第27話 ベンチャーマン・ジュンイチ!
2016/9/23 文構成を修正実施
長野県、某峠。
東の空から照らされた薄く伸びる朝日が朝露で僅かに濡れた路面の水分に反射し、それはまるで小さな宝石が無数に散らばっているように朝の霧と相まって幻想な世界を演出している。
その霧のアーチを吹き飛ばす勢いで深紅に染まった1台の車が、まるで解き放たれた炎のように風を切って疾走する。
左右に振られるワインディングロードを、鋭いハンドル操作とアクセル操作でコーナーをミズスマシの様に駆け抜け、やがて車は峠の頂上の開けたスペースに止まり、車のドアがから出て来たのは上村だった。
彼は朝の稽古後に、考えた事や気分転換でよくここへ来る。
朝の新鮮な空気を大きく吸い深呼吸をし、誰も居ない朝霧の静かな山で声を出しながら大きく息を吐いた。
あの戦いから1年が過ぎ、その後は生物発生の話は無く世の中の殆どの人々はそれを忘れかけていたが、新たな生物の襲来に備え上村はここ長野県で笹塚と大山 由希子と共に日々鍛錬を積んでいる。
笹塚は自身の居酒屋を営みながら以前と変わらない生活を送っていたが、その生活で変わった点は、居候が3人増えたのと気の研究を始めた事で、笹塚の人生に悪影響を与え狂わせたそれを上村の今後の為に再び気と向かい合う事を選択した。
そして笹塚の再び始めた研究の集大成が大山 由希子で、これまで気の習得にはセンスが不可欠だったが、笹塚はそれを精神集中の鍛錬できっかけを作る事で、習得出来る可能性が広がる事を発見した。
それでもある程度の鍛錬とセンスは要求されるが、自身が作ったカリキュラムをこなす事でその可能性を広げた事で、大山も気を使う事が出来るようになり、しかも大山が習得した気は今までのものと違った性質を持ち、気を遠隔操作できるその能力は【操作系】と名づけられた。
引き続き基礎訓練の反復だが鍛錬を積んでいる大山は、その鍛錬により棒術の技術にさらなる磨きをかけ、手に入れた各動作の速度は当時の増田や大島を凌ぐ程になっていて、識別眼と遠隔操作の気と達人級の棒術を手に入れた大山は、接近戦と遠距離とサポートも出来てまさに最強とも言える。
今の大山にケンカを売ったら勝てる気はしない・・・。
誰も居ない静寂だけが支配するこの場所で、上村は遠くの山々を見つめ物思いに耽る。
生物に対抗する準備は着々と進んでいるが、このまま出現しないのではいだろうか、と。
自身や周りの人物を殆ど知っているかのようだった男は、大島が死に隊も解散したこの世界で動きを一切見せていないのは、ここを諦め既に別の世界に行っているのかとも考える。
それとも・・・
この1年、何も起きない事に疑問と不安が宿る上村は度々この考えに悩まされ、自分達が行っている事は無駄な事ではないだろうかと一人静寂が支配する峠で考え込む。
家に戻ると台所で朝食を作る大山が、帰って来た上村を見つけるなり唇を尖らせ怒った表情をする。
「もう、何処行ってたの!買い物行きたかったのに車がないんだもの」
「何処って・・・ちょっとドライブに」
「まったく、修行の後なのによく元気が残ってるよねー」
「だって、これは息抜きだからね・・・。私には必要なんだって。でも、大山がMT乗れるなんて驚きだけどね」
「だって私、戦闘機と潜水艦以外なら何でも乗れるのよ」
「え!そうなの!?」
「防衛省の時に一通りの免許取ったもん。戦車や戦闘ヘリだったらイケるよん」
「ぐぅ・・・」
元防衛省勤務のキャリア組で頭良いチームの大山は、乗り物と言う乗り物は全てその時取得していると聞いた上村は、その言葉に何も返せず顔をしかめる。
まぁ、よく自衛隊に入って免許だけ取って辞めるなんて話聞いた事あるが・・・。
戦闘以外にも勝てる見込みが無い事に絶望を感じ暫くその場で何も言えず立ち竦んでいる上村に、大山は上村に話し掛ける。
