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アナザーストーリー  作者: りょーじぃ
第三章 過去の世界編
27/38

第26話 死

2016/8/21 文構成を修正実施

 フロア内は先程とは打って変わり静けさを取り戻していて、謎の男と大島は攻撃の機会を伺うかのように静止した状態で互いを見つめ合っている。


 普通の人間と比べれば最高神をも倒せる大島が優位に見えるが、大島の刀に対し実弾という飛び道具が2人の力の差を均衡にし、一方の男は気の防御で実弾が通じないのでスキを探すしか大島を倒す手段が無い。

 だが、互いに動けない2人の均衡を破ったのはオーラを纏った1本の矢で、わざと男が見える位置から放つ事で男が矢をかわす動きを予測させる大山 修の作戦と同時に、大島は男目掛けて突進する。


 男が半身になってかわした時に生じる死角へ移動し振り下ろした大島の刀は男の右肩に刺さり、そのまま振り切り男の体を切り抜くが、その音は金属と固体物がぶつかった様な鈍く篭った音を立てる。

 その攻撃に男は何事も無かったかのように切れたローブを手で押させ、中身を隠しローブを結び直した際に一瞬見えたその中身は、鎧のような色をしているがツヤが無くプロテクタのような物だった。


「貴方の刀は効かないね。これは特殊なカーボンで作ったプロテクタで、ある程度の口径の銃でも防げる品物さ。お前達同様に実弾よりも特殊戦闘ように作った物だから、その刀に対しては無敵の防御を誇る」

「全てお見通し・・・と言う訳だな」

「このプロテクタを打ち負かすなら武器と気のミックス攻撃が必要だろうね。・・・だが大島、貴方は上村のように気を物体に多い攻撃する事は出来ない。しかも、それを可能とする上村の気は回復していない。打つ手無し・・・だね」


 自身のプロテクタを壊すには武器と気の融合攻撃が必要だと男は明かすが、それは放出系である大島は気を留めるのは得意ではなく、それが可能な上村は気が回復してない現状だからこその余裕で、もし大島がそれを行えば気の消費量が通常よりも多くなり、ましては実弾を防ぐために気の壁を作っている為、それらを同時に出す事は自身の残りの気を一瞬で消費する可能性もある行為になる事を知っているからだった。


 気の刀を作れば、実弾を防げなくなる。

 だからと言って、刀のみの攻撃では男には通用しない。

 黒ローブに黒い仮面、恐らくあれらも同様の素材だろう考える大島は次の一手に悩んでいたその時、後ろから宮田ミヤダが大島の横へ現れる。


「お前が前に来るなんて珍しいな」

「なぁに!作戦があるんで協力してもらいたいだけだ!」

「作戦!?アサシンの名前を持つお前がなぜ?」

「なぜって、皆で力を合わせて戦おうと思ったからだろうが!」

「フン、お前には一番似合わないセリフだな」


 宮田ミヤダがアサシンの二つ名を持つ大山 修以上の単独行動な人間だと知っている大島にとって、彼の口から発せられた以外な提案に驚くが、それを表情に見せず皮肉を交え返答する。

 直接戦闘へは参加していないが宮田ミヤダの中東戦争の話は知っている大島は、政府が隊長クラスの評価を与える彼の能力が撃的サポート役と言えば聞こえはいいが、いざと言う時に連携が取れないメンバーがいては戦略に組み入れるのは命取りと考えていて、宮田ミヤダが隊の隊長でありながら戦略もなく勝手に動いている事が不快だった。


「・・・で、お前の策、聞くだけ聞いておこうか」

「相変わらずの性格だな!成功したら何か礼でもしてもらおうかな!?」

「フン!感謝出来たら考えておく」

「何を考えているか知らないですけど、【暴君】と【アサシン】が組んだ所でうまく行くとは思いませんがね」


 2人は男が放つ銃弾の嵐を掻い潜りながら宮田ミヤダの作戦を聞き、打ち合わせが終わると大島は一旦後ろへ下がり大山 修の所へ戻り、正面で銃口を向ける男を警戒ながら大山 修と話をする。


「無駄な事を!」


 高笑いする男が銃を大島達へ向け連続して発砲するが、その間に宮田ミヤダが立ちはだかり男目掛けて突進し放たれた弾丸を気の盾で全て受け止め男の懐へと向かい、宮田ミヤダは男に体当たりしそのまま弾き飛ばす。


