第23話 眠れぬ夜
2016/7/9 全文校正実施
ここは中国大陸南京より南にある寧波。
健文で生物を撃退した大山 由希子は、その生物が残した術紙に記載されていた日本文字を頼りに日本を目指す為、寧波の港にある大阪の堺港まで貿易ルートに乗る為に町へ辿り着いた。
日本への定期便もあったのだが丁度出航したばかりで次の便は1ヶ月先になり、日本を目指す大山にとって必要性の無くなった大量の銀貨を使い自身の買える範囲で最高の船一隻と従業員を雇った。
補給物資を購入したり等の準備がある為に出航は明日に決まり、今日は宿泊施設でゆっくりと休む事にした大山は、ネオンも無いただ闇が支配する深夜に布団に入り目を瞑るが、暫く物思いに耽ていた。
家族を殺され恨む人。
自国の未来を案じる人。
争いの無い平和な日本で育った自分にとって人が死ぬなんて不幸な事故や病気などの突然死という類の事でしか認識が無かった大山にとってそれは現実的ではない出来事ばかりで、現代の世界でも不幸な事故に巻き込まれ憤りを感じいつまでも忘れられないのと言う事はあるだろうが、亡くなった直後は同情を受け悲しむ程度で終ってしまうのが普通であり、戦争で亡くなった罪の無い不幸な人々のように死しても何かを強く残し後世に語り継がれるような事までには至らない。
死とはなんだろう・・・。
生き抜くとはなんだろう・・・。
同じ命の価値を持つ人間なのに生きている時代が違うだけでその命に対する重みと覚悟が違うと考える大山は、ユンファと共に最高神シャマシュにとどめを刺した直後に放たれたあの一撃を思い出し、あの時リ・シェンが間に合わなかったら恐らく自身は死んでいただろうと感じる。
それは身も凍るような事だと今頃になり実感するが、あの時は正直夢中で戦っていたので自分の命の事なんて気にもとめていなかったあの時の自身の命価値は間違いなく道端に落ちている石ころ当然だったと感じる大山は、これが戦争に生きる人間の心理なのかも知れないと実感する。
もし、あそこで自分が死んでいたら、ユンファは悲しんでくれたのだろうか?
自分の命の尊さを感じてくれていただろうか?
もし、第一部隊の皆が同じ境遇になったら?
上村がそうなったら・・・?
謎の渦によって過去の世界へ連れて行かれた状態の今、上村は必死で自分を探しているのだろうかと考える大山は、東北にはそれらしい手掛かりは残っていない現状では向こうから突き止めるのは多分無理で、大島も同じ地にいる事が確定している今なら自身で戻る方法を探す方がベストだろうと感じながらも上村に見つけて欲しいと考える自分が別のどこかに居た。
「上村は菅野から私の存在を聞いている筈。だけど、私の事を覚えているのだろうか・・・」
考え込んでいた為同じ体勢が続いていた事に気付かなかった大山は、痺れて辛くなった腕を入れ替えるように向きを変え、ゆっくり目を閉じ再び眠りに着いた。
-初めて見たときから分かっていた-
-恐らく私は彼を好きになってしまうと-
上村は大山が小学校の時の転校生で、初日から見せたあどけない笑顔と誰とでも気兼ねなく話せる裏表のない性格に、大山は一目惚れに近い感覚を受けた。
当時の大山は表向き活発で頭脳明細スポーツ万能と言われ、女子達からは男子が自身に興味があるなどの話がよく出ていたが、そんな表面上とは違い自身から男子へ告白した事は一度も無く、周りからは明るいと言われていたその性格も実は周りが抱いているイメージと違い、大切な事を伝える事の出来ない内気な女子だった。
席替えの時一度だけ上村と隣になった時があり色々と話が出来たが、休み時間になれば友達に誘われ外へ行ってしまい、放課後は野球があったのですれ違いの間柄であったが、正直あの時が一番幸せな時間だったと感じている。