「ほら、そろそろ仕事の時間だよ」
「あっ、本当だ急がないと!」
「はーははは!お前達は大島と宮田の関係そっくりだな!特に、男の負けっぷりなんてそっくりだ」
「そ、そんな事ないですよ!こう見えても一応食わしてやってるんですから」
「はいはい・・・頑張って稼いできてね」
「おいおい・・・わたしの酒屋の売り上げは無視かよ・・・」
その様子をカウンターで下ごしらえをしながら見ていた笹塚が、宮田と大島で一緒に修行をしていた時に才能あふれる大島に宮田がいつも立ち竦んでいた事を思い出し大声で笑い出すと、それを聞いた上村は口を尖らせながら笹塚の方を向き精一杯の虚勢を張るが、そんな2人にからかわれながら完全な敗北感を感じながら家を出る。
家を出て上村が向かう先は同じ長野で企業を立ち上げた鈴森の所で、省の解散が正式に決まり生物襲来に備えると決意した上村に対し、生物襲来に備えているだけでは就労の義務がある日本では世間の目は厳しいと鈴森から言われ、世の中働けない人もいると考えれば有難い事だと考え鈴森の誘いを受けた。
業務内容は鈴森が以前勤めていた電気関係で新しい製品と生産技術の提案などで、基本的には電気の何でも屋さん的な会社である。
上村も元は電気系のエンジニアであったので仕事的には問題なく適応出来たが、個人企業になったので業務的な仕事も覚えなくてはならず、まだ苦労は耐えないがそこは鈴森がいるのでいろいろ教わり勉強しながらなんとか滞りなく進める事が出来た。
朝は大山と組み手と型の修行を行い、日中は平日は会社へ行き休日は気の修行、夜は上村は帰りが遅いので修行はしていなが、大山は笹塚の居酒屋を手伝いながら空いた時間を笹塚と共に気の修行に当てている。
こうして、3人は、普通の大人が行なう生活ルーチンに加えて非常識な修行を日々行っていた。
今日は新商品のプレゼンの日で、上村はこの日の為に試行錯誤し開発した小型無線機を企業へ提案する。
耳に付けるイヤホン型の無線機は機器同士で直接通信可能で、ペアリング登録すれば最大10台までを半径10キロ程度なら問題なく通話出来る品質を持ち、例えばショッピングセンターなどの施設内で個別に行動している時などの会話なら携帯要らずの便利物だ。
性能は無線機とさほど変わらないが、構造を簡素化し部品点数を少なくした事で通常のハンズフリーヘッドセットと同程度の値段で販売出来るのが売りで、上がり症の上村だったが必死のプレゼンで
クライアントからの反応は上々だった。
その夜鈴森と上村2人が最後の片づけを行なっていた。
最後の一仕事と言わんばかりの力強いキーボードタッチでパソコンを終了した鈴森は、後ろでプレゼン資料を片付ける上村へ話す。
「上村さん、帰り一緒にご飯食べない?」
「あっ、いいですね。やっと落ち着きましたもんね」
上村と鈴森しかいないので会社ではこのプロジェクトを進める為に開発以外の事も全て行なわなければならず遅くまで会社に居た事が多かった鈴森が一段落付いた事で上村を食事へ誘う。
仕事を終え近くにあるお店で食事取る事にしたその場所は、東京に比べれば洒落っ気のないお世辞にも綺麗とは言えない店内ではあるが、その土地で取れた新鮮な素材で作った料理が提供されるので、都内の料理と味や鮮度は比べ物にならないが、唯一の欠点は交通機関が無いのでお酒が飲めない事くらいか。
古い大木を削り落とした物をそのままテーブルにしたカウンタで、2人並んで郷土料理に舌鼓を打ちながら話をした。
「上村さんが来てくれたお陰で助かっているよ。起業すると、やっぱり人手を集めるのに苦労するからね」
「いつまでも無職って訳には行きませんからね。私の方こそ助かりましたよ」
「あれからもう1年か・・・。あれから特に情報とかはないんでしょ?」
