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アナザーストーリー  作者: りょーじぃ
第四章 現代編
29/38

第28話 建文の旅路 完結編

2016/9/24 文構成を修正実施

 晴天にも関わらず、にはガスのような霧が辺りを埋め尽くす。

 大山 由希子は南京の地に着いた。


 今まで現代(・・)の南京には来た事がなく、覚えている風景はまるで宇宙をも見えそうな透き通る空と多くの露店が並ぶ街並みは人々で活気溢れていたその地は、今は中国南部最大の都市で工業地帯にその面影を見る事も無く、目がくらみそうな高層ビルに囲まれ人の代わりに自動車が道路を往路する近代的な要塞都市だった。


 何の手掛かりもない無謀な旅になる事は覚悟のうえだったが、あの土地が一体何処であったのか検討も付かず空港の外へ出て空を見上げた大山は、ましてやビルの立ち並びこの近代的な地で武術をする人なんているのであろうかと考えていても仕方が無いと考え、まずは今日の泊まる宿を探す為街に向け歩き出した。


 歩き始めて数分先にあったのは、ビルに囲まれた都心にはあり得ないような緑豊かな草木が生い茂る自然豊かな公園で、都会の雑踏を離れたくて大山はその公園のベンチに座り一息つく。

 ビルと競い合うように生い茂る木々を見つめながらふと目線を横にやると、その先で数人の人が整列をしている。

 その声に耳を傾けると、大山が日常行なっているトレーニングと同じ掛け声が聞こえてくる。

 それは、流光武術の稽古の掛け声であった。


 それに気付き無我夢中でその場所へ駆け出して来た大山の姿を、稽古をしている人々は最初不審の目で見たが大山が手に持つ銀棒を見るなり次第に周りが騒々しくなり、その雑踏の中から一人の男性が手を挙げると同時に周りは一斉に静まり返り、その男性はゆっくりと大山に近づき話かけて来る。


「・・・あなた、なぜ、その棒を持っているのですか?」

「これは、師匠に貰った物です」

「その棒は、大和の方に譲ったと記録されています。確か、オオヤマと言う人物に・・・」

「そのオオヤマは、私です」


 話しかけて来た大山よりも上か同い年に見える男性は、冷静で物静かな態度で銀の棒に付いて話かけて来た。

 普通であれば太古の書物に載っている人間がなぜ現代にいるのかと驚くのが当然だが、目の前の男性は大山の名前を聞いた途端、驚きの表情もせず優しい表情を浮かべる。


「我が流光武術にて、歴代の師匠より受け継がれている言葉があります。・・・もし、銀の棒を持つ女性が訪れたら最大限の歓迎をしなさい、と」


 彼の名は、ユ・シン。

 流光武術師範代としては優に100代を超える師範代で、彼も代々受け継がれている秘法を持つ人物だが、それはファ・ソンやリ・シェンが持っていた棒とは違う宝石を付けた棒だった。


「その棒は・・・ 貴方が師匠より受け継いだのですか?」

「いえ、これは我が家系に代々受け継がれている秘法です。初代師範代のファ・ソン様より代々、使用する事を許された物なのです」

「・・・あなたの先祖って、まさかユンファ!?」

「・・・ええ、ユンファは我が家系を築き上げた偉大な祖先です」


 ユ・シンの言葉に大山は言葉を失う。

 復習をする為に流光武術を習っていた彼女の瞳は暗い谷底のような色をしていたが、去る間際に見せた彼女の目は未来を見つめたどこにでもいる夢見る少女の目をしていた。

 自身が訪れた事で未来を変えた可能性は間違いなくあると考えたが、こうやってユンファの子孫と

 現代の世界で出会える事を大山はうれしく感じていた。


 話を終えたユ・シンは再び手を挙げ行なっていた稽古を中止させると、弟子たちが一斉に師範であるユ・シンに集まる。


「オオヤマ様・・・。我が偉大なる流光武術の父、ファ・ソンよりも受け継がれている言葉があります。『銀の棒を持って戻ってきた場合、その持ち主として適しているか調べよ』、と・・・」

「ええ・・・。それは、何となくは分かっていました。師匠らしい600年越しの手厚い歓迎ですね」


 その肩より長い黒髪を風に靡かせ鋭い眼つきで銀の棒を見つめるユ・シンを見て、大山はファ・ソンとの付き合いはそれ程長くないが彼の性格は大体分かっていたと思っているからこそ鍛錬を欠かさなかったと感じる。


