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宵の天秤  作者: 仲南砂上
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第四話 談話室にて

「・・・約束してね。いつでも最優先にするのは自分の命だって」


「わかりました」


西向きの窓は、あまり好きじゃない。


夕日が無駄に眩しいし、朝は完全に日陰になってたまに寝過ごしてしまうから。

いかにこの大きな事務所でも、カウンセリング専用の部屋などは存在しなかった。談話室という名目の小さな空き部屋はがらんとしていて、よく会議室に置かれている長机と、折り畳みのパイプ椅子が3脚放置されていた。

この部屋の長い窓は生憎全て西向きで、午後になると部屋は暑いくらいになった。

時計が付いていないので正確にはわからないけれど、ここへ来て1時間以上経つと思う。


「ごめんね・・イジスタさん」


「ん?」


「本当は、何の用事だったの?」


「え?・・・ふふ、気にしなくていいのに」


イジスタさんのノートは、10ページくらい私の言葉で埋め尽くされた。

感情の吐露、死亡時の状況、家族や友人に言いたかったこと、ついでに希望の部署も。

脈絡も何も無い言葉たちは、そのまま私のカルテとなって役立つときが来るらしい。

--イジスタさんは、地上で生きていた時もお医者さんだったと言っていた。

精神科医ではなくその時は大きな病院の小児科医で、毎日寝不足で死にそうだった、と懐かしむように遠いどこかを見つめていた。


「イジスタさんは、誤解されたりしないの?」


「誤解?」


「女の人から」


「女の人?!」


こんなに突っ込んだ質問は、最初はしないつもりだった。最初というか、さっきまでは。

あんまり素敵で優しいものだから心底不思議で、つい訊かずに居られなくなった。


「だって・・・すごく優しいし」


「誤解・・・されてるかどうかはわからないよ。『アンタ私に気があるでしょ?!』なんて、直接言われた事ないし」


「じゃあ、告白されたことは?」


「えっ!な、何だよ、リベル!急にそんな事訊きだして」


「ダメでした?」


「ダメっていうか・・・」


答えに窮し、瞳があちこち彷徨う。困ったように唸り両手で前髪をかき上げる様子を、私は喰い入るように観察していた。


「・・・・・ある。・・・リベルは?」


「えっ」


「知りたいな。治療の一環として、正直に答えてね」


くるりと180度ターンして、全く逆の立場になってしまった。

天使の微笑(比喩になってない)を向けられては、無言になる訳にはいかない。


「そんなの・・・・・・・わたしも、あるにはありますけど・・・冗談なのか本気なのかってレベルで」


「そんなの俺だってそうだよ」


「そ、そんなわけ無いっ!!絶対皆本気ですって!!!」


「み、皆って!!一人だけだよ?!俺そんなにモテないって」


比較的色白のイジスタさんの頬が、みるみるうちに紅く染まった。

信じられないほど純真なひとだ。医師の仕事が多忙すぎて、こうなってしまったのだろうか?


「もう今日はおしまい!さあ、終わり終わり!」


「あはははは・・。ありがとう、イジスタさん。長い時間付き合ってもらっちゃって」


「良いんだって。それが仕事でもあるから」


何だか最後の一言に頭を殴られたような感じだったが、それでも良い。


「それと・・・リベル。本当にこれで良いんだね?」


「え?あ・・・はい」


「大変だよ」


「・・そうでしょうね」


「いつか怪我するよ?」


「はい、きっと」


「・・・約束してね。いつでも最優先にするのは自分の命だって」


「わかりました」


白衣の胸ポケットに2本差してあるうちの、イジスタさんが普段使っている方のペンを貸してくれた。

イジスタさんがいつも持っているファイルの一冊は、様々な申請書や証明書が入っていたらしい。

希望部署は軽装騎兵隊。部署の責任者はセイント・ラヴィエル隊長、と・・・あとは私の名前だけだ。



「どうして騎兵隊にしようと思ったの?」


ダメ押しのように、もう一度聞かれる。


理由はたくさんある。

カッコいいし、ラヴィエル隊長が思ったよりいい人だった、というのもまた理由の一つ。

けど、胸を張って主張できる理由だってある。

進学とか、部活とか、迷った時にはいつも浮かぶ背中があった。


「お父さんみたいに、なりたかったから・・」


「あ・・・。そっか」


悟ったような顔になり、体の力が抜けたみたいに腕をだらんとして椅子の背部にもたれ掛った。パイプの節目が、呻くようにギギッと鳴った。


「つまり、囚人の討伐に行くの?」


頷く。父は、警察官だった。兄は苦労の末、検察官になった。母は別に正義感の強い人ではなかったけれど、何かとお節介でいつも笑顔の人だった。


「私は、死んでもあの人たちの娘です。どうなっても、どこに居ても変わりません。例え生物的にはもう違っても、そう信じるだけなら良いですよね?」


「う・・ん・・・そっか。」


空気が抜けたように、すぅ、と肩が落ちた。


「そこまで言われたら、もう俺には止められない。そんな権利無い気がしてきたよ」


綴りはどうにか憶えていた。S、t、L・・・

一文字づつ書くと、階段を上るように靄が晴れてゆく。これで良い。この先どんなことが起きても、この道を選んだ事を誇りに思おう。


ありがとう、と声を添えてボールペンを返す。


「でもさ、リベル」


「何ですか?」


「俺はもう止めないけど、もう一人居るよ。俺よりも強固に反対しそうな人が」


「え?」


「あの人は手強いよ?俺より弁が立つし、あの仕事の辛い所を一番知ってるからね」


挿絵(By みてみん)

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