四十一話 人間としての死
山頂付近まで来ると、結月と別れた。 結月はそのまま道に沿って山頂を目指してもらい、僕は茂みを掻き分けて山頂を目指す。
僕が山頂に着いた時にはまだ結月はいなかった。 しかし代わりに結月の言っていた赤い鎧兜を来た人が後ろで手を組んで立っていた。
遠目から見ても身体が大きく、ただ立っているだけで異常な威圧感を放っていた。 実際に対峙したわけでもないのに、身体がこわばり自然に手が刀の柄を掴もうとしていた。
この緊張感を身体全体で受けていると、結月がやってくるのが見えた。
鎧兜の人と距離を取って向き合うと、鎧兜の人が口を開いてなにか結月と話している。 あいにく二人との間に距離があったため、僕にはなにを話しているのか聞いとることはできなかった。
会話が終わったと思うと、鎧兜の人はその場で正座して平伏した。 そして、結月は両手で口を塞いで力なく崩れ落ちた。
なんだ!? なにを話した!?
今の状況を理解することができなくて焦りが生じた。
平伏した姿を見て結月が崩れ落ちた意味が理解できなかった。
あの平伏は謝罪のものだろうか、はたまた結月を敬うものだろうか。
なぜ結月は崩れ落ちたのか、なにか衝撃的なことでも言われたのだろうか。
僕は、なに一つ理解することができないまま落ち着かない気持ちでじっとしていた。
「悠、出ていった方がいいんじゃない?」
刀を振動させて琴が僕に言葉を伝えた。
「……そう、だな。 今の状況も確認しときたいしな……」
できるだけ音を出して茂みから出てたおかげで、二人は僕を見た。
結月は、魂が抜けたように虚ろな目をして涙を流し、平伏していた鎧の人は立ち上がり僕を睨むように見た。
「あんた、結月に何を言った! 泣くほどひどいことを言ったのか!!」
「……お前が天城、というやつか」
「だったらどうしたって言うんだ!」
「天狗が言っていたな。 花様と一緒にいると」
今こいつ「天狗」っと言った。 だとすると、こいつはこの鎧兜を来た人は……。
「……妖か」
ニッと歯を見せて笑う。
「だったらどうした」
すぐさま鞘から刀を抜き、刀身が炎に包まれる。
「今すぐ結月から離れろ! さもないと殺す!」
「やってみろ、人間!」
身体を沈めたかと思うと、いきなり鎧兜の妖が眼前に現れ僕の顔に拳を打ち付けようとしていた。
僕は辛うじて後ろに倒れるように避け、振り抜いた相手の腕を蹴り上げる。 そしてそのまま、後ろに回転して鎧兜の妖と距離を取る。
速いってもんじゃない。 もはや速度の次元が違う。 さっきのもまぐれに近い。
「よく反応できたな。 人間の目では、とらえることもままならないと思っていたのだがな……。 少々甘く見ていた」
まだ鎧兜の妖は余裕がありそうだが、僕の方はすでにいっぱいいっぱいだった。
「悠、まずいよ! 逃げないと!」
「分かってる! けど……」
僕のことを心配して言ってくれたのは分かるが、つい怒鳴ってしまった。
あんなの人間が敵うわけがない。
数で押してもきっと無駄に終わってしまうだろう。
だけど、それでも結月を置いて逃げるわけにはいかない!
刀を納刀して身体を沈め、鎧兜の妖に突っ込む。
向こうが信じれない速さならば、こっちは刀の結界と言われる抜刀術を使う。
それも、相手に来てもらうのではなく自分から突っ込む。
本来抜刀術は「後の先」と言われ相手に初動動作をとらせた後自分が動くものだ。
しかし、今回に限っては相手に動かれたら僕は反応ができずに地面に倒れるだろう。
だから自分から動いて結界内に強引に入ってもらう。
少しでも惑わすために、ジグザクに不規則に突っ込む。
卑怯と言われようが、弱虫と言われようが構わない。
後ろから切る!
鎧兜の妖が刀の結界に入る手前で、すばやく弧を描くように後ろにまわると刀を抜く。 その時、琴の力を使って鞘の中で小さな爆発を起こし、刀が射出されるほどの勢いをつける。 まさに目にも止まらぬ速さで切りつけた。
しかし、予期せぬことが起こった。
僕が切ったのは鎧兜の妖ではなく、結月だった。
鎧兜の妖を切ることに集中していたあまり、僕たちの間に割って入ってきた結月に気づかなかった。
腰から肩までばっくり切られた結月は、仰向けのまま地面に沈んだ。
「お前なにやってるんだ!!」
すぐさま刀の炎を使って止血しようとしたが、鎧兜の妖がそれを阻んだ。
「どけよ!! 一刻を争うんだぞ!!」
「必要ない。 見ていろ」
鎧兜の妖の言葉を無視して、割って入ろうとしたら頭を掴まれ持ち上げられた。
指と指の間から血まみれの結月の姿が映る。
こうしている間にも血がとめどなく溢れ、結月の生命が流れ落ちている。
鎧兜の妖の腕を切りつけるが、薄皮が切れるだけでまったく効果がない。
くそ、くそ、くそ、くそ、死ねよ、退けよ、離せよ
鎧兜の妖を何度も切りつけると、突然視界いっぱいに光が広がった。
それは結月の腕から発せられ、今まで見たことのないような優しい光が宿っていた。
あんなに血を流してとっくに結月の意識はないはずなのに、その優しい光を傷にあてがう。
すると、時が戻ったように傷が治っていった。
傷が治ると鎧兜の妖は僕を離した。
「……本当だったのですね」
傷が治った結月が重々しく言葉を発する。
「些か大胆な行動でしたが、これで納得しましたか?」
鎧兜の妖が結月にそう言うと手を差し伸べた。 結月はそれを取って立ち上がるが、血を流しすぎてよろけてしまった。
それを鎧兜の妖がさっと支えた。
「天城さん、私……人間じゃないみたいです……。 この妖、鬼から聞いたのですが、どうやら私は……鬼だったようです……」
「な、なに言ってるんだよ。 結月は人間だよ。 そばが好きで、優しくて、普通の女の子だよ」
結月に頷いてほしかった。 傷が治ったのも、僕が結月を切ったのも僕の妄想でこの鎧兜の人も妖じゃなくて、変な人で、それから……。
「ごめんなさい。 さようなら」
悲しそうな顔で別れを告げると、僕に背を向けて歩き出す。
「おい、待てよ!」
走って追いかけようとしたが、すぐ鬼が僕の目の前に詰め寄り、腹に渾身の一撃をもらった。
そして僕の意識は一瞬のうちに沈んだ。




