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鬼ごっこ

作者:

鬼のルール:鬼は原則一名。鬼は規定範囲内を自由に徘徊し、他の参加者(子)を捜す。鬼は子を発見次第、見失うまで追いかけ捕まえる。鬼は子を捕まえると、その時点から子となる。新しく子となった者は、自分の捕まえた子が鬼になる際、その鬼に捕まえられることはない。

「さてじゃあそろそろ入ろうか」

「まあどうせ何もないだろうけどねー」

「んなこと言うなって。こういうのは、気分が大事なんだからよ」

「……本当に何も無い……よね?」

「おいおい由美(ゆみ)、入る前からビビってんのか? マジで”鬼”が出たら一瞬で気絶しちまうんじゃねぇの?」

「はははっ、あり得るなー」

「笑わないでよ……」



 とある夏の休日。僕は大学の友人達三人と共に、人里離れた所に位置するとある廃病院を訪れていた。実に分かりやすい、あるいは単純と言い換えてもいい理由、つまりは肝試しである。

 ネットの(くち)コミによると、その廃病院とやらは正しく心霊スポットと呼ばれるに足る雰囲気を醸し出しており、それに乖離しないだけの噂も備えているのだとか。



 曰く、鬼が出る、と。投稿者名”生還者”という何とも大仰なハンドルネームの人物によってもたらされた情報は瞬く間にネットを駆け巡った。

 一時期は、飾り気のないその簡素な一言と意味深な名前に触発され、オカルト好き達が真相を確かめようと(こぞ)って現地に向かったらしい。見ず知らずの探索グループ同士がバッティングすることも珍しくなかったそうだ。

 しかし一向にその”鬼”は見つからず、何処かのオカルト研究会によるメンバー総動員での大捜索を以てして、完全にガセネタであると判断された。少し考えれば――いや、考えずとも判って当然なのだが、それ程までにこの噂話が不思議な魅力を持っていたということなのだろう。


 さて、めでたく虚偽の烙印を押されたこの鬼騒動なのだが、実はまだ続きがある。


 調査、つまりは鬼捜しを目標とした来訪者が途絶えた頃、ようやく落ち着きを取り戻した廃病院で肝試しを行った一団があった。肝試しという建前を取ってはいたが、実際の所は安全が保証された場でただスリルを味わいたいだけという”お遊び”目的だ。その廃病院が、自身の大きなオカルト的魅力で人々を引きつけたが為に、逆にその魅力を剥奪されてしまったとは皮肉な話である。

 何はともあれ、彼らは院内を順々に探索し四階奥地まで踏み込んだ。そこまで辿り着いて何も無いことを確認した彼らは、笑い話を交えながら帰りの相談を始めた。



 ――そうして無事帰還してきたのはたったの二名、メンバーの三分の二が未帰還のままであった。



 「何があったのか」という問いに、その生還者二人は拍子抜けするほど簡潔に、しかし酷く恐慌した様子で答えた。”鬼”に遭遇した、と。消息の絶えた残りのメンバーを捜索するために地元警察が動いたが結果は何も得られず。この一件で廃病院の噂は再加熱。そしてやはり何も無く、また何時かのように沈んでいった。


 今では一部の熱心なオカルト論者が「鬼の出現には条件があるのではないか」と躍起になって調べているだけで、後は興味本位で僅かばかりの若者が訪れる程度だ。それでも時々「鬼を見た」という書き込みが見られる辺り、この噂の根強い人気が伺える。



 そういう経緯に興味をもった僕達は、肝試しのためにこの廃病院までやってきたというわけだ。決して鬼を捜そうだなんて魂胆は持ち合わせていない。純粋に、”遊びの一環”としての探検である。


「よし、入るぞ」


 そう言って、メンバーのリーダー的存在である花澤(はなざわ)健司(けんじ)が一番に敷地内に踏み込んだ。それに僕と月島(つきしま)(たかし)が続いて、最後に紅一点の風間(かざま)由美(ゆみ)が恐る恐る入ってきた。

