表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/49

三十五話 花火

 熱田の点検も終わりとうとう花火を上げるときがきた。

 僕は琴に連れられ川に入る。 さすがに神無月にもなると川の温度が冷たい。

 それでもお構いなしにづかづか進み、水深が比較的浅いところまで止まり紙を渡された。

 その紙は、朝熱田にもらった打ち上げる順番の紙だった。


 「これ見ておおまかに指示してほしいの。 さすがに覚えられなくてね」


 苦笑いをしながら言うと、紙の文字が見やすいように小さな火の玉を作って明かりを確保してくれた。

 火の玉は空気中を漂っているが、誰一人として驚くことはなかった。

 単に客との距離が離れていることもあるが、このあたりの人は天文の人たちを理解している。 だから突然、火が出ても驚かない。 もう慣れてしまったみたいだ。


 「そういうことならいいけど、後で乾かすの手伝えよ」


 川に突っ込んだ足を持ち上げて足袋を見せる。 当然のように水浸しになって、ちょっと気持ち悪い。


 「それなら、わたしの肌で乾かしてあげる」

 「豊臣 秀吉も驚きだな」


 二人して笑うと、熱田が前に出て開始の宣言を始めた。


 「皆さま、大変長らくお待たせいたしました! これより打ち上げ花火の開始です!」


 両手を勢いよく上げるのと同時に琴が真ん中の筒を指差す。

 指先から小さく火花が散ると、筒の導火線あたりに火が灯り燃え進む。

 導火線も燃やし尽くすと、大きな音とともに花火が打ちあがる。

 何もない夜空に見事な光の(はな)が咲く。

 次に両端の筒を同じように指差して光の華を咲かせる。

 華が咲くたびに歓声があがる。


 「つぎは!!」

 「二番つけてから六、四!」


 返事の代わりに僕が指示したとおりに火を灯す。

 その間に熱田は、打ち終わった筒に次の玉を入れる。

 花火の玉入れは花火技師として、一番危ない仕事とされているらしい。

 花火が不発した時に筒の様子を真っ先に見にいったり、玉が筒の中で破裂した時に一番火傷をしやすい位置にいたりと危ない。

 熱田の父親も花火技師で、打ち上げの時は決まって花火の玉入れをしていたという。 「一番危険だが、花火を真下から見上げることなんてそうできない!」と言って打ち上げのたびに子供だった熱田に言ってたそうだ。

 そして、運悪く不発した筒を覗き込んだ時に花火が打ちあがり、顔面に玉が直撃して死んでしまったらしい。

 即死ではなかったが顔全体にひどい火傷を負い、日がな一日「痛い、痛い」と(うめ)き苦しんで死んだ。

 そう熱田に聞いた。

 さらにこんなことも呟いていた。

 

 大切な人を死なせた花火

 見る者を歓喜させる花火

 ふたつの花火は手を取ることはない

 

 今日、熱田の作った花火はどっちの花火なのだろうか。

 このまま何事もなければ、歓喜させる花火なのだろうか。

 事故が起これば、また大切な人を亡くしてしまう花火なのだろうか。

 僕には分からない。

 熱田がなぜ花火に執着するのか。

 なぜ、あんなに笑顔でいられるのか。

 父親を殺してしまった花火を恨まないのか。

 僕には分からない。 どうしようもなく分からない。


 「最後の大玉だ!!」


 大声をあげて大玉を頭の真上まで持ち上げると、大きな歓声が沸く。

 真ん中の筒に最後の玉を入れると、琴が火をつける。

 夜空により大きな大輪の華が咲く。

 観客から拍手が沸き、最後にふさわしい盛り上がりをみせる。

 満足そうに花火を見上げている熱田は今、何を思っているのだろうか。

 直接聞くことはできないが、いつか聞きたいものだ。


 「これにて、祭りは終了です!! お気をつけてお帰り下さい!!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