だがその後、彼は別の女性に恋をしたと噂を聞き、それが自身の幼馴染だったと聞いた時、表向きはケロッとしていたが家に帰り酷く落ち込んだのを強く覚えている。
それから中学では同じクラスになる事もなく、上村は野球に打ち込み体育館で行う部活の大山とは会う事は全く無くなり、そのうち大山にも彼氏が出来てから上村とは完全に縁が切れ、その彼氏は皮肉にも上村の親友であった。
その彼の告白に一度は躊躇した時もあったが、誠実な彼に惹かれ結局はOKを出した自分が最後に裏切った形になってしまったのだろうかと、数十年経ち当時を思い出している大山はベッドで寝返りを打ち考え込む。
傷つきたくなかったから恋が出来なかった。
大切な人だからこのままの関係がいい。
もし私が告白したら、今までの関係が全て音を立てて崩れてしまうのが怖かった。
傷つきたくなかった・・・。
だから、愛す事が出来なかった・・・。
当時、自身が胸の内に秘めていた思いは、年齢を重ねる毎に募り別の形で弾けて違う人を好きになる結果となり、奥手だった性格だった大山は中学卒業までその彼以外と付き合う事はなかった。
高校に入り風の噂で上村も高校に入ったのを聞いた大山は、小学校の時に互いの成績を見せ合った事があり彼の成績は大体知っていたので、無事高校に入れたのをうれしく思ったのが高校時代の上村への最後の思いでもあった。
何事も無く進んだ高校生活だったが、卒業間近の春休みに高校の同じ中学時代の男子に遊びに行こうと言われた時があり、その中に上村もいると聞きた大山は溢れる思いを抑えられず即答で了承したが、その時も結局互いの照れもあり大した会話も出来なかった。
その時に上村から文通をする約束を交わし高校卒業から互いに手紙のやり取りを交わしたが、家庭の都合で当初は夜間大学に通っていた為働きながらの生活であった大山はバイトと勉強に手一杯だった事もあり、上村からの手紙に返事を出せずに結局そのままフェードアウトしてしまい、すれ違ったままの甘酸っぱい二人の関係は完全に終了した。
疲れているはずなのに眠れない。
こんなに上村を思うと胸が痛いのは何故と考える大山は、自身は彼の純情を何処かで踏み潰してしまったのではないだろうかと罪の意識を感じている自分に気付く。
上村は恐らく必死で私達を探してくれているだろう。
もしかするとこの世界の存在に気づき、すでに方法を見つけて救出に向かっているかも知れないが、常識では考えられない今の現象に上村が巻き込まれる事で何かあったらと考えると怖いと考える以上に、己に後ろめたさを感じたまま上村に会うのが怖いと同時に感じ、高鳴る心臓の音と、あきらかに熱いと分かる程上がった体温に、大山はその夜は暫くうなされながら眠れぬ夜を過ごした。
翌朝、大山は鳥の騒がしい鳴き声で目を覚ます。
昨夜の寝不足が響いているのか、顔には少し疲れた表情が残っている事に気づいた大山は自身の映る鏡の姿を見ると、昨晩の眠れぬ夜の理由を思い出し小さく溜め息を付きながら身支度を行う。
朝食を取りに食堂に居た大山の所へ雇った船員がやって来て、出港準備が整った事の報告と出発は正午に決定した事を報告する。
太陽の日差しが雲一つ無い空から容赦なく光を地面に突き射して来る晴天に恵まれた今日は船出には絶好な日和で、波打つ角度で反射した光がキラキラ当たる海を横目に、荷物を持った大山は停泊している船に向かう。
荷物を持つ逆の手には、流光武術の師匠であるファ・ソンから貰った銀色に輝く棒があり、大山はその棒を使い道場で行なっていたトレーニングを毎日欠かさず行なっていて、昨日のような眠れない夜にもトレーニングを行なう事でこの時代特有な静かな夜を過ごすには丁度良い運動となっていた。
