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二十六話 わたしの存在感がない……だと……

 僕と琴が熱田の手伝いをすると言っても、やることは足りない火薬を作ったり、その材料を採取するだけだ。

 花火に使う火薬は、山つつじ、桐、サワラの木を焼いて炭を作り、薬研(やげん)という漢方薬を作るときに薬草などを細粉にひくのに用いる道具で、すり合わせて火薬を作る。

 あとは全部、熱田がやることになっている。 そのためか、一日かけても五~十個が限界である。 それに加え、花火を打ち出す筒も作らないといけない。 去年より数を増やすということで、当然筒の数もある程度増やさないといけない。

 祭りは今日から二週間経った日に行われる。 それまでに間に合うか、熱田本人も分からないと言っていた。




 今日も日が落ちて夜になった。 天文内は祭りに向けてまだ作業をしている人もいるが、ぽつぽつと帰宅している人もいた。

 そろそろ終わるかと思っていると、琴が炭を紙に乗せて持ってきた。


 「どうする? そろそろ帰るか?」

 「わたしはまだ大丈夫だけど、花ちゃんは?」


 炭を受け取り結月を探してみると、隅っこで壁に寄り添いながら眠気と闘っていた。

 口をだらしなく開けて、心身共に疲れ切っている様子だ。

 給仕さんは祭りで食べ物を出すことが通例となっているので、祭りの日の少し前から始めても間に合ってしまう。 だから、その日が来るまでずっとみんなの助けに回る。 お茶を出したり、雑用をやったりと(せわ)しなく動いている。

 前から給仕をやってる人にとっては普通なことでも、まだ入りたての結月には異常な仕事量だったみたいだ。


 「結月も寝そうだし、その炭やって終わりにするか」


 熱田にその旨を伝え、今日最後の作業に取り掛かる。





 三人一緒に一言挨拶して帰路につく。


 「どうだ? 疲れたか?」

 

 僕の隣で大あくびをしている結月に話しかけると、必死に口を閉じてあくびをかみ殺した。


 「ですね。 こんなに仕事するのが大変だとは思ってませんでしたけど、楽しかったです! 充実してました!」

 「うん、それはよかった。また明日からも頑張れよ!」

 

 頭にポンポン叩くと、うれしそうに顔を歪ませて笑った。

 こうして笑った結月の顔は見ていると、なんだかほっこりしてくる。

 町も祭りに向けていつもより活気づいていた。

 屋台をやってる人は夜にも関わらず、大声で宣伝したり張り紙を貼ったりと宣伝に全力をかけていた。

 天文に許可をもらえれば、一般の人も出し物をやってもいいようにしてあるので、荒稼ぎをしようといつもより気張ってる。

 活気があるのはいいけど、さすがにうるさいな。 至る所で宣伝してるせいで、耳がキンキンするし、ちらし広告である引札(ひきふだ)をたくさん貰う羽目に合った。

 この紙をどう再利用するか悩んでいると、結月がちらちら僕を見ているのに気が付いた。

 どうせ、そば屋に行きたいとか食い物関係だろう。


 「そんなにちらちら見てどうした? そばは祭りの時に食わせてやるから我慢しろよー」

 「祭りまで我慢しろなんて死んでしまいそうですが、そうじゃなくてですね……」

 

 手をすり合わせてもじもじしていると、後ろを歩いていた琴がはっとして、僕たちの前に出てくる。


 「ま、まさか愛の告白!!?」

 「ここぞとばかりに出てくるな」

 

 いつものように額に手刀を入れて黙らせると、額をさすりながらも顔を真っ赤にしてむくれている。


 「だって! ここで反応しないとわたし空気じゃん! 悠と花ちゃんだけの空間じゃないんだよ? なんかいい感じみたいになってるけど、わたしもいるの! 存在感出さないと本当にいないと思われるもん!」

 

 あまりの必死さに戸惑ってしまった。 そうか恋みたいな話になると急に元気になるのは、そういうことだったのか理解。


 「は、花ちゃんが、赤くなってる!!」


 悲鳴を上げるように声を上げるのにビックリしながら結月を見ると、手で顔を隠して顔の赤みを隠していた。

 うそぉーん、本当? 惚れられることやった覚えないし、僕の好みは年上だから付き合う気はないぞ。

 

 「だめだよ! 悠はわたしのことが好きなんだから!」

 

 琴も顔を真っ赤にしながらも僕の腕に抱き付いてきた。 心の底ではドキドキしながらも、顔には出さずに引きはがす。 少し心残りがあったことは内緒だ。


 「で? その……本当なのか?」

 「いえ、嘘です」


 すっと顔の赤みが引いて、素の表情になった。

 器用だな……。 どっかの舞台で使えそうな特技だ。


 「琴さんが告白と言ったので、ちょっと茶化しただけです」


 しれぇっと言うと、してやったりと僕たちに勝ち誇ったようないやな笑顔を見せた。


 「本当はですね、熱田さんのことを聞きたいと思ってたんです」

 「それはだめだ。 最初に言っただろ。 気持ちよく仕事したいなら聞かない方がいい。 それに僕もあまり言いたくない……」

 


 むっとした顔になって睨んできた。 でもこればっかりは、本人の問題だから他人にどうこうできることでもないし、同情なんてされたくない。

 それに琴も必要以上に責任を感じている。 琴と(ちぎり)を交わしたのは、僕の判断だしすべての責任は僕にあるはずなのに、琴は自分にも責任の半分はあると頑なに言う。

 責任の半分を背負ってくれるのは、正直言ってありがたいと思ってしまう。 しかし、だからこそ自分が余計惨めに見える。

 本来なら自分が背負わなければならないことを、他人に背負ってもらうことで救われる。

 こんなふうに思っているから琴に背負わせることになったのだろう。

 まるで子供だ。

 子供のしたことは親の責任。

 身体は大人でも心、精神は子供のまま。

 全然成長してない。

 本当に惨めだ……。




 僕たちはそれ以降、一言もしゃべらず帰宅した。

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