第29話 遅れてきた仲間
2016/9/23 文構成を修正実施
校舎のような少し古臭い建物は関西にある宇宙科学研究所で、その建屋の一室にある増田の部屋は一人で使用するには大きめの部屋の中に得体の知れない装置や箱に囲まれており、中央にある机を中心に数多くの書物を収める本棚が所狭しと並んでいて、自身の研究は謎の生物対策省に居た時も他人に引き継ぐのは難しく移籍後も月に数回はこの研究所へ来て研究の続を行なっていたが、ほぼ手つかずの状態のままで放置されていた結果でもあった。
増田の研究内容は次元を自由に操作する研究で、その原理は源流の石を使えばある程度解決出来たが原理が分からない物を使うのは研究者としてはナンセンスだと感じる増田は、まず石の元素や法則などを研究し同等のワームホールを作りだ事を始め最終目的は次元を自在に操作出来るようにする事を目的としている。
進捗的には源流の石の元素までは解明出来たが肝心な法則が探り出せずにいて、任務が解かれ研究所に戻ってから試行錯誤を繰り返す研究に明け暮れていたその部屋の外扉から、入室許可を得る為の乾いたノック音が聞こえる。
「・・・はいよ」
「増田さん、来客ですがどうしますか?」
「え、来客?今日は誰とも予定はないはずやさかい・・・誰やろか」
増田は疲れた表情から搾り出すようにいつもの調子で返事をすると、扉はゆっくり開かれた先に立つ一人の女性が増田へ用件を継げるが、予定になかった突然の来客に己の記憶の中で忘れている事はないか探り始めるが幾ら考えても覚えがなかった増田は部屋へ通すように話す。
暫くして再び扉からノックをする音が聞こえた直後に扉が開くと、先程と同じ女性が増田へ話す。
「お連れしました」
「ありがとう」
2人は短い言葉を交わし女性が客人を案内し部屋を出ると同時に、増田は扉の前に用意してある応接用の椅子へ客人を案内する。
基本この部屋では打ち合わせをしないので、応接と言っても簡素な椅子へ客人を座らせ自身も腰を落とし相手を見る。
目の前の人物の性別は男性で年は宮田より下くらいの年齢で、スーツを着ていて細身に見えるが盛り上がる筋肉は見た目以上にボリュームがあると相手を伺うような目で見る増田に気付いた客人は、交渉事には慣れているかのように増田のその行動に対しても落ち着いた表情で軽く会釈をしながら1枚の名詞を差し出す。
「・・・戦闘評論家、荒木 一道?何かインチキ臭い肩書ですな・・・荒木?荒木?・・・何処かで聞いたような・・・」
増田の持つ評論家のイメージは理屈ばかりで、有名な映画評論家が上映前の映画を悪く言っても海外では受けるなんてのはザラな自身の目線でしか語らないそんな人間だと感じるが、名刺に掛かれた名前に見覚えがあると感じ天井を見上げながらモヤモヤする増田の仕草をみた荒木は、その答えを知っているかのように軽く口元を緩める。
「・・・お忘れですか?私は、謎の生物対策省第二部隊に配属されていた者です」
「あ、アンタ!あの荒木さんかい!?」
「ええ、ちょっと野暮用があって、結局合流することは出来ませんでしたが」
「せや、荒木さんはなぜに、これ程までに遅れたんでっか?」
「はい、私の仕事は何でも屋さんと言いますか・・・評論家と言うのは表向きの肩書きで、主に政府非公認の任務をしています」
「非公認?」
「つまり、表向きに出ない仕事です。・・・例えば、暗殺とか」
「・・・そりゃ、聞こえは良くないな」
「まぁ、例え・・・ですよ」