そのお陰もあり、南京を出てから2ヶ月間ひたすらトレーニングを積んだ大山は、その疲れた表情とは違い棒術使いとしての腕をさらに上達させていた。
船に乗り込む大山が最後の乗員になり、乗船して暫くして船員達が帆を揚げだし船はゆっくりと港を離れる。
船はそれ程大きくはないが、長距離航海が可能な装備と大きさは備えてあるのに加え、有り金をはたいてクルーも雇っているので航海は順調に進み、途中に数回会った嵐にもこの船の強度に対してならまったく問題なく、大山がその時の揺れで船酔いをした程度で難を逃れた。
中国を出航して2ヶ月後、大山を乗せた船はついに日本の堺港に到着する。
日明貿易で使用している勘合符は中国出航の数日前に明皇帝の使いから貰っていて、おかげで検問は問題なく通過し雇った船員達に礼を告げた大山は堺港を後にする。
大山の目指す目的地は大阪にある大仙陵で、自身が倒した最高神を召喚したであろう術紙に記載されていた謎の日本語で描かれた大仙陵の文字と、ちぎれていて全ては確認出来なかったが、その後にアルファベットの【D】が記載されていた謎はその先に居る術者が知っていると感じている大山は、目的地も決まり久々の日本の大地を歩き出したその時、この時代にはありえない自身の携帯の着信音に驚く。
大山は慌てて携帯を探すと、着信ナンバーを見ても知らない番号で他のメンバーでもなかったが残された僅かな可能性の一つであった携帯の通話ボタンを恐る恐る押した。
「・・・大山か?笹塚だが」
「あ・・・、はい、大山 由希子です。もしかして、笹塚大佐でしょうか?」
「その呼び名は久々だな・・・。わたしは、もう一般の庶民だぞ」
「なぜ、大佐がここに居るのですか!?」
電話越しで言われた名前に大山は覚えがあり、直接面識はないが大島の気を操る師匠であり、元防衛省所属で【戦闘の大佐】の二つ名を持ち宮田や井田と共に東南アジアの宗教戦闘で活躍した伝説の人物である笹塚かと確認すると、笹塚は久々に言われたその称号に少し嫌そうな声で否定したが、大山の知る笹塚ではあると答える。
自身知る笹塚と同一人物であった為、大山は一旦落ち着きを見せたが、なぜここに笹塚が居るのかを合わせすぐ現状を知りたいと即座に笹塚へ話し出す焦る大山を、笹塚は落ち着かせるように、一つ一つ丁寧にここまでの経緯を説明した。
「上村達が、あの渦の謎を?」
「ああ、正確には政府はそこまでは把握していたと言う事だ。上村の誠意に惹かれた鈴森が政府とケンカしたお陰で、少しだけだが道が開いてくれた」
「あの鈴森さんが・・・」
大山の知っている鈴森は自身より頭の切れるクールな人で、確かに戦闘や交渉現場ではある程度認められた大山ではあるが、それでも戦闘の戦略や下準備・事前交渉などの能力は井田にも及ばず、そのさらに上を行く鈴森は他の官僚達よりも群を抜いていた。
だが、入省してわずか1年にも満たないそれまで一般人だった上村には、伝などもちろん、コネだってない筈が、その熱意は鈴森をも動かしたのだと笹塚は語る。
上村は一人で、国を内部から変えようとしている。
それがどれだけ無謀で凄い事なのかは、10年以上この世界に居る大山は身に沁みて知っていて、今回の件が国家機密である事を薄々感じていた大山は、この件を政府は闇に葬り去ると考え、向こうからの助けは期待出来ないと思っていた。
「私の方からも情報があります。笹塚大佐は今、どちらに居ますか?」
「・・・大佐はいらん、笹塚でいい。一般人を大佐で呼んだら周りが驚くだろうが」