「ええ、この1年は平和なものでしたね。一応、井田さんとは常に連絡は取っていますが特になにもなさそうですね」
「上空の生物も消えて、今じゃ飛行機も問題なく飛ぶ位になったもんね・・・」
今まで第3生物のアヌが上空にいた為に飛行機等の空を飛ぶ物は使える事が出来なかったが、上村達が術紙を破棄した事で第3生物は消滅した今は、以前と同じように上空を飛行機が飛ぶようになった。
「もう、出て来ない可能性は?」
「・・・分かりません。ただ、アイツは3枚の術紙を持っています。その中の1枚は倒していますが、残りの2枚の生物はすぐにでも召喚出来る状態のはずです、・・・が」
「全く動きがない、と」
「・・・はい」
鈴森の答えにうな垂れるように頷く上村、まだ召喚が出来る状態なのは知っているがこれ程までに手掛かりと進展が無い事に不安な表情を見ていた鈴森は持っていた箸を置く。
「・・・実は、今回プレゼンした製品が採用された時の生産先を国内か海外で悩んでいるんだ」
「確かに、あの商品はコストで考えれば圧倒的に海外が有利ですね。・・・でも、品質にこだわるのであれば、たとえ小物でも目が届く国内がいいですよね」
「海外の情報はあまり無いでしょう?なら、今回の製造場所の視察と共に生物情報の収集をしに外の世界へ出て見ませんか?」
「・・・外の世界?」
「国内に入る情報は所詮情報に過ぎないので、現地で情報を仕入れるに越した事はないです。例えば隣国の場合、情報操作はざらですしね・・・。情報を隠しているという確信はありませんが、国が生物と交戦になれば相当な戦力が必要なのとそれなりの被害が出る、それは国内で戦った上村さんも分かると思います。だから、それが表沙汰になれば国の戦力が衰退している事が知られてしまう、なんて考えもありますからね」
国自体の情報操作の可能性を考える鈴森は、今回行なったプレゼンの製品が商品化した場合その製造を国内でするか海外にするかとの事で、生物と交戦すれば国の戦力は間違いなく落ちる情報が漏れる事はあまりいい事ではない為、情報が外部に来ないのではないかと考える鈴森は持っていた箸を置き神妙な顔つきなる。
「・・・それに、その先には中東諸国もありますから」
「中東、ですか?」
「中東では、今でも内部紛争が常に繰り広げられています。あの地域であれば、多少のゴタゴタも戦争として片付けられてしまう恐れがありますし。また、最近になってトルコ軍が中東ゲリラと交戦中らしいですから」
「ヒルダン中佐の所ですよね」
「いずれ、自衛隊にも参加要請が出ると思います。宮田隊長や井田さんにも要請が来るでしょう」
「戦争、ですか・・・」
神妙な表情で話す鈴森の言葉にこの平和な時代にも常に戦争は絶えない事実を実感した上村は、この一瞬にも何処かの国で戦争が起きている事は平和な日本にいる自分達には考えられない事だが、井田も去り際にその覚悟を話していたように、この世界に足を踏み入れた以上、それは避けられないと感じる。
いつでも戦争は、起こした当人達は生き延びて犠牲になるのは戦争をしたい訳でもないのに戦場へ駆り出される罪のない人々だ。
そこへ生物を放つ事の意味は感じられないが、万が一そのような事が起きていればましてや紛争の混乱の中で井田達が無事でいられる保証はない。
「出発までに生産準備を出来るだけすれば、ある程度は向こうを回れる余裕は出来るはずです。向こうの情報も仕入れて来ましょう」
「・・・そうですね」
鈴森の提案に上村は賛成の意を込め返事をする。
その世界にいた人間である為戦争と言う戦いの意味に鈴森は慣れてしまっていたが、鈴森が思っている以上に上村は重く受け止めていた。
戦いと言う日常ではありえない世界、誰もが命を簡単に落としてしまう世界。
あの、無双の強さを誇っていた大島でさえも・・・。
