で自身を止血させたと話すが、話している最中に再び口から血を流し出し次第にそれが吐血となり管野は苦しみ出すと、持っていた銃を床に落とした。
「菅野!」
管野の側に走り寄り神妙な顔で見つめる上村の顔を見て、管野は口元を緩め話し出す。
「・・・馬鹿なヤツだ。敵を心配してどうするんだ」
「菅野・・・博士は敵じゃない。博士は博士だ。・・・そして、私の親友だ」
上村の心配を管野は一笑で伏せたが、上村は敵意を見せた管野に対して友だと話した。
「回復術はね、自身の体力を使うから今みたいに瀕死の状態じゃ意味がないんだ、よ」
「だったら・・・なぜ」
「だけど、寿命を僅かだが延ばす事は出来る。お前、帰らなきゃならないんだろ?唯一、帰れる方法がある・・・」
「帰れる方法・・・」
管野からの発言は上村を救うと言う意表を付いた内容で、菅野はポケットから一つの源流の石を取り出す。
「これで一度、過去世界に行ってくれ。そうすればここから逃げられる・・・」
「わざわざ過去へ行かなくても、普通にワープすればいいんじゃないか?」
「・・・いや、過去の世界へ行って欲しいのは僕の願いだ。お前も知っているだろうが、過去の世界で死ぬと現世での存在が消える。僕は、この世に存在しなくなる・・・」
「・・・博士、まさか今回の責任を取ろうとしているのか」
「ま、そんな所だろうな。結局、僕は何をしても中途半端な人生だった・・・。今回のテロだって、裏切った仲間に足元を救われ、最終的には責任が他に波及しないように記憶を消す事を選択しようとしている。もう、後戻りは出来ないんだ。さっきも言ったように、思想を貫けるのは勝者だけだ。だから、過去の世界へ行って欲しいんだ、君と・・・」
「博士・・・」
「・・・両親に忘れられるのはどうかと思うけど、今のままじゃ避難を浴びるのは親達だ。どちらにせよ、迷惑を掛けていたはずだけど、敗れた今の僕にはそれが耐えられない。都合の良い話かもしれないが、これが後悔ってものなのかもしれない、ね・・・」
確かに源流お石を使って一度この場所から移動すればここからの脱出可能だが、過去へ行かなくても場所だけワープすれば問題ないはずと話す上村に、過去の世界で死ぬと現世での存在は消されるが同じ世界にいた者はその記憶が残ると菅野は答える。
大島が過去の世界で死んだ時、同じ世界にいた者は覚えていたがその世界に居なかった者からはその存在は完全に消されていた法則を利用すれば、2人で過去の世界に行けば菅野の存在を知るものは上村だけになる事を目を閉じゆっくりと話すその姿は、穏やかだったいつもの管野に戻りつつある表情を見て、上村は渡された源流の石を壁に目掛けて投げつけ割れた石から黒い不気味な渦が煙のように立ち上がり宙に浮く。
「・・・分かった、一緒に過去へ行こう」
「ああ・・・」
上村は倒れている管野を抱きかかえ目の前に現れる不気味に揺れる渦に全身を差し出すと、その光は2人を包み込み体が吸収されるかのように引き込まれ2人を渦の彼方へ飲み込んで行った。
その直後、爆発で穴の開いた船底から勢い良く海水が入り込み船は瞬く間に沈み、海面に渦を描きならがやがてその巨大な船は大海原の中に飲み込まれていった。
包まれていた光が徐々に消え、辺りの景色が見えるようになる。
その風景に上村は見覚えがあった。
そこは薄暗いが明かりがある為、適度に明るい部屋で、回りには幾つかの石の箱が置いてある光景に上村は、ここがかつて過去の世界で菅野と戦った大仙陵内の石室だと気付いた上村は近くに倒れている管野の様子を見に歩み寄るが、顔色は青白く自身で起き上がれる力も残っていなかった。
「あの石は、僕が召喚術の研究の際に使っていた石で、緊急の時にこの部屋に来れるように常に持っていたんだ・・・」
「博士、もういい・・・しゃべるな」
「・・・あっちにある、あの渦、あれに入れば僕の研究所へ行けるはずだ。お前は帰って、大山さんを慰めてあげないと・・・。僕の事は、もう、大、丈、夫だか、ら」
会話をする管野の目線は一致しておらず既に死線を彷徨っている状態なのか、虚ろな目をしながら話す口だけが僅かに動く程度だった。
上村を帰したい、その一心で管野は今必死に生きようとしているその姿に、優しい表情で上村は話しかける。
「私は・・・結局、お前の辛さを気付く事が出来ず何もしてやれなかった。親友として恥ずかしいと思っている」
上村は優しい表情のまま、届く事は無いかもしれない謝罪の言葉を述べた。
幼馴染が大人になれば疎遠になる、そんな事はよくある事だ。
だが、再会を果たし菅野の変わり様に気付いた上村は、それは大人になり世の中の影の部分を見て来た事で、普通にある事だと思っていた。
現に菅野は、現政府が行なう不正義の平和に嫌気を差していたが、それは限度を超えた恐ろしい計画を実行するまでに至った思想として日本を窮地に追い詰めた菅野の心の闇を感じる事が出来れば、同じ結末にはならなかったかも知れない。
「・・・すまない、博士」
上村は大人になった事で物事を簡素にしようとする考えが強くなり菅野の闇を大人の事情で片付けてしまった事に後悔を感じ、あの時親友として面と向かって話をしなかった事に対し謝罪の言葉を届けた。
その言葉を聞き目を閉じていた管野のまぶたから一筋の涙を流すその表情は、いつもの優しく己の信念に真っ直ぐな表情の菅野で、最後の力を振り絞り閉じていた目をゆっくりと開き上村の方を向いた。
「・・・ありがとう、上村・・・」
最後の言葉を発した後、管野は目を閉じ無造作に地面へ顔を預けた。
その表情は、さっきまでの互いに殺し合いをしていたゲリラ軍の菅野ではなく、アイドル好きでちょっぴりスケベで優しい菅野の表情をしていたその顔を暫く見つめていた上村はその場を動く事はなかった。
暫くして上村は、大島の時と同様、外で火を起こし管野を荼毘に付した。
焼かれて行く菅野から立ち登る、天まで届きそうな煙を優しく見つめながら、今まであった菅野との昔の思い出に静かに浸っていた上村に、やがて東から現れだした太陽が放たれた光のアーチを発し優しく上村を包み込む。
現代と違い、澄んだ空気の中での光は上村の心の痛みを優しく和らげようとするかのように周りの闇を光で明るく照らし出す。
石室の研究机にあった袋で菅野の骨を優しく袋に詰めその袋を持ち、おもむろに立ち上がると大きく深呼吸をした。
「・・・よし、帰ろうか!」
自分には待っていてくれている人がいる。
そう思いながら大きな声で叫ぶと石室にあった別の渦に入った上村の姿は、やがてこの過去の世界から消えて無くなった。