「・・・分かりました。・・・では、笹塚・・・さん、私が中国で得た情報が確かであれば、生物は大阪の大仙陵、仁徳天皇陵で召喚されている可能性があります」
「仁徳天皇陵・・・」
笹塚の要望に大山は少しもどかしそうに答えながら中国で得た情報を伝えると、大仙陵で召喚が行われている事実を聞いた笹塚は即座に大阪へ向け出発し、笹塚が大阪に着くまで暫く時間が掛かるので、まずは大山が大仙陵を捜索する事にした。
大仙陵、通称仁徳天皇陵。
太古の昔より歴代の天皇が眠る古墳で、鎌倉幕府が開かれてから続く武家政権で天皇の権力は衰退し、この時代には飾り程度に過ぎないはずで、そうであれば古墳内への進入は問題なく行ける筈だと大山は考える。
古墳内部は石棺が納められている石室のみのはずで、隠れる場所が無いと言う事はこちらも隠れる場所は無いと言う事で、笹塚が来るまでにせめて術者の確認くらい出来ればいいと考え、すぐに準備を整え大仙陵に向けて出発した。
ここ堺は戦国時代では有名な商人の街になるが、今はまだ小さな貿易の町と言うイメージだが、貿易の町だけあって旅に必要な物はここで全て揃える事ができ、同時に持っていた余計な荷物も売る事で進入するのに格好な装備にする。
堺から古墳のある大仙までは2週間程掛かり、途中に幾度かの宿場町に立ち寄りながらの旅だったが、勝手知る土地という事もあり海外と違い快適な旅を進め、数週間後には大仙陵へ到着する。
思った通り古墳内までの侵入は問題なかったが、中に入った大山がみた景色は想像していた物とは違い、古墳内が迷宮になっている。
大山にとってもこれは予想外だで、これで術者が居る確信を得る事は出来たが迷宮となれば一人では危険だと察知し、やはり笹塚の到着を待たなくてはならないと結論した大山は突然の足止めに大きなため息を付いたが、外観だけでも見られればと考え周辺の捜査のみ専念する。
大した手掛かりも無く1ヶ月が過ぎた頃、予想より早く到着した笹塚と合流し、大山側の情報を聞く事もあって古墳進入は明日決行する事になった。
その夜、大山は笹塚へ1冊の辞典を笹塚に渡し、それを見た笹塚は驚いた表情を見せる。
「こいつは驚いたな・・・。今まで出てきた生物は、全てこの最高神て言うヤツじゃねえか」
「別の場所にいる隊長も他の最高神と交戦している可能性はありますが、辞典通りであれば、最高神は恐らくあと7体召喚されると考えられます」
「あんなバケモノが、あと7体ねぇ・・・」
「ですが、最高神と現代に現れた生物が同様の物であれば、その術紙を破壊すれば現代の生物をいなくなる可能性も考えられます」
「術紙を破壊して、生物を封じ込めようって作戦か・・・」
トルコへ遠征した上村達が大島の逃した第5生物を倒したのは聞いた大山は、自身が東北で見た第4生物シャマシュを倒した事で現状の生物は5体で、未確認の生物はあと7体と説明すると、笹塚は未知の生物が7体も残っている事に呆れる表情を見せる。
ただ、今までの生物のように再召喚出来るかは分からないし倒してもすぐに復活してしまうかもしれないと考える大山の考えは、古墳内にある術紙を使って最高神を召喚しているのであれば、それを破壊する事で生物を召喚出来なくなる筈だと話し、一通り話を終えた大山は疑問に思っていた事を笹塚に聞く。
「既に退役されている笹塚さんが、どうしてこの地へ?しかも、あの渦が過去に繋がっているなんて分からないのに渦に飛び込むなんて・・・」
「まぁ、簡単に言えばノーマークの人間がいなくなっても騒ぎは起きねぇってのが狙いだが。本当の所は・・・アイツの、上村の一本気な覚悟に心動いたって言うかな。柄じゃねぇが、年甲斐も無く居ても立っても居られなくなったってのが本当の所だ」
