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アナザーストーリー  作者: りょーじぃ
第三章 過去の世界編
23/38

第22話 鈴森の誓い

2016/6/19 全文校正実施

 己の身を顧みずワームホールへ呑み込まれたて行った笹塚を見送った後、宮田ミヤダとの連絡をする為に上村は一旦省舎へ戻り、鈴森は今回の行動を悟られないように監視カメラ映像の修正を行う為にコントロール室に向かう。

 2人の行動を確認した増田もルーティンである巡回を終え定期報告を済ませた後、その足で鈴森の居るコントロール室へ向かい、神妙な表情でモニターを見つめる鈴森へ話し掛ける。

 

「よっ、そっちは済んだんかいな?」

「ええ、もう少しで修正が終わります」

「なら、一緒に東京戻ろうや。上村が足持っていってしまったから、互いに移動手段ないやろ?タクシー相乗りや」

 

 時間はもう次の日を跨ぐ所まで来ているこの地では公共交通機関はあまり発達しておらず、この時間では電車すら走っていない事を知る増田は、神妙な表情の鈴森にいつも通りの口調で一緒に都内へ戻ろうと話し掛ける。

 

 鈴森と増田は、生物が突然現れたあの時の研究所で初めて会った。

 増田は研究者で当時は官僚であった鈴森とはジャンルが違うから当たり前の事であったが、鈴森は大山 修同様に自身の中で付き合った事のないタイプの2人は、謎の生物対策省の中では性格が合わない気がしていた。

 もちろん鈴森の旧友にそういった人物がいたのは確かだが、大人になり物事を客観的に見るようになってからは、そういう性格の友人は作っていない。

 

「私は、これから直接内閣府へ向かうつもりでしたが・・・」

「そうやろ?ワイの行き先もそっちやから、途中まで一緒でええよ」

「ええ・・・、はい」

 

 増田の家は内閣府庁舎の途中なので一緒にタクシーに乗る事になった車内での増田は、先程の途切れないトークとは違い無言の時間が続き、鈴森は増田の表情を伺うと何かを言い出したそうな顔はしていたが、窓を眺めていた増田は先ほどのトーンと違い大人めの口調で話し出す。

 

「・・・鈴森はん。あんたのやろうとしている事は、政府を裏切る事になるんやで」

「増田さん・・・。確かに、政府にとっては知られたくない事でしょうけど、今世界にとっては必要な事です」

「それを、お前さんがやる必要があるんかい?別に、出てきた生物をワイらが倒せば済む問題やろ?国だって、トルコの一件である程度の情報開示は必要と考えているかも知れんやないか。なぜにお前さんが、自身の首かけて動かなあかんのや」

「それでは消えた3人の事を公表する事が出来ません。このままだと政府は、トルコで発生した生物として片付けるでしょう。・・・その方がワームホールの件は隠せますから。生物はワームホールから出現し、穴は過去へとも繋がる。・・・僕には、その事実が必要なのです」

 

 増田は鈴森がこれから内閣府へ行く理由が分かっているかのような増田の口調を鈴森は重そうに感じ取り、増田が自身からの返事を知っていたかのように速攻で言葉を返答する。

 鈴森はワームホールの情報を他人に話し、さらに宇宙研究所の部屋の鍵を開けた次点で機密保護違反の犯罪者だと言う事を理解している増田には今の鈴森が暴走しているようにも見えなず、そんな彼の覚悟を確認したかった増田に鈴森は先程と違い口調は強くなっていたが、その態度に対しても増田は窓の先に永遠と続く暗闇を見つめる。

 

 命を賭けてこその英雄ヒーロー

 

 己の命を顧みずあの渦に消えてったあのヒーローを思い出すと、今の自分では辞表程度しか賭けられないこの状況に後ろめたい気持ちが己の胸に針が刺さるような激しい痛みに鈴森は襲われる。

 もう自分は立派な大人の年齢になってしまったが、カッコいいヒーローになりたいと今でも思っている自分がいる鈴森はそう感じながら口元が少し緩め話し出す。

 

