十九話 空を自由に飛びたいな!
今日は日曜日ということで鬼の洞窟に戻って近況を報告に行く必要があるのですが、ひとつ問題があります。 四ノ宮さんの助手の件は毎週日曜日は休みにすると言っていたのでいいのですが、戻るのに時間がかかりすぎる。
この町に来るだけで半日以上歩いたのに、一日で行って戻ってくるなんて不可能です!
うぐっ……泣きそう……。 とりあえず急いで支度して行かないと!
弁当と水筒を持ってすぐ町を出た。 できるだけ早く出たつもりだったが、すでに太陽は空高く昇っていた。
「うぅ、これじゃあ夜になっても着けないよぉ……」
弱音を吐きながら一歩、また一歩と足を進める。
「私も、男だったらよかったのに……」
ぽつりと不満をつぶやく。
鬼は通常、人間と同じ姿形をしているが、妖力を使うことで絵巻などにあるおぞましい姿の闘鬼になる。 その姿になると身体能力が飛躍的に上昇し、小さい山なら跳躍だけで山頂についてしまうほどの力を発揮する。
しかし、その鬼になれるのは決まって男性の鬼だけなのである。 何が原因であるのかは未だ分からないが、一番有力な説では男女での妖力の違いであるとされている。 男の妖力は荒々しくも力強い種族を守るためにあるのに対し、女の妖力は川のせせらぎのように穏やかで癒しの妖力である。 おそらくこの違いが闘鬼になれるかどうかではないかと言われている。
自分が女であることを呪いながら、いつ着くかを考えながら歩いていると空から声をかけられた。 空を見上げると黒く大きな翼を広げた天狗がいた。
「鬼の洞窟まで連れてってください」
子供が親にだっこをせがむように両手を天狗に向けて突き出し、抑揚なく言った。 今までの不満や不安もあったせいか、少しだけぶっきらぼうに頼んでしまった。
「嫌と言ったら……」
「石を投げる。 大量に」
「そりゃ、かなわんな」
「でしょ」
天狗に抱えられながら鬼の洞窟まで運んでもらった。
空を飛ぶのは気持ちがいいもので、気持ちが晴れやかになったような気がする。
「ありがと! 帰りもお願いね!」
「はいはい……、ささっと戻ってきてなぁ」
実に嫌々そうに言ったが、ちゃんと待っててくれるあたりに優しさを感じる。
「うん! すぐ終わるから待ってて!」
駆け足で洞窟の中に入っていくと扉の前で炎鬼が手を後ろで組んで待っていた。
「おかえりなさいませ」
「ただいま! 門番さんも、ただいま!」
藁で全身を隠した二人の門番は低頭して挨拶とした。
「それで、どうでした」
「そうだね……みんな怖いって言ってた。 憎いとか、殺すべきとか言わないで怖がってた……」
「そうですか……。 まだ話し合いの余地はありそうですね」
「そうでけど……ちゃんと聞いてくれるか……」
「どうでしょう。 今まで誰も試したことがないゆえ、なんとも言えませんが鬼姫様ならやってくださると信じております」
「変な圧力をかけんなー!」
炎鬼のみぞおちに全力の拳を当てるがびくともしない。 急所に当てたのになんともないなんて、私が非力すぎるのか、炎鬼の身体が固すぎるのか分からないが、悲しくなってくる。
「それはそうと、みんなの顔を見ていきますか? 天狗殿を待たせていますので、長話はできませんが」
私の拳をどけ言った。
「会っていきたいけど、なんで天狗がいるって知ってるの?」
「私が頼みましたから」
さも当たり前のように即答した。 こうまで行動が読まれているといくら信頼している鬼でも怖い。ぞっとする。
「そ、そう……。 ありがと。 お茶でも出してあげて」
低頭して了承した炎鬼と一緒に扉の中に入った。