既に退役して年月が経っている笹塚の噂は大山でさえ知る程の有名人で、上村や大島同様の気を操る第一人者であり、政府が兵器開発を目論み協力を要請した事に嫌気が差し辞めた伝説的な人物だ。
だが、防衛省が笹塚を引き戻そうとして断られていた事は知っていて、風貌は町のチンピラにしか見えない彼の性格を考えても、最近まで一般人である上村の言葉で自身の命を賭けて誰も実証していない渦に飛び込みタイムトリップでこの地へ来た笹塚に、大山は驚きの表情で話す。
「・・・上村は、どんな人ですか?」
「アイツか?そうだな・・・まぁ、楽しいヤツだな」
「楽しいヤツ・・・ですか」
「・・・だが、自分が一番大事な事を選び抜き、それをやり通す覚悟は普通の人間じゃ出せねぇオーラみてぇなのが見えてな。それに触れちまうと、アイツの考えとシンクロして助けたくなっちまうんだよ。・・・それと、アイツは他人を思う心がハンパない。あの雰囲気は余程の修羅場を越えた人間しか持てねぇ。あの年で、よっぽど辛い人生を送って来たんだろうな・・・」
笹塚の言葉は大山と上村が同級生だと言う事は多分知らないからそういった意識が入っていない客観的な意見が聞きたくて突然口にした質問に、笹塚は少し驚いた表情だったが考えるように上村の印象を話始める。
笹塚は目の前の蒔きに木を追加し、その木に火が移ると勢いよく火の粉が舞い上がる火の粉を眺めながら話を続ける笹塚は、上村の人間性が自身の心を動かし己を顧みない行動をさせた理由だと話し、川上はこれまでの人生の影の部分もプラスに変え人の為に使える人間だと話す。
それは簡単に済ませてしまえば最強のお人好しだと感じる大山は今の世界でそんな甘い考えでは生きて行けないと感じるが、それを押し通すのもまた才能と笹塚をも魅了した上村の能力を実感する。
都会の冷たい世界に生きているからこそ、それを押し通す恐怖を大山は知っていて、その恐怖は計り知れない事も知っている。
だが、そのバカ過ぎるくらい真面目で他人思いの性格があったからこそ、笹塚も鈴森も命を賭けて動いてくれたと大山は実感している。
彼は、上村はあの時のままの彼だった・・・。
変わったのは私の方だったと感じた大山は、己の胸の奥底に感動を覚えたのと同時に、自分自身の大人になって身についた醜い部分に後ろめたさを感じ黙り込むと、その様子をみながら笹塚は目の前で優しく揺れる炎を見つめながらゆっくりと口を開く。
「アイツは国を・・・いや、世界を変えるヤツかもな」
「・・・そうですね」
その風貌から似合わない笑み見せ話す口調が年甲斐も無く楽しそうに見えた大山は、そんな表情の笹塚に微笑み見せながら答えた。
早朝より早速古墳へ侵入し、積み上げられた石が一面に並ぶ薄暗い迷宮を笹塚が先頭を歩き、笹塚が腰に巻くロープに繋がった先には大山が居て、万が一落とし穴に落ちた場合に後ろの大山がサポートする体制で先を進む。
大山の識別眼は相手と目を合わせる事で数手先を読む事が出来るが、暗闇などの目が合わない場合では先に居る笹塚の未来は読めないし、ましては罠を先読みする事は出来ない。
だが、笹塚の戦地で培った経験と勘を駆使し迷宮の罠を切り抜けて行くと、術者が仕掛けているのであろう敷き詰められた石の一つがスイッチになっていて、それを押したり触れたりしてしまう事で罠が作動する仕組みの罠を2人は触れないように慎重に進む。
罠を確認する毎に、笹塚はその構造が罠と言うよりトラップだと言う事に気付く。
それは、狭い通路の側面左右に穴があれば昔の時代であれば槍か何かの武器が飛び出す仕掛けだが、穴の蓋はメッシュ状になっているその先を見ると小さな筒があるこのトラップは毒ガスを発生する装置で、この時代にこんな繊細な仕掛けが出来る筈が無いこの罠を仕掛けたのは現代の人間だと感じる。