「国の為ではなく仲間の為に・・・。なんか、皆カッコいいじゃないですか?間違いなく、僕にもあのDNAはある筈です」

「ヒーローかぁ・・・、カッコええなぁ。だが、お前がやろうとしている事もそれ程小さい事や無い。世界を変える事の出来る事や。ワイも上村にワームホールの事を聞かれた時にアイツの顔に覚悟が見えたんや。ワイら見たいなお国側の人間には無い、ええ顔やと思っていたが、お前さんも同じ顔しとるぞ・・・」

「・・・そうですか」

 

 あの事件の後、政府は当時現場に居た研究員を全て洗い出し、直接命令を下した。

 

 - ワームホールの件は、極秘の事とする -

 

 政府からの命令だった鈴森は、以前に上村と話した時に生物の話までしかせず、渦に関しては宇宙研究の秘密と言うニュアンスで片付けた。

 だが、今回の過去への転送で上村は仲間を助けようと必死に動くその姿に、鈴森もトルコと政府の架け橋役を務め上げて、増田も隊員が出払った日本で生物討伐をほぼ1人でこなし転送者とこの世界の心配をしていた。

 

 ただ、転送の原因を知っている身としては後ろめたい気持ちもあったのは事実で、現に鈴森は上村にあの時機密以外のギリギリまで話をしているが、結局2人は政府の為に動いていたに過ぎないと感じている。

 

 大島と宮田ミヤダ、井田や大山 由希子は防衛省出身者だが、今回の計画は内閣府単独で進めていたので情報は伝わっておらず、大山 修は深く関与しない性格だったのでそういった話になった事も無く、これまではその点を深く追求しようとする人間はいなかった。

 

 だが、上村が入省して来てから変わった。

 

 政府の泥臭さなど知らない上村は、この世界を救いたい、生物に襲われた人達の敵を討ちたいと言う一心で動く増田や鈴森と年齢が変わらぬ彼は、逆境を自らの手で工夫する事で気をコントロールする術を身に付け、あの笹塚をも動かした。

 そんな上村に機密事項を話した増田の真意は分からないが、彼は上村の目を見た時に彼に賭けようと理屈ではなく本能で覚悟を感じ取ったのだと感じ、それは自身なりの解釈になってしまうが、それを感じた事もまた己の覚悟だとも鈴森は感じ取っていた。

 

 タクシーが増田の家の近くで止まり、増田は割り勘分を差し出したが「帰り道ですし、お陰で楽になりました」と増田に一言告げ鈴森のみを乗せたタクシーのドアが閉まる。

 走り去るタクシーを見送りながら増田は振り返りざま「柄でもない事したかな・・・」と、一言漏らして家路を歩き出した。

 

 翌日、内閣府のある内閣府庁舎の入り口に1人の男が立っている。

 

 普段とは違いスーツに身を固め約1年前に謎の生物対策省へ移動した鈴森だ。

 庁舎へは先月トルコとの連携要求で訪れていたが、今回の要求は今までとは違うと覚悟を決める鈴森の今回の要求は、ワームホールの情報公開と3人の調査で、それは政府の出した機密事項を解除する事になる。

 これから会う人物はその内閣府でも最高権力を持つ人物で、内閣では官房長官の地位に就く人物だ。

 

 既にアポは取ってある、後は自分次第だと感じる鈴森は、自分の背中を押すように庁舎に入り長官室のある最上階を目指し、歴史を感じる艶の入ったしっかりとした大扉の前に立った鈴森は静かにその扉を手の甲で叩くと、分厚い扉の奥でかすかな声が聞こえる。

 

「どうぞ・・・」

 

 声を確認した鈴森は、その扉のノブに手を伸ばしその扉を押した。

 部屋は机と応接ソファーのみと質素な部屋で、その一品一品には厚みがあり重厚な作りである事はあまり家具に詳しくない鈴森でも一目で分かった。

 