「どうだ!お前の相手はワシだ!」

「無駄なあがきを!」


 飛ばされた男は空中で身軽に回転し着地するともう一丁の銃を取り出し宮田ミヤダ目掛けて連射し気の盾に立て続けに弾丸を当てる。

 大島と比べ気が弱く厚みがそれほどない宮田ミヤダの気の盾は着弾の衝撃をどこまで防げるかは分からない不安を抱えるが、やがて幾つかの弾丸が盾を通り抜け宮田ミヤダの腕や頭をかすめて行くが、それでも宮田ミヤダは目の前の男を見続ける。


「さぁ、どうする!そろそろ貴方の胸に弾丸が辿りつくよ」

「そう簡単に行くかな!?お前の弾丸とワシの盾、どっちが持つか我慢比べだ!」


 ボイスチェンジャーの薄気味悪い声で男は徐々に宮田ミヤダを追い詰めて行くが、それにも怯まない宮田ミヤダの気持ちが勝ったかのように、突然嵐のような弾丸が止む。

 弾切れだ。


「クソ!」


 男はマガジンのイジェクトボタンを押し、空のマガジンを抜き落とし弾の入ったマガジンと交換するその瞬間を宮田ミヤダ達は待っていて、次の瞬間、男の死角である斜め後方から襲い掛かる念射の矢はプロテクタへ刺さるが体までには到達していなかったが、それに気付いた男がマガジン交換を済ませ矢が放たれた方向を向いた反対方向から大島が男の間合いへ移動する。

 大島の存在に男は気付いたが、刀のみの攻撃であれば自身のプロテクタを貫けない事を知っていたので、大島の方を即座に振り向いたが仮面の下の表情は余裕も伺える。


「馬鹿め!先程の攻撃で懲りなかったのですか?」

「馬鹿は貴様だ」


 大島の振り上げた刀を見ると、その刃先には光り輝く気が込められていた。


「馬鹿な!いつの間に!?」


 先程の宮田ミヤダとの攻防や大山 修の攻撃は大島の気を練る為の時間稼ぎで、男もその事はある程度予測していたが、攻防の時間を考慮しても留める事が苦手な大島がこの短時間で刀に込める事は不可能だと考えた男は、大島が攻撃する後ろで一人の姿を捉える。


 そこにいたのは、大山の救助へ向かっていているはずの上村だった。


「・・・なるほど、アイツなら可能だね」

「そういう事だ」


 短い会話を交わした大島は気を纏った刀を男目掛けて振り抜き、その刀に触れた男のプロテクタは陶器が割れたかの様に乾いた音を立てて割れて崩れ落ち、その衝撃を受け男は後方へ投げ飛ばされて壁に当たり仰向けで倒れる。


「・・・ば、馬鹿な、こんな事が・・・。上村は、ここにはいないはずなのに」


 プロテクタがダメージを殆ど吸収していたが、それでも本体へのダメージは避ける事は出来なかった男は弱々しく状態を起こす。

 その姿を見た大島は大きく一息付き回りを見渡し全員の無事を確認した後、後ろにいる上村の所へ歩み寄る。


「馬鹿者が。あれ程、大山を救えと言ったのに」

「すみませんでした・・・。男を倒した方が早いのではないかと思いまして」

「まったく・・・お前はさっきから謝ってばかりだな。自分の考えを通したんだ、結果はどうであれ、それでいいのではないか。宮田ミヤダ、シンプルな作戦だったが、お前にしては上出来だったな」

「相変わらずの減らず口だな!」


 宮田ミヤダと大山 修は、大島が上村の所へ向かっている間に上村と合流し、大山 由希子の救助を指示したにも関わらず、こっちを先に解決したいと宮田ミヤダへ話し大島の所へ向かっていた事を謝罪する上村に対し、トーンを上げずに短めに説教をした大島は恐縮する上村へ自身の意見は尊重するべきだと説いた。


 上村の決断のお陰もあり見事に成功した宮田ミヤダの作戦は、大島の刀へ気を込めるまでの時間稼ぎがメインで、共に修行に励み気を留める事が苦手な事を知っている宮田ミヤダだからこそ上村を使う事で留める時間を短縮させる事に成功し、男が考えていた以上に短期間で攻撃を繰り出す事が出来た。