その後、今回のプレゼンが通り見事製品化となった生産場所の視察をしに、上村達は世界の工場と言われる中国へ出張する事になった。
中国への出張を決めたその日の夜、笹塚の経営する居酒屋を閉めた後3人は夜食に近い夕食を取る。
今日は良い信州サーモンが入ったとの事で夕食はサーモン尽くしの料理と酒の組み合わせで、上村はサーモンのムニエルを口に頬張りワインを一口飲んだ後2人に目をやる。
「今日、以前発表した仕事のプレゼンで私の提案した製品が採用されました」
「えー、凄いじゃん!これで給料上がるの?」
「え!そこ!?まー、軌道に乗れば鈴森さんも色つけてくれるとは思うけど・・・」
「わりいなぁ・・・わたしの稼ぎが悪くて。上村さんや、頼みますぜぇ~」
「笹塚まで・・・」
今やこのメンバーの金庫番となっている大山は、上村の提案した商品の製品化の祝いも程々に即座に現実モードに切り替え、笹塚も酒が入っているのもあるが完全に悪乗りモードを見ながら、どうせ話半分しか聞いてないだろうと思いながら上村は話を続ける。
「・・・それで、生産体制を国内か海外に決めるかを実際に視察して決めるとの事で、来月辺りに中国へ出張する事になりました」
「ふーん・・・で、何処へ行くの?」
「北京と天津の工場を見る予定」
「じゃぁ私、南京へ行って見ようかな。過去の世界の跡地へ行ってみたかったし、笹塚さん行って来ていいですか?」
「まぁ、店自体は問題ねぇけど看板娘が居なくなるのは痛手だな」
「私はホステスじゃありません!」
「て、いうか・・・付いて来るの?」
「だって、せっかく中国行くんだから。一人で中国に行くのは躊躇するけど、上村達が同じ中国にいるなら心細くないかな」
大山は持っていたワイングラスを掲げながらほろ酔い加減な口調で話す。
彼女は大島が亡くなった直後は大きな存在を無くし長野に来た直後も暫くは落ち込んでいたが、今目の前で笹塚といがみ合っている彼女を見ると、上村が知る昔の大山を取り戻しつつあると思えた上村はため息を一つ吐く。
「・・・いいですよ。じゃぁ中国までは一緒で、着いたら別行動になるけどいいの?」
「ええ、大丈夫よ!何かあったら私の棒術でやっつけちゃうから!その為に日頃訓練してるんだから」
「まぁ、多分そんな危険はないと思うけど・・・。あまりムチャはしないでね」
持っていたワインを飲み干し腕を捲くり陽気な声で答える大山に、飽きれた表情で上村は答える。
この酒盛りは深夜まで続き、店の明かりが消えたのは東の空が明るくなり始めた頃だった。
そして、鈴森と上村は出発までに生産治具を作り、国内の生産現場を見学し国内の生産の可能性をまとめ上げ、残りは海外の工場を見て生産を決める所まで仕上げた。
その翌月、上村と大山 由希子そして鈴森の3人で一週間掛けて中国へ出張する事になった。
出発前日、明日の出発に備え何時もより早く帰宅した上村は笹塚の居酒屋を少し手伝い、通常よりも早めに終了した店のカウンターで大山と2人で並んで座り静まり返った店内で就寝前の寝酒を嗜んでいる。
他愛の無い世間話を終え暫く2人の間に会話が途切れたが、それを待っていたかのように上村が話し始める。
「大山は、今も辞めた事を後悔してない?」
「うーん、どうだろう・・・。正直、あの時は勢いでって所もあったけど、上村の言う通り生物は完全に消滅していない事を知っている私達は、最後まで解決するべきだと思っているの。・・・それに、もう二度とすれ違いの人生は送りたくない、そうとも思ったの。あと数年後だったら、私の考えは変わっていたかも知れない。だけど、この選択が出来たタイミングで出会えたのはきっと運命でもあるって思っているの」
「大山・・・」