「鈴森君か、今日はどうしたんだい?」

「すみません長官、お忙しい所お時間を頂きありがとうございます」

「まぁ、座ってくれ」

 

 その応接ソファーに座った鈴森と対面している人物こそ、時の内閣官房長官【管 英義】である。

 

 とは言っても、鈴森が内閣府で仕事を始めてから官房長官は既に3人目で、この国では内閣改造や政権交代はざらで、目の前に座る管もつい数ヶ月前に就任したばかりだ。

 基本、内閣の発表する事はそれぞれの事例に従い、対象となる省や庁の官僚達が方針や今後の対応などを決める。

 その決め事を、内閣府を通じて長官や総理が公表するのが鈴森の元居た内閣府の勤めになり、悪く言えばこの人達はただの飾りに過ぎず、例え不祥事を起こし辞任してもすぐ違う人物が就任出来る程、大した能力は要らないそれは、まるでトカゲの尾切りだ。

 

 だが、国民の意にそぐわない事柄など厳しい風当たりを防ぐ重要な役目があるので、メンタルが強くなくてはとても勤め上げる事は出来ない。

 この人達がいるから、官僚は何を決めても個々が直接非難を受けたりする事はない、そう言った部分では居なくてはならない存在だ。

 

「トルコの一件は君の手筈のお陰で順調に事が進んでいるよ。これで、トルコの生物は外国での出来事で解決出来そうだ」

「今日、お話したい事はそれに関しての事です」

「・・・消えた3人の事か?」

「・・・はい。あの渦は、現代ではない世界に転移する装置です。大島隊長達も、恐らくその先に繋がる世界で生きているはずです。国はこの事を公表し、3人の捜索と生物討伐に全力を尽くすべきです!」

「それを公表する事が、世界にどれ程の影響を与えるのか君にも分からない筈ないだろう?あれは、単なる次元操作装置ではなく軍事目的で開発していた装置で、ワームホールを公表すれば各国がそれを研究し同じように使うだろう・・・。源流の石は軽くコンパクトで、国外に持ち出すなんて簡単な事だ。あの研究が成功すれば、宇宙技術も軍用技術も日本が一躍トップに立てるのだよ、・・・鈴森君」

 

 鈴森の言いたい事を既に悟っていたのか、トルコの一件を世間に公表し民間からも協力を得る事が必要だと話す鈴森に対し源流の石の本来の目的を話すと、政府はあの石にタイムトリップが出来る能力がある事を分かっていて公表していな事が世界に知れれば多大な避難を浴びる恐れを語る。

 

 だが、両膝に肘を付け両手の指を交差させた手を顎の下へ持ってそれを話す管の言葉は、鈴森へ巨大な岩を投げつけるかのような重量感を与える重みのある口調で答える。

 

 源流の石を使ったワームホールは軍事目的で研究された装置で、表向きは宇宙研究をしてタイムワープを可能にすると言っているが、例えば源流の石を各国の日本大使館等に設置すれば、有事の際に渦から戦地へ乗り込み奇襲を掛ける事も可能になる。

 その為政府は戦車の通れる寸法までワームホールを拡大出来ないか研究していて、現在はある程度の寸法にまで拡大する事が可能になり、その研究成果を発表したのが最初の生物が発生したあの日だった。

 

 正直、鈴森もそこまでは知らされていなかったが、宇宙開発の最先端とまでは聞いていたその研究が軍事目的も視野に入れていた事を聞いた鈴森は、管が考えるシナリオと違う返答を始める。

 

「・・・では大臣は日本の為に3人は見殺す、と言う事ですか?」

「別に、見殺しにしろとは言っていないよ。消息不明には変わらないがね。不明者と言うのは、既に命を絶っている可能性の高い者の事を指す物だよ」

「それでも・・・、わたしは仲間を見捨てる事は出来ません!」

「・・・では、機密を共有している内閣府の皆を見捨てると言う事なのかね?」

 

