二十三話 神降ろし
琴と距離を取ってもすぐ追いつかれ、また離してもまた追いつかれる。
夜になっていい時間になったおかげで、家の明かりはすべて消えていて外には人っ子一人いなかった。
なにやってんだ僕たち。 とっさに可愛いと言った僕が恥ずかしくなって距離を取っているだけか、バカだな僕。
それでも意地になって琴と距離を取っていると、暗い夜道に一人立っている人がいた。
後ろを向いていて顔が分からないが、背中を丸め左右にふらふら揺れている。 あまりにも不審な動きをしている人を見て思わず足が止まってしまった。
後ろから走ってきた琴が背中に抱きついたが、何も反応がないことを不思議に思ったのか、僕の肩ごしに前の人を見た。 琴も不気味と感じたのか、ビクっと身体が震えるのを背中に感じながら、手に持っている提灯で不気味な人を照らすと奇妙な腕をしていた。
腕が異常に長く手の甲が地面にくっついていた。 さらに手の大きさも通常では考えられないほど大きく、指の代わりに鋭い爪がついていた。
「悠、あれって……」
少し震えた声で僕に耳打ちした。
「妖だな」
琴と一緒に仕事するようになって分かったことだが、琴は妖が怖いみたいだ。 妖と言っても姿かたちはさまざまで人間に似ている者もいれば、化け物みたいな者もいる。 今回のはその中間。 身体は人間だが、腕から先は化け物の妖。
「どうするの?」
「まずは様子見だ。 向こうに敵意があれば応戦する」
こくんと頷き、僕の背中から離れようとしたら向こうがゆっくり振り返った。 顔には木製の仮面をつけていて表情は分からないが、恐怖を感じた。
仮面は奇をてらさず、目と口の部分だけを開けてあった。 誰が見ても適当に作ったものであるがそれが逆に怖かった。
妖は僕たちの方に身体ごと向き直ると身体と一緒に頭も左右に振りだした。
一定のリズムでゆらゆらと揺れていると身体と頭がまっすぐになった時ピタっと止まった。
それでも、僕たちは動けないでいた。 琴が中途半端に抱き付いてる格好で。
しばらく睨めあうと、妖が動き出した。 手を地面に引きずりながら走ってきた。
向こうが走り出すと僕たちも動く。 中途半端に抱き付いていた琴が僕の背中に飛び乗り、僕は琴を落とさないように足を脇でしっかり挟み、妖の行動に対応できるように足を大きく開き腰を低くした。
もともと妖との距離はそんなになくあっという間に距離をつめられると、身体を回転させ遠心力をつけると長い腕を伸ばし足を狙ってきた。
垂直に跳んでかわし琴が妖の顔を殴りつけた。 相手が回転しているおかげで、力のない琴でも転ばしその隙に妖と距離を取る。
「今のうちに憑かせるぞ!」
「うん! 分かった!」
十分距離を取った後琴を下ろすと、すぐさま憑依状態になるための準備を始めた。 目を閉じ両手を重ねて胸にもっていくと、周りから火が立ち上がり琴を飲み込んだ。
精霊が憑依状態になるには少し時間がかかる。 その原因は武器所有者の波長と完全に同じ波長の身体になることと、精霊自体の力に制限をかけるためだ。
精霊が人間と波長を合わせることで人間でも精霊の力を使えるようになる。 しかし、精霊の持ってる力は人間が扱うには強すぎる。 武器に憑かせた途端、自身も巻き添えを食らう。
琴の場合、刀に憑かせると鍔から炎が立ち上がり刀身を覆うことで刀自体の強度を上げるだけでなく、斬撃の後に炎で焼くと追加の攻撃も可能になる他、刀身の炎を剣先にまとめ飛ばす遠距離の攻撃もできる。 しかし制限をかけずに憑依すれば、刀全体が炎に包まれ腕が焼かれるばかりか、そのまま全身に炎がまわり焼け死ぬ。
だから精霊は力に制限をかける。 自分の相方を殺さないために。
琴が僕を殺さないよう時間をかけて制限をかけている間、僕は琴を守らないといけない。 精霊が憑依状態を作るには良くも悪くも目立ってしまう。 妖との戦闘ではなければ神々しい風景だが今回のように戦闘中に行うと、これから何かをすることは明らかである。
当然さっきまで倒れたまま動かなかった妖が立ち上がり、こっちに駆けてくる。
足を前後に開き刀を身体の正面で構える、いわゆる中段の構えを取った。 妖が走りながら僕の頭を狙って腕をまっすぐ伸ばしてくるのを刀で横にずらし受け流す。
ギャリギャリと金属の削れる音を耳のそばで聞き、腕の間接部分まで受け流すと力を込め払いのけた。 横から力を受けたことで、上半身がまわり足がもつれ転びそうになったところに回し蹴り決めた。
とりあえず突進は止めることはできたが、ただ止めただけだ。 刃を使って受け流したが刃には一か所にしか血が付いてない。 おそらく振り払ったときに付いたものだと思うが、これでは紙で指を切った程度でしかない。
こうして確認していると妖が立ち上がり首を右に折ったり、左に折ったりして首の調子を確かめていた。 最後に首を振って確認し終わるとまた突進しようとした。
その時、僕のうしろで炎を振り払って琴が出てきた。
手のひらサイズになり空中で浮遊しているが、これで憑依ができる。
刀をいったん鞘に戻し、空に掲げて叫ぶ。
「琴!!」
刀まで飛んでいくと自分から刀に入っていった。
それを確認してから腕を顔の正面まで下げて刀をゆっくり抜く。 鞘から刀身が姿を現した途端に鍔から炎があがり包んでいく。 半分まで引く抜くと残りは一気に抜き、鞘を捨てる。 そしてさっきと同じように中段に構える。
「どうするの?」
刀身を震わして琴がしゃべった。
神降ろしを終えて警戒し始めた妖から目を離さず方針を述べる。
「火球で脅す。 それで逃げてくれるかもしれない」
「……逃げなかったら」
「……やるしかない」
言って下唇を噛んだ。 やらないとやられることは分かっているが、どうしても踏ん切りがつかない。 向こうにも家族がいて、友達がいて、大切な人がいて、と考えるとためらってしまう。
頭領にも何度も注意された。 「俺たちは天文だ。 俺たちがやらなければみんな死ぬ」と、「責任もってやれ」と。
だからやらないといけない。 僕がやらないといけない。 責任を持って……。
自分で自分を言い聞かせ、刀に意識を集中させる。 太陽のように丸い球体を思い描き、刀身にある炎をすべて剣先にまとめ、頭一つ分の火球を生み出す。
狙いはあいつの足元の手前。 刀を頭の上に持っていき振り下ろし、火球を投げた。
本来なら打ち出した方が加速がついて威力も増すが、街中もあって轟音を出すわけにはいかない。 野次馬が集まってきて被害が出るかもしれない。
それでもけっこうな音が響き土埃が舞い上がったが、妖は見事な跳躍を見せ山に逃げていった。
それを見届けると琴が刀から出てきて元の姿に戻り、鞘を拾いに行った。
安堵の息を吐くと所々の家から明かりが灯った。 説明するのも面倒くさいので、ささっとその場を後にした。
極度の緊張感から解放され、ぐったりとしながら天文まで戻ると結月が玄関の前に膝を抱えて泣いていた。
こっちもいろいろあったみたいだ。