カウンターの正面を見つめたままの大山は、以前に同じ質問を上村にされた時同様に今の選択に迷いは無いと話し、その意味を理解した上村はお酒のせいでもある頬をさらに真っ赤に染め大山を見つめる事が恥ずかしいと感じ、とぼけた表情で前を向く姿を見た大山は頬を膨らませムッとした表情を上村へ向ける。
「・・・もう!上村は相変わらずそう言う事は奥手なんだから」
「だ、だってしょうがないだろ。お前と違って、私はモテナイチームなんだから・・・そういうのに慣れていないの!」
「・・・やっぱり、上村は昔のまま変わっていないね。私はその方が良いと思うよ」
「なんか、褒められていない気しかしないけど・・・」
「そんな事ないって、私は完全に変わってしまったもん。異性に言い寄られても特に何も感じなくなって来て、ほら、ドキドキとかトキメキ?そう言った恋の楽しさを忘れていた。・・・昔はそんな事無かったのに」
自身を見ずに正面を向いたまま恥ずかしそうに答える上村を見た大山は、飲み干したグラスの中に残る氷をグラスで回して重なり合う音を大山は楽しそうに見つめながら、こみ上げる嬉しさを隠す事が出来ず口元が緩みクスクスと笑い出す。
「・・・私、昔は異性になんて告白も出来ない恋に臆病な女子だった。大人になって、そういう抵抗が無くなった時、初めて初恋の尊さと後悔を知ったの。もし今、あの時に戻れれば絶対あんな事にならなかったと、時々ふと思う事があるの」
その後、大山は席から立ち上がり飲み干したコップを洗いにカウンターへ入っていく。
「もう後悔したくない。だから、この道を選んだの・・・おやすみ」
コップを洗いながらその言葉を発した後、大山はそのまま自分の部屋へ戻って行った。
そして上村だけが残され、こうなると上村の妄想オンパレードだ。
初恋の後悔なのか。
この道を選んだ後悔なのか。
どの後悔を清算したくて、付いて来てくれたのだろうか。
モテナイチーム所属の上村の鈍感な回路は、大山の意を決した告白に微妙に気付く事が出来ずその晩は眠れぬ夜を過ごす事になった。
翌日、3人は空港のロビーに着く。
飛行機が使える今は以前とは違い、何日も掛かった旅は僅か数時間の短時間で目的地へ運んでくれる。
北京空港へ着いた一行は現地視察の為上村と鈴森は北京郊外へ、南京を目指す大山 由希子は南京まで再度飛行機乗り換える為、ここで別れる。
北京空港付近は東京と比べても遜色ない建物が並ぶ。
さすが日本を抜いて2位の経済大国であるが、そこから郊外へ足を伸ばすと環境汚染が騒がれている国とは思えない程自然も残っている。
その自然の中に突然大きな町が現れるがそれは町ではなく大きな工業地帯で、その面積は日本の工業団地と比べ物にならない規模だ。
地図を頼りに車を走らせ目的の工場に辿り着き、出迎えてくれた工場の人達と鈴森は流暢な中国語で挨拶を終えると目的の生産設備の確認をする。
肝心の基板を実装する設備は中古品ではあったが、元々日本で使用していた物を買取ったので基板を実装するには問題のないレベルだ。
それ以外の設備は既に作ってあるので問題なく、とりあえず先方に実装用の基板を渡し試作品を作って貰うと言う事で話は付いた。
翌日は天津へ移動し、こちらも前日同様にサンプルを作って貰う為別の工場も視察する。
これで今回の視察は終了したが、残りの日数はもう一つの目的である情報収集に専念する。
日本と言う島国では大陸の正確な情報は入りにくく、入ってくる情報は操作されている可能性が高いので自身の足で稼いだ方がいいと思ってはいたが、この巨大な大陸をどこから捜索すればいいのかと途方に暮れる。
もし生物が都会で発生したのであれば、いくら国が情報操作をしても情報が漏れるはずだが、現地でそういった話は聞かないのであれば発生しているのは都心ではなく地方と考え、まずは地方へ行き情報を収集する事にした。
南側は南京へ向かっている大山に情報収集は頼んである、なら北か西のどちらか。