 管は先程の話で動揺は隠せない鈴森に、軍事機密を話したのは相手に暴力的言葉を掛け動揺を誘う為だと植え付けさせる。

 それは、人間は暴力に対し弱くなる習性があるからであったが、そういった交渉にここ数年で鍛えられて来た鈴森は引いてはダメだと心に訴えかけ、ただ仲間を助けたいと言う純粋な気持ちを動揺する自分に鞭を打つように語りかけ続けるが、管は今の鈴森の立場はどちらの味方でもあり敵でもあるのだと痛い所を突いて来る。

 

 助けたい仲間が居るが、それをやってしまうと政府側である以前の仲間に害が及ぶ。

 八方塞がりとはこう言う事だと表情に見せなくも頭を痛めている鈴森だったが、正直こうなる事はある程度想定していた部分で、これを逆手に取る事を考えていた鈴森は座っていたソファーから立ち上がる。

 

「・・・では、これより鈴森は独自の判断で行動させて頂きます!」

「なっ!突然、何を言い出すのだ!?」

「どんな処分でも甘んじて受けます。・・・ただし、3人の安否が分かるまでに僕の行動を阻止するような事をすれば、今の事全てを世間に公表します!そのつもりでいて下さい」

「貴様がやろうとしている事が、どれ程の事か分かっているのか!?」

「仲間を助ける・・・。ただ、それだけの事です・・・失礼します」

 

 鈴森から突然突き付けられた言葉に、不敵な笑みを浮かべていた管は緩んでいた頬が戻り驚きの表情に変わり、その驚きの表情の管を見下すような目線で鈴森は話す。

 

 ワームホールも3人の件も政府は公表出来ない理由が軍事目的だと言う事も知った鈴森は、秘密を知っている人間が何をしようが手が出せないとタカをくくり起こした行動は、ヘタに公表されれば国の信用は国内外共に丸潰れになる政府の弱みを利用した作戦だった。

 

 借金はある程度の金額になれば借金した側が強くなり、貸した側は破綻させなれないので脅しはするが実行は出来ず、そうなれば借りた側は思い切った行動に出る。

 背負う者と機密が多い今の鈴森にまさに的確の言葉だった。

 

 先程までとは違い、焦りが表情からも読み取れる程に冷静さを失っている管が鈴森に声を張り上げるが、ソファーから背を向け扉の前まで歩み寄った鈴森はそこで一旦止まり、背中を向けたまま自身の信念を語った。

 

 扉を閉めた後、鈴森は言いようの無い疲れに襲われた。

 

「あー、言ってしまった・・・。こりゃ辞表だけで済めばいいけど・・・」

 

 こうなる事をおおよそ予想はしていたが、ただ実際に事を起こしてみると自分はとんでもない事をしでかしたなと考え、庁舎内を重い足取りで歩きながら管に対する言動に少しだけ後ろめたさを感じていた。

 

 だが、3人を助ける為に一人の人間が未知の空間に乗り込んでいる事を思い出し、自分もそれに見合った働きをしなければ笹塚に会わせる顔が無いと感じる鈴森は、笹塚に憧れ並ぶ人間になりたいその思いが鈴森をここまで動かしたのだ。

 

「これで、僕もヒーローに一歩近づけたかな・・・」

 

 そこにいつものシュッとした鈴森の姿は無く、両手をポケットに入れ背中を丸め歩くが、心の奥に刺さった物が取れた感じがした鈴森は、正直今の気分を悪く感じ、それがヒーローになる為のステップだと一人呟く。

 

 長官とケンカした自分は恐らくこの敷居を跨ぐものこれが最後だと感じた鈴森は、二度と来る事は無いだろう庁舎を去る前に、自身が世話になった事務所へ顔出しをしに寄ろうと考え事務所へ向かい進む途中の喫煙室で一服する人物に声を掛けられる。

 

