四十五話 最後のやりとり
僕はすぐ刀を抜いて、結月に刃をむける。 琴を憑かせてないせいで、刀身は炎に包まれることはない。 今僕が握っているのは、そこらへんにある普通の刀。 人は殺せても妖は殺すことのできない、ただの鉄の棒。
それでも、敵意をむけるには十分の効果を発揮する。
「悠!?」
僕の行動に動揺してか、琴が声を荒げるのと同時に結月は刀の柄に手をかけようとしていた。
「おまえ、人は殺してないな……」
「殺してはないです」
「殺しては?」
「こっそり剣術の練習をしてましたら、変な男たちが来ましてね」
やれやれといったようにため息をつきながら首を左右に振った。
「切ったのか?」
「あんまりいいものじゃなかったですけどね」
もう手遅れだ。 結月はもう……。
「琴!!」
呼びかけるとすぐ後ろで熱気を感じ、神降ろしの準備をしているのが確認できた。 しぶると思っていたが素直に従ってくれたのはありがたい。
しかし琴を憑かせることは、僕の握っている刀をどんな生き物をも殺す凶器にすることを意味していた。
「やっぱり目立ちますよね、それ」
「そうだな、間違っても敵前でやるものではないな」
これから神降ろしを始めるのに結月は一歩も動かず、琴の変身を待っていた。
高くそびえる炎の柱を悲しそうな目で眺めながら、待っていた。
「仕掛けてこないのか?」
「ん? あぁ……、もう最後になるんだしいいかなって思いましてね」
しばらく会わないうちに生意気なことを言うようになったじゃないか。 さすがにカチンときた。
一発でその生意気な口をたたいたことを後悔させてやろうと、身体に余計な力が入る。
本当に神降ろしが終わるまで何もせず待っていた。 そのおかげで、僕の刀から炎が湧き上がる。
「やっとですか。 もう少し、なんとかならないものですかね」
「そう言うな。 琴だって歳のわりに頑張ってるんだ」
「……悠、後で話しがあるから覚えておいて」
いつにも増して炎の勢いが強くなる。 琴もご立腹のようだ。
それにしても、親しい間柄の殺し合いなのに緊張感がない。
いつものようにゆったりとした空気が漂い、気持ちが安らいでいく気がした。
「最後に、こんな気持ちになれてよかったです」
ぽつりと結月がつぶやくと、刀を抜き放ち突きの型で迫ってきた。
あの鬼の血が流れているだけあって速いが、あの鎧の鬼ほどではない。
冷静に刀を正面に構え、頭を迫った刀を受け身の要領で流した。
結月の身体が勢いに任せて前のめりになったところに、柄の部分を結月の顔に向けて打ち付けた。
しかし、結月は鞘を持ち上げてそれを防いだ。
そのまま僕を通り越し前転して態勢を立て直した。
すぐさま腰を低くして突進してきた。 今度は僕の足を横なぎに切り払うのを、上に跳ぶことで避ける。
僕も切りつけようと構えようとするが、それよりも速く結月はまた鞘を使い、僕の胸を強打する。
あまりの威力に息が詰まり、態勢も崩れた。 不恰好に背中から地面に落ちた。
痛みに顔をしかめる暇もなく、結月の斬撃がきた。
それを防ぐと、また鞘での打撃をもらい息が詰まる。
一旦距離を取らないと、攻めるにも攻められない。
それにさっき結月が言った言葉も気になる。
死ぬつもりなのか……。
お前は今、どんな想いでいるんだ……。