荒木は海を渡って来るから合流するには時間が掛かると言っていた宮田の言葉を思い出した増田は、最高神の影響で船しかなかった移動手段ではトルコへ行った上村達も数ヶ月も掛かったので理解は出来たが、それでも増田と同じタイミングで召集を掛けられていた荒木が合流するのに2年は過ぎている事に疑問を抱く増田は目の前で薄ら笑みを浮かべる荒木へ疑問を投げかけるが、荒木から返された予想外の言葉に冗談めかしに返した増田は、その場の雰囲気を嫌うかのように話題を戻す。
「・・・所で、ワイに、なんの用件があるんでっか?」
「私が第二部隊の合流に遅れたのは、中国、新疆ウイグル地区カラマイで出た猛獣を中国のある筋から討伐依頼を受け交戦していたからです。・・・皆さんが言う、生物というヤツですね」
「生物やて!?日本で出現したヤツと一緒でっか!?」
「2体と戦いましたが、その内の1体は日本では出現していない生物です。・・・いえ、確か貴方達はこの言葉も知っているのですね」
「・・・最高神、でしたね」
「お前・・・なぜ、それを知ってるんや。それを知るのは、あの場にいた隊員と・・・あの男だけや!」
「いやいや・・・。私は貴方と戦いに来た訳ではありません。それに、貴方の言ったその男の事を聞きたかっただけです」
椅子の肘置きに肩肘を付き手の甲に顎を乗せて不適な笑みのままの荒木が発した言葉に、驚く表情の増田は椅子に座りながら白衣の中にある短刀に手をやり戦闘態勢を取ったが、両手を上げ争わない合図を送りながらも表情を崩さない荒木の姿に増田は静かに白衣の中から手を離し、それを確認した荒木は突き出した両手を戻し再び話続ける。
「私も、中国の書物でこれを見つけたのです。『最高神辞典』、これを見て日本に出現した生物と中国で遭遇した生物が一致したのを確認したのです」
「おお!そりゃ、修はんが持っていたのと一緒や。で、荒木さんが戦ったちゅう最高神は?」
「第二部隊合流の連絡を貰っていた時に、すでに中国では最高神は出現していました。政府は国力低下が他国に伝わるのを嫌い、非公式で各国の掃除屋に依頼を出したのです。私にもその依頼が来て中国へ渡り、最初の最高神は倒す事が出来ましたが次に現れた最高神は別格でした。『戦争の神 エヌルタ』。辞典によれば、12体の最高神最後の獣で、とても私達の力では倒せませんでした」
荒木が取り出した一冊の草臥れた本は、以前に大山 修に見せて貰った本と同じ表紙なのを確認した増田は、それが最高神の詳細が記載されている最高新辞典だと理解し、力順に番号が振り分けられている最高神辞典の最後に記されるエヌルタは気を操り巨大な鎌で広範囲の敵を蹴散らすまさに最強の生物で、荒木はその戦闘で多くの時間を費やし生物が姿を消した後ようやく日本へ戻って来たと話す。
「省が解体されたのは知っています。私が日本へ戻った目的は、仲間を集める事と情報収集です。国が動かなくなった今、あなた達の善意に頼る他ありません。もちろん、協力して頂ければ、こちらの情報も包み隠さず提供します」
「荒木はん、貴方と手を組むのは少しリスクがあるな」
「・・・なぜ、そう思うのですか?」
「ワイは省を出たからと言うても今も立派なお国の管轄下の人間や。ヘタに行動すれば、怪しまれるのは確実や。それに、この部屋だって何も仕掛けが無いとは限らんで。なのに、アンタはペラペラといらん事、ようしゃべり過ぎや」
「もちろん、こちらが国の機関とは知ってますが、貴方が在籍した第二部隊は政府の声ではなく、己自身の考えで動く集団だと聞いていましたので、その様な姑息な手段は使わないと考えていました。それに、これは既に過ぎた話。政府もその情報は掴んでいるはずですから」
「・・・まるで、全てお見通しな感じやな。なぜ、それが分かるんや」
「先日、政府がトルコへ自衛隊を派遣したのはご存知ですか?」
「ああ・・・知っとる」
