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二十一話 対立

 「なぁ、鬼よ……そろそろ良いか?」


 腕を組み呆れたように鬼に話しかけ思考を止めさせた。


 「ん? そうだったな……すまん。 ところで、何を聞きにきたのだ?」


 頭を下げて謝ったのを見て口を開く。


 「単刀直入に言うが、鬼姫様に娘はおったか?」


 娘と聞いて一瞬ではあったが鬼の目つきが鋭いものになったがすぐにもとに戻し、平坦な声で聞き返した。


 「それを聞いてどうするのか。 そもそも、なぜそんなことを聞く?」

 「ほんの少し前に鬼姫様に似た娘を見た。 妖力こそなかったが、確認することに越したことはないと思ってな」


 「そうか」と小さくつぶやくと天井を見上げ息を吐く。 何かを諦めたように全身の力を抜いてるのがわかった。


 「本来なら鬼以外には話してはならん、との約束だったが、いつまでも隠しきれることではないみたいだな……。 お前の言う通り、鬼姫様には娘がいる。 人間と妖の間に生まれた不憫な娘だ」


 名前を言おうとしたら、天狗が先に「結月 花」と言った。


 「そうだ、鬼姫様の最後を看取った時に託された」

 「託された? ならばなぜ、ここにいない! おまえが追い出したのか!!」


 鬼姫様が殺されてから妖界(あやかしかい)は荒れている。 これまで、人間の作物を盗ったり、物を壊したりといたずらはやってきたが、人間に危害を加えることだけしなかった。人間は妖に危害を加えることもあったが、それでも手を出さなかった。 妖たちは、やったらやりかえされることを知っていたからだ。 憎しみを憎しみで返してもまた返される。 そんな悪循環は誰かが止めなければならない。

 その役目を果たしているのが妖であった。 たとえどんなに傷ついても、ぐっと奥歯を噛んで耐えて暮らしてきた。

 だがあの事件以来、人間に対する恨みが爆発してしまった。 人間が妖を恨み、妖が人間を恨む。 これまで回ることのなかった恨みが回り始めたのだ。

 そんな時に、妖として不完全な花を人間の中に放り込むことが理解できなかった。

 今は天城や琴が見てくれているから多少は安心できる。 たとえ花が鬼であることがバレても手を出すことはしないだろう。

 だが、組織が組織だ。 対妖特別部隊「天文」。 妖が人間に危害を加えた場合、問答無用で惨殺する組織だと天城に教えられた。 人間が妖に対しての最終兵器だと。

 故に天文は妖にとって最大の天敵である。

 それなのに花を人間の中に放つ行動が、いかに危険かを理解できてないこいつ怒りを覚えた。

 しかし、鬼は前々から用意された言葉を淡々と繋ぐ。 本当に感情があるのかが分からないほど淡々に無機質に言う。


 「違う、それが鬼姫様の願いだからだ。 我らといればいつか殺される……ならば、せめて人として生きてほしい」


 鬼の言葉を遮り、言葉を放つ。


 「天門にでもバレればすぐに殺させる! (わしら)の目の届くところに置いておった方が安全ではないか!」

 「先にも言ったが、花様には人間と妖の子。 人間の血も流れている。 バレることはない」


 奥歯を噛みしめた。 別に反論ができないからではなく、単に何を言っても意味がないと分かったからだ。 仮面でも被っているように表情を崩さず、ただ言葉を紡ぐだけの男に嫌気が差した。

 (きびす)を返し戻ろうとしたところを呼び止められた。 あくまで平坦に、冷静に呼び止められた。


 「どこに行くんだ?」

 「花を連れてくるだけじゃよ」


 苛立ちを露わにして言うと、さっきまで声色を変えないでいた鬼の声に凄味が混ざった。


 「何故に……?」

 

 鬼の問いには答えず扉に向かうと背筋にゾッとするものを感じた。 反射的に後ろを振り返ると、鬼が闘鬼(とうき)になるため全身に力を込めていた。 足を大きく広げ、腰を低くし拳をきつく堅め目も血走っていた。

 

