三十話 そば修行
先輩に書いてもらった地図をもとにそば屋を探すこと小一時間。
私って土地勘ないのか、方向音痴なのかどっちなんだろう?
うーん……、両方ってことはないはずだと思いたいものです! せめて、片方だけだと思いたい。
こうなったら人に聞くしかないですね……。
「あの……すみません。 このあたりに長谷川そばって店があると思うのですが……」
「あぁ、それでしたらこの道をまっすぐ行って右手の方に見えますよ」
今来た道を指差して、優しそうな女性が教えてくれた。
「お忙しいところ、ありがとうございます」
ぺこりとお辞儀すると、女性も何度もお辞儀しながら去っていた。
そうか、私は土地勘もあって方向音痴でもないけど、馬鹿なのか……。 今にもしゃがみこんで、土をいじりそうな勢いで落ち込んできました……。
それでも、表情には出さないで来た道の右側を注意して戻ると、あっさりと見つけた。
店の門には立派な看板が掲げてあり、いかにも高級感が漂ってくる。
こ、ここでいいんですよね……。 もっと庶民的なものを期待もとい予想してたのですが、これは緊張しますね……。
先輩、いいもの食べてるんだ……。
若干恨めしい気持ちを持ちながら、少し戸を開け、中を確認する。
開店前なので、店内は人っ子一人いなく太陽の光が窓から入ってるだけだった。
きっと従業員は、裏で下準備しているのだろう。
一通り確認し終わると、もう少し戸を開けて滑り込むように店内に入った。
「す、すみませーん……」
しばらくすると、優しい顔をしたおばあさんが出てきた。
「はいはい、すみませんね。 まだ開店前なので、もうしばらく外で待っていただけますか」
「あ、いえ、私は天文の四ノ宮 玲(しのみやれい)先輩からの招待で来た、結月 花です」
緊張しながらも、懐から先輩に書いてもらった手紙を渡すと目を細めながら読んでくれた。
「玲ちゃんの頼みとなっちゃ断れないねぇ。 ちょっとおじいさんに聞いてきますから、しばしお待ちを」
おばあさんが奥に引っ込むとまた一人になった。
天文に入る時とは、比べ物にならないくらい緊張する……。
さっきから心臓がバクバク鳴ってて落ち着きません。
天城さんたちを連れてこればよかったかもしれませんね……。
その場から動けずじっとしていると、おばあさんが出て来てこっち来てと手招いてきた。
緊張のあまり右手足を動かして、左手足を動かすとカラクリみたな歩き方をしながらおばあさんの後についていくと、手ぬぐいで髪を覆っている強面のおじいさんが生地をこねていた。
「お前さん、この子が少しの間ここで修行したいって言ってる花ちゃんだよ」
こねている手を止めず目線だけを動かして私を見たあと、またすぐ目線を生地に戻した。
「……どのぐらいいるつもりだ」
掠れながらも低くて渋い声で聞かれ、肩をビクつかせてしまった。
このおじいさんの第一印象、怖すぎます!
「十日ほど……です」
「……基本的なことも教えてやれんかもしれんな」
手を止めなにやら考え込んだ顔持ちになると、私の方に身体ごと向けてた。
「花ちゃんといったね……。 教えることは構わないが、営業時間は忙しくて何一つ教えてやることができん。 だから夜からの修行になるがいいか……?」
「は、はい! ご迷惑を言って申し訳ありません。 十日間よろしくお願いいたします!」
丁寧にお辞儀すると、おじいさんはにこりと笑った。 笑うと人当たりの良い顔になり、老人独特の優しさを感じた。
「まだ小さいのにしっかりとした常識を分かっている。 大変喜ばしいことだ」
お寺に居てよかった!
僧侶さんがうるさかったから、渋々身につけたけど役に立った!
あの時、陰で遺伝子の隋までハゲ坊主なんて呼んでごめんなさい!
開店の時間になり、私もおばあさんの手伝いをすることにした。
この店は、おばあさんとおじいさんの老夫婦で切り盛りしているらしく、他に従業員はいないみたいです。
役割も完全に分担して、おばあさんが接待をしておじいさんがひたすらこねているという、重労働をしているそうです。
さらに長谷川そばは、このあたりで有名でいつも満員状態だと言う。
そのためか、営業時間も短く夕刻にはもう閉めてしまう。
そういえば、四ノ宮先輩と何かと関係があるみたいだけど、何でしょうかね?
ちょっと気になりますね……。




