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宵の天秤  作者: 仲南砂上
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第一話 カウンセリング

拙作を見て頂ける心の広い暇人の方、楽しんで行って下さい!

本日は御アクセス頂き、誠にありがとうございます。

白い。

目を閉じていても分かった。自分は今真っ白な部屋に寝かされている。


目が覚めた。ベッドに横たわっていたから、私はてっきり助かったのかと思った。

パネル張りの白い天井に、簡素な、あのどこにでも在るような蛍光灯がぽつんと付いている。昼間なのか、電気がついていなくても部屋は明るい。

この清潔な、何だか学校の保健室のような小部屋に私は一人で安置されていたらしい。

ここに来る前の記憶は曖昧で、体のどこも痛くないことに私はまだ気付かなかった。

ただ、何となく自分は大変な目に遭っていた気がする。

どこか怪我したような気もする。

けれどそれらは全て気のせいのような気もしてきた。

起きて確かめようか。

でも、もう少しだけここで横になっていたい。

まだ眠たいし、何だかあまり・・・


遠く、誰かの声がした。

この部屋のドアの向こうは廊下なのだろう、壁に、天井に木霊していて、内容は分からない。しかし知らない青年(多分)二人が、何か事務的な話をしているように思える。

だんだん近づいてきた。

ここへ来るのかもしれない。マンガやドラマみたいに、ここは研究所の一室で、私はこれから改造されるのかしら。

それともバトルロワイアルするのかな。

あまりに突拍子もない、どこか中学生臭い考えが、枕と頭の間から全身に充満してきた。

そのうちに青年の一人はどこかへ行って、もう一人はこの部屋にいた。

すりガラス付きの引き戸はひとつも音がしなかった。


「こんにちは・・・目、覚めた?吉田陽子ちゃん」


脇にファイルを薄い2冊抱えた青年が、戸口で改まったように私の名前を言った。

白衣にジーンズ、聴診器、胸ポケットにはボールペン2本と、それから顔写真の付いた名札みたいなカードが付いている。

ああ、お医者さんか・・。若そうだけど、研修医なのかな?