北へ行けばモンゴル自治区になり、モンゴルの広大な大地がある。
あの地であれば生物も発生しているかも知れないが、西には中東諸国がありきな臭いと考えた上村達は西にあるウルムチへ向かう。
北京から飛行機でも5時間掛かるその場所は新疆ウイグル地区にあり、カザフスタン・キルギスタンの国境に近いほぼ中東よりの地域になる。
中国西部最大の都市とあって空港周辺は北京とさほど変わらず、今の中国経済を表すかのような近代的な建物が並ぶ。
そこから2人はさらに西のカラマイを目指す。
カラマイは油田が有名でウルムチに比べると荒野も多く何かが起きても気付かれない可能性が高いと考えた上村達は、自然の多い魔鬼城へ向かおうとしてタクシーを止めたが、その運転手は魔鬼城へと行く先を話した途端顔色を変え怯える表情で話す。
「お、お前さん達日本人だな。魔鬼城は政府の命令で立ち入り禁止になっているから、そこまでは連れて行く事は出来ない」
「鈴森さん、なぜ運転手は、あんなに怯えているのですか?」
「これから行こうとしていた魔鬼城は、政府の命令で閉鎖されているらしいです」
「中国政府の?」
「・・・ええ、理由を聞いたのですが、どうやら分からないらしいです」
中国語が分からない上村は運転手の怯えている理由が分からず、鈴森に話しかけると、中国政府は理由を発表せず魔鬼城を封鎖しているらしく、上村は以前鈴森の言っていた言葉を思い出していた。
情報操作。
もしかすると、政府は何かと戦っている。
そして他国との戦争が耐えない中国でその情報が漏れれば隣国から攻められる可能性もある・
あくまで予想としてしか考えていなかった方向へ進んでいる事に気付いた上村は、鈴森に顔を向ける。
「もしかして・・・、この先で生物が発生しているのかも知れません。鈴森さんが前に言った情報操作、その可能性もあるのではないでしょうか」
「そうですね、一度見に行くだけでも行った方が良さそうですね」
乗せて貰えないのであれば自分達で行くしかないと考えた2人は一度空港へ戻りレンタカーを手配し走ること数時間、巨大な岩に囲まれた砂漠地帯にある魔鬼城へ辿りつく。
城と言っても、そこに建物がある訳ではなく、その岩を通り抜けた風がまるで鬼の声に似ていた事からその名が付いた自然あふれる場所には似合わない物々しいバリケードと多くの治安警察が、向かって来る上村の車を睨みつけ取り囲むように集まって来る。
「あなた達、観光客?この先は政府の指示で立ち入り禁止になっている。悪いが戻ってもらえるか」
交渉役の鈴森が車の窓を開けると、自治警察の一人が話し掛けて来た。
鈴森が何かを聞き出そうとしているのか話を始めるが、治安警察は首を横に振り何も答えないような素振りを見せ、暫くして鈴森が窓を閉め上村に話し掛けて来た。
「駄目です、政府の指示としか返って来ませんね。ここは一旦戻りましょう」
「分かりました」
上村はその場の空きスペースを使い車をUターンさせ来た道を走り出す
「・・・やはり、何かあるね」
「そうですね。だけど、それにしては静かだったから交戦後かそれとも見当違いかって所ですね」
「どっちにせよ、私たち一般人ではどうにもならないですから、とりあえず大山さんと合流しましょう」
「そうですね。国家関係になってしまうと、やはり井田さん達に頼るしかないですね」
「でも、何かあるのは確かです。その時に備えて準備はしておきましょう」
2人は一旦魔鬼城を後にしカラマイで1泊した翌日、大山と連絡を取り帰国する打ち合わせをしたが大山はまだ南京にいる為2人はこのままカラマイへ残り情報収集を行ない、大山が北京に戻るまでの3日間、それまでに魔鬼城の状況を可能な限り知る事に費やす事にした。
やがて2人は、その場所で何が起こったのかを知る事になる。