やがて四方100メートルはあろう広い部屋に着き、暗い迷宮をほぼ一日中歩き回き思いのほか疲れが出ていた2人は、周辺のトラップの確認をした後ここで休息を取る事を決める。
「一応、マップは作ってみたが・・・どうも思ったより複雑じゃなさそうだな」
「ただ、罠はあります。気を付けた方がいいのは変わりませんが、もしかすると、この迷宮はかなり急ごしらえで作ったのかも知れません・・・」
「単純すぎる迷路に、近代トラップのオンパレード・・・。確かに、急いで作る迷宮としは現代の高効率を上手く利用した作り方だよな」
笹塚が分かれ道もわずか2回程しか無くマップを作るまでの迷宮でも無いと話すが、その罠の質を笹塚同様に近代的な物だと気付いている大山は、敵を惑わす迷宮としては役に立っていないこの場所は急遽作り上げた物だと感じ、その意見に同調する笹塚の背後が俄に騒がしくなると、それに気付いた笹塚はゆっくりと腰を上げ上村から貰った玄能石の棒を持ち戦闘態勢に入ると、その棒からは気のオーラが波打ち一本の剣へと形を変える。
「・・・おっと。噂をすれば、おいでなすったか?」
「どうやら、そのようですね・・・」
笹塚の戦闘態勢に合わせ大山も棒を高速で回し、棒の先端にある赤い宝石が巻き起こした風を集積する棒を見て笹塚は興味を示す。
「ほぉ・・・。お前の武器、面白いな」
「ええ、旅の途中で師匠のファ・ソンに頂きました」
「さっきの辞典に載ってた最高神のオッサンじゃねぇか!?そりゃ、頼もしいなぁ」
「えっ!後ろからも攻撃来!敵は2体居ます!」
「何だと!?」
笹塚は最高神辞典の全てに目を通したのでその名を知っていたが、目の前で見たその銀色の棒を只者ではないと直感で理解した笹塚と目が合った瞬間、笹塚の後ろに見えた未来に気付いた大山が笹塚へ叫び、その叫びと共に暗闇から同色の槍が笹塚を襲い、間一髪でそれを避けたが致命傷を避けられただけで、笹塚の体中に痛みが走る。
「痛ぅっ!こう暗くっちゃ敵の姿が見えねぇな!」
「ダメです!この古墳は、この時代でも既に風化が進んでいるので崩れる可能性があります」
「くっ!」
この暗闇で相手が見えなければ大山の識別眼は使えないと考えた笹塚は、洞窟に風穴を開ける事で外の光を取り込もうと手に気を溜めるが、その行為に気付いた大山は大仙陵がこの時代でも既に数百年は経っている古墳で大打撃を与えれば全体が崩れる恐れもあると考え笹塚の行動を止めに入る。
次の瞬間に大山が見た風景は、笹塚の後ろより来る先程と同じ黒い槍と前から来る光る透明な無数の氷柱の刃で、その事から大山はこのフロアには2体の生物がいると推測し笹塚へ叫ぶ。
「笹塚さん!後ろから来た攻撃の特性が最初の攻撃と違います」
「と、言う事は別のヤツがいるって事か。やはり敵は2体って事だな」
「多分、そう思います・・・」
「後ろにいるヤツの攻撃の属性は分からねぇが、目の前に居るはずのヤツは多分氷の特性だな。こいつら、まずはわたしを狙っているようだな」
「笹塚さんは、気の特性変える事が出来る筈・・・ですよね」
「とりあえず、遠距離攻撃で敵の居場所を把握するしかなさそうだな」
大山の話を聞いた笹塚は溜めた気を広げ、見えない敵の黒い槍をその光を頼りに視界に入った瞬間に攻撃を交わすが、交わしきれなかった攻撃が容赦なく笹塚を襲う。
識別眼が使えなければ相手の間合いに入る事さえ出来ず、しかもトラップのある暗闇でスピードを使って闇雲に動くもの危険な今の状況では見ている事しか出来なかった大山は、焦りながらこの状況を打破する答えを探していた。
彼だったら・・・、上村だったらどうする?