「こんにちは・・どうも」


その人は微笑み、歩み寄ってきた。近づいて来るにつれ、あれ?と思うものがあちこち目につく。


「ええと、どこまで覚えてるか・・教えてくれるかな?」


「・・・・・・」


私はそのうちの1つである名札を凝視していた。


「ん?・・大丈夫だよ。僕はカウンセラーで、君の嫌な事はしないから安心して」


写真の横に IJSTA・D(イジスタ?) と、筆記体で書かれている。他に名前のような文字列は見当たらない。と言うか日本語が一文字も無い。


「・・・いえ・・大丈夫です」


言いながら、初めて真っすぐ顔を見た。近くで見ると、だいぶ柔らかくて、優しい感じの美青年だ。とても澄んだ、ちょっとだけ緑っぽいような眼をしている。

髪は明るい栗色だが、地毛なのか染めたような形跡がない。

絵本に出てくる王子様を現代人ふうにしたら、こんな感じかもしれない。

見つめていると安心するような、ドキドキするような、へんな感じがして思わず目を伏せた。見とれてしまいそうで落ち着かない。

小さく咳払いをして、ゆっくりと上体を起こす。少しだけ体が軋むような感じがした。


「外国の人なんですか?日本語上手ですね」


数秒・・・その人はきょとんとして、それから納得したようにああ、と自分の胸元をみて笑った。


「ごめんね、忘れてた。イジスタって呼んで。でも僕、外国人と間違われたの初めてだ」


そこまで言うと、また無邪気に笑った。


「日本人・・ですよね?でも、じゃあホントの名前は?」


「名前?僕の?えっと、イジスタだよ。今は」


「今は?」


「そういうルールなんだ。此処ではね」


「ここでは・・・?」


「うん。ええと、ここが何処か説明しないといけないよね・・」


さっきまでの笑顔を、イジスタさんは少しだけ曇らせる。

言いづらい事なのか、視線が僅かに落ちる。


目が合い、そしてまた僅かに微笑んだ。

なんだか恋に落ちてしまいそうな、穏やかで魅力的な微笑みだった。


「陽子ちゃん」


私達は、真っすぐ向かい合っていた。


「君はとても素直だし、今まで色んな事があったけどみんな乗り越えてきたね。

僕は君が生きていた間の大体の出来事を知っているけど・・・君には・・・きっとこれで良い。ストレートに事実を伝えようと思う」


「いや、そんな・・、あ、はい。お願いします」

よく意味が解らないままだけど、とりあえず覚悟を決める。


「陽子ちゃんはもう、生きていない。君は交通事故で昨日の朝に亡くなってしまった」


交通事故  朝  昨日


その単語が痛みを、血塗られたアスファルトを、目の奥が焼けるように熱い感じを、最後に両親の顔を・・

頭の中に、昨日までの全てを連れ戻して来た。

はじめて、私は自分の体を見回してみた。見覚えのない、白いワンピースを着ている。袖は七分で、素材が分からないけどまるで何も纏っていないような軽さだ。頭を触っても包帯の類はなく、お馴染みのくせ気味のボブカットの髪に触れただけだった。

心臓がぞわぞわしてきた。


「体は、事故の1日前の状態だよ。おととい転んだ時の傷は残ってるでしょ?」


何でそんな事まで知っているのだろうと、もちろん思ったが、確認すると確かに手のひらと右膝には擦れたようなかさぶたの痕がちゃんとあった。


・・・こんな状況で人間が一体どんな事を思うかなんて誰にも聞いたこと無いし、考えたことも無かったけれど、その時不思議と混乱はしていなかった。

ただ、気が遠くなる程の喪失感だけが私を飲み込んでいくようで、瞳の焦点がどこにも合わなくなった。涙は出ない。悲しみも、感じることができない。感情がまだ付いて来ない。


「ここは病院じゃないんですね?ここはどこなんですか??」


「ここは、亡くなった人が最初に来る所。地上から連れてきた魂やDNAの情報を基に、ここで体を再生するんだよ。方法は僕にも分からないけど」


「お母さんとかお父さん・・悲しんでいました?」


イジスタさんが同情するように、悲しそうに頷いた。


―――ああ、親より先に死ぬなんて、一番の親不孝だよね。

ごめんね、父さん、母さん。でも、死んだのがもうすぐ結婚する兄ちゃんじゃなくて良かったかも。

と、ぼんやりと思った。


「会いたいだろうけど、まだ許可することは出来ないな・・それがルールだから」


「いえ・・今会っても何を言ったらいいのか・・・」


「そっか。それもそうかもね」


いや、言いたい事は山ほどある。やりたい事も沢山あった。恋もしていたし、こうなると分かっていたら何もかもを済ませて来たのに。悲しいよりも何だか口惜しい。・・ん?


「いつかは会えるんですか?」


「うん、一応ね。相手に僕らが見えるかどうかは別問題だけど」


「何だか幽霊みたい・・」


「そうだね・・というか、そうだよ」


ふふ、とイジスタさんが笑う。


「でも僕も陽ちゃんもここでは幽霊じゃないよ」


「じゃあ、私達いったい何なんですか?」


「分類上は天使だね」


「天使!?」


「そう、天使。僕たちの仕事は、人間を護ることだよ。あ、羽根は無いよ!どこを探しても付いてないって」


肩を掴んで思いっきり首を後ろに回しても、そんなものは勿論無かった。

なんだ、と肩を落として、また前を向いた。


「因みに輪っかも無いよ」


そう言って笑いながら、イジスタさんは持って来た2冊のファイルのうち1冊を取り出して、パラパラめくり始めた。何かのリストのようで、罫線と文字の列がずらりと並んでいた。


