聖女の護衛騎士となった幼馴染は、一度も私を見なかった。———彼が死んだ後、残された手紙に綴られていた狂おしいほどの真実。
聖女の護衛騎士となった幼馴染は、一度も私を見なかった。
騎士になった幼馴染が帰ってきたのは、私のためではなかった。
妹が、聖女に選ばれたからだと、そう思った。
子供の頃、彼はいつも私のそばにいた。
泥だらけの道を一緒に走り、木の剣を振り回して笑い合い、泣いた私を抱きしめてくれた。
幼いながらに、私は知っていた。
「いつか、彼は私に好きだと言ってくれる」と。
けれど、帰ってきた彼は、立派な制服に身を包み、私を「姉上」と呼んだ。
その瞳は、私ではなく妹を映しているように見えた。
妹の旅立ちに同行する彼を見送りながら、私は微笑みを返した。
「幸せでいてほしい」
それだけで十分だと自分に言い聞かせ、私は彼を、思い出の中に閉じ込めたのだ。
彼が死んだという報せが届くまでは。
汚染地帯で聖女を庇い、騎士としての責務を全うして果てた彼。
私の手元に残されたのは、一通の、出すあてのなかった手紙と、小さな指輪だった。
***
【遺された手紙】
リィナへ。
この手紙を君が読んでいるということは、私は約束を守れなかったということだろう。
本当は、直接君に伝えたかった。
君は覚えているだろうか。泥だらけで走り回ったあの日々を。
私はあの頃からずっと、君に相応しい男になりたいと願っていた。
平民の私が、君を一生守り抜く力を得るには、騎士として功績を立てるしかなかった。
「聖女の護衛」に志願したのは、私情だ。
聖女を守り抜けば、恩賞として君を王都へ呼び寄せ、一生不自由のない生活を保証させることができるから。
それが、君を幸せにする最短の道だと信じていた。
君の前で「姉上」と呼び、視線を逸らし続けたのは、職務中に君の顔を見ると、決意が揺らいでしまいそうだったからだ。
君の寂しそうな顔を見るたび、剣を捨てて抱きしめたい衝動を抑えるのに必死だった。
冷たく接してごめん。
本当は、一秒だって君から目を離したくなかった。
初めてのまとまった休暇が取れたら、この指輪を持って君に会いに行くつもりだった。
騎士としてではなく、ただの幼馴染として、名前を呼びたかった。
リィナ。
私は、君の騎士になれただろうか。
君の幸せを、心から願っている。
私のいない世界でも、君だけは、どうか。
***
私は、最後まで気づけなかった。
彼が妹を見ているふりをしながら、その視線の端で、いつも私を探していたことに。
私の幸せだけを願って、私に触れることさえ許さなかったことに。
指輪を嵌めた指が、静かに震える。
彼は一度も私の手を握らなかったのに、こうして指の細さだけは、最後まで忘れずにいてくれた。
「……馬鹿ね」
声に出した瞬間、堰を切ったように涙が溢れた。
もし、あの日。
彼が「姉上」と呼ばず、ただ名前を呼んでくれていたなら。
もし、私が一歩だけ踏み出せていたなら。
そんな「もしも」は、もうどこにも行き場がない。
それでも。
私は知っている。
彼が私を見なかったのではなく、私を選び続けたからこそ、見なかったのだということを。
指輪を外すつもりはない。
これは、誰にも知られなかった、たったひとりの騎士が遺してくれた。
私の、幸せなのだから。