 元病院というだけあって、敷地内には多くの植物が植えられていた痕跡があった。が、やはり今は全て枯れ、原型を留めていない物まで見られる有様だ。

 最後に進入した由美が、そのまま健司の隣まで小走りで向かった。二人は恋人同士、恐がりな由美が健司の側に居たがるのも自然なことである。


「……圭助(けいすけ)、ちょっといいか?」

「うん?」


 隆が突然僕に内緒話を持ちかけてきた。必然、僕も小声で返事をする。マイペースな隆にしては割と真面目な顔だ。


「途中であいつら二人っきりにさせようぜ」

「え? 何でまた?」


 嫌がらせか? 嫉妬でもしてるのか? と一瞬勘ぐってしまう。それに対し、隆は神妙な顔つきで僕に考えを話してくれた。


「健司ってさ、多分由美と居るよりも俺たちと遊ぶこと優先してくれてるんだよな」


 ああ、と納得してしまった。確かに健司にはその傾向があるように思われる。今回の肝試しだって、当初健司が提案した案では、男三人で行う予定だった。それに隆が「由美も連れて来ればいいだろ」と勧めたのだ。

 健司は若干渋っていたが、由美が恐がりだということ以外特に断る理由もなかった為、そのまま収束したのである。健治にとっても、僕達と由美と両方一緒に遊べるって状況は都合が良いんだろう。由美の方も、健司と少しでも居られるなら、と苦渋の決断をして此処にいる。

 口には出さないが、どうやら健司は、今は由美より僕達のことを優先する気でいるようなのだ。そのことが嬉しくもあったが、同時に申し訳なくもあった。そこで隆は、健司と由美を二人っきりにし、仲を詰めさせるつもりなのだろう。

 これには僕も反対する理由はない。


「うん、分かった。じゃあどういう風にしようか……?」


 健司と由美に気付かれぬよう注意を払って、僕達は打ち合わせを行った。






「うっわー。荒れてるねー」


 病院内は当然ながら電気が通っていない。とはいえ今はまだ外も明るく、各自持参の懐中電灯の出番はまだ先のことだ。一階の探索をしたが、所々に今までの来訪者が残していったのだろうと思われるゴミや落書きがあり、酷い時にはドアが蹴破られているくらいで、他は何も無いようだった。

 一応いくつかの部屋を見て回ったが、何処も同じような様相を呈していて、部屋同士の差異が分からないくらいだ。

 この病院は北館、東館、南館の三棟で成り立ち、全て連絡通路で繋がれている。南館から入った僕達は東館、北館へ向かい、その階の全ての棟を見終えたら上へ、という風にこの廃病院を巡ることにした。


「本当に何にもないな」


 健司が少しつまらなそうに呟く。一階は中庭が設けられていてまだ見る場所があったが、二階以上はそうもいかない。何も起こらなければ更につまらなくなることは明白だ。

 だがしかし僕は、自分たちがこれからしようとしていることを考えてしまって、僅かに笑みをこぼしそうになっていた。

 


 そうして僕達は、各階多めに時間を掛けて回っていった。


 一階から、二階、三階と探検を続けつつ階を上がり、北館四階の廊下に出た。この病院はなかなかに規模が大きかったらしく、一つの階に至る階段が幾つも用意されている。

 階段には壁から崩れ落ちたのであろうコンクリートの塊が散乱していた。ガラスが割れて窓枠だけになっている所から西日が差し込んできている。もう少ししたら懐中電灯を使わなくてはならなくなるだろう。


 ここら辺でいいか、と僕は隆に目配せをする。隆は首肯で返してくる。そっと、気付かれないようにそっと。僕達は二人から距離を置き、意識が此方に向いていない事を確認すると、迅速にその場から立ち去った。