「あれは表向き、中東ゲリラと交戦しているトルコ軍への援軍と言っていますが、同時に中国の動向を知る為のスパイでもあります」
「なんやて?どして、そない事が分かるん?」
「私は、その手の情報収集が主ですので。それに、交戦している中東ゲリラは現在休戦中との情報を得ています。なのに、日本がわざわざ自衛隊を派遣する意味が無いのです」
「・・・アンタ、ホンマ何者や?」
「私は一介の掃除屋、ですよ。どうですか?悪くない取引だと思いますが。貴方達が倒した生物は半分の6体、まだ残り6体は何処かで召喚を待っているかも知れません」
増田との交渉モードに入った荒木の表情に増田はきな臭さを感じたのか、何時もの調子で返答するがここが国の機関だと言う事は荒木ももちろん知るはずなのに、内密な事を躊躇無く話す荒木を見て増田は捲くし立てる様に荒木へ答えたが、増田の質問を既に察知しているかのように荒木は即座に話す。
不適な笑みを見せ話す荒木を前に増田は背もたれに寄り掛かり少し瞑想するが、その瞑想もすぐに止め姿勢を起こし再び荒木を見つめ口を開く。
「・・・わかった、アンタに手を貸そう」
「有難うございます」
「で、まずは何をするんや?」
「とりあえず一緒に散歩でもしませんか?せっかくの晴天ですし、部屋に篭りっきりではいいアイデアも浮かびませんよ」
「余計なお世話やっちゅうに!ちょっと今までの仕事が溜まってただけや!」
襲い掛かる様に積み重ねられている書物が増田の引きこもりの度合いを示しているのは初めて部屋に入った荒木でさえも感じ取れる程で、そんな増田を誘い出すかのように自ら運転する車でドライブへ誘った荒木は、首都高同様カーブの多い道であるが、構造の余裕の差か角度がキツない大阪の高速度道路を駆け出し、東京より少ない程よい数のビルなどの建物が景色を見ながら、ゆったりと阪神高速をクルージングする。
「・・・なるほど。車中なら、情報が漏れる事は無い、か」
「まぁ、ゆっくり話すには良い環境ではないですか?私は考え事をする時は、こうやって車に乗ってゆっくり流すのが好きでしてね」
「で、力を貸すやさかい。まずは、今後の計画と情報や」
「・・・まず、最高神が発生した場所は中国のカラマイで、魔鬼城周辺の油田が狙われました」
「油田か・・・。なんかゲリラみたいなやり方やな」
「そして、どうやら日本人がそのゲリラ軍と接触したいたとの情報を得ました」
「ゲリラ軍と接触?」
「私達が最初の最高神と交戦した後、その情報を仕入れた翌日に同様の場所で再び最高神が発生したとの事で討伐の依頼を受けました。それが今から1年前です」
「1年前って・・・省が解体した時か」
「それもありますが、・・・男が貴方達の戦いで最高神を召喚する術紙を持ち去った後とも言えますね」
荒木が政府非公認の討伐依頼を再び受けたのが1年前で、それは謎の男と対戦し時だと話す増田に対し、荒木は術紙を持って男が逃げた後の事だと話す。
その後に討伐依頼を受けた荒木の見た最高神がエヌルタだと考えると、ゲリラ軍と接触していた人物は増田達が戦った男と同一人物だと感じていた増田は、目の前で冷静さを装う不気味な荒木の表情を見つめる。
「・・・なぜに、殆ど日本でしか出現しなかった最高神が召喚された場所が日本じゃないんやろな」
「日本には最高神を倒す手練が多いからでしょう。幾ら日本が最強の戦士大島隊長を失ったとは言え、【アサシン】宮田に戦闘管制の井田と識別眼の大山 由希子と、日本は戦力が揃っていますから。・・・それと、最速のスピードと相手の動きを読むスペシャリストの、貴方も」
「まぁ、最近は全く運動しておらんし、その呼び方で呼ばれる程期待する動きは出来へんで」