直立不動で頭の混乱を抑え冷静になろうとしていた大山はなぜか突然上村の事を思いだすと、立ち止まる事を恐れるかのように持っていた棒を構え笹塚の方へ向かって飛び出し、笹塚の前から来る氷柱を赤い宝石から放出された風圧で弾き返すと、さらに棒を縦に回転し後ろから来た槍を棒で弾き返す。
「ばかやろう!一緒に来てどうする!」
「私は、目の前で倒れそうになっている人を見殺しになんて出来ません!・・・それに、見えないのであれば、どちらでも一緒ですし」
「フン!確かにそうだがよ・・・」
自身の前に突然飛び込んで来た大山を笹塚は面度臭そうな顔をしていたが、最後は諦めたのか再び暗闇に目を向けると、さっきまでの連続攻撃が嘘のように止まる。
そのチャンスを逃すまいと、大山は身をかがめ加速しながら己の溜めた力を一気に放出し前にいる筈の敵の間合いへ侵入すると、先程まで見えなかった敵の姿を捉えた大山は即座に識別眼を発動する。
識別眼で先を読んだ大山は敵の攻撃を避け宝石に溜めていた風圧を放出し棒に纏わせ攻撃を繰り出そうとしたが、突然別の所から現れた触手のような感触の謎の手によって大山は動きを封じられる。
動きを封じられた大山の目の前にいる敵の姿とその触手で、その敵が【神々と下世界の支配者】の二つ名を持つタコの格好をしているアプスだと認識すると、同様に大山の後ろから追走し敵の姿を捉えていた笹塚は両手の甲を合わせ練り出した気をアプス目掛けて放ち、その攻撃を受けアプスは一瞬動きが麻痺した事で手が緩み開放された大山は即座に敵との距離を取り笹塚の所へ戻る。
「すみません・・・」
「敵の正体も判っちゃいねぇのに、まったく無茶しやがって。・・・ま、とは言っても相手が見えねぇんじゃ、しょうがねぇがな」
大山の神妙な表情に暫く止まったままだった笹塚は、突然持っていたランプを放り投げると、割れたビンから漏れた燃料に火が移り辺りは火に包まれると同時に倉見だった迷宮が一気に明るくなると、アプスと対峙するように立つもう一体の生物の姿を捉える。
「まぁ、ちとやりづらいが、見えないよりかましだろ?」
「洞窟内での火災は場合によっては窒息のリスクもありますが、これで相手が見えるうえ識別眼が使えますし」
「・・・なるほどな。もう一体の生物は【霧の神】ムンムか。やはりこいつも、さっき見た辞典に載っていた最高神だな」
最高神が2体現れた事に分が悪いと考える笹塚だったが、逃げようにも容易に逃げさせてくれる程相手も甘くない事も同時に感じているその時、大山の識別眼がそれを考えさせる猶予を与えないとばかりに未来を映し出し笹塚へ叫ぶ。
「2秒後に前から、時間差で後ろから攻撃来ます!」
「まったく!ゆっくり考えさせる時間もくれないのかよ」
大山の言葉に笹塚が玄能石の棒に気を溜め正面から来るムンムの氷柱の攻撃を弾き、連続攻撃で繰り出されたアプスの黒い槍は、大山が風圧で後ろから来る黒い槍を弾き落とす。
だが、それと同時に後洞窟内にも関わらず急に霧が現れ、それが空気中の水分を自在に操り固体にも気体にも変えられるムンムの特殊能力を辞典で知っていた2人は、それがムンムの繰り出した霧の移動阻害だと理解する。