「よし。ミッションコンプリートだ」

「だね」


 僕達は北館四階から相当走って逃げてきた。南館二階にて二人で計画の成功を喜び、北館四階の方に向かって「健闘を祈る!」と敬礼を送ってから笑いあう。

 もしかしたら良い雰囲気など微塵もなく、慌てて僕達を捜しているかも知れないが、少なくとも二人っきりの時間を作るという目論見は達成されたので良しとする。


「さて、僕達はどうする?」

「このまま帰るのも味気ないし、そうだな……ちょっと脅かしに行くか?」


 別にここで何もせずに帰っても良かったのだが、やはり僕も少し物足りなさを感じていた。再び隆の言葉に賛成し、「さてどうやって脅かそう?」と相談を始める。



 それからある程度計画を立て、いざ戦場へ、と意気込んだ瞬間だった。



「う、あああああああああああああああああああああああああ!」



 健司の物らしき叫び声が病院中に木霊した。


「……」

「……」


 僕達は顔を見合わせる。もしかしたら、僕達が何か仕掛ける前に勝手に自分たちで驚いてくれたのだろうか? だが。


「……由美の声が聞こえなかった」


 隆が呟く。そうだ、例えば何か物が倒れてきて驚いたならば、健司より由美の方が遙かに大声で叫ぶだろう。ということは。


「二人は別行動をしている?」


 自分で言って、あり得ないと否定する。あの恐がりの由美が、現状で健司から離れるわけがないのだ。ならば先程の叫びは驚愕ではなく危機に瀕した際に思わず出た言葉なのかもしれない。


「もしかしたら、どこかの床が崩れ落ちて健司だけ落ちたのかも」


 考えつく限り、これが一番可能性が高かった。ここはもはや廃墟も同然の場所なのだから。

 ならば行動は早いほうが良いに決まっている。僕達は手分けして健司と由美の捜索にあたることにした。





 隆は東館の上層階に向かったので、僕の分担は北館だ。声を大にして健司達に呼びかける。


「健司ー! 由美ー! 居たら返事してくれー!」


 しかし聞こえるのは自らの声が反響する音のみ。安否の知れない健司だけでなく由美の返事も無いのはおかしい。いよいよ不安が募ってきた僕は、自分を励ますためにも尚声を張り上げた。




「健司ー! 何処だー!?」


 北館の最奥に近づいた頃だ。遂に健司らしき返事が聞こえた。


「圭助か!?」


 それを聞いた瞬間、僕は小走りで北館四階の一面が西に面した廊下に向かった。


「何処行ってたんだよ! 捜したんだぞ!」


 やはり健司だったようだ。何事も無さそうな健司が一人で長い廊下の突き当たりから僕に叫んでいる。僕はホッと安堵の息を吐いて健司に歩み寄った。


「ごめん健司、ちょっとした悪戯のつもりで……。でも無事で良かったよ。さっきのは一体何の声だったんだい? それに由美は?」


 健司もゆっくりと僕の方に近寄ってくる。


「ああ、心配かけちまったか! すまんすまん、ははは!」


 普段から明るい健司が今は五割り増しでハイテンションだ。それだけ僕達が不安にさせた反動が大きいのだろう。申し訳ない気持ちで一杯になった。


「由美とは途中ではぐれちまってな! いろいろあったんだよ、いろいろ! はははは!」


 しかし、そのいつも以上のご機嫌さを除いても、何だか今の健司は普段とは違って見える。なんと表現すれば良いのだろう。真っ直ぐ歩いているだけなのに、心なしか身体が揺らめいているようなのだ。


「ははは! しかしまあ、お互い無事で何よりだな! ははははは!」


 日が殆ど沈んでしまい西日が僅かに残っている程度の為、健司の輪郭がはっきりとしない。もしかしたら違和感の正体はこれなのだろうか。そう思った僕は手に持った懐中電灯を健司に向けた。