発生率が一番高いのもあるが、最高神を倒した人物が多く存在し井田と鈴森以外なら直接攻撃で討伐できる実力の持ち主が揃う日本で召喚を止め薄の他国を狙うのは合点が行くと増田は納得する。
それとも、相手は省が解体された後も上村が常に最高神と対峙する準備をしている事に気付いているのではないだろうかとも同時に考える。
「で、なんでワイだったんや?ワイは一介の研究者やさかい、前のように生物が頻繁に発生しない限り能力を使う機会なんて無いで。最高神を倒すのなら、宮田隊長と政府に直接言えばええんやないかい?」
「別に・・・対した理由はありませんよ。私は、正義の味方が好きでしてね。悪を倒す為に日々鍛錬を行い、最後に悪を倒す。他の方々は既に動き出しています。だから、私は正義の味方を一人でも多く作りたい。だから、貴方の所へ来たのです。貴方にも、正義の味方になって頂きたいので」
「他って、皆も動いてるんかい!?」
「ええ、上村さんは大山さんと鈴森さんと既にカラマイに行っている事を、現地に居る情報筋から貰っています。・・・余ほど、鼻の良い人が居ると伺えます」
荒木は会話を切り替えようしていたのか暫く沈黙した後、運転席から隣の増田へボックスに入っていた資料を渡す。
「これを見てください」
「これは?」
「私達の諜報機関が集めた、今回の首謀者であろう人物に関する資料です」
「おい、これって・・・」
「はい、私達が追っているターゲットは、増田さんも良く知る人物です」
「待ってや!アイツは省が解散して、自分の大学の研究室へ戻っているはずや」
「その彼は、現在は行方不明です」
「国もこれを知ってるんか?」
「知っています。ですが、気付くのが遅すぎた。今、やっと非公開で捜索している所ですが、流石に自分の身内に主犯者がいた事を世間に公表する勇気は国にはないでしょう。彼の空白の経歴を知る事が出来なかった政府は、まさか身内にジョーカーを進入させてしまった事を今になって気付き慌てた。・・・まぁ、そんな感じでしょうか」
「アイツの空白の経歴?」
「彼は大学を出てから中東へ渡り、ゲリラ兵となって戦地に立っていた。彼は自分の研究成果を試したかったのが理由でしょう」
荒木が首謀者と推測する人物は・・・
菅野 智弘。
謎の生物対策省立ち上げに尽力し生物の生態研究を行なっていた人物と知られた彼の素顔は、大学を出てから暫く消息を絶っていたその『空白の経歴』の間に自身が進めていた研究を実証させる為に自ら戦地赴いていた。
衝撃的事実を聞いた動揺で目の前の資料を握る力が次第に強くなっている事に気付いた荒木は、ハンドルを握り前を見たまま話を続ける。
「『人体の組織再生』と言う研究テーマを、彼は学会で発表しています。人体組織の再生能力を極限まで上げる事で体の一部から人体を成型する事が出来る研究で、その材料を仕入れるのに戦地を選ぶのは凄く効率のよい判断ではあります。ましてや表立った政府側ではなく、情報が入手しづらいゲリラ側を選んだのも・・・。彼の驚異的な戦闘センスは、その戦闘時にイロハを学んだのでしょう」
「・・・確かに、大仙陵で戦ったあの男の戦闘力は、普通の人間ではありえへん身のこなしをしていたのは確かや。でも、菅野のような見た目華奢な人間が、あれ程の動きが出来るんかい」
「戦闘力は見た目では無く、センスと経験だと私は思いますね。そういった経緯で彼が驚異的な能力を手に入れたと考えれば納得が行くと思います」
「なるほどな・・・」
「政府軍との長い戦争で、ゲリラ側は圧倒的に押し込まれ崩壊寸前になった時、彼が施した術によって戦局はひっくり返りトルコ政府は各国に助けを求めなくてはならない程追い込まれました。・・・そして、追加された軍団は各国の精鋭を集めた最強の軍団を中東へ派遣した」