 何時か来るこの時の為に・・・。


 案内された道場は以前にあった場所とは変わっていたが、その佇まいは以前と変わらない雰囲気に大山は修行をした日々を思い出す。

 道場内へ入らず目の前一面に広がる広大な草原へと案内されると、ユ・シンは持っていた棒に覆ってあるカバーを外し、その棒は大山の銀と違い鈍い輝きを放つ銅色をしていた。


「貴方は、『銅の棒』の継承者なのですね」

「・・・はい、我が家系には銅の棒を代々受け継ぐ事を許されました」

「確か『金の棒』は総長が持っていて、総帥であるファ・ソンは『無の棒』を持っていましたよね」

「『銀の棒』は、この600年余り見た者はいません。それを私が目に出来るとは・・・。しかも、伝説の最高神を倒したオオヤマ様と手合わせ出来るのは棒術使い冥利に尽きます。オオヤマ様、この下らない風習にお付き合い頂き感謝します。・・・ですが、私も棒術使いの端くれ、手加減はさらさらする気はございませんので」

「分かっているわ。ユンファの子孫じゃ、そんな事しないもの」


 流光武術の4つの秘法は金・銀・胴、そして無。

『銀』は大山、『胴』はユンファ、『金』はリ・シェン、そして、『無』と言われる透明色の棒をファ・ソンが持っていた。


 無は現在受け継ぐ者はおらず道場で静かに眠っていて、ユ・シンの持つ銅色の棒は銀の棒と違い

 先端に埋め込まれている宝石は緑色をしている。

 棒を構えたユ・シンに対し、大山も銀の棒を持ち構える姿を見たユ・シンも感動したような表情で銀の棒を構える大山を見つめる。


 大山は隙を探るが、ユ・シンの構えからは隙は見つからない構えはさすが師範代と言えたが、その威圧感はファ・ソンやリ・シェンと手合わせした経験のある大山にとっては、目の前の手練を霞ませてしまう程の実力の差を感じ、最初は識別眼を使う事も考えていたが、それを使わずユ・シンの間合いへ飛び込む。


 隙が無いとは言え、組み手になればスピードが勝れば隙を作る事は可能で、今や大島のお株を奪うかのような超人的な速度を持つ大山はユ・シン目掛けて突進し棒を振りかざすと、ユ・シンは相手の攻撃をいなす事が出来る銅の棒の特殊能力を駆使し大山の嵐のような攻撃を防ぐ。

 やがてその特性を理解した大山は、攻撃を止め一度距離を取り銀の棒を振り回し先端にある宝石に風圧を閉じ込めると、銀の棒の特性を知っているユ・シンはその光景に息を呑んだが即座に大山の懐へ向かって行く。

 普通の人間と比べれば超人的なその速度は今の大山には稽古を付ける程度の対応で十分で、先程交えた事で銅の棒は相手の武器と交じり合った際に効力が発生すると理解した大山は、向かって来るユ・シンを待ちうけ間合いに入り自身目掛けて突き出すユ・シンは銅の棒が攻撃間合いに入った瞬間、銀の棒が銅の棒へ交わる。


 普通なら大山の棒がその攻撃を受け流されるが、その場から飛ばされたのは嵐のような風で銅の棒の特性を相殺させると、そのまま棒を振り上げユ・シンの棒を弾き飛ばし草むらに無造作に落とされた銅の棒の横で無防備となったユ・シンの顔面を銀の棒が捉える。

 だが、その攻撃はユ・シンの目前で停止し真剣な表情だった大山はニッコリと笑う。


「どうでした?」

「いやはや・・・御見それ致しました。まさか、これ程までの実力とは」

「たまたま教わった私の師匠が、歴代最強だったからでしょう」

「そんな、ご謙遜を・・・。それにしても、伝えられていた通りまさに流光武術の伝説のお方です」


 大山は識別眼を使わずに師範代を手玉に取った。

 確かに初代師範ファ・ソンの実力は歴代の師範代では群を抜いていたが、科学技術が進んだ現在に古流武術の担い手など圧倒的に少なく人材不足は否めない。

 だが、それを抜いてもユ・シンの実力はそこまで劣っていた訳でもなく最高神とだっていい勝負は出来るはずだが、それほどの実力者を大山はまるで赤子の手を捻る様にあっけなく倒してしまった。