 健司が(わら)っていた。健司の、死人のように青白い顔が。健司の、鬼のように凄烈な顔が。


「ひっ!? け、健司!? 」


 思わず僕は短い悲鳴を上げてしまう。底知れぬ恐怖を覚えた僕は、そのまま健司から距離を取ろうと足を引いた。


「はは、どうしたんだよ圭助! なあ、圭助ぇ!」


 健司が早歩きで近づいてくる。その顔に異常なまでの笑顔を貼り付けて。


「きひっ、ひはははは、はははははははははははははは!」


 健司が高らかに嗤う。喜悦を押さえられないかのように。

 腰が抜けそうになった。コレは、健司じゃない。健司の姿をした何かだ。健司の姿をした、鬼だ。鬼が、ゆらゆら揺れてにじり寄ってくる。


「う、あ、健……司……あ、ああああああああああああああああああ!」


 僕はとうとう健司に背を向け逃げ出した。脇目もふらずに逃げ出した。全ての意識を脚と逃げる方向だけに注いで。

 だというのに。


「ああ、鬼ごっこかぁ……」


 その呟きは寒気を覚えるほど自然に僕の耳に入り、頭蓋の内側から僕に恐怖を与えてきた。

 

「待てよ圭助ええええええええええ! 圭助ええええぇぇぇぇ!」


 健司(オニ)がひどく楽しげに嗤いながら追ってくる。後ろを向くまでもなく分かる。人外の圧迫感に、走り出したばかりだというのに吐き気が込み上げてきた。


 それでも僕は止まらない。止まれない。一心不乱に闇の帳が下りた病院を駆け抜けた。



 ある程度走った頃。下層階へと下りる階段が見えた。これを一階まで下り続けて、東館、南館を抜ければ病院の外だ。敷地外に逃げれば奴は追ってこないはず。そうでなければきっと誰も生還できていないだろうからだ。

 希望の光が見えた。そしてそれは同時に油断の切っ掛けでもあった。


「あっ!」


 視界が大分暗くなって、見えずらくなっていたせいだろう。階段に転がっているコンクリートの小さな塊を踏んづけてしまった。バランスを保てなくなった僕は、そのまま踊り場で曲がりきれずに勢いよく壁に激突してしまう。あまりの衝撃に目眩がした。

 立って、逃げなくちゃ。揺れる頭でそう考えた僕は頭を振って視線を上げた。





「けーすぅけくーん」





 鼻先に鬼の顔があった。比喩でも何でもない、正真正銘の鬼の顔。青白く、骨張った邪悪な表情に、飲み込まれるような錯覚を覚える暗い眼窩。そして鬼は嗤う。





「つーかまぁーえたぁぁぁ」












「うっ……痛……」


 意識が戻った時にはもう太陽もほぼ沈みきり、全体的に先程より薄暗くなっていた。少しの間気を失っていたようだ。場所も例の踊り場のままである。きっと暗さに目が慣れたのだろう、転ぶ前よりも視界は良好だった。気分は最悪だったが。

 一体僕はどうなったのだろうか。

 思い出されるのは、とても言葉では表し切れない凶悪な顔。正直二度と拝みたくない程醜悪な表情だった。


 だが。ならばどうして、僕は今こうやって生きていられる? それに健司はどこに行った?


 鬼に遭遇したという人たちは帰ってこられなかったという噂だ。もしかすると、実際は鬼に襲われても皆ちゃんと生還できたのだろうか。そうして帰ってきた者が誇張を交えて情報を流していただけだとか?

