第9話 滝壺ほら吹き学校
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「おろ?今朝はほら吹きムーちゃんは来てねぇんかい?!」
長湯町営温泉の常連たちは一様に先客に尋ねてみる。
「朝風呂にムーちゃんが来んのは初めてじゃねえか?こりゃ大地震の前触れかもしれん。」
真面目な顔で話すのは、いつもムーちゃんの話の相方役のモッチャン爺さんである。
彼は、彼だけでも引けを取らないほどの大法螺吹きで、ムーちゃん同様、周囲の人々を笑わせる才能に長けている。
「まあアンタが来たけんしょわねぇわな!(注:「しょわない」=「心配ない」の意味)」
他の常連客のツッコミが入るとたちまち、いつもの賑やかな朝風呂の光景となった。
今朝も町営浴場には常連客たちの笑い声が響き渡るのであった。
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「・・・うっ・・・う~~~・・・」
熱に浮かされ苦しそうに喘ぐ河童のタク君。
「しかし・・・本当に居たのねぇ、河童って。」
船長たちは医務室のベッドに寝かされた河童を取り囲むように立って、珍しそうにマジマジと見つめている。
そこへ金庫番アベ君が入ってきた。
「何があったんですか!?」
皆の視線の先のベッドを覗き込むアベ君。
「・・・何・・・見てるんですか、みなさん??」
アベ君には河童のタク君が見えてないようである。
「え!?」
軽く驚くアベ君以外の一同。
「見えないの?河童が?」
思わず聞き返す伊東氏。
「は?河童・・・ですか??」
沈黙が医務室を包む。
奇妙な空気が充満し時間が不均等に流れているような雰囲気になる。
「・・・あは、ドッキリですね!?」
安心した様子でいつもの爽やかな笑顔を取り戻したアベ君。
しかし誰も返事をしない。
またもや沈黙が流れる。
「そういやぁ聞いたことがあるわ。畏怖や畏敬の念を忘れた人間には彼らは見えないって・・・」
船長が思い出したように呟く。
「それだわ!アベ君って見た目の爽やかさとは裏腹に自惚れ屋さんなのね!?」
伊東氏が鋭いところを付く。
ギクッとするアベ君。
「な、なんの事ですか?!ぼ、僕のどこが自惚れ屋なんですか?!」
こんなに動揺するアベ君は珍しい。
面白いのでもう少しこのまま弄ろうと考える船長。
「そうだったの?!これからの付き合い方をちょっと考え直さないといけないわね・・・」
真面目な表情で勝手に納得する船長を見てますます慌てるアベ君。
「ちょ、ちょっと何言ってるんですか、船長まで~~・・・」
すっかり泣きそうな表情になったアベ君である。
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河童を取り逃がしたムーちゃんは後頭部に巨大なタンコブを作ったまま沢を溯り、ようやく滝壺に辿りついた。
「すっかり空が白けてしもうたワイ。今日はどれほども『勉強』出来んな・・・」
この滝壺には毎月満月の夜に通っているムーちゃん爺さん。
その日の深夜だけ、この滝つぼの下から光の束が立ち上り空中に映像が浮かび上がるのである。
その仕組みは若い時分には大工をしていたムーちゃんでも分からなかったが、山奥に狩猟に出かけた際に食べた『あの果実』と関係があることだけは確信していたのだった。
空が少しずつ明るくなるに連れ、宙に浮かび上がる映像が薄くなるのである。
今までの『授業』で分かったことは、自分たち人類が他の星から来た『アダメ』と『イボ』と呼ばれる赤ん坊を起源とすることだった。
荒唐無稽に見える歴史だが、ムーちゃんにはしっくりと来るようで、案外すいすいと記憶に入り込んでくるようだ。
今日も『まだ見える間は』と熱心に映像を注視しているのである。
「やっ!!こいつは!?・・・・・なんちゅうこっちゃ・・・そういう事かい!・・・悪ぃことをしてしもうた・・・」
何かの事実に衝撃を受け後悔しきりの表情を浮かべるムーちゃん。
「今から探しに行くか」
そう呟くと朝風呂を諦め、元来た沢を下りながら何かを探すのであった。
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