 相変わらず仲の悪い宮田ミヤダと話す大島と一緒に、上村は上半身のみ起き上がっている男の所へ向かう。


「大山の結界を解いてもらおうか」

「・・・まぁ、こうなってしまっては致し方ないですね」


 上村に言われるがままに、男は右手を前に出し詠唱を始める。

 すると結界に張られた術紙が取れ、大山の回りを囲っていた結界も解け、その魔法陣の上には十年以上振りに再開する大山 由希子の姿があった。


「・・・大山」


 上村はその姿を見て心の奥底にあったものが溢れ出す。

 長い間苦しんだ、二度と会えないであろうと苦しんだ日々。

 大人になり、諦め、忘れていた筈の自身でも説明の出来ない何かが上村の足を震わせ、それと同時に心臓の鼓動がハッキリ聞こえる程の緊張を誘発させている。


 体中の力が抜け抜け殻のように立ち竦み、そこにいる大山を見つめているだけだった上村以外の皆が、大山 由希子へ歩み寄ろうとしたその後方で男が立ち上がり銃を構え叫ぶ。


「全て貴様が悪いんだ!上村―!!」


 激怒し叫んだ男は立ち竦む上村目掛け、銃口を向けトリガーを引いた。

 大山 由希子の無事に安堵していた隊員達はその攻撃に対応が遅れ、気付いた時は男が大声を上げトリガーを引かれ放たれた弾丸は一瞬にして上村の方へ到達し、それを受けた上村は抵抗も出来ずその衝撃を受け後ろへ飛ばされる。


「上村ー!」


 大山 由希子の悲痛な叫びがフロア内に響く。

 しかし、それ以外の人物が驚愕の表情で見ていたのは上村ではなく・・・


 

 大島だった。


 

 大島は男がトリガーを引くのをいち早く気付き、上村に体当たりをして急所を狙った弾道を外し致命傷は避けたのだが、その代償に己の左胸に男の放った弾丸を受ける事になった。

 大島は無抵抗な状態でうつ伏せに床へ倒れ込み、近くに居た増田と宮田ミヤダが大島へ駆け寄り、大山 由希子は上村の所へ駆け寄る。


 距離を取っていた大山 修が怒り任せに男へ向けて矢を連射すると、男はその攻撃を避け全員が大島と上村に駆け寄ったのを見て3枚の術紙を取りに作業台へ向かう。

 その途中で大山 修の連続攻撃が男のローブを捕らえると、矢に引っ掛かったローブはそこから破け男の短くなったローブの下には僅かだが白い生地が見える。


 男は大山 由希子がいた魔法陣に載り詠唱すると魔法陣から光が現れ、その光に包まれその場からいなくなった。


 大山 由希子は上村へ駆け寄り抱き起こし神妙な表情で上村を見つめるが、急所から外れていたので出血はあるが呼吸を確認した後、安堵の表情を浮かべる。

 だが、その反対側で宮田ミヤダと増田は険しい表情のままだった。


「これはあかんわ!急所へ直撃や・・・」

「今からでも間に合う!増田!応急処置をしろ!急いで戻るぞ!」

「あ、はい!」


 大島の状態を見て絶望的な表情な増田に対し、宮田ミヤダは助ける可能性を賭け現代へ戻る為、源流の石を探す。

 だが、大島の体から噴き来る出血の量は異常で、あと数分持てばいい程度の猶予しかないのは誰の目から見ても明らかで、数々の戦場を経験した宮田ミヤダもそれくらいは分かっている筈だが、中東戦争の時に死に逝く寸前の仲間に出来るだけの事はしたいと必死に救助を行なっていたあの時と同じ事をしようとしていた。


「・・・もういい」

「ばかやろう!いいって事があるか!」

「・・・お前も判るだろう。私は・・・持って、あと数分だ」


 微かに意識が戻り黙々と準備をする宮田ミヤダに話しかける大島に叫んだ宮田ミヤダは、話をする節々に口から大量の吐血をする大島の気持ちを悟ると、行動を止め大島の所へゆっくりと近づき、その体を自身の体で支えながら起こし持っていたガーゼで大島の口元をそっと拭った。


「・・・おまえもそんな事出来るのだな」

「ああ!?ワシは何時だってジェントルマンだ!」

「相変わらずの筋肉バカだな・・・」


 大島と宮田ミヤダは入省経由も次期も違う関係だが、気を操れる唯一とも言える共通点で一緒に笹塚の所へ入門し、その時3人で同じ釜の飯を食べた仲で、短い期間ではあったが、笹塚の下で互いに切磋琢磨しながら修行をした。