 正確なことは分からないが、生きているのなら今は良しとしておこう。

 兎にも角にもまずは皆と合流してここから出なければならない。今回は運良く助かったが、次回も同様に助かるとは限らないのだから。


 そんな事を考えながら僕は立ち上がった。まだ目眩がして身体がふらつく。思っていた以上に激しい衝突だったらしい。口内に拭い去るのも億劫な程の量の血が付着している。おそらく衝突と同時に口を切ってしまったのだろう。一度だけ唾と一緒に血を吐いて、僕は歩き出す。

 揺れる身体で何とか残りの階段を下りきり、僕は一先ず三階に降り立った。


 ここからどうしようか。そういえば東館にはまだ隆が居るかも知れない。よし、ここからも近いし、先に隆から捜そう。

 そう考えて僕は北館三階から東館三階を繋ぐ連絡通路を目指すべく歩を進めた。





 しばらく歩いた後のことだ。外へと繋がるドアが見え、そこから東館への連絡通路が延びているのが分かった。

 僕は緩慢な動きでドアに歩み寄り、取っ手に手を掛けてゆっくりと開けた。ユニバーサルデザインを意識してのことか、取っ手はドアの上端から下端まで付いており、ドアのスライドも廃墟とは思えない程滑らかだった。


 連絡通路に出た僕を、夏にしては涼しい夜風が撫でつけた。此処は三階なのだから風が冷たいのは当然か。でもそのおかげで頭が冷えて、一つ思い出したことがある。


「鬼ごっこ……」


 ぽつり、と呟く。健司が言っていた言葉。それは正にさっきの状況を正確に表しているように思われた。相当質が悪いが。

 取り留めもないことを考えていると、ふと、下の方から誰かがすすり泣くような声が聞こえた。依然ゆったりとした動きで手すりまで歩み寄り、声が聞こえてきたであろう場所を眺める。


 由美だ。さっき見た一階の中庭の隅、物が積まれていて隠れるのに丁度良さそうな場所で、由美が膝を抱えて蹲っていた。


「由美!」


 僕が大きな声で呼びかけると、由美は一度ビクリと震え、顔を上げてしばらく目線を彷徨わせ僕を捜し始めた。


「由美!上だよ!」


 もう一度僕が呼ぶと、由美はようやく僕に目を向けた。目を見開いているところから察するに、相当驚いているようだ。もしかすると、僕が死んだと思っていたのかも知れない。


鳥居(とりい)君! 無事だったの!? 良かった!」


 由美が僕の名を呼び、無事を喜んでくれている。僕も自然と笑い声が出た。やっと由美に会えたからだろう。楽しくてたまらなくなってきた。


「あははは! そりゃもう元気さ! 由美こそ無事そうで何よりだよ! ははは!」


 どうやら、命の危機と命の実感を連続して味わったせいで気分が高揚しているようである。きっとアドレナリン的な何かが大量に出ているのだろう。普段より多めに嗤っております。