「君の勤務先はここになるかな」


トントン、と指先で示した所に“A/S006”という文字と、隣に鉛筆書きで「空アリ3室」とだけ走り書きがあった。どうやらその他は満室らしかった。


「仕事は陽ちゃんの決心がついたらスタートだから、まあそれは良いとして」


ファイルから急に顔をあげて、また目が合う。にっこりされてしまった。

突然の事だったので、反応し損ねる。

というか、この人愛想が良すぎて誤解された事無いのかしら。女の人とかに。


「なんですか?」


「欲しいものとか、必要なものとかいっぱいあるでしょ?住むところは当座心配いらないけど」


「ああ、はい」


「あと陽ちゃんもしかして気付いてないかも知れないけど、下着も着けてないし、服だってこんなんじゃ・・・」


私の驚愕の表情だった。全く悪気のない彼の顔をを蒼くさせたのは。


「あっ・・・違う違う!そ、そんな全然いやらしい意味じゃないよ!!ここに来る人はみんなそうなの!誰でもそうなの!最初はそうなんだって!!」


さすがに触って確かめるのは憚られたけど、そう言われると変に解放感があったような気もする。一体どうしたら良いんだろう。こんな状況初めてで、何もコメントできない。


「ご、ごめん。ちょっと配慮が足りなかった。僕こんな若い女の子のカウンセリングは初めてで・・本当、ごめんね。怒らないで」


「い、いえ。そんな気になりませんから、大丈夫です」


気の毒な事に、顔を赤くしていたのはイジスタさんの方だった。私はどちらかというと、死んで天国にいるという事実の方が衝撃的すぎてノーパンの件はあまり気にならなかった。

ブラジャーに至っては、自分にとってはしてもしなくても一緒だし。


「えーと、何だっけ。そう、買い物だね。色々買い出しに行かなきゃ。」


「・・でも私、お金あるんですか?」


「うん、死亡と同時に給付されているから心配しないで。相当あるよ。君は生前、良い子だったから」


「そうですか?私、自信無いです。悪い事もしたし」


「ううん、良い子だよ。あれくらいの過ちなんて誰でも1つや2つは犯すものだし・・あ、ゴメン電話。ちょっと待って」


マナーモードだったらしく、微かにバイブの唸りが聞こえた。

持っていたファイルをベッドに置いて、携帯を取り出しながらイジスタさんは小走りでドアの外へ消えていった。

建物内が静なせいか、会話がほぼ全部聞き取れたから、意味がないような気もするけど。


「・・はい、・・・ああ、大丈夫です。全然。僕より落ち着いてる位ですよ。・・・ははは」


今のうちにと、一応体が透けてみえないか確認する。

ベッドを下りてクルクルと回りながら全身を見ようと努力するも、いかんせんお尻は確認できない。

あきらめた。

まあ、胸が透けてないんだし、多分大丈夫だと思う。


「陽ちゃん」


いつの間にか、半開きになった引き戸からイジスタさんが顔を出していた。


「もうすぐ役所の人が来て、君を案内してくれるからね。リンディさんっていう女の人で、すごく優しい人だから必要な物があったらどんどん言ってね」


「はい。ありがとうございます」


「ふふ、敬語じゃなくていいよ。僕、そんなに偉くないしさ。歳は確かに上だけど」


「でも・・」


電話を終え、するりとドアの隙間から出てきてベッドに置いてあるファイルを2冊、拾い上げていた。


「僕はもう行くけど、心配しないで。みんな良い人だし、それに何かあったら僕かリンディさんが飛んでくるからね」


「あ・・・はい。ありがとう」


またね、とだけ言って、イジスタさんは来た時と同じように左脇にファイルを抱えて颯爽と出て行った。本当に風のように、あっという間に行ってしまった。


切ないような、寂しいような、もうすっかり恋に落ちたような気分だった。

“またね”なら、きっとまた会えるよ。飛んでくるって、言ってくれたし。

静まり返った白い小部屋の中、そんな風に励ます自分が居た。


リンディさんは、その10分後くらいに来た。

静謐で、柔和な・・天使の鑑のような人だった。因みに、羽根は生えていた。


挿絵(By みてみん)


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