「おー、鈴森。どうした?出向が解けて戻って来たのか?」

「先生、お久しぶりです」

「その言葉、相変わらず固いなぁ・・・。で、生物討伐はうまく行っているのか?」

「そちらは他の隊員の方が居ますからね。それに、こちらには戻れそうにもないですし・・・」

 

 喫煙室から鈴森を止めた人物は内閣府で仕事をしていた時の上司の小泉で、内閣政務官と言えば立派な先生達だったが、彼は他の議員と違い官僚達とも方針などに対し意見を述べたりしていた何かと頼りになる上司で、内閣府時代の鈴森は小泉と行動する事が多く、国会や政府の事などいろいろと教わった。

 

 国会議員になるといろいろな裏と表を見る環境に身を置く事で、人の表情の変化に敏感に反応するようになっていた小泉は、鈴森の曇った表情を見逃さなかったが、今まで見た鈴森にない決意と不安、でも心の晴れやかな表情を見た小泉は神妙な表情で鈴森へ話し掛ける。

 

「・・・お前、何かして来たのか?」

「・・・いえ、特に何もしていません。用があって久々に来たので、皆さんに挨拶をしようと思いまして」

「そうか・・・」

 

 小泉は巻き込みたくない。

 これ程までに国の為に何かをしようとしている人を見た事が無かった鈴森は、この人が日本を変える所を見たいから、こんなつまらない揉め事に巻き込みたくないと感じ。小泉に今の心境を悟られぬよう慎重に言葉を選ぶが、少しの間の沈黙の後、小泉は無言のまま、おもむろに席を立ち部屋を去ろうとし鈴森とすれ違う瞬間、その耳元で声を掛ける。

 

「・・・お前が隠すのであれば、これ以上は何も聞かない。ただ、その顔で尋常じゃないのは分かる。・・・何かあれば遠慮なく言え」

 

 小声で話した後、小泉は無言のまま喫煙室の扉を閉め退出する。

 彼に嘘を隠し通せないと分かっていたが、今は内閣府の人間ではないし迷惑も掛けたくないとの一心で真実を語らなかった鈴森に掛けた小泉の去り際の一言に、自身を仲間として見られなかったと感じさせたかも知れない感覚に、鈴森は言いようの無い後悔に襲われていた。

 

 思い気持ちのまま重い足取りで庁舎を出る鈴森の前に、通常は駐車禁止の門の外に車が一台止まっていて、その車内には昨夜見た見覚えのある顔が鈴森の存在に気づくと車の窓が開く。

 

「いやー!ここに停めておくのはしんどいわ!いつ注意されるかドキドキしてもうたわ」

「そりゃ、こんな目立つ所に止めれば僕だって落ち着きませんよ」

「ワイはバイクしか持ってないから上村の車拝借して来たけど、・・・しっかしアイツの車こんなデカイのに3ドアって!しかもみてみん!今時MTやで!」

「借りた車に文句つけるのはよろしくないのでは?ま、バイクで来てたら乗車拒否しましたけど・・・」

「まー、せっかくの車やしどっか飯食って帰ろうや?」

「そうですね・・・」

 

 昨夜の真剣な表情と違い、相変わらずのテンションの増田が鈴森の帰りを待っていて、借り物の車にイチャモンをつけている増田に、助手席のドアを開けながら増田のトークに合わせるように軽快に答える鈴森を見た増田は口元を緩める。

 

「・・・どうやら、うまく行ったみたいやね」

「うーん・・・。うまくは行ってないですけど、予定通り、って感じです」

「なら、ええんやないか!」

 

 車内の中で鈴森は長官とのやり取りを話すと、増田は大笑いしながらそれを聞き、少し落ち着いた増田はその笑顔のまま鈴森へ話す。

 

「・・・お前、ええ顔になったな。スッキリした感じや。作戦が成功しないもするにしても、あの3人からすればもう立派なヒーローやで」

 

 ヒーローは誰でもなれる。 

 大人と言う客観的な考えを打ち破り、自分が正しいと思った道を進めばいいのだ。

 きっとそれは正しい事の筈だから。

 

