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宵の天秤  作者: 仲南砂上
2/15

第二話 買い出し

「今、あなたが持っている吉田陽子という名前は、生前の吉田陽子のモノなの。あなたは厳密に言うと、もう吉田陽子ではないから・・」


「???」


「イジスタ君?」


切れ長の、美しい瞳を見開いて私を見つめる。

少し面白そうに笑っているあたり、私の気持ちはとうにばれているみたいだ。


「そうね・・最近カウンセラーの資格を取ったみたいだから、私も詳しい事は知らないけれど・・付き合っている女性は居ないんじゃないかしら?今は」


リンディさんは足元に置いた大量の紙袋や背後のカートを上品に避けて椅子に座ると、アイスココアとカモミールティーを机に置いた。

人の年齢を当てるのはあまり得意じゃない私が見ても、20代であるのは確かだった。

人は死んで天使になると、何かを悟るのだろうか。話をするととても若い人とは思えない程落ち着いていた。


「はい、どうぞ。上の生クリームは半分くらい混ぜると美味しいのよ」


「ありがとうございます」


あの部屋で着ていた白いワンピースは、一番最初にいった服屋の紙袋の中に入れた。

リンディさんは処分してもいいのに、と言って笑っていたけれど、それは出来なかった。

捨てる事なんて出来ない。


「後はこれを全部あなたの部屋に搬入しないとね。ふふ、 大きい車で来て良かったわ」


「あぁ・・すみません。やっぱり買い過ぎましたか?」


「いいえ、あなたのお金なんだから誰にも遠慮することなんてないのよ。変に遠慮しても後できっと困るし」


私に給付された(一体何処からだろう)お金は、目を疑う程の金額だった。

驚愕して、桁を間違えて印刷していないかと思わず訊いたぐらいだ。

それでもリンディさんはただニッコリと笑って、あなたの善行の価値はこれくらいよ、ときっぱりと言った。

だからと言って、大したボランティアもしてないただの17歳の女子高生に約1200万円も給付するなんて、あまりに過保護な気がする。

天国の財政はそんなに豊かなのだろうか?


「これを飲み終えたら行きましょうか。もう日が落ちてしまうわね」


ちょうど、私がココアを飲み終えようと思った時に・・席を立ちたくなった時にそう言ってくれる女性なのである。

無論、彼女のカモミールティーもあとひと口分だけだった。

有り余る荷物を両手に、どこのショッピングモールにも在るようなこの広いフードコートから出て、リンディさんの車に乗った時にはもう午後6時を過ぎていた。

行きに見たときは午後2時前だったから、4時間以上も買い物していたらしい。

下着、服、お風呂道具一式、部屋に置く照明や家具、それと天使として重要な物をひとつ注文した。リンディさんも着けていた、マグネット着脱式の飛行用ウイングだ。しかも折り畳み機能付きの。


「もうすぐね・・。あなたの事務所はこの先のA/S6番というところで、そこに登録したらもう別の名前で生活することになるの」


名前の件は全くの初耳だった。


「そうなんですか・・?どうして?」


「今、あなたが持っている吉田陽子という名前は、生前の吉田陽子のモノなの。あなたは厳密に言うと、もう吉田陽子ではないから・・」


「???」


「肉体に名前を付ける事は出来ても、魂そのものに名前は付けられないんですって。あなたの今の体は、天使達が事故現場から拾ってきた皮膚組織や毛髪のDNA情報を基に造った、限りなく本物に似せた第二の体なの。魂だけはそのまま入ってるけど」


「す、すごい科学技術・・」


「死後の偉人達の努力の賜物ね」


「けれど、どうしても補えないものもあるわ。天界には地上と全く同じ物質はほとんど無くて、多くの物は合成物質でできているんだけど、そのうちのメラニン色素に似せた物質は時間がたつと体液の微妙な成分変化で変色してしまうの」


「な、なるほど・・??」


「最も影響を受けるのは髪の色ね。イジスタ君の髪、栗色だったでしょう?」


「ああ、それで・・!眼がちょっと緑だったのもそうですか?」


「そうそう。大体の人は栗色とか金に近い色になるわね。瞳はまちまち・・かしら」


「私もじきになりますか?」


「そうね、ここの空気を吸って、ここの物を食べていればきっと嫌でもそうなるわ・・。さあ、もう着くわよ」


大きな湖のなかに、巨大な砦のような建物が見えた。

真ん中に見張り塔が建ち、塔のてっぺんには羽根の絵がついたエムブレムと006の数字が金文字で打ってある。

門は金属製の檻みたいな扉で出来ていて、高さが3メートルくらいあった。周りを囲う塀も、それくらいだ。ちょうど腰ぐらいの高さに鍵穴とハンドルが見える。


「すごい・・セキュリティーも地上とは全然違いますね」


「・・・治安もね。まあ、追々分かるわよ」


コンクリート製の幅の広い橋を渡ると、リンディさんは車をわきに停めた。

エンジンを止め、ダッシュボードから手帳と白い封筒を手早く取り出すと、ちょっと待ってて、と言い残して車を降りた。車の天井にある小さなライトが、ゆっくり、きえた。


自然と、ため息が出る。何故かは解らない、でも不安であるのは確かだった。何もかもがぐるぐると廻り、自分の居場所はあっという間に決まってしまったのだから。

うまくやっていける保証も自信も無い。

帰れる場所も、ここには無い。

なるほど、この孤独の代償もあの大金の中に含まれているとしたら、足りないくらいだと思った。こんなにも完膚なきまでの一人ぼっちは、今まで平和に暮らしていた自分にとって人生初だった。