「鳥居君、健司見なかった!? その……大変なことになっちゃったの!」


 由美は三階にいる僕にも聞こえるように大きめの声で喋ってくれている。尤も、そんなことせずとも僕には十分聞こえているので要らぬ心遣いなんだけどね。


「健司のことだね! 話すとちょっと長くなるからさ! 今からそっちに行くね!」

「うん! ここで待ってるね!」

「あはは! そんなの待たなくっても大丈夫だよ!」

「え……?」


 最後の呟きは、声の大きさからして別段何かを伝えたかった訳じゃないんだろうな。さて、じゃあ僕はさっさと下まで降りよう。


「と、鳥居君!? 何してるの!? 大怪我しちゃうよ!」

「はははは! 心配ご無用! 僕は丈夫だからね!」


 僕は三階の手すりを乗り越え、一切躊躇することなく中庭に向かって飛び降りた。


「い、いや!?」


 由美は僕が着地する瞬間顔を手で覆って僕を見ないようにしていた。そんなことしなくても大丈夫なのに。

 未だに目を隠している由美に、僕はゆらゆら身体を揺すりながら歩み寄る。


「ははは、由美、顔を上げてよ! ははっ、ははははっ」


 恐る恐るといった風に懐中電灯を向けながら僕を見つめてくる由美。ちょっと眩しいよ。

 次の瞬間、由美の顔が一気に青ざめ固まった。まったく由美は恐がりなんだから。しょうがないなぁ、もう。


「と、とり……鳥居、君……?」


 由美が後ずさって離れようとする。涙がボロボロ零れている。僕はこんなに楽しい気分なのに、何で由美は泣いているんだろう。あハはハハ、ハはッ。


「はははは、由美ぃぃぃ! もっと近くにおいでよおおおおおおお!」

「嫌……来ないで……イヤ……い、イヤああああああああああああ!」


 遂に由美が泣き叫んで逃げ出した。ああ、そういうことか。


「鬼ごっこかあぁ……」


 迫真の演技だねぇ由美ぃ。


「ひひっ、ひはっ、きひははッははははははははっはははははははははははは!」


 あまりの楽しさに笑い声が引きつるのを抑えられない。僕は逃げる由美を追う。最高に楽しい。こんなに楽しい追いかけっこは小学生の時以来だ。



 しばらく由美を追いかけていると、由美が足を縺れさせて転んだ。


「痛っ!」


 由美は立ち上がることも出来ないようで、地面に座り込んだまま体を僕の方に向けると、そのまま手と足で地面を押すようにしながら距離を取ろうとする。

 だけどもうそうなってしまっては、僕も捕まえるのは簡単だ。


「ゆーみぃちゃあーん」


 僕は由美に手を伸ばして右手で肩に、左手でほっぺたに触れた。思ってた以上に柔らかい。絶妙なさわり心地の頬だ。

 僕はそのまま顔を近づけて由美に告げる。


「つーかまぁーえたぁぁぁ」


 今度は君が鬼の番なんだから、そんな顔してないでもっと楽しみなよ。きっとすごく気に入るからさ。


 僕にまとわりついていた鬼が由美に乗り移っていく。


 それに比例して、水を被ったようにだんだんと頭が冴えてくるのが分かる。


 完全に鬼が由美に移った。


 ああ、由美が怖がるのも当然のことじゃないか。普通の人間にあんなこと、出来るわけないだろう。


 俯いていた由美がゆっくりと顔を上げる。


 ”鬼ごっこ”か。確かにそうだ。現にこうして、(オニ)由美()の立場が逆転している。


 由美(オニ)が嗤った。今コイツは由美じゃなく鬼だ。僕も健司に捕まった直後の記憶がないし、何より人間がこんなに大きく口を開けられる訳がない。

 由美(オニ)が僕の頭を丸呑みできるほどの大口を開けて僕に迫ってくる。


 鬼に捕まった者が死ぬのではない。鬼役だった者が子役になった時死ぬのだ。


 僕の頭が鬼の口中に収められる。人間にはない鋭く尖った歯と何処までも続くような闇が目の前にあった。


 ああそうか。僕の口にこびり付いているこの血は、健司の











子のルール:子は原則何名でも参加可能。飛び入り参加も可。指定範囲内を徘徊する鬼に捕まらないよう逃げること。鬼に捕まった時点で、その子が次の鬼となる。新しく鬼となった者は、新しく子となった者を鬼にすることが出来ない。ただしその際、参加人数の氾濫防止の為、その子を捕食する義務が発生する。





2011/08/08 22時59分 追記

一身上の都合のため、日付変更より後に御感想をいただけても感想返信が出来なくなります。どうかご容赦ください。詳しくは活動報告をご覧になってください。

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[一言]  中々ぞっとさせられる怪談でした。  文章もストーリーもしっかりしていて読み易く宜しかったのですが、個人的には行間に隙間が多いのが少し気になりました。  ただ、ネット小説や携帯小説では、こ…
[一言] 読ませて頂きました。 感想を書かせていただくのは僕側の拘りなので、返信はしていただかないで結構ですw 愉しませて頂きました。今回の夏ホラ参加作の中ではかなりレヴェルの高い作品かと思います(上…
[一言] 怖さは伝わった
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