 ユ・シンは大山の実力を体で実感した後一旦道場へ戻り、暫くして戻って来たその手には正方形の古びた小箱を持って来た。


「これは、我が祖先ユンファがこの日の為に準備していた物です。オオヤマ様が、もしこの道場を訪れたら渡すようにと先祖代々言われ続けておりました」


 大山は、その箱を受け取る。

 その古い箱には簡単ではあるが長方形の紙に封印の字が記載されており、これを貼る事で封印しているようだが、その紙自体には何も効果が無いのか意図も簡単に破る事が出来た。


「・・・では、失礼します」


 一応、目の前のユ・シンに断りを入れると、ユ・シンは大山を近くにある簡易的なベンチへ案内し静かにその場を去り、誰も居なくなったその場所で大山はゆっくりその箱を開ける。

 箱の中には古びた紙が数枚入っていて、その紙は個々に全て材質や劣化度合いが違う感じから恐らく1回で全てを書ききった物ではないと瞬時に判断出来た。


 紙自体は全て穴が開いており、そこに紐を通す事で整列した順序を守るように出来ていて、大山は一番古いであろう箱の底側にあったページから見た。


 - オオヤマが去ってから5年が過ぎた。この手紙が彼女へ届く可能性は低いが、私を信じてくれた未来の彼女へ、私の今後をこの日誌に記載しようと思う。 -


 それは、ユンファが大山と別れた後、自身の未来を見守って欲しいという願いから記録を始めたようで、大山は心静かに日誌の続を読む。


 - 師匠のファ・ソンから流光武術代々伝わる秘宝を譲り受けた。オオヤマは既にその内の一つを譲り受けたのを知っていたので、ライバルとしては遅れた事は少し悔しい。さらに精進して、オオヤマを超えなければ。 -


 そこからは修行の為に中国全土を回った武勇伝や、万里の長城へ攻めてくる遊牧民と戦った戦記が綴られていた。

 大山は彼女が選んだ道を尊重したいと思っているが、結局は戦いの場に身を置いていたと思うと、本当はどちらの未来が良かったのだろうかと戸惑いを覚えながら日記続きを見る。


 - 師範であるファ・ソンから、総長であるリ・シェンと戦う事を言われた。結果は私の圧勝で、その後ファ・ソンが私に決闘を申し込んできた。私はその戦いに勝ち最高神と言う名声を手に入れ、同時に師匠を亡くした。 -


 あらから数十年経てばユンファが優位になるのは分からないでもないと感じた大山は、ファ・ソンがユンファに戦いを挑んだ事に驚きは無かったが、ユンファの手で殺されたと言う内容の真相は続きの日記に記載されていた。


 - ファ・ソンは、死ぬ間際に私の子孫末裔までの秘宝の使用許可と師範代の称号を私に与えた。・・・そして、最後にファ・ソンの口から謝罪の言葉を貰った。お前の両親を殺したのは、私なのだと。 -


 あの時、明皇帝からユンファの家系を滅ぼすように命令されユンファの父と決闘になり、父親を無色の棒で殺したと語ったファ・ソンは、隠し部屋に居た母親を殺しユンファの家に火を放ち家系を滅ぼしたのも自身だと話すが、その時に討ち逃したユンファを見つけ最初は殺そうとしだが、ユンファの復習が宿る悪魔のような目を見て、いずれこの者に殺されるのを自身の運命と感じたファ・ソンは内密でユンファを引き取り弟子として育てたと告白した。


 ファ・ソンは、命令とは言え自身の犯した行為に後悔し復習されるその覚悟でユンファを育て、愛弟子の手で殺される事を望んだ。

 ファ・ソンに銀の棒を譲り受けた時、ファ・ソンはユンファに力しか与える事しか出来なかったと言っていたその理由はしていないのではなく出来なかったからで、大山に対し最高の敬意を込め銀の棒を渡してくれたのだろうと大山は感じた。

 そして、続きにはリ・シェンの事も記載されていた。


 - その事は、リ・シェンも知らなかったと言った。確かに、ユンファへの溺愛ぶりには、正直隠し子ではないのかと疑ってはいたそうだ。今のユンファの実力はリ・シェンを凌駕したがそれは結果論であり、初めて見た時には片鱗すら感じられなかったと言っていた。私は驚愕した。まさか、敵討ちを打つ為に力を付けてくれた人が復習の相手だったなんて。しばらく自暴自虐の時期が続いた。私の親として育ててくれた師匠。そして、本当の親を殺した師匠を。 -


