三十四話 最終点検
再び給仕班が行っている手打ちそばにやってきた。
最初に訪れた時と変わらず多くの客が並んでいた。 席も少し多めに用意していたが全部埋まってしまい、立って食べっている人もいた。
しかし、なにやら結月が客前に出て頭を下げていた。
「申し訳ありません。 もう材料がなくそばを打つことができません。 大変申し訳ありません」
並んでいた客は皆、後ろ髪を引かれる思いで列から外れ他の出店に向かった。一方そばを食べていた人は、一口一口を大事そうに食べ始めた。
結月は並んでいた客がいなくなるまで謝罪し、頭を下げていた。
「お疲れさん」
「あぁ、天城さんと琴さん。 お疲れです」
笑顔を見せてはくれたけど、声は少し沈んでいた。
疲れているのか、はたまた……。
「長い間、並んでいてくれたのに残念です……。 もっと用意してればよかったですねぇ」
強がって見せていたものの、声が震えついに一滴の涙が流れた。
「食べてくれた人は、うまい、うまいって私に直接伝えてきたんです。 それが本当にうれしくて……。 待ってる人もまだか、まだかってせかしてきたけどみんな笑顔で……。 そんな優しいみんなに食べてもらいたかったのに……」
一回涙が出てしまうと歯止めが効かなくなって、その場で小さくなってしまう。 その結月をそっと琴が抱きしめた。
「またやればいいよ。 長い時間待ってた人なんでしょ、だったら次まで待っててくれるよ。 それに一人でよく頑張ったと思うよ。 えらかったね」
まるで母親のように優しく結月を包み込み、背中をポンポンと優しく叩いた。
「そば打ち修行もまだ途中だったんだろ。 待たせた分、もっとうまいそばを食べさせてやれ」
「は、はい!」
鼻水をすすって、元気に応えた。
「じゃあ、僕たちはこれから花火だから、もう行くわ。 よかったら見に来いよ」
結月と別れて、今日設置した河原に向かった。
河原に着くまでに、祭りを楽しんでいる人たちを多く見た。
おもちゃの仮面を着けた子供たちが楽しそうにじゃれていたり、初々しい男女が腕を組んでまわっていたりと祭りを楽しんでいた。
本来は神様に感謝するために行われた祭りだが、もはやどうでも良くなっている。
楽しければそれでいいのだ。
今、流行の「ええじゃないか、ええじゃないか」である。
でも、花火が成功すればいいか。
実は花火には悪霊を追い払うとか、何かを払うとか意味があったはず……。
詳しくは、その……いいじゃないか。 楽しければ!
河原に着くとすでに多くの客が花火を間近で見るため結構の人がいた。
人の壁を掻き分けて先頭に出ると、熱田が石を積んで筒を固定している最中だった。
「熱田、お疲れー」
「おぉ、やっと来たか」
熱田は額に浮かんでいる汗を拭って立ち上がると、ふぅっと息をついた。
ずっと一人で作業していたからか、少し顔がやつれてるように見える。
これは琴にやってもらうしかない。
僕の隣にいる琴の背中を押して前に出してやると、ムっとした顔を見せてから熱田を元気づけに行った。
あれ? 琴さん、熱田のこと嫌いですか?
熱い男いや、漢だけど、いいやつですよ。 どんなことにも手を抜かない、いい漢ですよ、琴さん……。
暑苦しいけど……。
「こ、琴さん、その……浴衣姿……素敵ですね」
身体を硬直させて起立したまま琴の浴衣姿に見入っていた。
「ありがとうございます。 熱田さんもお祭り楽しんでこればよかったのに」
「いえ、自分は仕事がありましたので」
「頑張るのもいいですけど、休むのも大切ですよ」
そっと熱田の手を両手で包み、優しく温かみのある声で言った。
「は、はいぃ……」
顔がとろけてしまった熱田は見るに堪えない。
やることはやったので、くるっとその場で回転してまた僕のところに戻ってくる。 その時、ちゃっかり手を服で拭っていた。
これにはかける言葉がない。 バレなければいいという問題ではないが、バレないでやってくれ。
熱田の友達として本気でお願いする。
「それで、いつ花火やるんだ? もういい時間だぞ」
呆けていた熱田はやっと我に戻って空を見る。
雲の少なく、半月が夜空に顔を出していた。
夜になればいつでもできるけど、あまりにも遅いとさすがに迷惑になってしまう。
「もう少し待ってくれ! あとこれの点検終わったら始めるから!」
言うだけ言うとすぐさま最後の筒の点検に入る。
「琴も準備できてるか? 緊張とかしてないか?」
「うん、大丈夫! わたしにまかせておきなさい!」
胸を張って拳で胸を叩いて余裕であることを示す。
「じゃあ、まかせたぞ!」
肩を叩いて下がろうとすると、甚平を掴んで引っ張られた。
「悠、わたしが花火やってる間ひまなの?」
琴さんの笑顔に影がかかって怖いっす!
「だったらちょっと手伝ってほしいことがあるの」




