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三十一話 他人のために

 お昼の食事時を超えたあたりで、ようやく客足が落ち着いた。

 

 「花ちゃん、ちょっと休憩しようか。 今、お茶持ってくるね」

 「あ、いえ、私が淹れますから座っててください!」

 「そう? すまないね。 歳とるとどうしても足が痛くなってね。 それじゃあ、お願いね」


 元気に返事してから奥に行き、お茶の準備をする。 奥では、おじいさんが休まないでそばを作り続けていた。 真剣な顔つきで小麦粉とそば粉を混ぜていた。 たまに水に入れて生地をまとめていく。


 「おじいさん、休まなくていいんですか?」


 お湯が沸騰するまでの間に聞いてみた。

 おじいさんが職人であることは分かっているが、やはり歳ですからね。 それにずっと立っての作業になっているから足にもきているのでは?


 「確かに昼の食事時は過ぎたが、いつ腹を空かせたお客様が来るか分からねぇ。 そんなお客様を待たせたくねぇんだ」


 これが職人の心意気ですかねぇ……

 かっこいいです!


 「頑張るのもいいですけど、無理はしないでくださいよ」


 手を振っていかにも適当に答えられた。

 



 お茶の用意もできたので、お盆にお茶と茶菓子を乗せて運ぶ。

 天文に入ってまだ間もないけど、運ぶことに関してはそこらの食事処よりはやってきたつもりです。

 やたら注文するし、遅くまでいるしで短時間で慣れてしまった。

 うれしいのやら、悲しいのやら……


 「おばあさぁん、お待たせしました!」


 畳の上に座っているおばあさんの隣に座り、お茶を渡した。


 「ありがとうね」


 目がしわと見分けがつかないぐらいの優しい笑顔で言われると、なんだか心がポカポカしてくる。

 私のおばあさんもこんな感じだったのかなぁ……。

 私は物心がつくまえにお寺で過ごしてきたから、親の顔どころか名前も知らない。

 もちろん、おじいさんとおばあさんのことも知らない。

 一回だけ僧侶さんに親のことやおじいさん、おばあさんのことを聞いたら親は私を生んで共に死んだと、そしておじいさん、おばあさんは私が生まれる前に死んでしまったと言ってすぐ私の前からいなくなった。

 今考えると、何か裏がありそうでなりません!

 まぁ、過ぎたことだし知っても知らなくてもどっちでもいいか。


 「そういえば、おばあさん。 私が四ノ宮先輩の招待で来たって言ったとき、玲ちゃんの頼みなら断れないって言ってましたよね。 なんか関係あるんですか?」


 「関係というほどではないけどね。 (れい)ちゃんにはよく腰痛のお薬をもらうのよ。 私もおじいさんも腰痛には悩まされてきたんだけどね、玲ちゃんのお薬を飲んでからはちっとも痛くならないってもんだから大したもんだよ」


 お茶を啜り、一息つく。


 「四ノ宮家は代々薬師(くすし)を生業にしてきた家系なの。 玲ちゃんもその一族だから名に恥じないように一生懸命勉強したのよ」


 それから、四ノ宮先輩のことをいっぱい話してくれた。

 おばあさんが勉強を見てあげたことや、おじいさんが先輩の悩み事を聞いてくれたとか、家出したこととか本当にいろいろ話してくれた。


 「でもね、四ノ宮家にはある時から変な噂が流れるようになったの。 今からずっと昔のことになるけどね、四ノ宮 長って人が人の皮を被った妖って噂が流れるようになったの。 それで四ノ宮家自体が妖ではないかって、みんな疑いの目で見るようになったの」


 ずっと昔の出来事なのに今もその噂が流れ、現在も四ノ宮家は妖ではないかと疑う人がいるそうだ。


 「おばあさんも、そう思うのですか……?」

 「私はどっちでもかまわないねぇ。 人だからってみんながみんな優しいとは限らないように、妖にも優しいやつがいるのさ。 優しい心を持っているのなら、妖だろうがなんだろうが気にならないねぇ」

 

 大切なのは他人を想う心だと、おばあさんは言った。

 身分とか関係ない他人のために動けるかと、おばあさんは言った。

 今日はそば以外にも大切なことを学んだような気がします。


 「さて、そろそろ休憩もおしまいにして表の掃除でもしようかね」

 「はい! 手伝います!」

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