 たとえそれが大きな物を敵に回したとしても、人間の命と天秤に掛ける事は出来ない。

 

 その勇気こそがヒーローの証。

 

 臭い言葉かも知れないが、この年になってこの充実感を味わえる事に満足している今の鈴森は、何処から見ても普段は頼りないが映画では勇気を出しヒーローになるあのメガネ君そのものだった。

 

 それから、しばらくは笹塚の帰り待つ日々を送った。

 

 トルコへ出向している宮田ミヤダと井田は、上村が話した今回の件を聞き一度日本へ戻る事を決めた。

 笹塚がワームホールへ入った直後の決定だったので、宮田ミヤダ達が戻って来た時点で笹塚が戻って来ていなかったら第2班を派遣する話になっている。

 

 それから、さらに1ヶ月になろうとしていた時異変が起きる。

 

 上空に居座っていた第3生物が突如姿を消し、常に監視していた航空自衛隊からの報告だと、第3生物は突然うめき声を上げ紙屑のように消えていったと言う事だった。

 

 あれを倒せる手誰は知っている限りでは宮田ミヤダだけで、戦闘機でも撃墜できなった第3生物を倒した際も、数日後再び復活した事で、政府は第3生物の討伐を諦め飛行機等の運行を中止したのだ。

 

 だが今回は粉々になり姿も消えたと言う話に、これを意味するのは第3生物が完全に消滅したと言う事だと考えられ、それは笹塚が過去の世界で第3生物を討伐した事で

 現代の生物が消滅した可能性と、過去の世界で何かが起こっているかだだと上村達は結論づける。

 

 しばらくして、東京へ戻ってきた宮田ミヤダは、早速全員を集め作戦会議を始める。

 宮田ミヤダはその後のトルコでの出来事を話し、第5生物を倒した後は生物の発生は見られず、あの渦も再び現れる事は無くトルコで発生した渦の解析結果は、写真に残っていた第5生物が出て来たであろうあの写真の渦は間違いなくメソポタミア文明の遺跡だったが、造形があまりにも現代の写真と比べ新しく、現代の写真では崩れて掛けていた柱がまるで新品のように写っていたのが確認され、研究者達の見解はその映像は過去の世界ではないかという事だった。

 

 生物の出現した渦の先の世界と源流の石で作ったワームホールは同様の物で、宇宙研究所から出て来た生物同様に、その渦の先の世界には源流の石と同じ原理をした物が存在する。

 その途方も無い話に斉に沈黙した全員に対し、その中でもそれを既に理解出来ていた鈴森が話を続ける。

 

「その点に関してはある程度想定済みでした。僕は、その渦の正体を薄々感じていました・・・」

「その話と繋がるのが、国家機密である最初の生物発生と言う訳だな?」

 

 鈴森が今まで知っていたのに言えなかったそれは国家レベルの機密事項だろうと感じている宮田ミヤダだったが、鈴森の話す態度が以前よりも頼りがいのある表情をしていた事に気付き、鈴森の覚悟を感じ取っていた宮田ミヤダは、いつもの口調ではなく真面目モードで話す。

 

「・・・お前、官房長官にケンカ売ったな」

「ですが、行動の自由を得る事が出来ました。非公式ですが、これで堂々とワームホールは使えます。内密に動いて万が一見つかって後手に回るより、先に手の内を見せこちらから仕掛ければ少しは時間稼ぎ出来ます。今の内なら、政府が手を打つ前に3人に接触出来るはずです」

 

 鈴森へ放った宮田ミヤダの発言に回りは驚くが、その言葉を冷静に見つめていたのは宮田ミヤダ以外にもその経緯を知っている増田だけで、鈴森は周りの心配をよそに何時もと変わらない口調で話を続ける。

 

 鈴森はある程度確証はあったものの、自分の進退を賭けたそこ行動は分別の分かる大人であれば選ばない無謀な行動で、失敗すればこの省自体が解体されるかも知れない無謀な賭だったが、鈴森の言葉から感じ取れる覚悟に周りの皆は驚きと共に仲間を思う彼の気持ちも痛い程感じた。