「・・・ジャンヌダルクか」
「はい、宗教戦争鎮圧の為に結成された最強軍団ジャンヌダルクの参入で戦況は再び入れ替わり、結局は政府軍の圧勝に終わりゲリラ軍は散り散りになり国を追われたそうです。その時に使った『人体の組織再生』の蓄積したデータと成果を菅野は手土産に再度ゲリラと接触しています。恐らく、ゲリラ軍は以前の復讐を、菅野は研究の完成を企んでいると考えられます」
菅野がゲリラ軍に入った目的は、戦場と言う人間の限界を図れる場所こそが自身の研究実験サンプル採取には最も適していると考え、劣勢に陥った戦闘員に組織再生促進の術を施し異常な程の再生能力を持つ人間兵器を作り出した。
そして、再びゲリラ軍と接触している狙いはその研究の完成の為だと荒木は話す。
「省へ入った目的は、おそらく源流の石の研究でしょう。あれは彼が研究室時代に発見した物で、それを手土産に彼は入省し政府下で研究を行う事で、表上は石の研究と見せかけ実は源流の石を使いテロの準備を進めていた。彼の源流の石の研究は既に一歩進んでいて、タイムトリップも既に実証済みのはず。その先で人体の組織再生のヒントとなる過去の時代の魔法陣を手に入れて術紙を作り、最高神を召喚させたと思われます」
「・・・まさか、アイツの目的が全然わからへん」
「最高神の中に驚異的な回復力を持つ者がいます。彼はそれに目を付けています。最高神を召喚させた混乱に乗じて自身の研究を成功させ、両方の力を使って世界の混乱を狙っています」
2人が乗った車はやがて研究所へ戻り、車から降りた増田に窓越しから荒木が話しかけた。
「では、早急に出発しようと思っていますので明日の早朝にお迎えに来ます」
「わかった」
短い会話を終え去って行く荒木の車を見つめながら増田は再び厳しい戦いに身を置く決意をし、その日のうちに以前と同じように月数回の就業に切り替える休暇を申請した。
研究はまた溜まってしまうが仕方が無いと考える増田だが、まさか同じ省内から首謀者が居た事にと菅野と言う人物の予想外の経歴と行動力に未だに同様を隠せずにいた。
菅野の居る研究室に連絡を取ったが、荒木の言うとおり数ヶ月前に辞職を出し辞めていて、その後の事は誰にも分からなかった。
菅野とは、研究分野も違う為それ程接点があった訳ではないが、生物の研究者としてはそれなりに名が通った研究者だったので増田も数回程は討論をした事もあり、その時の彼の対応は鮮やかに自身のマシンガントークをまるで柳返しのようにスルリと受け流されてしまった、そんなイメージを持っていた。
いくら研究の為とは言え、そのイメージからは想像出来ない過酷な環境へ自ら身を投じた菅野の目的は、荒木が予想していた人体組織再生の確立だろうと増田は感じている。
再生能力の向上を魔法に頼るには脅威の再生能力を持つ最高神はこれ以上のない人材で、その能力を解明出来れば人体の組織再生は完成する。
しかし、自身の身を危険に晒しても研究対象以外の最高神まで召喚するのは、彼が次の段階で何かを企んでいると同時に感じていた。
辺りはすっかり日が落ち窓には月明かりが目立ち始めているが、それに気が付かない増田は光を失くし暗闇が支配する自身の部屋で明かりを点けず椅子に座ったまま考え込む。
暫くして増田がおもむろに携帯を取り出し連絡した発信先は上村だったが、やはり海外にいるのか電波は通じず、荒木の言ったように上村達は何かに気付き中国へ行っているのは確かなのだろうと考えながら携帯を握り絞め、暫くして別の番号を選び発信する。
「お!増田か!元気していたか!?」
「どーも隊長、お久しぶりです」
