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第7話 小平師匠の憂鬱

この話のイラスト付き本サイトはこちら↓

http://ideanomi.jp


食事を終え自室に戻って来た小平師匠。

全身揉み解しのリラクゼーションルーム『ここち』への出社までにはまだ時間があった。

食べ過ぎた訳でもないのに深いため息をつき、姿見の鏡の前に立つ。

何度かクルリと回ってみたりして入念にファッションチェックをしているようだ。


「・・・はぁ~~~・・・違う・・・」


何が納得いかないのかガックリと肩を落とし左右に首を振る小平師匠。


「これもそれもあれも、ぜん~~んぶ違うのよっ!!」


そう言うとベッドの上に並べている洋服セットをまとめてゴミ箱に放り込む。


「ジムで鍛えたこの肉体にはもっとピッタリしたファッション、そう、女性みたいに背広の上下が似合うのよ!!」


どうやら『女装趣味』があるようである。


「なんで文明社会の男はスカート、女性はズボンって決めたのかしら。私の体型には背広の方が似合うのにっ!!」


純粋に自己表現としてのファッションに目覚めてしまったようだ。

このところの船長に対する苛立ちは、言わば自分が嗜好するファッションと自分の性の不一致による『ジェンダーギャップ』が根本にあったようである。

特に似たような背格好の船長が、自分の性とファッションを素直に受け入れているように見えるのが他人事ながら気に入らないのだった。


そこへ誰かがドアをノックした。


「入るわよ?良い?」


アーミー神田崎の声だった。

小平師匠よりもはるかに巨体でありながらも存分に今のファッションを楽しんでいる神田崎は今の小平師匠には許しがたい存在である。


「どうぞぉ。」


あまり楽しそうではない声で返事する。


「なによぉ、不景気な声出しちゃって。ほほほ、ほら、美味しいシュークリーム持って来たんだけど、不愛想だとあげないわよ!」


巨体にはあまりに小さく見えるシュークリームが4個乗った皿を片手に、部屋に入って来る神田崎。

テーブルにその皿を置く時に見えた光景に神田崎は目を疑った。


「あら、ちょっと!どうしたのこれ!?全部新品じゃないの!!」


さっき小平師匠が捨てた洋服の数々を拾い上げる。


「欲しかったらあげるわ。サイズは合わないけど。」


素っ気なく言い放つ小平師匠をまじまじと見つめる神田崎の目はキラキラ輝いている。


「ほ、本当に良いの?後で返してって言っても返さないわよ?補正するんだから。」


微妙に声が上ずっている。


「大丈夫わよ。それよりあなたに聞きたいことがあるんだけど。」


小平師匠は大きな体を屈めてゴミ箱から洋服を大事そうに引っ張り出している神田崎の横にしゃがむ。


「な、何よ、改まって?!」


神田崎はいきなりパーソナルスペースを冒され少し慌てる。


「あなた、私以上に筋肉モリモリじゃない。その肉体を今よりもっと魅力的に見せたいとは思わない?」


突然の質問に思案を巡らせる神田崎の神妙な表情は、派手なメークと相まって悪戯好きな子供のように見える。


「興味が無いわけじゃないけど・・・」


風貌とは裏腹に優柔不断な返事をする神田崎に、小さな苛立ちを噛み殺しながらも話を続ける。


「私に良い考えがあるんだけど・・・」


意味ありげに言葉尻を濁す小平師匠の顔はどこか悪魔のような怖さを帯びていた。


--------------------

「はっ!!ここはどこじゃ?」


小一時間ほど気絶していたムーちゃん爺さんが突然目を覚ます。

腕に釣り糸が絡まり、その糸を何者かがグイグイと引っ張っていたのだ。


「やっ!!こりゃ大物じゃわい!」


後頭部の痛みなどすっかり忘れて必死で糸を巻く。


「コイツは鯉の主か!?」


物凄い力で釣られまいと釣り糸を引っ張り返す相手。

ムーちゃん爺さんはこのまま力比べをすれば糸が切れると考えた。

そこで突然、今まで巻いた糸を開放し、相手を油断させる方法に切り替える。

案の定、糸が一気に緩んだ途端安心したのか引っ張る力がす~~~っと急に弱くなった。

そして今度は自分の方へと少しずつ、少しずつ、気づかれないように弛緩と緊張を繰り返しながら手繰り寄せるのである。


一方、河童のタク君は全身に絡まった釣り糸を既に一人では解けず、ジタバタと必死に泳いでいる。

すい~~っと前に進むのだが微妙に反対の岸辺に流されるような感覚を否めない。

それでもさっきよりは随分と前に進んだ。


「気のせいでしょ。さっき糸も切れたみたいだし、大丈夫、大丈夫。」


楽天的な性格は危機管理には向いていないようである。

気づけばついに膝が川底にゴツゴツ当たる浅瀬まで引っ張られていたのだ。

さすがに気が付いたタク君は立ち上がった。


「やっ!!ぬしゃぁ、河童じゃな!!」


80歳を超える老人とは思えない素早さで、ムーちゃんは腰に刺した杖代わりの樫の木を削った棒で河童の皿を力一杯叩いた。


パリ~~ン!!


「ぎゃっ!!」


皿が割れる音がしたと思ったら川の中の人影はバシャンッと水飛沫みずしぶきを上げて倒れてしまった。

河童の体は力を抜くと浮くらしく、下流へどんどん流されて行く。

今度は河童の体重に水の重さもモロに加わって、流石の怪力ムーちゃんでも手繰り寄せられない。

このままではムーちゃん爺さんも一緒に川に引きずり込まれる。


「なんちゅうこっちゃ!!」


本当に口惜しそうに吐き捨てると胸ポケットから小刀を取り出し釣り糸を切ってしまった。

月光に照らされた川面をゆっくりと流れてゆく河童のシルエットを恨めしそうにただ見送るムーちゃん爺さんであった。

洗濯船シリーズ 第1作目「洗濯船航海日誌」はこちら

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