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宵の天秤  作者: 仲南砂上
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第五話 参戦

お願いします!毎日特訓しますから!」


「何度言ってもダメなものはダメだ。時間はたっぷり有るから考え直せ」



「駄目だ」


最初の一言目は、数分の狂いもなく想像通りだった。


「お願いします!やりたい事があるんです!」


「何もこんな危険な方法でなくてもいいだろう。少し手間はかかるが、士官の資格を取ったらどうだ?」


それはイジスタさんにも言われた。けれど、それでは行き着く場所が違ってしまう。


「私に法案を作る事なんて出来ません!検事の才能も有りませんし・・」


「ほう、うちの隊なら法案を作れるほどの人望も度胸も、人を裁く才能も要らないと言っているんだな?」


「えっ?!そ、そうとは言ってません!けど・・・」


これはヤバい。急いで何か反論しないと、丸め込まれそう。


「大体、特別体格が良いわけでもないのに、お前に剣が振れると思うか?一番軽いレイピアでも、すぐに腕が痛くなるぞ。レプリカじゃないんだから」


「大丈夫です!お父さんに剣道教わってましたから!」


「竹刀と剣を一緒にするな」


「お願いします!毎日特訓しますから!」


「何度言ってもダメなものはダメだ。時間はたっぷり有るから考え直せ」


あれよあれよという間に部屋から追い出され、書類を手にふて腐れた。

全部、正論なのである。

自慢じゃないが私はまごうこと無き標準体型で、中高と剣道部だったが大会で賞を取るほど強くもない。それに私は女だ。

普通に考えて、命のやり取りをするような仕事に就けるわけがないのだ。



でも、絶対泣き言なんて言わないのに。

『そういう問題じゃないだろう』


無理はしないのに。

『お前が討伐に加わることが、すでに無理だと言っているんだ』


諦めたくない。

『諦めろ』


堅い、無垢材のドアに直面してみる。大きなチョコレートのように四角い枠が彫られ、真鍮のドアノブには簡素なプレート(軽騎隊長室、とある)が掛かっている。ドアを開ける度に揺られ、チェーンの擦れる音を立てていた。

思案する。

他に一体何をしたい?偉くなり、法律を作って世界を平和に?それとも地味な仕事に精を出しつつ、騎兵隊の皆を陰ながら支える?そうすることも出来る。そうすべきだと言われた。だけど・・・黙って引っ込む訳にはいかない。

息を吸い込む。肺が苦しくなるまで。

止めて、もう一度ドアノブに手をかけた。



突然、ドアノブはガチャリと回り、額に思いっきりドアが激突してきた。


「わっ!・・・お、お前、まだ居たのか。何してんだ?」


「あ、あの・・。あっ?!隊長、今からどこに行くんですか?」


中で着替えたのか、初日に見たあの装備に身を包んでいた。顔も幾分険しい。右手には、西洋映画なんかでよくドアを壊すのに使うような斧まで持っている!


「どけ。お前には関係ない場所だ」


「今から行くんですか?!囚人の討伐に!」


「部屋に戻れ!ついてくるな!」


「隊長!私は」


「しつこいぞ!もっと命を大切にしろ!」


「た、隊長だってそれは一緒です!」


「一緒だと?本気で言ってるのか?俺が簡単にやられると思っているのか?」


「違います!でも可能性はあるじゃないですか!」


「俺とお前じゃ可能性が違う!違いすぎる!足手まといになりたいのか!?」


うっ、と黙り込む。

さらに隊長は続けた。


「お前一人の問題と思うな!必要でない兵を配置するという事が、他の隊員にとってどれだけの負担になるか考えろ!」


最後はもう怒鳴るように言い捨て、駆け足で事務所裏の兵舎へ行ってしまった。

ぐうの音も出ない。

両手の袖を引っ張り、目頭にぐりぐりと当てる。点々と滴が付き、自分に腹が立った。

負担になるなんて微塵も考えなかった。只々、自分の手で正義を尽くせばいいと考えていた。

自分の能力などまるで無視して、加勢すれば歓迎してくれるとばかり思っていた。

門前払いされるのも当然だ。

部屋に帰ろう。考えが甘かった。

今日の2時に、イジスタさんに報告しよう。きっと一緒に悲しんでくれるし、他の良い道を探すのを、手伝ってくれるだろう。


しかし脚は動かず、私は事務所を行き来する人の邪魔になっていた。

出入口のドアを開ける人が皆、どうしたのだろうと不思議そうに目をとめて行った。




「よう、ラビ。何怒ってんだ?」


隊長補佐のハンスは、ラヴィエル隊長に敬語を使わない。ハンスが年上だからと言うより、親しい人なら基本的にどの人にもそうだ。


「怒ってない。第2班は全員居るか?」


「居るよ。眉間に皺寄ってんじゃねえか」


「すぐに号令を掛けろ。今回の規模なら2班と俺だけで十分だ」


「俺は?」


「いらん。残って昼飯食ってろ」


「りょーかい。・・おーい!点呼するぞー!」


「ピエット!」 「はい!」


「アデル!」 「はいっ!」


「リゼック!」 「はい」


「サンディ!」 「はい!」


「班長、ギムサ!」 「ハッ!」


「えーと!・・・何だっけ?場所どこだ?」


「夢想境駅の東部」


「そう!夢想境駅の近くで紛争が起きてるから、ちょっと鎮圧に行って来て!」


「堕天使ゲリラですか?」


「多分ね。ラビが付いて行くから大丈夫だろ」


「はい!」


「んじゃ、行ってらっしゃい。俺、パニーニ食ってくるから」


「行って参ります!」


「各自ウイングの準備をしろ。空路なら10分もかからないだろう」


「了解です!」


兵舎を飛び出し、隊長を含める6人の天使は現場へ向かった。あっという間に空に消えた天使たちを見送り、ハンスは何も心配することなく食堂へ歩き出すのだった。



午後2時過ぎ、リベルは談話室で暇を持て余していた。昨日イジスタが置き去りにして行ったロールシャッハテスト(簡単な心理診断)のカードをぱらぱらめくったり、机を窓からできるだけ遠い位置に移動させたり、部屋を無意味にうろついたりしていた。

かれこれ30分は経つだろうか。イジスタさんは遅刻しない人だと思っていたのに、何かあったのだろうか?

