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宵の天秤  作者: 仲南砂上
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第七話 誤想の仔羊

「イジスタさんが6番に居た時は、凄い兵士だったそうですよ!背も高いし、力持ちだし。きっと今よりモテたでしょうね!」


「・・・・・・でしょうね」

あの日、最初に悪魔を相手にした時の詳細は、あまり覚えていない。否、後でこうだったと思い出せるほど、考えて攻撃できなかった。


悪魔は、羽織った白衣と背中の間から短い剣を取り出して、斬りつけてきた。

怒りに駆られて、どこか怪我したのか、それともしていないのか、全然分からなかった。

息を荒げ、ただ、ただ、剣を振った。

レイピアの、あの細い見た目を裏切る重さに耐えている右掌は、既にそれぞれの関節が全くいう事を聞かなくなり、持ち手が滅茶苦茶でも最早握り直すことも出来なくなっていた。ハンスさんに貰ったこの手袋の手のひらの部分が、滑りにくいように豚皮のような素材でできている事に、この時気づき、深く納得した。


とどめは、突き、だった。刺さった剣がどこからどう見ても斜めで、綺麗に決まっていなくても、部活で繰り出した技そのものの感触だった。


全ては光のように、たった一瞬で片付いた。

無我夢中で突進して、今は至近距離にある白衣の襟が睫毛に触れた。

抱きしめられた時の、もうあの微かな芳香は消えていた。無数の滴が落ちて、ブーツを、床を、水が叩く音を聞いた。


階段の上。遥か遠く、皆の声が聞こえる。



我に返ると・・シャワーを浴びたように、上半身が汗でびっしょり濡れていた。

無理やり手を開いて、剣の柄を、ぎこちなく、ゆっくりと握り直す。申し訳程度に両刃の付いたこの細い、90センチ程のレイピアは、刺突用の造りになっていて、横にスライドすると折れてしまいそうになる。もう一度抜くには体ごと後ろに下がるしかなかった。

脚がなかなか動かず、目を閉じて祈る。そんなはずはないと、わかっていても。

次第にじわり、じわりと皮の手袋に何か温かい液が染みてきて、背筋が凍りついた。


――――リベルさん!


数分も経っただろうか。激しく今更だが、新任のアデルが駆けつけてくれた。

肩を掴まれ、やっと目を開ける。顎に溜まっていた冷や汗が、ぽたりと胸に落ちた。


「うわ・・・凄い!リベルさんがやったの?!」


アデルに促されて見ると、能でよく見る般若の面にソックリな顔をした下等生物が、直立したまま腹から土留色の液体を垂れ流して絶命していた。剣を突き立てられた腹は、中にサッカーボールが入っているかと思うくらい、丸く膨れている。

こんな馬鹿馬鹿しいナリの生物に言い寄られて、私は間違いを犯すところだったわけである。下衆、というほかに相応しい表現が見つからない。剣を抜き、心底疲れて深いため息が出た。