 大山と一緒に修行していた頃のユンファは、確かに実力は門下生の中では上位ではあったが当時の大山には識別眼無しでも敵わず、最高神討伐の際も決定的な一打を与える事も出来なかった。

 それでもファ・ソンが贔屓していたのは彼女の復習を果たす為だったその真実を知ったユンファは、暫く何もせず気力の抜けた状態が続いていたらしく日記の更新はぱったり止まり、更新を再会したのはそれから暫く経ち紙質が変わるほど後の事になる。

 立ち直るきっかけをくれたのは、リ・シェンだった。


 - ある時、私にリ・シェンが話してくれた。師匠がユンファにした事は、皇帝直属の護衛部隊をする人間では考えられない行為。なぜなら、護衛部隊は継承争いの為暗殺など日常茶飯事だ。その一人一人に同情していたら仕事にならない。あなたを生かし、そして殺させた事は師匠の戯言に過ぎません。流光武術には常に要人殺害の依頼は来ています。だが、貴方達に今までその依頼を出していないのは私と師匠で依頼をこなしていたからです。地位や名誉の為、と言うのも確かにあります。ただ、誰かがやらなければいけない。その辛い仕事を、師匠は何も言わず受け続けながら、後世へは師匠の意思ではなく自分達で道を選べるように、力を付けさせる目的以外で依頼を受けませんでした。だが、私と師匠を倒した今、次の後継者は貴方です。皆、貴方の指示でこの道場は動きます。貴方が正しいと思う事をすればいい、それだけです、と。 -


 その後、ユンファは師範代として明皇帝の意義に背いても平和を訴え続け、その後流光武術は明直属の護衛部隊としての任務を解かれ、それからは平和の為に危険生物の討伐を主にした組織に変わり、秘宝であった無色の棒は、ユンファの意思もあり道場内に保管されているという。


 リ・シェンはその後、道場を去った。

 自身もファ・ソンに拾われ親同然に慕って来たが、ユンファの平和への気持ちよりファ・ソンの意思を継ぎたいと言い明帝国の親衛隊へ入隊し、戦いの世界へ身を置く事を決意した。

 その後、数々の戦地で名を上げたが王位継承の際の襲撃で当時の皇帝共に討たれ、金の棒は歴史から姿を消したと書いてある。


 その後は一般人と恋に落ちやがて結婚し、子供を授かり幸せな家庭を築き1447年に息を引き取った事を息子が最後の用紙に記載し日誌としてまとめた事と彼女の遺書が記してあった。


 最後にユンファは幸せな人生だったと、言ったそうだ。


 その日誌を見終えた大山は、彼女は皇帝に逆らい護衛部隊の任務を解かれても自身と他人の幸せの為に生涯を費やした事を知り、その頬からは一滴の涙が流れ落ちた。

 悲しく、そして谷底のような深く暗い目をしていた少女が大山の言葉を信じ、辛い事を乗り越え

 幸せな人生を歩んでくれた事に、感謝と感動を覚えざるを得なかった。


 数十年の記録と言うには短いその日誌を読み終わり、大山はユ・シンの所へその日記を返しに行ったがユ・シンはその日誌はオオヤマの為にあり、彼女の形見として持っていて欲しいと聞いた大山は、喜んで譲り受ける事にした。


 道場内では数人の門下生が汗を流している。

 大山はここにいた訳ではないのだが、その雰囲気にユンファと苦楽を共にした道場生活を思い出していた。


 途中で指導を頼まれ門下生に型や棒術の指導を行なったそれ見たユ・シンは深く感動し、是非私にも教えて欲しいと言われたが、門下生の手前師範に教えるのもちょっと気が引けるので「もっと師匠らしくね」と、ユ・シンにはっぱを掛けた。


 明日、上村達と合流する予定だった為道場を後にしようとした時、少し言いづらそうな表情のユ・シンが話し掛ける。


「・・・最後に、『無の棒』を見て行かれますか?」


 最高神とも言われたファ・ソンのみが振るった無色の棒。

 その後はユンファも生涯使う事はなく、その逸話のせいで歴代の師範代からも恐れられ600年間使われていない無の棒は、ユンファは歴代の師範でも全盛期のファ・ソンに継ぐ人物だが最高神になる名声を得る為の人脈を皇帝との離縁で無くしてしまい、それ以降最高神と謡われる人物は存在しない現在も無色の棒は次の持ち主が見つからず、600年の長き間、道場の奥で静かに眠りに付いていた。


