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宵の天秤  作者: 仲南砂上
9/15

第九話 臨戦

「真の実力は、本物の刃でないとわからない。レイピアを1本持って、寄宿舎の屋上に来なさい。誰にも見つからないように」

四肢が軋む。顔が歪む。

さすがに部活程度だとは思っていなかったが、やはり辛かった。

訓練場を出る頃には脚を引きずり、壁を頼って歩かねばならなかった。

しかし、若さというのは有難いもので、1ヶ月もすると騎兵隊を自称できる程度の体力は付いた。

ついでに言うなら小さな勇気も、それにもっと小さな、けれどとても尊い、自信も湧いた。

僅かでも成長した今、自分の力を試すのに、もう、あまり恐れは無かった。


「あのー・・隊長」


「何だリベル?フットワークはもう終わったのか?」


「はい、終わりました。それで、班の事なんですけど・・・」


それは、もう1週間は言い続けたセリフだった。

『またか』という言葉すら声に出さず、ラビさんは無表情のままで、愛用のトマホークを再び研ぎ始めてしまった。


「あのう・・」


「しつこいなぁ、お前は。

もう今回は折れないぞ。ハンスに言ったって、こればかりはダメだからな」


これもまた、1週間聞き続けた。

私はまだ、どこの班にも所属していなかった。

所属の班が無いというのは、つまり出撃する機会が無い、という事だ。

もう季節は変わり始め、カレンダーの絵柄は、雨に濡れたカタツムリとアジサイが共演していた。


「でも、ギムサ班長は十分なレベルだって、言ってくれました」


「ギムサの班には入らないだろ。お前の候補班は5班なんだから、ジョルジオが認めないと」


「でも、ジョルジオさんは・・」


ジョルジオさんは、滅多に訓練場に顔を出さなかった。

ほんの二日前に、5班のミーティングのためにここへ来たが、けんもほろろに断られた。

大体の場合、班長は候補の新人と手合せをして、一定のレベル以上だと判断したら、自分の班に入れるものだ。

しかしジョルジオさんは、手合せどころか、構えすら見てくれずにひと睨みして背中を向けてしまった。5班のメンバーに話しかけても、苦笑いして他所へ行ってしまうだけだった。


「私、ジョルジオさんに嫌われてるんでしょうか?」


「そんなの知るか。何か嫌われるような事をしたのか?」


「いえ・・。身に覚えは無いですけど」


「じゃあそれは無いだろう。忙しかったんじゃないのか?」


「そうでしょうか?」


「変な心配をせずに訓練しろ。

いっそジョルジオを打ち負かしたら、お前を班長にしてやるさ」


相変わらずの真顔できっぱりと言い、いま水洗いした刃を目の高さまで持ち上げ、片目を瞑った。

斧は鏡のようにきらりと光って、室内訓練場の天井を映した。ラビさんの表情が、眩しく輝く。

ハンスさんが言っていた『ラビの恋人は手斧』という揶揄が、身に染みた。


結局何も解決せず、渋々トレーニングに戻る。

稽古を付けてくれるのは、アデルを除く2班の先輩達だった。

もちろん、2班に入れたら言う事なしだった。

しかしそれは無理だと隊長から聞いたばかりだ。現時点で女性兵と新人兵を抱える2班に、もう一人の女性兵、しかも新人を加えるのは、あまりに酷だと釘をさされた。

いくらギムサ班長が屈強な大男とはいえ、それでは負担が掛かりすぎる・・と。


「あ、おかえり。どうだった?」


アデルは、私の顔を見ると全てを察し、同情の眼差しを向けてきた。

未だ入隊4ヶ月目の彼にとって、この苦境は自分の記憶にも新しいところだろう。

後に聞いたが、あの駅での紛争の3日前だったらしい。アデルが2班に入ったのは。


「ねえリベル、僕何か変だと思う」


「なんで?」


「だってジョルジオさん、僕が入りたての時は普通にここに来てたよ」


「・・・そうなの?」


「うん、なんか怖くて喋れなかったけど。僕さ、ちょっと思うんだ。その・・・」


急に声を落としたので、急いで耳を近づける。


「リベル・・・嫉妬されてるんじゃないかな」


「・・・え?」


「だから、リベルはジョルジオさんに嫉妬されてるんじゃないかって」


「な、何で?」


アデルの瞳に狼狽の色が映り、ちょっと、と手を招いて皆の死角に座り込んだ。


「何?」


「ごめん、ちょっと変なこと訊くけど・・・リベル、死んだとき幾ら支給された?