 大島は気をコントロールする術をすぐに覚えたが、一方の宮田ミヤダはコツを覚えるのに時間が掛かり、優等生な大島を宮田ミヤダは勝手にライバル視し、大島に負けじと寝ずに鍛錬を積んでいた。

 組み手も最初は大島の圧倒だったが、悩みぬいて見つけた強化系という気の境地を見出し、ひたすら鍛錬を積んだ宮田ミヤダは修行の終わり頃には大島と互角に渡り合えるスピードを手に入れていた。


 宮田ミヤダにとって大島は、ライバルでありケンカし合える友人でもあった。

 この期に及んでも大島の口から出て来る言葉は、かつてのケンカばかりの楽しい日々を思い出させるような彼女だった。


 上村の所から大山 由希子が、男との戦闘を終えた大山 修も大島の所へ駆けつける。


「隊長!!」

「隊長!!ヤツを逃しちゃったから、あんたの説教聞いて一緒に捕まえに行かなきゃ行けないんだよ!」

「・・・まったく。お前が団体行動を覚えたなんて、この世界も悪いところじゃなかったな・・・修」


 団体行動を取らない大山 修をいつも呆れ顔で見ていた大島だったが、この世界であった出来事は大山 修を変えた事を中国大陸で再会した時から感じていて、万里の長城での戦いも常に連携の確認をする大山 修に頼もしさを感じ、それ以降の戦闘も後方サポートを任せられる頼れる存在になったのを大島は嬉しく思っていた。


 大島は自身の姿を見て大粒の涙を流す大山 由希子に、目を向け優しい表情で話しかける。


「大山・・・上村は無事か?」

「はい!隊長のお陰です!」

「・・・そうか。あいつは、これからの世の中には絶対必要な人間だ

 大切にしてくれ・・・」

「隊長・・・。一緒に戻ってまた上司として引っ張って下さい。隊長がいなければ、私はここまでになれなかった・・・」


 大山 由希子は棒術使いとして覚醒出来たのは、日ごろから訓練に付き合ってくれた

 大島がいたからだと思っていて、大島が居なければこの世界で生きていなかったかも知れないと感じていて、地方から出てきた大山 由希子にとって大島は頼れる姉のような存在だった。


 さっきまで開いていた大島の目が、やがて静かに、そしてゆっくりと閉じていく。


「・・・まったく。最後は筋肉バカの胸の中なんて・・・最悪の人生だったよ」


 宮田ミヤダの胸に寄り掛かりながら、大島は大きく深呼吸し最後の皮肉を語る。


 悔いが無いと言えば嘘になる。

 ただ、誰かの命を救えたのであればそれで満足だと感じる大島の表情は、死を目前とする人間としては恐ろしい程に穏やかだった。


 大島が防衛省に入省した理由は、幼い時に住んでいた場所が災害に遭い、瓦礫が崩れ生き埋めになりそうだった大島を一人の自衛隊員が自身の命を犠牲に助けてくれたからで、今の大島が心に思っていた事は、その隊員が死ぬ間際に口にした言葉だった。


 その隊員の命は幼い時の大島を救う為にあったと考える大島は、なら自身の命は上村を救う為にあったと思っている。

 そうやって、人間は命を繋いで行くのだと・・・。


 笹塚が言っていた。

 上村は国を、世界を変える人間だと。

 私もそれに賭けてみたい。


 大島は、命令に逆らいながら自身と大山 由希子を助ける事を必死に考え実行した上村に、笹塚がここまで心動かされた理由がなんとなく分かった気がしていて、自身の役目を終えた事とに満足する大島の口元はやさしく微笑んでいた。


「・・・でも、悪くない人生だったよ。ありがとう・・・」


 その言葉を発した後、大島の全体重が宮田ミヤダの体に掛かって来る。

 そして自身の首で支えていた頭も無造作に下を向いた。


 

 その瞬間。

 大島は静かに息を引き取った。


 