 実戦のファ・ソンを見た事が無い大山は、伝説の棒を一度見ておきたいと思いユ・シンと共に棒の眠る道場の奥へ移動した。

 その部屋の入り口は無数の錠前と札のような貼りがしてあり、見た目だけでも異様な雰囲気を醸し出し扉の前でユ・シンは持っていた鍵で錠を外し扉の先へ案内する。


「・・・実は、私はその棒を見た事がありません。ですが、オオヤマ様ならあれを使いこなせるはずです」

「見た事が無い?ユ・シンさんは、使う気はないのですか」

「ははは。さすがに、私の実力ではあれを使うには役不足です。だって・・・」


 ユ・シンが何かを言いかけたが何かを思ってか、その先の言葉を濁し目の前にある古びた扉のノブに手を掛け油の切れた錆び付いた音を立て静かに開いた先は、さらに通路が広がり2人はその薄暗い廊下を歩き、その先は行き止まりで辺りは壁しかなく扉も見当たらない。

 しかし、何もないはずのその壁からは異様な雰囲気を感じ大山は、確かに何かがあるのを察しその壁を触ろうとはしなかった。


「・・・ここに、何かがある」

「・・・さすがはオオヤマ様。そう、この壁にあるのが『無の棒』です。私には、この棒の発する能力を感じ取る事が出来ません。使いこなすどころか、この棒を手に取る事すら出来ないのです。ですが、その存在に気付いたオオヤマ様なら使える事が出来るのではないでしょうか」


 無の棒とは、他の棒と違い先端に宝石も無い為特殊能力はないが、その突起すべき能力は武器が見えない事で、その存在を感じられる事が出来る者でしか棒の実態を知る事は出来ないが、普通なら手にするどころか見る事すら出来ない秘宝を大山が恐る恐る手に取る仕草を見たユ・シンは再び感動を覚えた表情をしている。


「・・・うん。確かに棒自体に何も能力はなさそうだけど、軽さで言えば私の銀の棒と同じ位。間合いさえ掴めればこれは驚異的な武器ね」

「オオヤマ様は、その棒が見えるのですか!?」


 それを横で聞いていたユ・シンは、おもむろに手から石を取り出し不意打ちを掛けるように大山目掛けて投げが、それに即座に気付いた大山はその石を無色の棒を振りかざし跳ね飛ばす。


「・・・素晴らしいです」

「もう、急に不意打ちして来るんですから」

「申し訳ございません。姿が見えない以上、本当に存在する物なのか大変興味がございまして」


 少し驚いた素振りを見せ話す大山に、子供のような目の輝きを見せるユ・シンは暫くし落ち着きを取り戻す。


「オオヤマ様、その無色の棒どうか使って頂けませんでしょうか」

「わ、私が!?」

「はい、我流光武術の長い歴史の中でもこれを使える手練は未だに現れておりません。今後、このまま継承者が現れず腐らせておくのであれば是非使って頂きたい。先程の反応と今日の行動を見て確信しました。オオヤマ様はこの時代でも常に鍛錬を欠かしておらず、貴方ならこの最強の武器を最後まで使える人間だと」


 この時代に棒術なんて確かに時代遅れだが、生物と戦うにはこれが必要だから常に鍛錬は欠かしていなかったのは確かだが、ユ・シンの真剣な言葉に大山は、それを受け継ぐ決意を決め持っていた無色の棒を近くにあった袋に収める。


「・・・分かりました。では、次の継承者が現れるまで私が預かっておきます。もし、それなりの人物が出て来たら見極めますから電話してね」

「あはは、今風らしいお言葉ですね。では、なるべく早く連絡出来るように致します」


 大山は最後に茶化すようにユ・シンに受け継ぐ決意を述べた。

 いつかユ・シン自身がこの棒を継承する事を願って・・・。


 帰り間際、大山はユンファの眠る墓に寄り手を合わせた。

 彼女と約束した再会は叶わなかったが、いつか化学が進歩すればいずれまた会えるし、現代でならここへ来れば彼女は居ると感じる大山は「また来るからね」とユンファの眠る墓前に声を掛けその場を去る。

 道場の方々とは既に別れは済ましていたので道場へは寄らず帰ろうと多数ある墓の前を通った時、一番の高台に立派にそびえる墓を見つけたその墓表に書かれていた名前は初代師範代ファ・ソンで、その立派な墓を見つめた大山は奥に小さくひっそりと佇む墓を見つけその墓に墓前に立つ。