言いたくないなら、言わなくても良いけど」


「一番最初に?」


「うん、そう」


金額が金額なのでかなり躊躇したが、アデルが何か悪いことをするとも思えないので、とりあえず正直に伝えた。ちなみに端数は覚えていないので、切り捨てた。


アデルは目が点になり、ちょうど初めて金額を聞いた時の私と、同じ反応をした。


「せ・・1200万?!本当??一桁間違ってるんじゃない?」


「アデルは?」


「僕なんて180万円だよ!それでもビックリしたのに・・・

リベル、生前そんなに苦労したの??」


「そんな事ないよ!私も多すぎると思ってリンディさんに言ったんだけど、間違いないって」


「やっぱり、そうだったんだ・・。それで、そのウイングを・・・」


「これ?」


初日に注文したウイングだ。

リンディさんが進めてくれたモデルで、一生モノなら、このくらいの値段が良いわね、とも言っていた。

今やそのセリフは、不吉なものに思えて仕方なかった。


「それ、リンディ士官も同じの付けてた?」


「う、うん。だけど私、値段、訊いてなかった・・・」


「多分だけど、それ・・飛行用ウイングの中で一番高いやつだよ」


今更、目が飛び出た。

何でそんなものを選んでくれたんだろう。猫に小判にも程がある。


「い、いくらなの?」


あきれたことに、私はあの日の買い物の後、一度も通帳を確認していなかった。

レシートも確認していない。


「僕、これカタログでしか見たこと無いけど・・・たぶん、550万くらいだった」


驚きのあまり、頭がくらくらした。

それだけあれば一体何が買えるだろう。立派なグランドピアノが買える。豪華な世界旅行もできる。兄の大学の費用も、それくらいだったかもしれない。

それと同等の価値のものを、今、背中に装備しているのだ。


「知らなかったの?」


全然知らなかった。こんな、ファンタジックで、仕組みが謎だらけな機械の価格など想像も付かなかった。思い返せばやたら豪華な包装だったが、ウイングは皆そういうものだと思っていた。