ムンムの霧のせいでランプの火が消えると、明るかったフロアがあっという間に視界0のエリアに再び戻ってしまったが、先程の明かりで敵の位置はおおよそ掴んでいた笹塚は気を練り上げ放出する。
しかしその攻撃は当たらず無残に奥の壁に激突し、予想していた速度より生物はさらにスピードが増していると笹塚は感じた時、突然ムンムが笹塚の目の前に現れ両手を前に出しその場の水分を一気に蒸発させ笹塚の周りで小規模の爆発を起こす。
それは軽い水素爆発で、ムンムは水を蒸発させることで水素を大量に作り空気を融合して爆発を誘発させ、笹塚は即座に気の壁を作って難を凌いだが、間髪入れずに再び笹塚の前に高速で移動し爆発を起こし、防ぎ切れなかった笹塚は宙を舞うように飛ばされ地面に激しく叩き付けられた。
「笹塚さん!」
「・・・まじぃな。ヤツの動きがこれ程までとはな。こりゃ、撤退だな」
よろめきながら起き上がり現状を理解した笹塚は大山に撤退を持ち掛けるが、間髪入れずに笹塚へ2体同時に戦襲って来る。
「笹塚さん!」
その予想外な速度の連続攻撃に、大山は即座に笹塚をサポートする為に猛スピードで向かって行くが、溜めがない飛び出しでは前方にいる2体の生物と差が縮まらなかったが、向かってくる大山の存在に気付いたアプスが向きを変えようとしたそのスキを見逃さなかった笹塚は、玄能石に気を溜めてそれを投げるとアプスの体に鋭く突き刺さる。
ダメージを受けバランスを崩したアプスが地面へ一本の足を着いた瞬間、アプスが着地し触れた場所はトラップが発動する場所だった。
それはまさに一瞬の出来事で、その光の中へ巻き込まれるアプスと一緒に大山がいたのを笹塚は確認出来たが、光が消え去ったその場所には大山の姿は消えていた。
笹塚は光に気を取られ後を向いたムンムへ向け気砲弾を放ち、着弾したムンムは胴体を1/3剥ぎ取りムンムは喘ぎ出し光に消えたアプスと共に姿を消した。
ダメージを受けていた上に全ての気を遣いきった笹塚は、そのまま動く事が出来ず暗闇のフロアの中で気絶し、数日後に意識を取り戻した笹塚は動きが取れるまで体力の回復するのを待っていた。
ようやく動けるようになった笹塚は、致命傷は受けていないがダメージは思ったより大きく痛みの残る体を無理やり起こし、片手に小さな気を練りだし明かり代わりにする。
最高神があの程度でやられる存在では無いと知っている笹塚は、なぜ最高神が再び襲って来なかったのかを疑問に感じるが考えている暇は無いと我に返り、この傷では大山の捜索は出来なので一度戻って体制を整え直さなければと思い、手に持っていた気を正面へ放ち弾道に沿って出来た光の残像の中に最初に入って来た穴を見つける。
足を引きずりながらその穴を目指し進み古墳入り口まで戻った笹塚は、欠けている源流石を壁に目掛けて投げつけると石が割れた跡から黒い渦が現れる。
現代から移動するのに使った石の破片を使う事で、次回は大仙陵の目の前に来られるように入り口を作りその渦に倒れ込むように入ると、渦は笹塚を呑み込むと再び通常のサイズに戻り静かに佇んでいた。