 暫く続いた沈黙の後、宮田ミヤダは無言のまま立ち上がり、胸に抱いたままの島の膝裏に片腕を通し優しく持ち上げる。


「上村の治療を急がなければならない・・・。アイツがくれた命だ。無駄にする訳には行かない」


 宮田ミヤダは言葉少なく語った後、自身のリュックに入っていた源流の石を取り出し、それを割り壁に向かって放り投げる。

 宮田ミヤダの作った入り口に気付いたのか、反対側から慌てた表情で現れたのは鈴森だった。


「皆さん、無事ですか!?笹塚さんと井田さんは、病院で治療を受けて大丈夫です。・・・!?隊長はどうしたのですか?治療ならすぐに戻りましょう!」


 周りの沈黙と目の前にいる宮田ミヤダが抱えている大島の姿に少し不思議そうな表情の鈴森は、他の誰一人も動こうとしないその雰囲気に事の自体を即座に察し大島の左胸に着弾の跡と出血量で一瞬言葉を無くすが、しばらくして神妙な顔つきで話し始める。


「・・・まさか隊長・・・!?・・・これは私の責任です、皆さんは悪くありません。この覚悟は少なからずあった筈なのに、それを皆さんに任せたのですから・・・」


 鈴森の表情は涙を堪えるような表情だが、今回の作戦参謀としての自覚か凛とした態度を崩さなかった。


宮田ミヤダ隊長、隊長は任せて下さい。一旦戻りましょう」

「・・・ああ」


 いつもの宮田ミヤダからは感じられない脱力感的な返事が、この現実を味わっている人間には精一杯の返事だった。


 現実世界へ戻った一行は今回の事件を報告する為、内閣府へ訪れた。

 今回の鈴森暴走の件に官房長官は怒りをあらわにしていたが、上村が破壊した6枚の術紙が現代にいる第3生物までを完全に消滅し、トルコでも再発した第5生物も消滅する事が出来た事と、元上司の小泉の嘆願も合わせ鈴森は依願退職扱いと言う穏便な処置で済んだ。


 大島の件を引き続き報告をしようとしたその時、一同は驚愕の事実を知らされる事になる。


 それは、大島と言う人物が第一部隊どころか防衛省にも存在していない事実だった。


 これは、過去の時代で大島が亡くなった事で現世では存在していない事になっている為で、大島の死によって謎の生物対策省は全員が同じ部隊所属と言う形になっていて、直接遺体を見た鈴森や過去に行って戦った笹塚と井田は大島の存在を覚えていた。

 遺体を見れば記憶が蘇るのだと思うが事を大きくなる可能性があるのと、大島は両親共に災害で亡くし身内もいない為、その亡骸は笹塚が引き取り長野の土地で静かに眠る事になった。


 こうして、生物がいなくなった今謎の生物対策省は必要がなくなり、鈴森の一件で恨みを持つ管が即座に解散要求をだし数日後には可決された事で、生物討伐部隊として発足した謎の生物対策省は解散する事になった。


 大山 修は解散決定後即座にプロ活動を再会する事を決め、再び海外へ渡航した。

 出発の日は空港まで見送ったが「有名になるまで帰らない」と強く言い放ち去っていった。

 彼の性格を知る第一部隊からは、以前の彼より頼もしくなったと言われていた。


 鈴森は地元の長野へ戻りベンチャーを立ち上げ、田島も自身の会社へ戻った。

 田島は刀を上村に返そうとしたが「また会う時まで」と上村に言われると、その言葉に嬉しそうな表情を見せ、その刀を戻し省を去って行った。


 宮田ミヤダと井田は防衛省へ戻り、増田も西の研究所へ戻り、「また何時でもトレーニングしてやるぞ!」の宮田ミヤダの言葉に上村と田島は怯えていた。

 表上は普通に振舞っているが、大島を失ったショックが一番大きいのは宮田ミヤダだろうと上村は感じている。


 井田は大島の亡骸に会える事は出来ずその報告を聞いた時泣き崩れ暫く立ち直れなったが、それを胸に秘め再び戦闘の日々を送ることを選んだ。

 去り際に「頑張ってね」と言われて、少し恥ずかしそうな上村の表情に笑みを見せた後、彼女は去って行った。


 増田は一言「楽しかったで」とだけ残し颯爽とその場を後にし、彼なりに居心地のいい場所であったので別れるには名残惜しいが、もう戻れる場所は無いと感じた増田は、その寂しさを押し殺すように無言を貫いた。


 大山 由紀子は大島の居ない省へは戻る気がなく、退職願を出しキャリア組としての道を自ら断った。


 そして、旧友の菅野は職を解かれ在籍していた大学の研究室へ戻った。


 上村は、以前の会社より復職の誘いがあったがそれを断った。

 その理由はこの事件はまだ解決していないからで、男が持ち去った3枚の術紙が何処の世界から来たのが分からない限り何処で召喚されるか判らないし、もしかすると同じ時代に居るのかも知れない。