 その横に他の墓に比べて遥かに小さく、墓と言うには気付きづらい平らな石で出来た墓にはこう書かれていた。


 ファ・ソンの息子である、我が総長リ・シェン。


 ユンファの日記だと、流光武術を抜け明帝国の親衛隊へ入隊し襲撃を受け討ち死にしたのが事実であれば普通は破門同然だが、ユンファが目立たないようにひっそりと墓を作ったに違いない。

 リ・シェンはユンファよりも先に亡くなっているし、彼を総長と呼んでいたのは自身とユンファのみだと気付き、その墓表を見た時に彼女だと確信出来た。

 流光武術を抜けた際はケンカになっていたのかもしれないが、大山達の事を親身になって考えてくれる兄貴分的な存在だったリ・シェンをユンファは見捨てる事が出来ず、公式的にではなく個人的に墓を作り師匠であるファ・ソンの側で眠らせているのだろう。


 大山はその小さな墓にも花を添え短い会話をした後、墓を去った。


 大山はファ・ソンの使命を引き継ぎ生涯を全うしたリ・シェンが選択した道は、大島という掛け替えの無い精神的支柱を亡くし、このまま残れば彼女の意にそぐわないと思い防衛省を辞職し上村に付いて行った今自身が進んでいる道に近いと感じていた。


 もう離れたくないという気持ち。

 今まで大山は正直迷っていた。

 このままの人生で良いのだろうかと。


 確かに、あの男の死が確定出来ず逃した最高神の術紙も見つからない今、生物はまだ出て来る可能性は否定出来ないが全ては可能性でしかなく、実際に政府は謎の生物対策省を解散させた。

 だが、上村はその可能性でしかない事は世界平和の為に必要だと感じ事件を解決しようと、今もこの中国で情報収集をしている。


 私は彼を信じていいのだろうか。

 今の生活は刺激があり満足しているが今後の先行きに不安を持っていたのも確かで、普通に考えれば良い年をした大人が集まってやる事ではないし個人でどうにかなる話ではない。

 だが、国がその事を放棄し大島は過去で死んだ事でこの世での存在を消されてしまい弔う事も出来ない今、知ってしまった私達で解決するしかないと同時に感じている。


 そんな悩みを抱き続けていた自身に、今回ユンファの日記からファ・ソンの真意とリ・シェンの決意を知る事で、己の選んだ道に後悔が無い事を確認出来た大山は、リ・シェンの墓表の前で感謝に意を込めて「ありがとう」と呟いた。


 その時、大山の携帯が上村からの発信を告げ、合流予定が明日だったのでそれに関しての打ち合わせかと思いながら携帯と取る。


「上村、どうしたの?」

「大山、今どこ?」

「えっとね、南京の都市部からすぐの郊外で道場は思っていたよりすぐ近くにあったの。丁度これから、街で宿探して明日の飛行機で北京に戻る予定だよ」

「そっか。・・・ちょっとこっちで気になる事があって、大山にもこっちへ来て欲しいんだ」

「そっち、て?」

「西部にあるカラマイ市。南京から直通が出てるから、乗れるタイミングで乗って急いで来て欲しいんだ」

「確かに・・・まだ最終便には間に合うかもしれないけど、そんなに急な用事なの?」

「生物の情報を探しにカラマイに来てみたら公安警察がウジャウジャ居る場所があって、どうもそこに生物が出た可能性がありそうなんだ」

「生物が!?」

「まだ確証はないけど、随分前からこの地域に非公式で討伐依頼が世界中に回っていたらしい。帰国予定は明日だったけど、もう少し予定を延ばすから大山もこちらへ来て欲しいんだ」

「わかった。今日中に乗れればすぐに行くね」


 中国で生物出現の可能性。

 元は政府の下で働いていた大山にとって、日本にだって規模は小さいが隠し事はしている確かにあると感じるが、それ以上にこの国は不都合な情報を操作する事はざらで、どちらの事でも防衛省時代は苦労したのを思い出す。

 そうであれば、中国がこの件を隠す理由は鈴森が推測していた戦力低下を知られる事だろうと感じる大山は、中国を敵に回せる程の戦力で情報操作が必要な程な強力な相手は、自身が考えられる限り1つしかないと実感する。


 それは、生物出現だ。


 それまでは穏やかだった建文の空気が緊迫した事を感じた大山は、即座に近くに止まっていたタクシーを拾い空港を目指す。

 そして、最終便の飛行機に飛び乗り中国西部の都市カラマイを目指した。


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