「アデルさん・・皆は?」


「・・今、ギムサ班長の手当てが終わりました。ピエットさんはグラハムさんと事務所に帰ったところです。

サンディ姐さんとリゼックさんは東口の閉鎖に向かいました。

今、東口はハンスさんがいま食い止めているところです。駅舎の外に、もう敵は居ないようです」


「みんな・・・」


「ありがとうございます。助けが来なかったらどうなっていた事か・・・。

あ、ちなみに居ましたよ。イジスタさん」


「えっ?!本当?何処に?」


「駅舎の中です。今隊長と二人で敵を一掃してると思いますよ」


「ふたりで・・?」


「イジスタさんが6番に居た時は、凄い兵士だったそうですよ!背も高いし、力持ちだし。きっと今よりモテたでしょうね!」


「・・・でしょうね」




堕天使や悪魔で結集されたゲリラ集団はどんなに討伐しても尽きることなく、数日後には現れる。

彼らの目的は未だにハッキリと分からないが、あらゆる場所で市民が迫害されている。

天使たちの日々の幸せというものが随分気に障っているようだ。なぜなら彼らは、いつだって、笑顔ではなく、苦悶の表情を好む。

収拾がついたのは、ラヴィエル達が兵舎を出てから3時間後だった。


「だいぶ静かになったね」


一般市民が避難し、電車も全線止まっている駅舎は、厚い緞帳が下りたように沈黙していた。

静かすぎて、足音どころか衣擦れの音すらはっきりと聞こえてくる。


「イジスタさん、そんな細い剣でよくこの数倒せましたね・・」


「はは・・折れそうでヒヤヒヤしたよ。何これ?ラビさんの護身用?」


「そう。主装備が重いから、出来るだけ軽いやつです」


「ああ・・。ラビさんのそれ、いつ見ても怖いよ。トマホークをあんなに素早く振れる人なんて、ラビさん位しか居ないよね。死神みたい」


「俺は天使ですよ」


「ふふ、知ってる。ラビさん、意外と純粋だし。・・そういえばラビさん、リベルの入隊許可してくれたの?」


「していませんよ」


「あれ?さっきリベル居るって言ってなかった?」


「あのバカが勝手に連れて来たんです」


「あはははっ!ハンスか!可愛いからねぇ、リベルは」


「普通、ですよ。それとあんな頼りない体格じゃ、見ている方が危なっかしい」


「サンディだってそんなに大柄でもないよ?」


「あの人は、もうほとんどアスリートじゃないですか。だって全日本出てるんですよ?陸上で」


「うーん。でもリベルも運動神経悪くないよ」


「剣道やってたみたいですね。でも、それとこれとは別件です」


「入れてあげたら?たぶんハンスが育ててくれるよ。あいつバカだけど腕は信用できるし、ラビさんや隊員に迷惑は掛からないと思うけど」


「迷惑なんて、新人時代は掛けるのが当たり前ですよ。そんなこと一々気にする奴は殆ど居ません。俺だってミスする時はするし、誰にだって役に立てない時期はある。

端的にいうと、俺が心配しているのはそんな事じゃなくて・・」


「ラビさん・・それ、リベルに直接言ってあげなよ?一番気にしてると思う。リベル、真面目だから」


芯をグサリと刺され、思わず立ち止まって、年上の元部下の顔を見上げた。

身長差は10センチ以上あった。こんなにも、体格と能力に恵まれ、冷静さまで兼ね備えている天使が自分の部下であったのは、優しすぎる性格のせいだったかもしれない。


度々、王子とすら形容されるその端正で儚げな顔立ちで、身じろぎもせず真っ直ぐに見下ろされた。多分、俺が女だったら目を逸らしていただろう。


「・・・・・・イジスタさんは良いんですか?」


「うん。最初は止めたけど、止めきれなかった」


「あいつ、死ぬかも知れませんよ?」


「それは皆一緒でしょ。・・ラビさん、何か珍しいね?」


「何がですか?」


「女の子の入隊、そんなに強く断ってたっけ?」


「・・・!変な言い方しないで下さいよ!最近はそうしているんです。仲間が死んだら、隊員の士気も下がりますから」


「変な言い方なんてしてないって。変なのはラビさんだけ」


堪らずイジスタさんは笑いだした。

精一杯、怪訝な顔を造って見せ、そこからは何も言わずに、ラヴィエルは閉鎖した東口のシャッターを開けに行った。



モーターの音がして、重く、幅広な電動シャッターが、のろのろ開いた。

ピエットさんを除く2班全員と、ハンスさん、それに私は東口で二人を出迎えた。


あんなに探したイジスタさんは、白衣ではなく白いシャツを着ていて、薄地の碧いジャケットを羽織っていた。

右手に持っているレイピアは多分私が借りているのと同じモデルで、刃身は汚れ、つい先刻見た土留色の液体に混ざって鮮血も付いていた。

よく見るとジーンズにも、ジャケットの袖にも、朱い飛沫が散っている。


「リベル!わあ・・・凛々しいね!怪我しなかった?」


「・・・・・・・!」


「リベル?」


夕日に透かされた深緑の瞳に、再び恐怖が湧いてきた。

不思議そうに眉をひそめる姿も、もしかしたら偽物なのかもしれない。

―――それに、どうして剣なんか持っているの?


無意識に身を屈め、右手で剣の柄に触れる。


「どうしたの?何か怖いことがあった?」


一歩、二歩、歩いてくる。

即座に鞘から抜いて、構えた。


「来ないでッ!!」


想定の5倍くらいの大音量で、叫んでしまった。

何事かと隊長が振り返る。2班の皆も、ハンスさんも一斉に、弾かれたように私を見て真顔になった。剣の切っ先はイジスタさんの胸を狙っていた。

イジスタさんが、不意に触られた小動物のようにビックリして、立ち止まった。


「・・な、なんで剣なんて持ってるんですか?!」


「・・・・え?!コレ?ラビさんのだよ?一体・・」


「何で赤い血が付いてるんですか?!悪魔の血は赤くありませんでした!!」


それを聞いたハンスさんが、すばやく口を挟んだ。


「おい、落ち着けよリベル。堕天使の方は元々人間だから赤いんだぞ」


「リ、リベルさん!剣を収めて下さいよぉ~!」


意味不明の内輪揉めを目の当たりにして、アデルは泣き出しそうになっていた。


「ハンスさん、こんな事してゴメンなさい。でも、さっき二度も騙されたんです!