 

「ええやないですか?今のままなら多分国は動かんし、ワイは鈴森の行動は間違っていないと思いますわ。皆もある程度知っているとは思うが、ワイと鈴森は公表されていない最初の生物と戦った人間や。その生物が発生した場所が宇宙研究所で、国の極秘プロジェクトを発表している最中だったから、国は国家機密としてその場に居た全員に通告したんや」

「国が生物召還を主導していたと言う事なの?」

「確証はないが、それはないと思う。だが、ワームホールはタイムトリップ出来る装置だと言う事は間違いないんや」

 

 この沈黙を破った最初の人間になった増田は、鈴森の意見を全面的に肯定すると話したが、それでもまだ沈黙が続く中で話を続ける増田に、井田は国に使える人間側としての意見として、今回の件が鈴森の言う通り国主導で起こしているのでれば許されない事だと思い質問するが、制御出来ていない生物をわざわざ出す意味が無いと考える増田はこの件に関しては否定的だった。

 そう考えれば、タイムトリップによる生物の発生は政府にとってイレギュラーな事だと考えるのが妥当だと訴える増田は、政府は過去の世界に行った可能性のある3人を捜索もせずにいるのが納得いくと補足する。

 

「・・・俺も、増田さん・鈴森さんの意見に賛成です。先手を打った以上、すぐにでも行動に移すべきです」

 

 周りの話をある程度聞いた所で田島は、仮設と真実がほぼ繋がりつつある事に納得が行くと、後はあの渦に入って実証するのみだと急ぐように結論を述べ、田島の意見につられるように全員が立ち上がり、計画通り第2班の遠征を出す手はずを始めようとした時上村の携帯に笹塚から連絡が入る。

 

 その着信に上村は、通話が出来ると言う事は現代に戻って来たという事だと理解しながら電話に出すと、電話越しの笹塚はいつのも余裕のある話し方では無く慌てている様子で内容を簡略に述べる。

 笹塚はワームホールを通過後、今から600年くらい前の世界に着き電波を頼りに捜索すると大山 由希子と合流出来たそうだ。

 

 彼女の情報を聞き大阪の大仙陵を目指す事になり古墳内部の捜索を行っていたが、その古墳内で新手の生物と戦闘になり、その際に大山 由希子が古墳内に仕掛けられたトラップにはまり行方不明になってしまったと話し、その生物を一人では厳しいと判断した笹塚は、大山 由希子の捜索隊派遣も兼ねて一度戻って来たと話す。

 

 謎の生物には本来名前があるらしく、大山 由希子がその世界で手に入れた辞典で【神々と地下世界の支配者】アプスと【霧の神】ムンムと言う名前だと言う話を聞いた上村達は、即座にJAEA宇宙研究所へ向かう。

 

「・・・よう、すまなかったな」

「笹塚!!」

「直ぐに傷の手当てをします」

「なぁに、これしきの傷。見た目以上に問題はない。・・・それよりも、大山と生物が居る大仙陵は無数のトラップが存在するが、一度中に入ったわたしが居れば問題無いから手当は応急で問題ない」

「ですが・・・」

「鈴森・・・。お前には、こっちでやらなきゃならねぇ事があるだろう?あっちの事はわたしに任せろ。政府はお前に任せる」

「・・・はい」

 

 ワームホールがある部屋に入った中には傷ついた笹塚が待っていて、その傷は酷いが見た目程のダメージは無く、笹塚は道案内役もある為、応急処置のみ行いメンバーに加わり、鈴森はそのまま現地に残り連絡係と政府の攻撃の盾役を引き受けてくれた。

 

「よし!出発だ!」

 

 宮田ミヤダの掛け声と共に源流の石を使って現れたワームホールへ飛び込み、大山 由希子と謎の生物が待ち受ける過去の世界へと向かった。

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