 そうまでしても鬼姫様との約束を守りたいのか、炎鬼(えんき)よ……。


 怒りでも、呆れでもない憐れみの目で、かつて鬼姫様の側近を務めた鬼を見る。 今の妖の王ではなく、一人の鬼である炎鬼を見る。

 炎鬼が闘鬼になるまでに時間はかからなかった。 ほんの数秒といったところか、足元から全身の皮膚が紅くなった後、全身の筋肉が膨れ上がると同時に身体は2、3倍になっていた。

 闘鬼になったばかりで息は荒かったが、すぐ眼下にいる天狗を潰すため身体を捻り拳を固める。 そして掛け声と共に、あの体格からは想像もできないほどのスピードで拳を繰り出すが、翼を広げ空に飛ぶことであっさりと避けられた。

 振りぬかれた拳は誰もいない地面を割るに終わるが、地面を大きく抉るほどの威力を持っていた。

 空に舞い上がった天狗は右手を袖にひっこめると、(おうぎ)を手にして出した。

 だが、天狗は扇を開こうとせずじっと鬼の行動を見ていた。

 一撃目をあっさり避けられたことに苛立ちを覚えた鬼は、地面を割った時にできた岩のがれきから天狗と同じ大きさぐらいの岩を見つけると、それを持ち上げ力を込め天狗に投げつけた。

 天狗は至って冷静に扇を開くと、そこには金色の和紙に風神と雷神の絵が描かれていた。 一扇ぎすれば大風を起こし、二扇ぎすれば乱雲を呼び、見扇ぎすれば豪雨を降らす、天狗の扇である。

 その扇を大きく一回扇ぐとたちまち大風が吹き荒れ、岩がどんどん減速した。 頃合いを見て左手をぐっと握ると、岩の周りに風が集まりすっぽりと包み込んでしまい空中で静止させた。

 風に包まれた岩を紐で付いているかのように引き、天狗の横に移動させた。

 さっきも今もそうだが、炎鬼の予備動作が大雑把すぎて次に何をするのかまるわかりだ。 それ故、対処も冷静にできる。


 「仮にも炎の名を持つ鬼なら、鬼火でも使ってみたらどうじゃ! しばらく会わんうちに妖力の使い方でも忘れたか!」


 歯をギリギリと鳴らし両拳を握り、力を込めると指と指の間から炎が漏れだした。 それを合図にバッと手のひらを広げると、真っ赤に燃える大きな炎の弾が両手に宿った。 まるで炎鬼の怒りをそのまま炎で表したように荒々しく燃え上がっている。 その弾を天狗に向かって続けざまにぶん投げた。

 天狗の横にある岩の後ろを開かれた扇でポンっと叩くと、炎の弾に向かって勢いよく飛び出した。

 岩は一発目の弾と当たり、大きな爆音と煙を残しバラバラに砕けた。 そして二発目も天狗に当たったかのように見えたが地に降りることでかわし、天狗の後ろに壁に当たった。

 しかし鬼はそれに気づいていなかった。そればかりか天狗が落ちてくる音が聞こえず目を凝らし空を隈なく捜していると、カッカッと地面を蹴る音を間近で聞き天狗が地面を飛びながら煙の中を突っ切ってきた。

 地に降りた天狗は、右手に持っていた扇を左に持ち替え右手を握り、空から見た鬼の位置を頼りに走った。 煙を抜けると握っていた手を解くと手のひら大の竜巻が発生していた。

 鬼が次の動作をする前に竜巻を鬼の鳩尾(みぞおち)に叩き込んだ。

 何が起こったか固まっている鬼から後方に大きく飛び、左に持っている扇で竜巻目掛けて扇いだ。

 竜巻は風をすべて吸収すると、大きさを増すと同時に回転も速くなっていった。 飲まれまいと足に力を入れ堪えていた鬼だったが、強さを増す竜巻に押され後ずらりした瞬間、一気に身体を持っていかれ回転しながら壁に激突した。

 膝を着いて倒れこむところだったが、何とか手を地面に着け身体を支えた。

 外傷は特にないが、回転によって三半規管がやられまとまに立つことができなかった。

 ゆっくりと天狗が歩みよると、同情にも似た目で見ていた。


 「鬼姫様はお前にとって特別だったかもしれない。 その人との約束とならば守りたいという気持ちも分かる。 だが今のお前は、我らの王だ。 みんなの身を案じなけえればならない。 今一度聞く。 お前は結月花を助けたいか、それとも約束を守るか?」

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