四十二話 我儘
花ちゃんと鬼が去って大分時間が経った。 太陽は沈み、月明かりが怪しく悠とわたしを照らしていた。
まだ悠は目を覚まさないまま、わたしの膝の上で寝ている。 鬼からきつい一撃をもらい一瞬のうちに意識を失うことになったが、不幸中の幸いか殺されずに済んだ。
こんな結果になったのはわたしのせいなのかな……。
わたしは花ちゃんが人間じゃないと薄々だけど気付いていた。 たぶん先生も気付いていたと思うし、他の天文にいる精霊も気付いていると思う。
似てるの……、数百年前の鬼の王に、妖の王に、鬼姫に……。
「……琴は、あいつが、結月が妖だって知ってたか……」
「気付いたの悠……」
「いまさっき覚めた。 それで、知ってたか」
わたしの膝から頭を持ち上げた。
「……知ってた、といえば知ってた。 けど、確信はなかった……」
「それじゃあ、結月にあげた首飾りも……」
「うん……、もしもの時のために作ったの……。 花ちゃんが、どこかに行ってしまった時にすぐ確保するために……。 でも、それもできなくなっちゃった……」
月明かりに反射して光るものが、血だまりの中にあった。
花ちゃんが去る時、首飾りを取ってしまった。
だから、今は花ちゃんのところには行けない。
今は……。
「そっか……、話してほしかった。でもまずは、頭領に今のこと話さないとな……」
「……そうだね。 立てる?」
悠に手を差し伸べたが、自力で立った。
二人の間に重々しい空気が漂い、口を開くこともないまま天文に帰った。
頭領に報告すると、いったん神様と相談すると言った。 わたしたちには、このことは他言してはいけないと命令が下った。
妖を討伐する天文の一員の中に妖がいたのだ。 これを言えば、みんなが混乱するかもとのことだった。
そして、わたしたちは家に帰った。
帰路につく間も重々しい空気は払拭されず、無言のまま帰路についた。
はぁ……、やっぱり怒ってるのかな。 言わなかったわたしが悪いのは分かってる。 でも、言いたくなかった。 言えば、花ちゃんが妖であることを決めつけるようで嫌だったし、花ちゃんを友達として見れなくなりそうで怖かった。
だけどそれも、結局は全部わたしの我儘だった。 相方である悠にも言えずに、ずっと一人でため込んで自己完結していた。 それ故に、悠の心を傷つけてしまった。
「……琴、帰ったら少し話そう」
沈んだ声で悠が口を開いて言った。
わたしは何も言えずに頷くことしかできなかった。
家に着くとさっそく悠と話すことになった。 居間に悠と対面するかたちで座った。
「頼りないか、僕って……」
「そんなことないよ!」
「じゃあ、なんで話してくれなかったんだ……。 力になれるか分かんないけど、話してほしかった。 琴の相方として、力になりたかった……」
「……ごめんなさい。 全部、わたしの我儘だったの。 人であってほしいって希望があって、でももし言えば花ちゃんを人として、見ることができなくなりそうで……怖かったの」
声が震えて涙が流れた。 わたしがこんなにも自分勝手なんて思ってもいなかった。
惨めで、滑稽で、馬鹿らしくて……。
自分の望みのために、最も信頼しなければならない人になにも言えずに、ただ望みを叶えるためだけに黙っていた。 現実を見ないで、ただの妄想を見続けるために黙っていた。
いくらでも対策のしようはあったはずのに、何もしてこなかった。
何も起こらないと勝手に決めつけていた。
そしていま、悠に相談しなかったことを後悔して泣いてる。
本当に、惨めで、滑稽で、馬鹿らしい
「ごめんなさい。 今まで何も言わなくて、何も相談しなくて」
ふっと悠がわたしを優しく抱きしめ頭を撫でた。
「琴は優しすぎるんだよ、良い意味でも悪い意味でも。 結月は向こうに行っちゃったけど……、べつに死んだり、ひどい目にあうわけじゃないだろ? それに妖だろうが、人間だろうがあいつはそば好きの優しい子だってことに変わりない。 違うか?」
「違わない……」
「そうだろ。 妖だから悪いとか、人間だから良いとかの問題じゃないんだ。 問題なのは、その人の心だと思う。 その人がどんなことを感じ、どんなことを想うかにあるんじゃないか。 あくまで僕の自論だから間違ってるかもしれないけど、僕は何を言われようとこの考えを変えるつもりはない。 大切なのは外見でなく心、内面だ。 だから、そんなにおびえなくていいんだ。 僕が一緒にいるから。 今度はちゃんと相談してくれよ? 何も言われないのは寂しいからな」
「……うん、ごめんなさい」
「そこは、ありがとう、て言えよ」
悠がわたしを離して涙を拭いてくれた。
わたしの我儘に怒らず、逆に慰められてしまった。
悠もずいぶん優しいよ。
わたしと違って良い意味でしかないけどね。
わたしは何度も鼻をすすって、涙を止めて今できる最大の笑顔を浮かべた。
「ありがとう!」