 もう終わった事かもしれない。

 これは無駄に終わるかもしれない。


 自身の残り人生を賭けてまでする事なのだろうか。

 だが、省を解散させた国は生物に関しては全く無関心のはずと考える上村は、誰かが備えなければならないと決意し、普通の生活へ戻る事を断ち笹塚と共に長野で修行をする事に決め笹塚に修行のお願いをすると、「大島と二人じゃつまらないならな」と言って了承してくれた。


 大島には宮田ミヤダや上村同様に余計な運命を背負わせてしまった責任も感じている笹塚が、大島の骨壷を抱き肩を震わせ謝っているのを上村は見た。

 笹塚はその責任を背負う為、大島を引き取り上村の先の見えない未来を手伝う事に了承した。


 そして、全員が去っていった最後に、上村は笹塚と共に謎の生物対策省があった防衛省を後にする。


 最初は公務員になれるなんて不順な気持ちもあったが、このわずか一年強の生活は幼い頃のように数十年分に感じる程、長く濃い時間だった。

 初恋の人との出会いや旧友との出会い、生物の討伐、そして出会いと別れ。

 全てが強い思い出となって蘇って来る。


 荷物を持ち笹塚と車に乗り込もうとした時、誰かの声が聞こえる。

 それは、女性の声でありながら少しハスキーなかすれ声で、上村の目の前に現れたのは、大量の荷物が入っていそうなカバンと反対の手には銀色に輝く棒を持ち、乱れる息を必死に抑え込もうとする大山 由希子だった。


 その様子を見て笹塚はニヤけた顔をして先に車に乗り込みドアを閉め、誰も居ない広大な駐車場で向かい会う2人は、話始めを探すかのように戸惑いの表情を見せるが、意を決し話始めたのは大山だった。


「・・・この棒はね、過去の世界に行っていた時に棒術の師匠から貰った物なの。私が歴史を変えてしまっているかも知れないから、何時かこれを返しに行こうと思っているの。・・・だけど、もし返しに行った時に師匠に幻滅されないように修行は積みたいの。だから、一緒に笹塚さんの所へ行っていいかな?」」


 銀色に光るその棒を上村に見せ、この棒を手に入れた経緯を話し出した大山に頭が整理し切れず未だに無言な上村に大山は話を続ける。


「・・・それに、もし最高神が襲って来た時にサポート役が必要、でしょ?」

「ま、ま、確かに、そうだけど・・・」

「いいじゃねぇか。上村、連れてってやれよぉ」


 もどかしそうに言葉を選びながら話す大山に曖昧な答えしか出せない上村に、からかうかのような笑顔で笹塚が車の窓から声を掛け、その言葉にようやく気持ちが落ち着きを取り戻した上村は、現状が把握し始める。


 大山がサポートとして来てくれるのは有難い。

 相手の数手先が読める大山 由希子がいれば接近戦タイプの自分には有利だし、男2人で山奥にいても面白くないし・・・。


 ち、違う!そうじゃなくって!


 上村は冷静に考えるが、今考える事はそう言う事では無いとすぐに気付き我に返る。

 気持ちに素直になれと自分に言い聞かせる上村は、今までの失敗を糧にして後悔しない人生を送る為に命を賭け生物と戦うと誓い公務員になった。

 まぁ、今は違うが・・・。


 上村は自分の心に訴える。

 後悔しない人生を・・・。


 そう思った上村は、先程までの動揺が無くなり落ち着きを取り戻し、目の前にいる少し頬を赤くする大山 由希子に優しく話し掛ける。


「大山・・・ありがとう。これからも、私のサポートをして貰えますか」

「・・・うん。よろしくね」


 上村の素直な気持ちが、言葉となり大山 由希子へ伝えた。

 あの時、幼かった自分は素直にこの気持ちが言えなかった。

 自分の気持ちの全ては伝わらなかったと思うが、全てを一気に伝える必要はないと考えたら気持ちが落ち着き素直な言葉が出て来た。


 考えれば簡単なんだ。

 好きな人に一緒に居て欲しいと言うだけで良かったのだから、今までのように焦る必要はない。


 だって、これからはいつも一緒に居られるのだから・・・。


 こうして、生物のいなくなった以前と同じ平和な世の中で、起こるか分からない準備を行なっている非常識な集まりが長野で生まれた。


 

 - 過去の世界編 終 -


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