1階の来館受付カウンターへ向かった。


「ああ、こんにちは。もう慣れましたか?」


受付のお姉さんは、もうこちらの顔を覚えてくれていた。何だか嬉しい。


「はい。皆親切にしてくれて嬉しいです。・・・えっと、ちょっと聞きたいんですけど・・」


「どうしました?」


「カウンセラーのイジスタさんって、まだ来てないですよね?」


「え?!まだお見えになっていませんか?私はてっきり、もう始まっているとばかり・・」


「・・遅刻ですかね?」


「いえ・・イジスタさんの事ですから、少しでも遅れそうな時はこちらに連絡してくれる筈です。クライエントに何も言わずに40分も遅れるなんて・・・」


「何かあったのかな・・・」


「ちょっと問い合わせてみますね」


お姉さんはそう言い、電話番号リストから“セイント・イジスタ携帯”の番号を確かめると、慣れた手つきでプッシュし、受話器をあてた。


「・・・・・」


「・・ダメです。圏外か、電源を切ってあります。今日は電車を使って来るって言ってましたから、切ってあるのかもしれませんね」


「じゃあ、もう電車の中ですか?」


「そうだと良いんですが・・でも妙ですね。彼なら電車に乗る前に連絡・・・あっ!」


「どうしました?!」


お姉さんは石のように固まり、顔を青くしてしまった。


「ま、まさかとは・・・思いますけど・・」


「は、はい」


「実は2時間ほど前、ここから近い駅の周辺で紛争が起きたとの情報が入りまして・・ラヴィエル隊長が隊員を引き連れて現場に向かったんです。まさか・・」


「そんな・・!イジスタさん、巻き込まれちゃったんですか?!」


「今のところ隊長や班長からの定時連絡はありません。もしかしたら思ったよりも規模が大きかったのでは・・・」


「誰かに伝えなきゃ!騎兵隊の皆さんは、今どこに居るんですか?」


「この時間なら兵舎か屋外練兵場に居ます。私も所長と隊長補佐に連絡します!」


兵舎は丁度学校の体育館位の大きさで、離れたところからでも練習の掛け声が聞こえた。

開けてみると、成程、確かに女性はほとんど居なかった。


「どうしました?危ないですよ」


ドアの近くで槍の手入れをしていた兵士さんに、制された。


「あの、駅の紛争ってもう終わりましたか?」


「駅?」


「ここから近い駅で起こった紛争に、イジスタさんが巻き込まれちゃったかも知れないんです!」


「ああ、さっき隊長と2班が行ったやつね。大丈夫。隊長が居るなら」


「で、でも・・」


「お、その子誰?可愛いじゃん」


私の真後ろで声がした。びっくりして振り返ると、朱髪を後ろで一本に束ねた、20代前半くらいの男の人がにやにやしていた。


「ハンスさん。僕も良くわかんないですけど・・さっきの仕事ってもう片付きました?」


「それがさ、さっき受付のネルリーからヤバイって連絡来たんだよ。定時連絡も来てないし、無線もダメだ。しょうがねえ奴だな」


「我々も行きますか?」


「うーん、そうだな。状況が分からねえから伝令を遣れば良いよ。俺もちょっと見に行ってくるし」


「了解しました。一応準備はしておきます」


「おう。何かあったら頼むわ」


「あ・・あの」


「ん、何?わざわざ伝えに来てくれたの?」


「私も連れて行って下さい!」


目を丸くしたハンスさんより先に、さっきの兵士さんが頭をふって止めた。


「何言ってるんだ!危ないから事務所に帰りなさい!」


「お願いします!イジスタさんに何か起きていたら・・」


ハンスさんの口が、への字に曲がった。


「イジスタ?あの野郎、今日来る日だっけ?好きなの?お嬢ちゃん」


「し、心配なだけです!」


「あ~あ。またあの爽やか王子が持っていくんだよな。俺に分けて欲しいよ・・」


「お願いします!さっき志願書も書いたんです!軽装騎兵隊に!隊長は・・・ダメって言ってましたけど・・・」


「え?なんだ。ここ(軽騎)に来たいの?いいよ、別に。可愛いし」


「えっ・・・?!」


「じゃあ、見学ついでにおいでよ。おーい!グラハム!ちょっと来い!あとお前の予備の剣貸して!一番軽いの!」


何という肩すかしだろう。準備室にあった新品の防具を宛がってもらい、剣と、これも借り物のウイングを着けてあっという間に新兵になれた。


「すみません。迷惑かけるかもしれませんけど・・」


「迷惑なんて誰でもだろ?大なり小なり、さ。別に気にすんなよ、そんなの」


ハンスさんの優しい言葉に後押しされ、伝令のグラハムと3人で現場に向かった。


挿絵(By みてみん)

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