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最終話:今日の灯りは、明日の私たちへ

 冬至の夜。

 王都の夜市は、いつもより灯りが多かった。

 人々は一年で一番長い夜を、光で追い払おうとする。


「……眩しいな」


 セドリックが言った。

 私は笑う。


「怖いから、みんな灯りを増やすんです」


「怖いのは、悪いことではない」


「うん。……私も、怖い」


 私は手袋越しに鈴を握りしめる。

 胸の奥が、少し冷たい。


「でも、好きに生きるって決めたから」


 セドリックは頷く。


「……おまえは強い」


「おまえって言い方、もう慣れました」


「……本当は、違う呼び方がある気がする」


 私は息を止めた。


「……あると思います」


 屋台のスープは湯気が甘かった。

 香草、塩、肉の旨味。

 木の匙で一口飲むと、指先まで温かくなる。


「おいしい……」


「そうか」


 セドリックは自分のスープを飲まず、私の手元ばかり見ている。

 まるで、私が今ここにいることを確かめるみたいに。


「セドリック、飲まないの?」


「飲む」


 そう言って、彼は一口飲んだ。

 それから、低い声で言う。


「……今夜、おまえの名がほどけるのか」


「……うん」


 私は笑おうとして、失敗した。

 唇が震える。


「怖いです」


「俺も怖い」


 彼が“俺も”と言った。

 その言葉が、私を一人にしない。


 夜が深くなる。

 鐘が鳴る。冬至を告げる音。


 胸の奥が、すっと冷える。

 私は立ち止まった。


「……来た」


 視界が滲む。

 音が遠くなる。

 周りの人の声が、波のように引いていく。


「……リラ?」


 セドリックの声がした。

 ――今、呼んだ?


「……今、私の名前」


「リラ」


 もう一度。確かに。

 胸の奥が熱くなる。


 私は泣きそうになって笑った。


「……思い出したんですか」


「思い出した、じゃない」


 セドリックは私の手を取った。

 初めて、迷いなく。

 手袋越しでも分かる。彼の手は温かい。


「俺は、毎晩呼んでいた」


「……でも忘れて」


「忘れても、呼びたかった」


 短い言葉なのに、胸に落ちる。


 セドリックはポケットから小さな紙片を取り出した。

 そこには、私の名が何度も書かれている。

 リラ。リラ。リラ。

 少し歪んだ字が混じっていて、それが痛いほど愛しい。


「……刻んだ」


「こんなに」


「足りない」


 彼は言った。


「名前は、温度だと言ったな」


 私は頷く。


「……うん」


「なら、俺は温度ごと残す」


 セドリックは私の手を胸に当てた。

 自分の心臓の上。

 鼓動が、強い。


「ここで、呼ぶ」


 鐘が、もう一度鳴る。

 世界が白くなる。

 私は、ほどけていく感覚に飲まれそうになる。


 その瞬間、鈴の音が鳴った。

 澄んだ音。私の合図。


 セドリックが、私を見る。

 真っ直ぐに。迷いなく。


「リラ」


 呼び名が、灯りになる。

 私の輪郭が、ほどけない。


「……はい」


 私は涙をこぼしながら、笑った。


「セドリック」


 彼の肩が、ほんの少し緩む。


「……聞こえる」


「聞こえます。私、ここにいます」


 セドリックは、小さく息を吐いた。


「……俺は、おまえを失わない」


「建前じゃなくて?」


「建前じゃない」


 夜市の灯りが、私たちの影を二つ並べる。

 スープの湯気が、白く漂う。

 冬の空気は冷たいのに、私の胸は温かい。


 私はセドリックの手を握り返し、言った。


「ねえ。これからは、期限じゃなくて――明日の話をしませんか」


 セドリックは、頷いた。


「……する」


 そして、私の名をもう一度呼ぶ。


「リラ」


 私は笑って答えた。


「はい」


 ――この物語を読んでよかったと、あなたが思ってくれたなら、きっと私たちの灯りは、明日も消えない。


(おわり)

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― 新着の感想 ―
名前=存在=温度というテーマが、最後にやさしく、力強く結実した美しい最終話でした。 忘却や恐怖を越えて「呼びたい」「残したい」という意志が奇跡を起こす展開が胸に深く響きます。 期限の物語が“明日を生き…
最終話、読み終えてからもしばらく、胸の奥が温かいままでした。 冬至の夜市、増えた灯り、人々の怖さと祈り。 この物語が最初から大切にしてきた「灯り」というモチーフが、ここでこんなにも美しく回収されると…
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