「そっかぁ・・・・」


「でも、どうして何も言ってくれなかったの?サンディさんも、ギムサ班長も」


「多分、気付いても黙ってたんだと思う。支給金の話なんて、誰もしたがらないし」


「・・・でもきっと、とんでもない額ってことは皆にバレてる、よね」


「・・・・僕が勘づくくらいだから」


あの、思ったことを何でも口にするハンスさんでさえ、私のウイングについて一言も言わなかった。

隊長だって、私にこのウイングは分不相応だと、なぜ一言言ってくれなかったのだろう。

加えて、アデルは注釈を述べた。


「ジョルジオさんは家がお金持ちだったみたいで、今の環境に納得してないらしいよ。

でもウイングだけは高級品を最近買って、いつも自慢してた。って・・・姐さんが」


それで、全てを了解した。

私の入隊とほぼ同時に訓練に来なくなったのも、それが原因と考えて間違いなさそうだ。


「どうしよう・・話せば何とかなるかな?」


「何とかできるの?」


それはこっちが訊きたいぐらいだ。しかし、何とかするしかない。

他の班はすでに新人が居たり、使用武器が偏ってしまったり、とてもすぐに入れてもらえる状況ではなかった。

レイピアみたいに扱いやすい武器だと、それに人口が集中して、すぐ満員になってしまうのだ。


「・・・なんとかするよ」


自分の居場所は、自分で確保しなければならない。いわゆるセルフ・マーケティングの指南書など一度も読んだことは無いが、そう感じた。

自分の苦境に甘えてフテ腐れるなど、少なくともここでは、皆の前では絶対にしたくなかった。


「ジョルジオさん、どこに居るのかな」



「受付のネルリーさんに聞くといいよ。あのひと、人を捕まえるのが仕事だから」






薄雲りの午後―――ベルベット地の上等なベストの右ポケットから、ボクは純金メッキされた美しい装飾の懐中時計を、優雅な手つきで取り出した。

本当ならボクが持っているのはメッキではなく純金製で、ダイヤをあしらった、もちろんスイス製の一級品、の筈だった。

しかしあの役立たずな運転手のせいで、(そう、あの爺はいつも親父からの電話にビクビクして、フリーハンズ機能で話していても緊張のせいで結局手が震えていた)このボクは今、いわれの無い困難と屈辱を味わっているのだ。

あのハゲ爺、もし死んでいたらきっと地獄に落ちているだろう。ざまあ見ろ。


とにかくどこに居ても気品が滲み出ているボクは、時計の蓋を開けて文字盤を見た。

長針と短針は、3の文字の上で美しく重なり、もうすぐあの下賤な、虚栄心の塊の新人女が訓練を終えて寄宿舎に戻る頃――――とボクに優しく囁きかけていた。


嗚呼、それでも・・あそこへ行くのは、やはり気分の良いものではなかった。

物わかりのいい連中も一応居るが、大概の馬鹿者はボクの振る舞いを理解しようとせず、コソコソ隠れて、物陰からエムヴィー・・そう、“嫉妬”にまみれた視線を、無礼にもボクに投げかけて来るのだった。

因みに軽装騎兵隊は、ラヴィエルという野蛮な斧使いのガキが何故か隊長をやっていて、まあ、どうせあの野蛮な斧を適当に振って、形だけの戦果を挙げたのだろう。下品すぎてボクには到底マネ出来ないが。

その形だけの隊長にも、流石にボクの能力の崇高さは理解できたらしく、この前やっと、遅すぎるが、やっと班長の叙勲をよこしたのだった。


憂えるボクは、重い腰を上げて部屋を出た。

訓練だけはしないと、いかに優秀なボクでも、剣の感触を忘れてしまう。5班の間抜け共にも、示しが付かない。


ドアを閉める。懐中時計をポケットに入れ・・・ボクは強烈に嫌なものを見た。


安っぽい絨毯敷きの廊下の向こう、わざわざあの至高のウイングを外して、セイント・リベルがボクに向かって歩いて来た。両の手に、練習用のフルーレを1本づつ持っている。手合せを申し込む心算だろう。

ボクが一番気にしている、大変デリケートなところを、あの女は抉り取った。

根拠の無い虚栄に満ちた、勢いだけはある、あの女の目は、こう言っていた。


―――アンタがバカみたいに気にするから、あれを外してやったわよ?

さあ、どうするの?これでも戦わないつもり?


「ジョルジオ班長」


ボクの名前を勝手に呼ぶな!汚らわしい!

・・しかし、温厚で賢いボクは、とても紳士的に振る舞った。


「おや、セイント・リベル。こんな所までフルーレを持ってきて、君は熱心だね」


「班長、手合せを申し込みます。

ウイングの事は・・・すみません。私、知らなかったんです。リンディさんに任せっきりで、値段とか見てなくて・・」


怒りに、身震いしそうだった。


成程ね、良くわかった。君は値段の事など気にしなくても好きなものが買える。今のボクと違って。

OK、もう良い。君の言いたいことは、よーくわかった。


「5班に入れて下さい!ジョルジオ班長!」


ボクを怒らせた罰を与えてやる。ボクにはそうする権利があるんだ。


「・・いいだろう。手合せする。但し、フルーレではダメだ」


「・・・・えっ?!」


驚いた間抜けな顔。いい気味だ。


「真の実力は、本物の刃でないとわからない。レイピアを持って、寄宿舎の屋上に来なさい。誰にも見つからないように」


お前みたいな能無しの生き死になど、ボク次第でどうにだって出来るんだ。

それを思い知らせてやる!


「防具は必ず付けて来なさい


何が起こるか、わからないからな」



挿絵(By みてみん)

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