もしも好きなだけひとりになれるなら、泣いていただろう。


深呼吸のついでに、今度は深いため息を吐く。


せめて最後に、兄に会って結婚を祝ってあげたかった。欲を言うならあと1カ月生き延びて、結婚式の披露宴で兄の暴露話をして兄嫁を大笑いさせたかった。

ちゃんと原稿まで書いたのに。お父さんやお母さんまで加わって、収集がつかなくなって・・・。途中のまま、あれは引き出しに入ってるのに。

もうあれを兄が見つけてもきっと怒るんじゃなくて、泣かれるだろうな・・・。


リンディさんは門を開けて建物の中へ入って行った。


空は紫とグレーのまだら模様で、おぼろ月がうっすらと見えてきた。

何から何まで、地上とほとんど変わらなかった。勿論、リンディさんに言わせれば本質的には全くの別物なのだろうけど。

こみあげてくるものを表に出さないように、息をいっぱいに吸って止める。

眼の奥と、鼻のあたりがじんとして、やるせない気持ちになった。

誰かの前で、声をあげて泣く事など考えられない、誰もかもが出会って初日だというのに、思いっきり泣きつける人など居るはずも無い。

奥歯が痛い。きっと知らないうちに噛み締めていたのだろう。顎の力を抜くと、ぼう、と歯が浮いた感じがした。


行き場の無い涙を体内に留めておくのに精一杯で、リンディさんが誰かを連れて戻ってきた時に、俯いて頭を抱えている所を見られてしまった。

窓をコンコンと叩かれ、降りるように促された。


「大丈夫?頭痛いの?」


「え、ちょっと・・・酔っちゃったみたいで。もう大丈夫です」


「・・・そう?疲れもあるのよ、きっと。今日はゆっくり休みましょうね」


夜風が吹き、目の覚めるようなひんやりとした空気が漂う。嫌な気分が少し和らいだ。

ふと見ると、リンディさんの2,3歩後ろに、甲冑を着た少年が居た。

胸当てと、両肩にも肩当てと、腰には装飾のついた細身の剣(!)が鞘とベルトで固定されている。ゲームや映画でしか見たことが無いような本格装備だ。

まるっきりファンタジーな格好に驚き、挨拶も忘れてじろじろ見つめる。


「リンディ仕官、すごく驚いてますよ。ちゃんとご説明されたんですか?」


「事務所、としか言ってないわね」


「事務所・・?それじゃあきっとスーツにネクタイを想像しますよ」


「ごめんね、でも説明ならきっと隊長の方が慣れていると思うの」


隊長と呼ばれるにはあまりに若すぎるようなその少年は苦い表情をしていたが、門を通って私達を建物の中へ通してくれた。

明るさに目が慣れると、まるで市役所のように緻密に整理された書類棚とベンチが見えた。回廊を歩き、アーチを二つ通って、静かで堅牢な建物に似つかわしい雰囲気の応接間に通された。


応接間のテーブルには、既に私の元の名前が書かれた書類数枚と、St.Liber と走り書きされた茶封筒が放置されていた。

後ろ手にドアを閉めながら座って、と少年が通る声で促す。敬語じゃないという事は、多分私に言ったのだろう。リンディさんは隣に座らず、応接間の窓のブラインドを開けて外を眺めていた。


「俺はここの軽装騎兵隊長のラヴィエル。今日はここの所長達が居ないから、俺が一通り説明するよ」


テーブルをはさんで改めて見ると、やはりラヴィエル隊長も髪の色が違う。髪も瞳もやや暗い紺色で、光が当たると吸い込まれそうな深い藍色に見える。

凛とした眉も同じ色で、心もち幼く見える口元の印象を、涼しげで鋭い眼差しが打ち消していた。

ついでに言うと、やっぱりどう見ても自分と同じくらいの歳だった。


「先ず、名前。さっき御所から連絡が来て決まった。ここに書いてあるから、綴りを覚えて」


「エス、ティー、リ・・リバ・・」


「セイント・リベル。セイントは苗字みたいなものだから、名前はリベル」


「リベル・・・」


「そう。今日中に通行証も発行するから胸に着けておいて」


「はい。」


「ここでの仕事は多岐に亘る。御所に居る仕官や大天使からメールが来るから、それに従う。多いのは地上で死者の魂とDNA情報を拾ってくるとか、地獄から脱走した囚人を捕まえるとか、堕天使の取り締まりとか・・かな」


「その・・武器って何に使うんですか?」


「後者だよ。堕天使や囚人は手加減なしで襲ってくるから」


「あぁ、それで騎兵隊が居るんですね?」


「そう。まぁ、女にはお勧めできないな。きつ過ぎるし、下手したら命を落とすぞ」


「天使でもですか?」


「当たり前だろ。不死身になった訳じゃないんだぞ」


「そうですか・・・」


「それで・・多分最初のうちは書庫の整理とか簡単な仕事から割り振られるけど、いつから始めてもいいからな。死にたての奴は、少し休んで雰囲気に慣れた方がいい。悩み事は早めにカウンセラーに相談しろよ。週3くらいで来てるから」


「え?!・・は、はい!」


リンディさんが笑いを堪えている顔が見えた。


「・・雑談は少しにしておけよ。イジスタさんだって暇じゃないんだから。それと部屋はリンディさんに教えたから、案内してもらって今日は寝ろ。眠れなくても横になった方がいいから」


「はいっ!」


「急に元気になったな・・・?」


「そうですか?」


「まあいい。・・・また明日」


「はい!また明日!」


リンディさんは、遂に噴き出した。


挿絵(By みてみん)


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