三十七話 生きるために
耳を塞ぎながら全速力で走った。
外からの音が聞こえないぶん、身体の内側からの音がよく聞こえる。
ドクン、ドクンと鼓動の音が小刻みに聞こえる。
呼吸も鼓動の音に合わせて、荒くなってきた。
「こ、ここまで、これば、大丈夫、ですかね」
後ろから誰も来てないことを確認してから、足を止めた。
上を向いて新鮮な空気を肺に送り込み、呼吸を整える。 秋の冷たい風が火照った頬を撫でる。
気持ちいい……
夜になると、気温もそれなりに低くなり肌寒いぐらいだ。
それでも、火照った身体を冷ますにはもってこいだった。
まさか、私の一月の給金が天城さんたちの三ヶ月分の給金と同じぐらいとは、思いもいませんでした。
これを天城さんたちが知ったら、私のお金が全部なくなってしまう。
まぁ……天城さんの家に厄介になってるし、少しぐらいならお金を出してもい いんですけど、一度出すとそれに甘えてきそうで怖い。 そんな人ではないと思いますが、お金は人を変えますからね。
お金は本当に怖いです。
そろそろ息も落ち着いてきたので、歩き出しますか。
上を向いていた顔を戻して歩き出そうとしたら、前方に赤い鎧を着た人が仁王立ちしていた。
暗くて顔までは確認できないが、身体は大きく何か嫌な感じがした。
その場から動けないでいると、鎧の人は腕を伸ばした。
一歩後ずさって距離を取るが、向こうは距離を詰めるころはせず手首をくん、くんと動かしている。
鎧の人の手を注意深く見ると、小さい紙を親指と人差し指で器用に摘まんでいた。
一定の感覚で腕を動かしているのを見ると、この紙を取ってほしいってことでいいんですかね……。
恐るおそる、手を伸ばして紙を取ると鎧の人は私に背を向けて去っていった。
うぅ……、気味の悪い人でした……。
乱戦の世では、さっきの人のように鎧を着た人がいたと聞きましたけど、今の世でもいるんですね。
あぁ、それはそうとこの紙はなんでしょう?
文字が書いてあるようですけど、こう暗くては文字がある程度しか確認できませんね。
読むことを諦め、紙を懐にしまう。
「渡してきたか?」
「この事は、我ら鬼で解決する。 天狗は手を出すな」
空から現れた天狗に見向きもしないで歩き続ける。
鬼姫様はきっといい顔をしないと思うが、これも妖が生きていくための苦渋の決断だ。
どうか、許してほしい。
それで、もし私が死んでしまったら謝りに行きます。