さあ、嘘ついたってバレるんだから!本物のイジスタさんはどこ?!言いなさい!」


その言葉で全員の合点が行き、皆が顔を合わせて脱力した。すっかり気が抜けたようで、皆はこのおかしな状況を笑い始めた。

笑っている場合じゃない精神状態なのは、私とイジスタさんだけになった。


「そういう事かよー!リベル護符持ってねぇの?ホレ、触ってみ?本物だから」


イジスタさんのお尻や背中を、バシバシと叩いている。でも、そんな事で私の頑固な勘違いは解けない。


「偽物も触れましたけど、分かりませんでした。それに、近づいたらまた・・」


「あ、触ったんだ。何かされたの?偽物に」


髪を振り乱して、激しく首を振った。そんなことは、絶対に言えない。

と、一人黙々と、落ち着いて帰り支度をしていたラビさんが、業を煮やして口を開いた。


「・・・リベル。悪魔っていうのはな、お前の願望や予想を糧に惑わせてくる。即ち、まやかしのイジスタさんは、お前の思い通りに行動するんだ。つまり、見分けるにはどうすればいいと思う?」


「え?・・えっと・・・。」


「お前にとって不都合で、イメージを崩すような事実を教えてもらうのも良いだろう。例えば・・・」


「ちょっと!そんなのダメ!俺を信じてリベル!」


この状況を心底楽しんでいる約一名は、追い打ちのように盛り上げ、ヤジを飛ばした。


「いいぞラビ。言っちまえ」


心に、違和感のある一つの単語が引っ掛かった。


「あれ・・?そう言えばイジスタさん『俺』って言ってましたっけ?」


「ああ。それも一つのヒントだ。お前の中でイジスタさんの一人称は『僕』だったんじゃないか?優しい印象が強すぎて、『俺』という単語はイメージ外だったんだろう。それに・・ほら」


隊長のベルトには、よく見ると小さな布が縫い付けてあった。約3センチ四方の白地に、幾何学模様のような、何度見ても覚えられそうもない模様が、細かく刺繍されていた。


「戦場に出るなら護符は絶対付けろ。皆持ってる」


マントの裏、剣の鞘、ポケットの中にも、サイズは違えど皆同じ模様の布を持っていた。

サンディさんが散々笑って、護符の付いたシュシュのような髪飾りを貸してくれた。


「ほら、見てみて。いまは本物だからなにも変わらないけど、もし悪魔だと本当の姿が見えるの」


本物のイジスタさんは、ホッとしたように笑っていた。

護符を付けると胸がスッとして・・恐怖がどこかへ飛んで行った。

飛んで行った後の空白はすべて、こんな馬鹿げた反逆に対する、膨大な罪悪感が占拠した。

尋常じゃないスピードで剣を投げ捨て、跪いた。そこには敬虔なキリスト教徒の図が展開され、救いを求める教徒は、胸の前で手を組んで許しを乞うた。


「ご・・・・ごめんなさい!本当にごめんなさいっ!!何にも悪くないのに、こんな物まで突きつけて・・・。イジスタさん、許してください!!本っ当に、申し訳ありません!」


で、マリア様は一寸も怒らず、穏やかな微笑みをもって私を救ってくれたわけである。

性別は違うけど。


「気にしないで!分かってくれたら良いんだ。さあ、立って。辛かったでしょう?

・・・でも、僕の偽物が何してたのか、ちょっと気になるな」


「な、何もしてません・・」


「本物もセクハラするから気を付けろよ?リベルちゃん」


「しないよ!ハンスじゃないんだから」


皆が気の利いた大人であったおかげで、次第に元通りの雰囲気になった。

顔を赤くして髪飾りをサンディさんに返すと、笑顔で励まされた。


「ねえ、すぐに剣を抜けるのは良い事よ?アデルみたいに、いつも躊躇して遅れるよりはね。それにあなた、すごく素直ね。アデルの代わりに入らない?」


ああ、なんて器の大きい人達だろう。

ギムサ班長も、リゼックさんも朗らかに笑っていた。アデルは照れ笑いで、ダメですよ、とサンディさんの勧誘を止めていた。


決心を固める。


「ラヴィエル隊長」


剣を拾い上げ、鞘に戻す。いつも通りの涼しい顔をした隊長は、すっかり綺麗に手入れした手斧を、カバーに収納していた。

歩み寄り、もう一度隊長に頭を下げた。


「――私を入隊させて下さい。お願いします」


辺りはしんと静まり、凛々く締まった表情の隊長に視線が集まる。

イジスタさんが、2班の隊員が、微笑んで成り行きを見守る。


「どうすんの?ラビ」


ハンスさんが言う。

答えはもう分かってるけど、という顔だった。


あまり間を開けずに、淡々と出た言葉はこうだった。


「ダメだ」





「・・・と言っても、どうせハンスが連れて来るんだろう?」


もう、ウンザリとした顔で、ため息を漏らした。

下から、そっと目を見ると、もう怒りの色は消えていた。そして、


隊長は小さく頷いた。



「あ・・ありがとうございます!!」



「訓練を怠るなよ。・・あ、こらっ!待て!」



念願叶い、満面の笑みで振り返って、ダッシュした。

人数分のハイタッチで祝福され、早速、先輩方の剣の構え方講座が始まった。


隊長はもう勝手にしろと言わんばかりに、根負けしてうなだれていた。

けれど私の角度からはほんの少しだけ微笑んで見えた。

挿絵(By みてみん)

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