電話の相手は宮田で、荒木の件に第3者の判断が欲しかった増田は、通じなかった上村の次に宮田へ連絡し、荒木の事と菅野の事に関して宮田に説明した。
「・・・なるほど!確かに、それならば辻褄が合うな!実はな、さっき政府からトルコへの派遣要請が来た。・・・そして、カラマイへの密偵要請もだ!」
「そうでっか・・・。隊長は、荒木の事は聞いてないんでっか?」
「荒木に関しては政府から直接推薦されたから、お前達のように生物を倒したとか部隊内の推薦とかではなかったからな」
「彼は、掃除屋みたいな仕事とは言ってはりましたが」
「どちらにせよ、数日もすれば会う事になるだろうし!なぁに!ワシが直接聞いてやろうかな!?」
「それは余計ややこしくなりそうですわ・・・。とりあえず、ワイも明日にはカラマイへ向かいます。隊長はどうせ密偵任務でしょうし、現地で会えるんでないでっか?」
「ああ、現地対応の電話持って来いな!」
「はい、わかりました」
宮田は荒木の事を聞いて驚く感じではなく、どちらかと言うと納得している感じで話を続けると、荒木の情報通り国はトルコへ自衛隊を派遣しカラマイの密偵要請の事も荒木の言っている事がことごとく当たる。
増田は荒木の事を確認したが、部隊からの推薦ではなく政府直属の推薦で宮田にも分からないと言われ、結局は荒木の不振さは拭う事は出来なかった。
翌日の早朝。
増田と荒木は、関西空港へ向かう車中に居る。
「増田さんは、まだ私の仮説を信じていないようですが」
「まぁ、確かにテロを起こそうとする人物には見えへんのは間違いないし」
「調査報告書を見て感じたのが、彼には曲げない信念を感じます。自身の研究を進める為なら、日本という生ぬるい世界では実証できないと戦場に身を投じる事も躊躇しない。しかし、その信念は時には曲がった行動と見なされ世間から隔離される時もあります。昔から、時代の異端児は孤独であったように・・・」
自身から見た菅野のイメージは、己の信念の為なら命さえも惜しまない、真面目にも危うくも感じる人物だと荒木は語る。
「ですが、今のこの世の中の繁栄も一歩間違えば、間違った方向へ行く可能性もあります。自身の繁栄に躍起になれば近国同士が険悪になり、その先は私達の経験していない戦争へ繋がっていくのだと思います。当時の日本だって、冷静に考えれば勝てるはずも無い国に喧嘩を売り返り討ちにあった。それは、国が国民をコントロールし勝てる信念を皆に植え付けたからで、国民は負けていてもなお自国の勝利を信じたが、今の時代ならネットで誰かが騒げばそれが拡散し、やがてそれが皆の真実になり信念が生まれる。その信念が生まれると、少しでもそこへ通じていれば皆その信念に則りその者や国を叩く。・・・今の世界はネットで人が殺せる時代です。信念を持った人間の恐ろしさは、この時代だからこそ実感出来るのではないでしょうか」
「一昔のように、一人では何も出来なかった時代と違い世界中と繋がれる今、信念と行動力があれば、何だって出来てしまいます。今は、テロへの参加だってネットで出来る。昔は知りたい事は人に聞くか本で調べるしかなかったが、今やネットで爆弾だって作れる」
「信念、か・・・。確かに、研究者には必要な事かもしれんな」
「増田さんだって、今の研究を他人に任せず進めようとしているではないですか。それだって、この研究が必ず役に立つと信じる信念があるからではなのですか」
荒木の言葉に上手く丸め込まれた感を増田は感じていたが、これからも情報は必要と考える増田は彼の話をそのまま聞いていた。
やがて荒木と2人で関西空港へ着き、中国行きの飛行機へ乗り飛び立つ。
その先には、中東ゲリラと最高神の待ち受ける過酷な戦場が待っていた。




