四十三話 天城悠の願い
結月がいなくなって一月ほどの時が過ぎた。 しかしまるで「結月」という名の少女は、初めからここにいなかったかのように天文内は騒がしかった。
頭領は、すぐ結月が妖だったことをみんなに話した。
この話を聞いた当初は、怒りをあらわにする人や悲しむ人、無関心な人とさまざまな反応を示していた。
しかし、その感情は時間を経ることで風化してしまい、「結月」という名の少女はみんなの記憶からもいなくなり死んでしまった。
ひどいものだ。 いまや「結月」のことを覚えているのは僕と琴、熱田と先生それと結月に給仕の仕事を教えていた四ノ宮さんだけになってしまった。
僕はこの天文内の空気に耐えることができなくて、外に散歩に出ることが多くなった。
外を歩くと「花ちゃんは一緒じゃないのかい?」、「結月のお嬢ちゃんは一緒じゃねぇのかい?」と声をかけられることもしばしばある。
「少し病にかかりましてね。 いま寝ているのですよ」
いつまでもこんな言い訳が通じるとは思わないが、それでもこの人たちにはせめて結月を「人間」として記憶に残しておいてほしかった。
それにこの人たちの中では、まだ結月が生きているとうれしかった。 でも、やはり心にくるものがある。
いつも一緒にいた分、寂しさも人一倍に感じてしまっているのだろう。
僕が脆いのか、人間が脆いのか定かではないがたった一人がいなくなるだけで、こうも精神的にきてしまう。
こんなんじゃ、仕事もままならない。
そろそろ、気持ちを切り替えなくてはいけない。
僕の仕事は、困ってる人の手助けをすること。
僕の仕事は、人間に危害を加えた妖を倒すこと。
僕の仕事は、妖を殺すこと。
傷つき、傷つけながらも妖を殺すこと。
すべての妖が悪いわけではない。
人間に危害を加えた妖が悪い。
悪いと認定される。
どんな理由があろうとも
自己防衛であろうとも
手を出した瞬間、その妖は殺されることになる。
悪気はあろうが、なかろうが
その妖の命は、近い将来消える。
僕たち、人間の生活のために
人間の安全のために
人間が繁栄するために
僕たち天文は、妖を殺し続ける。
だから、どうか手を出せないでくれ。
僕は結月を切りたくない。
殺したくない。
焼きたくない。
神様、どうか結月に心に安らぎを
他人を想いやる心を
なくさないでやってください。
それが僕の、天城悠の願いです。




